≪ ≫ 初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2014年04月07日(月) ■
女の「涙」男の「愛してる」そして医者の「大丈夫」

以前、飲み会でのネタとして、教えていただいた「世界三大ウソ」。
その答えが女の「涙」男の「愛してる」そして医者の「大丈夫」
それ、いただき・・とメモしたが、もう忘れることはないだろう。
(読者のみなさんは、知っていたでしょうか?(笑))
「ウソ」というより「信じないほうがいいよ」程度のジョーク。
しかし、女の「涙」と男の「愛してる」は、笑って済ませるけれど、
医者の「大丈夫」だけは、どうも納得できない。(笑)
その言葉を聴きたくて、病院に通い、高い治療費を払い、
薬も何種類も飲んでいるというのに・・笑っては済まされない。
まぁ、病は気から、気の持ちようで、医者の「大丈夫」という一言で、
治った気になる人も多いから、あながち「ウソ」とも言えない気がする。
実は、もうひとつ気になっているのが「男の愛してる」。
世界では「三大ウソ」の一つだろうけれど、日本では通じないのでは?。
恥ずかしくて、なかなか「愛してる」って口にしない日本人の男は、
「心から愛している」か「全然、愛していない」場合以外は、
簡単に女性に「愛してる」なんて言えるわけがない。
以前にも書いたけれど、日本の男性の場合
「大切にする」が「愛している」と同じ意味を持っている。
だから男が「大切にする」と口にしたら「愛してる」と言っている、
そう思って間違いない。
脱線したけれど、どれもウソとは考えず、信じたいな。



2014年04月06日(日) ■
俺は「回天」を伝えるために、死のうと思う

「人間魚雷、悲惨さ忘れまい 『回天』のレプリカ、大分に」という
トピックスを、yahoo!で見つけたので、忘れないうちに、
映画「出口のない海」(佐々部清監督)から。
「神風特攻隊」には、いろいろな遺品などが残っており、
どうしても、ドラマチックに描かれてしまうが、
潜水艦に装備されていた「回天」という「人間魚雷」のほうが、
その孤独感は、強かったと思う。
魚雷の中に、人間が乗り込み、相手のレーダーを潜り抜け、
敵の戦艦に体当たりする、まさに生きて帰れる見込みはゼロ。
それもそのはず、「回天」には脱出装置はなかったから。
どうしてこんな兵器が考えられたのか、私には信じ難いが、
回天の乗組員である主人公が語るシーン。
「俺は『回天』を伝えるために、死のうと思う。
人間魚雷という兵器があったことを。
人が兵器の一部になったことを、
この悲しい事実を語り残してもらうために死ぬ。
それでいい。まぁ、俺は俺なりの理由づけだけどな」
また作品中、何度か使われる台詞に、
「おまえは、敵の姿を見たことがあるか?」というのがある。
戦争とは、いかにも敵と戦っているようだが、
実は、その姿を見たこともなく、アメリカ兵とは、
どんな体格で、どんな言葉を話すかも知らずに、死んでいく。
だからこそ「何のために死ぬのか?」を自分なりに、
理由づけして戦う必要があったことは、とても辛かった。
そういう意味では、こんなバカげた兵器があったことを、
次世代に伝えるために死ぬ、という理由はありなのかもしれない。
だって、しっかり私には、伝わったのだから。



2014年04月05日(土) ■
「柿田川ボランティア」って、やらないともったいないよね

前日、歓送迎会で夜遅くまで飲んで騒いだというのに、
今朝は「柿田川に繁茂する特定外来生物のオオカワヂシャ」から
柿田川を守るために、胴長を履き約2時間半、駆除作業をした。
こんなに長く柿田川に入っていたのは、何年ぶりだろうか、
「柿田川」の水の冷たさ、水圧の強さなど、独特の感触が蘇った。
「川の清掃活動」とか「外来種駆除作業」とネーミングすると、
なんだか大変そうだな、と感じるけれど、裏を返せば、
「正々堂々と柿田川に入れるボランティア活動」とも言えなくはない。
繁茂したオオカワヂシャを取り除くと、三島梅花藻が嬉しそうに顔を出す。
それをニコニコしながら眺めていた私の傍にいた、わが課のスタッフが、
「梅花藻をみると、(外来種を)取ってよかったって思いますよね」と
私の気持ちを素直に代弁してくれた。
また、開花してきている梅花藻の様子も、間近で観ることが出来る。
光の関係で水面がキラキラする光景も写真ではなく、すぐそこにある。
陸に上がって、やや冷えかかった体を差し入れのコーヒーで温めながら、
思わず私の口から出てしまった台詞が、気になる一言。
「『柿田川ボランティア』って、やらないともったいないよね」
この活動は、月に1度、第4土曜日の午前中に実施しているから、
本当の「柿田川」の魅力を体験するには、これに勝るものはない。
間違いなく、可憐な三島梅花藻を守っている、という実感が湧いてくる。
全国からでも参加OK。興味のある方は、是非一度、私に問合せを。



2014年04月04日(金) ■
やっぱり本を読むことはやめられないのです。

書籍「伊藤まさこの雑食よみ」(日々、読書好日)
(メディアファクトリー刊・169頁)から。
この本を読むと、ますます本が好きになってしまう。
そのプロローグに書かれていた台詞。
「本の世界は、ますます楽しい。本屋さんに行くと、
時を忘れて宝探し。本のある玄関のなんと落ち着くこと。
好奇心のくすぐられる格別の一冊に出会えると
その日は一日しあわせに。」
まさにその通りだ、と幸せな気分になった。
さらに「そんないつもの何気ない日々の中、本を開きます。
ばらりと開くと、そこに広がる本の世界。
だから、やっぱり本を読むことはやめられないのです。」と続く。
うまいなぁ、この感覚を文字にできるなんて・・と感激した。
彼女が紹介している本は、みんな読みたくなってしまう。
そしてまた、その本の中で紹介している本に繋がって・・。
死ぬまで、本を読むことはやめられないよな、きっと。



2014年04月03日(木) ■
監督、これレール敷いて撮っていい?その方が絶対いいって。

映画「キツツキと雨」(沖田修一監督)から。
山の中のフィルムコミッションって感じで、
今まで映画にはまったく関係なかった一般人と、
映画関係者がコミュニケーションを通じて、お互いが成長していく。
そんな大雑把な展開に、ラストシーンもほぼ予想できてしまった。
だから私の関心は、映画撮影スタッフの心の動きになってしまった。
撮影当初、しっかりとした指示が出せなかった監督に対して、
不貞腐れていたスタッフも、少しずつ自信をつけ始めた監督に、
プラスのアドバイスをおくるようになる。
「監督、ひとり、隊長みたい人、いたらいいんじゃないですか」とか
「監督、これさ、レール敷いて撮っていい?その方が絶対いいって」
けっこう気に入ったシーンとなった。
さらに、ベテラン大物俳優さんにも、何度もダメだしをし、
周りの信頼を勝ち取っていった気がする。
ラストカットの撮影シーンも、自分の意思で「待つこと」を決定し、
空が一瞬晴れると確信したところで、カメラスタッフに
「やるの? やんないの?」と訊かれ、今までで一番大きな声で
「やるに決まっているでしょう」と叫ぶ。
人間って、自信がつくとこんなにも変わるものなのか、と感じながら、
それを育てたのは、周りの大人なんだよなぁ、と嬉しくもあった。
「お〜い、頑張れよ、若いの」ってフレーズ、短いけどいいなぁ。



2014年04月02日(水) ■
55歳から始まった「第2の人生」

今日の「気になる一言」のタイトルだけを読み、
あれ?しもさんは早期退職でもして何かを始めた?と、
勘違いされないために、説明しておこうと思う。(汗)
実は、昨日から新年度が始まり、私にとって新しい部署へ。
(教育委員会「生涯学習課」から建設部門「都市計画課」へ)
それも、今まで一度も経験したことのない分野だから、
聞くこと、観ること、何もかもが新しい。
周りからは「大変だね」と声を掛けられることが多いが、
「何が大変なのか」もわからないから「頑張ります」としか言えないし。
同じ地方公務員なのに「ソフト部門」「ハード部門」の部署で、
こうも違うのか、と驚くことばかりだけれど、今はその違いが楽しい。
知らないからこそ、出来る発想・出来る決断もあるはずだし、
「どうしてこんなことするの?」という視点は、
「社会教育主事」の資格を持つ私にしか思いつかない疑問かもしれない。
今は「ハード」の部分は、わからないことだらけだが、
「ハード」に「ソフト」の付加価値を付けて
「ハート」に響く整備を目指したい・・と今は、考えている。
たぶん・・何年後かに、この「気になる一言」を読んで、
「私も若かったなぁ・・」と思う時が来るかもしれない。
けれど、退職まであと5年、どこまで突っ走れるか、試してみたい。
だから今の心境をフレーズにして「55歳から始まった『第2の人生』」



2014年04月01日(火) ■
「これ、頼める?」「いいですよ、生ビール2杯で」

仕事の頼み方、受け方については、今まで試行錯誤してきた。
そして辿り着いた方法が、食べ物・飲み物のお礼をすること。(笑)
数少なくなった先輩から急ぎの仕事を頼まれたら、こんな会話をする。
「これ、頼める?」「いいですよ、生ビール2杯で」
いつか飲む機会があったら「生ビール2杯、御馳走してくださいよ」
その程度の約束だが、頼む方も「じゃあ、近いうちに・・」と
気軽に依頼してくれる。
もちろん、本気で充てにしているわけではないが、
会話がスムーズに流れること間違いない。
最近では、私が何かを頼むことが増えたので、これを応用している。
「ジョッキ2杯で、これ大至急、やってくれないかな?」
「今度、ケーキ買ってくるから、これお願い・・」
最近も、あることで無理を承知でお願いしたら、
「いいですよ、生ビール2杯で」と返され、嬉しくなった。
(「もうひとりは「トクホ(特定保健用食品)のコーラ」で契約成立)
私の口癖が、周りの人たちにも浸透してきた気がする。(汗)
この依頼のコツは、一緒に飲んだ時、1杯でも本当に御馳走すること。
又は、クッキーでも買ってきて差し入れをする。
値段の問題ではなく、忘れてないよ、と意思表示することが大切。
でも最近・・・彼らとなかなか飲みに行く機会がなくて
「生ビールジョッキ何十杯分」が、溜まっている気がするなぁ。



2014年03月31日(月) ■
彼らを指導する立場の大人の不完全さこそが、問題だと。

映画「十三通目の手紙」(亀田幸則監督)から。
舞台劇を映画化しただけあって、撮影は、セットの「ジャズバー」のみ。
しかし、逆に脚本がしっかりしているからだろうか、
112分間、飽きることなく、推理小説を読んでいるかのように、
一人ひとりの台詞も輝いていて、私のメモも増えた。
特に「若い人の指導方法について」は、なるほど・・と頷いてしまった。
無くなった社長からの手紙の一部であるのだが、こう書いてあったという。
「若者が不完全なのは、当り前。不完全だからこそ、若者なんだ。
それよりも、彼らを指導する立場の大人の不完全さこそが、問題だと。
彼らにこうなって欲しいと、いう人間に我々はなっているのか。
あるいは、そうなろうと努力しているのか。
世の中にも時代にも媚びずに、自分の信じる道を懸命に生きれば、
彼らだって自ずと後を追うはずだし、意見にも耳を傾けてくれるはずだ。
そうなれば、余計な説教などする必要はない」
歳を重ね、若者を指導する立場になった私たち年代にとって、
とても耳が痛い話であるが、今一度、自分の役割を認識するには、
とてもいい映画に出会った、と感謝している。
「神様と宗教との違い」「金を盗まれた時、盗まれた方の責任」など、
私が疑問に思っていたことや悩んでいたことも、ある程度、解決した。
こういった映画も意識的に探して、観ていきたい。



2014年03月30日(日) ■
史上初開幕戦新人初打席初球本塁打

春を告げる「プロ野球のペナントレース」が28日にスタートした。
私の目を釘付けにしたのは、ヤクルト・西浦選手の初物づくしの快挙。
「史上初開幕戦新人初打席初球本塁打」
この漢字ばかりの文字が、その凄さを物語っている。
分解すると「史上初・開幕戦・新人・初打席・初球・本塁打」
言い方を変えると「開幕戦に、新人が、初打席の初球を打って本塁打」、
これが「日本プロ野球史上」初の快挙、ということになる。
私の日記を遡っても、2011年10月、ジャイアンツ・長野選手が打った
「最終戦代打逆転サヨナラ満塁首位打者当確ホームラン」とか
2004年09月、近鉄、北川選手が打った
「代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームラン」など、
何度となく日記のネタになっている野球というスポーツ。
最近は贔屓のチームが、勝った・負けた、と一喜一憂するのではなく、
珍プレー・好プレー、その時の選手の心理などを推察するのが楽しい。
開幕戦で、私を喜ばせてくれた「ヤクルト・西浦選手」、
今後の活躍を、じっくり見守っていきたい。

P.S.
女子ゴルフ第4戦『アクサレディスゴルフトーナメント in MIYAZAKI』も
20歳の渡邉彩香選手、最終日・最終組・最終18番ホール、
チップインイーグルで逆転初優勝を飾った。
今年のスポーツ界、私を喜ばす記録が次々と飛び出す予感がするなぁ。



2014年03月29日(土) ■
「97歳」「104歳」

暗号みたいな「気になる一言」で申し訳ないが、
私にとって、長寿の秘訣を教えていただいたお二人が、
2月、3月と続けて他界し、お通夜に参列させていただいた。
そのお二人の思い出を記録・記憶に残すために、
敢えて「97歳」「104歳」と年齢だけにしてみた。
不思議と、この数字だけで誰のことか思い出せるし、
おふたりとも、元気な頃の姿が蘇ってくる。
1人は男性、若輩の私に「企画係」の係長を任せてくれた方、
その御恩は、言葉では言い尽くせない。
また最近では「敬老会」出席のために、
福祉課課長補佐として車で送り迎えした車中では、
「ショートホールをドライバーで打ってオンする」話を聴いて、
シュートアイアンでも難しいのに、と大笑いしたのを覚えている。
そしてもう1人は女性、100歳のお祝いに、ご自宅へ伺い、
「何でも食べること」「相撲が好き」なんて話を、
友達のように楽しそうに話してくれたのを思い出した。
共通して伝わってきたのは、人生を楽しんでいるってこと。
そして(当然だけど)しわくちゃな顔が、可愛く感じられたこと。
私たちが書籍でしか知らない「明治・大正」に生まれ、
幾つかの戦争を乗り越えてきた精神力の強さが感じられる。
おふたりの体を支えてきた「細胞」の1つひとつに、
本当に長い間お疲れさまでした、と伝えたい。