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しもさんの「気になる一言」
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2013年12月08日(日) ■
みなさんの支援が、この音になっています

わが町でも老若男女、誰でも参加できる「合唱」でまちづくりがしたい、
そんな想いから、妻を誘って、山梨県都留市のある
「都留文科大学合唱団」の第48回定期演奏会に足を運んだ。
縁あって、常任指揮者・合唱団顧問の「清水雅彦氏」と知り合い、
この日の演奏会を楽しみにしていたひとりである。
実はこの合唱団、日本で最も歴史と権威を誇る全日本合唱コンクール、
5年連続の金賞に輝いている。
インターネットでも彼らの合唱の素晴らしさは配信されているが、
やはり、その生演奏を自分の耳に残したかった、が本音である。
(「素晴らしかった」と文字にしても伝わらない「感動」をいただいた)
都留市は「学園城下町」の言葉がよく似合うまちだった。
人口約3万2千人というから、わが町とほぼ同じ人口規模なのに大学があり、
全国から集う学生の若い力、そして合唱団の全国レベルの活躍こそ、
この都市を活気づけているんだろうな、と感じていたら、
ステージ最後に、清水先生の観衆に向けたスピーチは、正反対だった。
「みなさんの支援が、この音になっています」
この合唱団員が全国に響かせているのは、みなさんの支援の音です、
そんな意味に感じて、嬉しくなった。
若い力を支援する地域の温かさ、それが胸を打つハーモニーとなっている。
帰宅して「都留市」をネット検索したら、こんな表現をみつけた。
「学術と文化、芸術が融合した知的風土を醸し出すまち」
文化のレベルって、まち全体で醸し出すんだよなぁ、きっと。



2013年12月07日(土) ■
目で知る「しるべ」を「目標」と言います

「働く女性の会(ATG)」の12月例会だった。
講師は「ドリームマップ普及協会理事・高野亜紀子さん」
「夢」実現へ一歩踏み出す「ドリームマップ」を作成するセミナー。
若い頃から「自己啓発」関連の本は読み漁ったし、セミナーにも参加した、
「現実の自分」と「なりたい自分の姿」のギャップを、
「行動」によって埋めていく大切さも、知っているつもり。
だからこそ、今回はどんな「手法」で、夢を形にしていくのだろうか、
そんなへそ曲がりの視点で参加した。(汗)
セミナー参加のコツは、そのプログラムを信じて「洗脳」されること。
(変な意味の「洗脳」ではありません、あしからず)
今回も「夢中」で参加したおかげて、新しい発見が出来た気がする。
夢をイメージ化することは、文字より画像の方がはるかにインパクトがあった。
それも、最初から夢を意識した「画像」を準備するよりも、
当日、机に並べられた、ジャンルもバラバラな雑誌をパラパラめくって、
何だかわからないけれど、おっ、これいいなぁ、と感じた画像を切り取り、
眺めているだけで、自分の「夢」が、はっきりとイメージ出来たのだから。
「目で知る『しるべ』を『目標』と言います」という説明こそ、
今回のセミナーを思い出すに相応しいフレーズとして、記録に残したい。
また、懇親会で披露された参加者全員の「ドリームマップ」、
女性陣は、ファッション雑誌から切り取ったのか、スタイル抜群、
または、幸せそうな雰囲気の女性のシルエット画像が、必ず貼られている。
男の私には、理解し難い「しるべ」であった。(笑)
これも今回の、大きな発見(気付き)の一つであった気がする。



2013年12月06日(金) ■
秀長は、秀吉のナビゲーター・ブレーキ役

講師「小和田哲男」氏。(静岡大学名誉教授・文学博士)
演題「いま、戦国武将から何を学ぶべきか」から。
自己紹介を兼ねて、大河ドラマ時代考証の話から、
「なぜ負けた大名ばかりやってんだ」と笑われた話まで、
大河ドラマファンとしては、申し分ない掴みだった。(笑)
多くメモから私が選んだのは、
「秀吉の晩年は、めでたしめでたしではない」
秀吉は弟の秀長が死んでからおかしくなった、という話から、
「秀長は、秀吉のナビゲーター・ブレーキ役、
彼がいなくなってから暴走した」とまとめてくれた。
秀長は、秀吉の信頼厚くその片腕として辣腕を揮い、
豊臣政権において内外の政務および軍事の両面で活躍を見せ、
天下統一に貢献した、とされており、
「補佐役(�鷂2)が、いかに必要で大切か」を教えてくれた。
「黒田長政(黒田官兵衛の息子)の釈迦の間の異見会」などにも触れ、
来年の大河ドラマ「黒田官兵衛」に寄せる期待が大きくなった。

P.S.
三島駅までの送迎機会を得て、車の中は私のプライベート質疑応答。
とても気さくな、偉い先生でした。(汗)



2013年12月05日(木) ■
日本人は「過去」「未来」を無視しがちである

書籍「理想の図書館とは何か」(知の公共性をめぐって)
(根本彰著・ミネルヴァ書房・208頁)から。
公立図書館のあり方は、人それぞれ考え方が違い、
ここに紹介されている役割も、一長一短としか言えない。
佐賀県武雄市のような、今までの常識を根底から覆すような
公立図書館が現れ、今、変革のど真ん中と言えそうだ。
そんな中、私が選んだのは「個人のみならず、
古いものをどんどん捨て、短期的な効率性を求める
知識情報管理を行う方向に一層向かっている」という視点。
言い換えれば「日本人が『今』に著しく、関心を集中し、
それが『過去』の結果生じたこと、あるいはそれが
次の『未来』へ繋がることを無視しがちである」という視点だ。
図書館が教育委員会の管理下に置かれているのは、
「その時々の政策判断や社会状況に左右されずに、
残さなければならない文化遺産が存在し、その管理を担っている」
と理由を述べ「司書はそのための専門職」と位置付けた。
「日本人は『過去』『未来』を無視しがちである」を
気になる一言に残しておこうっと。



2013年12月04日(水) ■
「自分には厳しく、他人(ひと)には甘い」生き方

先月、職場の後輩たちと、年に一度のゴルフに行ってきた時のこと。
移動中の車内で、(珍しく(汗))生き方の話になった。
「他人(ひと)には厳しく、自分に甘い」人が多い中、
自分には出来ないけれど
「自分に厳しく、他人にも厳しい」生き方がカッコいい、と
思っていたら、後輩の一人が
「自分にも甘く、他人にも甘い」生き方がいいね、と主張した。
本人が「自分にも甘い」と意識しているならば、
それもありだな、と妙に納得してしまった。
たった一回の人生、自分にも他人にもプレッシャーを与えるよりも、
「まったくしょうがねぇな」と呟きながら、その尻拭いをする。
そんな生き方も面白いかもなぁ、と感じる年頃になった。
ただ、私が目指しているのは、またまだ思うようにいかないが、
「自分には厳しく、他人には甘い」生き方。
自分に厳しくしていると、つい他人にもそれを求めてしまい、
あっ、他人には甘くていいんだ、とあとで反省することが多いし、
「自分に厳しい」と言いながらも「自分に甘くなる」こともしばしば。
だけど・・やっぱり、この生き方がいいなと思う。
「自分には厳しく、他人(ひと)には甘い」生き方の人が増えたら、
きっと素敵な社会が実現するだろうなぁ。



2013年12月03日(火) ■
もっとおまえと一緒に走りたいよ

映画「LOVE まさお君が行く!」(大谷健太郎監督)から。
作品前半部分、あまりにストーリーが単調だったし、
主演の香取信吾さんも、役を演じている感じがなくて、
「犬」が主役でなければ、とっくに中止していた気がする。
しかし、私も「犬好き」で、躾が出来ていなくても、
イタズラばかりしても、本気に怒れない部分は共感できた。
そんな「まさお」(犬)と主人公の芸人との関係は、
「あっ、私も同じ台詞を言ったことがある」と思えるほど、
自分と愛犬「ジェイク」(一昨年18歳で他界)との関係に
似ていて、メモを取るのも忘れるくらいだった。
初めは「犬なんかに話してもムダか」と呟き、
困った時「今は、お前しかいないんだわ、力を貸してくれ」
「まさお、悪い。今日だけは一緒にいてくれ」と独り言。
死ぬ直前「俺、何もしてやれなかった」と嘆き、
「もっとおまえと一緒に走りたいよ」と同じ台詞を口にして、
涙が止まらなかったことが思い出された。
「俺、おまえに会えたこと、ちゃんとお礼、言えてねぇし。
ありがとな まさお」・・これまた、同じことを思っている。
犬が主役の映画、これからも見続けるんだろうなぁ。
同じようなパターンでも。(汗)

P.S.
今日は、愛犬ジェイクの誕生日&命日。
もう2年も経ったのか・・また2年しか経っていないのか。
生きていれば20年目。成人式なんだなぁ。



2013年12月02日(月) ■
「グッバイ、また会わん」と「グッバイ、また会いましょう」

NHK大河ドラマ「八重の桜」から。
12月に入って、あと数回を残した第48回のタイトルは
「グッバイ、また会わん」。
新島襄が病に倒れ亡くなる直前、妻・八重に残した台詞として
このフレーズがでるんだろうな、とメモ帳片手に観ていたら、
なんと「グッバイ、また会いましょう」。
「えっ?」と私はメモ帳を見直して、疑問に思った。
今までずっと観てきて感じていた二人の夫婦関係を考えても、
「グッバイ、また会いましょう」の方が相応しいし、
台詞をそのままタイトルに使えばいいのに・・と感じた。
たった三文字だけど、この違和感は何とも言えなかったから。
「襄、私を妻にしてくれて、ありがとう」
「八重さん、狼狽してはいけません」
「背中を押してくれたのが、新島先生でした」
「あの人は、ここにも種を蒔いていた」など、
今回の「気になる一言候補」はたくさんあったけれど、
やっぱり、タイトルが気になってしまった。
わざわざ「会いましょう」から「会わん」に変更した理由、
誰か、わかる人がいたら教えて欲しい。



2013年12月01日(日) ■
責難は成事にあらず。

書籍「十二国記(華胥の幽夢)」の中の(華胥の夢)、
小野不由美著・講談社X文庫刊・365頁)から。
王が国を良くしようと努力するが、なかなかうまくいかない。
その国の住民生活は困窮を極め、それに呼応するように、
王を非難する人が増えるのは、世の常である。
そんな物語の中、ひとつのフレーズが浮かび上がってくる。
「責難は成事にあらず」
意味は「人を責め、非難することは何かを成すことではない」
「非難するは容易い、けれど、それは何かを正すことではない」
そんな解釈として使われている。
「それは違う、ということは容易いけれど、
でも何をすれば違わないか、それを言ってあげることができない」
「そちらじゃない、こちらだと言ってあげて、初めて、
正すことになるんじゃない?」という言葉は、私の心に響いた。
「それができないのだから、私には非難する資格などありません」
「ただ責めるだけで、正しい道を教えてあげられないのなら、
それは何も生まれない。正すことは、何かを成すことだけど、
非難することは何かを成すことじゃない」
それを短い言葉にすると「責難は成事にあらず」となる。
ついつい、他人のしていることに不平不満を言いたくなるが、
この言葉を思い出して、慎もうっと。



2013年11月30日(土) ■
「ゆうすい君」つけて走りました

快晴・無風、さらに世界遺産の富士山が雪化粧した姿で見守る中、
第14回静岡県市町対抗駅伝競走大会が開催された。
さらに夕方には地元へ戻り、わが町の選手たちの慰労会が行なわれ、
出場した選手、補助にまわった選手、それぞれの想いを聴いた。
その中で私が気に入ったのは
「『ゆうすい君』つけて走りました。楽しく頑張れました」
実は、この「ゆうすい君」、町制施行50周年を記念して作られた
生まれたばかりのわが町の「イメージキャラクター」である。
ゆるキャラの着ぐるみも含め、今後、どんな使い方をしたら、
住民に喜ばれるだろうか、いつも考えていたところなので、
このアイデアは、是非、いただこうと思う。(笑)
私の予想以上に「ゆうすい君」は、町の人気者になっていた。
子どもたちから高齢者まで、多くの町民に愛されるキャラクターとして、
私は、ものすごく大きな可能性を感じている。
お守りやバッチ、ワッペン、シールなど、携帯したり、貼れるもの、
私たちが「エイトマン」や「鉄人28号」「鉄腕アトム」のシールを
ランドセルや筆箱、机、タンスに貼ったあの感覚が、蘇ってきたから。
次は「ゆうすい君」の顔に見立てた「キャラクターむすび」だな。
「ゆうすい君むすび」・・子どものお弁当にいかがですか?
どなたか、試作品、頼みます。(汗)



2013年11月29日(金) ■
勝ちたい人に勝たしてあげなさいよ

明日、午前10時に静岡県庁前でスタートの号砲が鳴る、
第14回静岡県市町対抗駅伝競走 大会。
今日は、全市町の関係者集めて、前夜祭が開かれた。
冒頭挨拶に立った、大会名誉会長・鈴木修氏は、
冗談混じりにこのようなことを言った。
(メモを持っていなかったので、詳細は違うかもしれないけれど)
「(浜松や静岡のような)人口何十万の都市と、
(伊豆に多い)何千人の町が、一斉に競走しようったって、
それは不公平だと思うかもしれない。
しかし、彼らは彼らで、勝たなければならないと必死で、
ありとあらゆる手段を使って、メンバーを集めていてる」
そんな選手集めの裏話をしながら、あえてこう呟いた。
(いいじゃないですか)「勝ちたい人に勝たしてあげなさいよ」
全国でも例がない、全市町が参加する対抗駅伝を誇りに感じ、
こうして一年に一度、全市町の親睦を兼ねていることを
忘れなければ、きっと楽しめるはずだから・・。
私は、そんな意味を付けながら、鈴木氏の話を聴いた。
毎回毎回、成績が悪いと、不平不満も言いたくなるが、
勝つのが当然と思われている大都市は大都市としての苦労がある。
それを知っただけで、明日のレースが楽しみになった。
中途半端に優勝を狙って落ち込むよりも、
年に一度のイベントと考えて楽しんだ方が面白いのかもなぁ。