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しもさんの「気になる一言」
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2014年08月15日(金) ■
「降伏しろ」と言わずに、降伏を命じたのです。

(終戦記念日(敗戦)だから、というわけではありませんが(汗))
映画「終戦のエンペラー」(ピーター・ウェーバー監督)から。
天皇が、第二次世界大戦に関わったかどうか、マッカーサーから
その調査を依頼された主人公は、いろいろなことを調べ、
一度、自分なりの結論付けをして報告書を書く。
「国の統治者として戦争責任を回避できない」、
その理由は「無罪にする根拠がみつからない」。
しかし最後には「有罪にする理由がないからです」と変え、
「疑わしきは罰せず」、この方針を貫いた形となった。
面白い視点だな、とメモをしたが、この映画を思い出すには、
ちょっとインパクトが弱い気がした。
そこで選んだのは、冒頭に表現されていた「降伏」について。
天皇が日本国民に向けて発した「耐え難きを耐えよ」は、
「『降伏しろ』と言わずに、降伏を命じたのです」ということ。
へぇ、そういう意味があったのかと感じて、これを機会に、
「玉音放送」で読まれた、昭和天皇による終戦の詔書
(大東亜戦争終結ノ詔書、戦争終結ニ関スル詔書)を読み直した。
「朕は時運の趨く所堪へ難きを堪へ忍ひ難きを忍ひ以て、
万世の爲に太平を開かむと欲す」の一部である。
以前、ある方の講演で聞いた、安岡正篤先生と
終戦の詔勅のエピソードとはじめて繋がった瞬間である。
終戦のイメージとして、この「玉音放送」を聴く国民の姿が残るが、
この「耐え難きを耐えよ」という部分を「降伏する」と解釈した。
今、戦争の映画が、感動ドラマのようにもてはやされるが、
これを機会に、第二次世界大戦(大東亜戦争)について、
自分たち国の歴史を調べるきっかけになって欲しい。
そしてこの戦争の意義、敗戦(終戦)の意味を、正しく理解したい。



2014年08月14日(木) ■
事故が人生を変えてくれた

「ドリカムキャンプ2014夏の陣〜出会いのチカラ〜」に参加した。
「ドリカムキャンプ」とは「中学、高校教師の有志を中心に運営している、
日本では例を見ない、中学、高校運動部員、指導者、保護者を対象とした
異種目合同メンタルセミナー」である。
今回はゲスト講師に「京谷和幸氏」(シドニー・アテネ・北京・ロンドンの
パラリンピック車いすバスケットボール日本代表)を招いた。
Jリーガーだった彼が、サッカー選手として再起不能になった事故を経験し、
波瀾万丈の人生を振り返った時「事故が人生を変えてくれた」と語った。
あの事故がなかったら、自分はJリーガーとして天狗になっていただろうし、
妻を始め、周りの人たちの優しさにも気付かなかっただろう、と呟いた。
だからこそ、車椅子の生活になっても「あの事故に感謝」という単語が、
素直に口から出てきたのではないかと思う。
今だから笑って言えるだろうけれど、(おそらく)自己否定と戦い、
私たちにはけっして見せない、血の滲むような努力が感じられた。
それを支えたのが「超」が付くほどの「ブラス思考」だと理解している。
それも「本物のプラス思考」でなくてはいけない。
(「ブラス思考」が大切とわかっていても、行動に移せない人は、
「本物のプラス思考」ではないと私は思っているから)
コーディネーター役の「臼井博文氏」(株式会社サンリ取締役)が、
最後に面白いことを教えてくれた。
「ずっとプラス思考でいると、マイナス思考の人がわかるようになる」
なるほどなぁ・・なんとなく思い当たることがある。(笑)



2014年08月13日(水) ■
不仲くらいの理由で謀反を決断するはずがない

書籍「本能寺の変 431年目の真実」
(明智憲三郎著・文芸社文庫刊・・345頁)から。
光秀の子孫、明智氏が書いた真実だから、
やや偏った見方かもしれないけれど、実に面白かった。
私たちが教科書、大河ドラマ等で知る「本能寺の変」とは
だいぶ違った角度から考察した内容は、妙に説得力がある。
特に「一族の生存と繁栄に、責任を負った武将・光秀が
信長との不仲くらいの理由で謀反を決断するはずがない」、
また「愛する家族や一族郎党を犠牲にして、自分のロマンに
衝動的に賭けるような行動をとるとは、とても考えられない」
という考え方は、私も以前から感じていたし、
光秀には、天下を取ったら何をしたいという野望も見えない。
家康を討て、と命じられた光秀が、逆に家康と組んで信長を討った。
その謀反を知っていて、秀吉と組んだ光秀の盟友・細川藤孝、
この時代、誰が味方で誰が敵か、まったくわからない。
でも、支配者がいくらでも歴史は塗り替えられる、と知って、
私たちが教わってきた「歴史」の面白さが余計に広がった。

P.S.
本能寺の変によって空白地帯となった旧武田領を巡って、
周辺の大大名である徳川家康・北条氏直・上杉景勝が争った
出来事を「天正壬午の乱」(てんしょうじんご)というらしい。
私は「天声人語」との関係が気になる。(笑) 考えすぎかな。



2014年08月12日(火) ■
景観は「住んでいる人の快適性」

(最近、気になっている「景観」の話題ですが・・)
講師「静岡産業大学総合研究所客員研究員 中村羊一郎氏」
演題「景観資源とは何か」から。
「景観は過去のものか?」と私たちに投げかけたあと、
「これから形成する景観」は「誰のため、何のための景観か?」と
今一度、考える必要性を提言してくれた。
景観を整備すると、なぜかそれを見たさに、多くの人が訪れ、
「観光、地域おこしのため」という名目が浮き上がってくるが、
それは、長続きしないことを示唆してくれた。
「安全で安心して暮らせる」ことを前提にして、
「そこに住む心地よさ・住みよいまちづくりのため」が基本。
そう教えられたような気がする。
簡単な言葉で表現すると「住んでいる人の快適性」となる。
行政が突っ走って出来上がるものではない「景観」は、
やはり「地域住民の理解と協力」が大前提となる。
だから「住んでる人の快適性のため」、これに尽きる気がする。

P.S.
昔を知る手がかりとなる「古い地名」も、
そのまちにとって「大切な景観」という視点は、勉強になった。



2014年08月11日(月) ■
貧乏だと思えば暗くなりますが、工夫だと思えば

NHK大河ドラマ「軍師 官兵衛」で、黒田家の家風として
「ケチではありません、節約です」という台詞が登場し、
あれ?どこかでメモした台詞と似ている・・と探したら、
やっばり観てました、この映画。
映画「武士の家計簿」(森田芳光監督)から。
江戸時代の後半、武士の生活は楽とは言えなかった。
下級武士だけでなく、身分が高ければ高いなりに出費がかさみ、
気がつけば、もう立て直しが出来ない状況までになっていた、
そんな話は、今でも共通しているところであるが、
主人公、猪山家の八代目・直之は、お家立て直しのために、
家族全員に「驚くほどの倹約・節約」を命じる。
世間体などを気にする親の抵抗をも説得し、家の中の家財は
ほとんど売り払い、貧しい生活で耐えしのぐごとになる。
そんな苦労をしているはずの妻に、直之がすまなそうに声を掛ける。
たぶん、(楽しいと言ったら嘘になりますが・・)という台詞を
飲み込みながら、妻はしっかり夫を見つめて「でも面白いです。
貧乏だと思えば暗くなりますが、工夫だと思えば」と言い切る。
そうか、そんな視点こそ大事だな、とメモをした。
今の世の中、社会的には収入的が少ない人たちに限って、
あまり悲壮感が漂ってないのは、こんな考え方をしているのかもなぁ。



2014年08月10日(日) ■
発声練習は、人間の声のチューニング

(昨日に続いて「都留文科大学合唱団演奏会」ネタですが・・)
昨年度(3月末)まで在席していた「生涯学習課」の時代、
どうしても「合唱でまちづくり」をしたくて思案していたところ、
この合唱団の指導者と運良く出会えて、出演交渉を始めたのが、昨年の秋頃。
その想いだけで何度となくメールをやり取りし、その後、渉外担当の学生や、
当日、企画運営をしてくれた人たちを巻き込んで、ようやく今日の日を迎えた。
しかし言い出しっぺの2人、ひとりは4月に人事異動で別の部署へ、
もうひとりは「世界合唱シンポジウム出席」のため、韓国でこの日を迎えた。(汗)
この日を待ち望んでいた私は、台風にプレッシャーを与え続け、接近させず(笑)
朝のリハーサルから2公演終了まで、彼らの「生声」をずっと耳にしていた。
公演の素晴らしさは、その場にいた人しかわからないから書かない。
だから、リハーサルの時に感じた、私の驚きを紹介したい。
午前9時頃から始めた発声練習、少なくとも30分は続いただろうか、
心と体をほぐしていくことで、人数分のパートの声が整ってきて、
最後には「1人の人の声」のように聴こえたときは、心が震え、
恥ずかしいけれど、胸がいっぱいになって、涙が溢れそうになった。
(これは私の感覚なので、誰もがそうなるとは限りません、あしからず)
楽器で言えば、演奏前の「チューニング(調律)」を、彼らは、一人ひとりが
自分の体調を整えながら、ゆっくりゆっくり「同調」していった気がする。
だから「発声練習は、人間の声のチューニング」を残そうと思う。
観客に感動の涙を誘うような、華やかなステージの裏には、
こういった努力があることを知って、ますます彼らのファンになった。
これからも、陰ながら応援していきたい、とっても素直な大学生たちである。

P.S.
「まぁ素敵」と口にしながら、ブラブラ散歩する練習。(これ企業秘密?)
こうやって、心と体をリラックスさせていくんだなぁ、納得。
私が「まぁ素敵」って歌いながら歩いていたら、捕まるかもなぁ。



2014年08月09日(土) ■
チビッコでも、指揮者は指揮者

全日本合唱コンクール5年連続金賞に輝く
「都留文科大学合唱団演奏会」が、明日わが町で開かれる。
前日、子供たちのために開かれた「チャレンジキッズ」で
彼らは、屈託のない笑顔で子供たちに接し、
合唱の楽しさを、十二分に伝えてくれた。
しかし「暑いかな?」と訊けば「暑くな〜い」と返され、
子ども相手のイベントは、台本通りにいかないことも体験した。
また「夏休み何してる?」と訊ね「ゲーム・宿題」と
返ってきた答えに「悲しいなぁ〜」と嘆くシーンは笑えた。
そんなコミュニケーションを気にしながらスタートしたが、
さすがに、彼らが歌いだした途端、ざわついたおしゃべりが
ピタッと止み、真剣に聞き入っていた。
こんな低学年の子たちが、最後まで聞いていられるだろうか、と
心配していたが「透き通った人間の声」に興味を持ったようだ。
いつも聞きなれている、私たちのような声ではなく、
鍛えられている人たちから発せられる「声」に驚きを隠さない。
やはり「生の声」を聴かせることの必要性を強く感じた。
発声練習・輪唱体験・指揮者体験・・どれも楽しかったが、
私が驚いてメモしたのは、4人の指揮者体験。
チビッコの指揮に合わせ、彼らが「紅葉」を歌うだけなのだが、
ほんの少しずつ違うテンポに、笑顔で必死に合わせている姿。
私は、そんな細かいことに感激した。
だから「チビッコでも、指揮者は指揮者」を残しておきたい。



2014年08月08日(金) ■
京で感じたおもてなし

帰宅したら「京都新聞」からの封筒が届いていた。
中身は「投稿文が掲載された当日の新聞と謝礼」。
7月中旬に家族で出かけた「京都・祇園祭の旅」を
自宅に戻ってから、写真やパンフレットを眺めながら、
お礼の意味も込め、旅行先の地元新聞へ投稿した。
この楽しみを覚えたのは、平成22年春、家族で
「信州・松本」に行った頃からで、まだ初心者。(笑)
ただ旅行者の目で感じた、そのまちの「風土」等の良さを
日々の生活風景で、当たり前となっていて気付かない人たちに、
伝えたい、そんな気持ちから始めたような気がする。
「信濃毎日新聞(長野県)」「北海道新聞(北海道)」
そして今回の「京都新聞(京都府)」と少しずつ増えることで、
今度はここへ行って、そのまちの「風土」などを感じたい、
そう思えるようになってきた。
今回の気になる一言は、その掲載された見出しである
「京で感じたおもてなし」を思い出に残そうと思う。
さて、今度はどこに、行こうかな。(汗)

P.S.(おまけのエピソード)
私の職場の人間が、次の週に京都に出かけ、
地元「京都」で私の名前を発見して、驚いたらしい。
そんな偶然って、あるんだなぁ。



2014年08月07日(木) ■
微分積分の都市計画

定期的に送られてくる専門誌の特集記事
テーマ「観光に地方自治体はどのように向き合うべきか」
執筆「香川大学経済学部教授 大賀睦夫氏」より。
「観光」と「保全」、相反する考え方を、どのように調整して、
まちづくりに活かしていくか、私たち行政に課せられた
大きな課題だと考えていたので、ヒントが欲しくて読み漁った。
「われわれはときどき日常から離れて聖なるものに触れ、
心の深層をケアして、生まれ変わる必要がある」という、
旅に関する定義が、観光客の心理をうまく表現しているな、と
思ってメモをした。
「非日常」の空間を求めて訪れる場所が、
全国のどこでも目にすることが出来る風景だったら、期待を裏切る。
だから、地方に住む私たちは「非日常」を提供するだけ。
やっぱり「保全」を軸にして、それを求めて観光客が訪れる、
そう理解したい。ところで、文末に面白い表現を見つけた。
西村幸夫氏「四則演算の都市計画」という紹介だったと思う。
戦後、我が国の都市計画は足りないものをつぎたしていく
「足し算的都市計画」が進められてきたが、最近の主流は
その結果生じた景観悪化を是正するために、電柱撤去など
「引き算的都市計画」が行われている、との表現。
なるほど・・とメモしたが、最後のまとめで唸ってしまった。
これからの都市計画は「微分積分の都市計画」、
すなわち「全体をイメージしながら個別の建築を行っていくという
息の長い取り組みが求められるであろう」というまとめ方。
数学が大の苦手の私には、この表現が理解できない。
「微分積分」と「都市計画」・・う〜ん、痒くなってきた。(汗)
数学得意の方、理数系の方、簡単に説明して欲しいなぁ。



2014年08月06日(水) ■
こんなもの無意味よ、ただ前だけをみて進めばいいの

映画「たった一人のあなたのために」
(リチャード・ロンクレイン監督)から。
簡単に説明すれば、ネットの解説どおり
「浮気性の夫に見切りをつけたヒロインが子供を連れて全米各地を巡り、
新たな恋と幸せを求めてさすらう姿を描いた恋愛ドラマ」
とりわけ驚くような場面展開もなく、タイトルの意味さえ曖昧。
メモを整理すると「たった一人のあなたのために」というフレーズは、
作品中に歌われる歌詞に出てくる。
「どれほど数を重ねても、浅はかに心は散っていく。
あなたは傷つき、私は満たされる。目覚めると彼がいる。 
私に笑みがこぼれる。また私のもとに新たな幸せが訪れる。
たった一人のあなたのために」
う〜ん、やっぱり監督の意図がわからない。(汗)
私が選んだ「気になる一言」は、
「こんなもの無意味よ、ただ前だけをみて進めばいいの」
実はこの台詞、繰り返しバックミラーを直すシーンで交わされる。
「ちょっと今何したの?」「ミラーで後方確認を・・」
「絶対にうしろを見ちゃダメ、何も変わらないわ、
こんなもの無意味よ、ただ前だけをみて進めばいいの」と。
ヒロインのポリシーなのだろうけれど、それが巧く伝わらない。
う〜ん、何度か観直さなきゃ、ダメなんだろうなぁ、きっと。