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しもさんの「気になる一言」
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2014年09月04日(木) ■
「修理中、使用しません」「修理中、使用しない」

中華料理店の男子トイレで見つけた貼紙。
最近、街でみかけるチェーン店のお店で、
従業員も中国人なのか、接待の言葉もたどたどしいが、
彼女らの一所懸命さだけは伝わってくるので、微笑ましい。
さて、私が気になったのは、この表現。
小便器に何かが詰まったのか、2つある内の1つに、貼紙が2枚。
「修理中、使用しません」「修理中、使用しない」
日本人の私たちでは「修理中のため、使用できません」とか
「修理中につき、使用しないでください」かな、と思いながら、
トイレの中で、メモをした。(汗)
何気ないフレーズなのだが、その感覚のズレが面白い。
単なる書き間違いなのか、その真意はわからないけれど、
判断基準が、物理的に「出来るか出来ないか」ではなく、
人間として「使用するかしないか」を求められてるとしたら、
この貼紙の言葉の方が、インパクトがある。
トイレに貼られている貼紙って、私の興味対象。
なかなか席に戻らなかったら、本当にお腹が痛いか、
トイレの貼紙をメモしていると、考えて欲しい。(笑)



2014年09月03日(水) ■
メディアの声は、たんなる「大きな声」

書籍「ゼロ戦と日本人」美しさに潜む「失敗の本質」
(百田尚樹・渡部昇一共著・PHP研究所刊・225頁)から。
2人の対談と交互に書き進む主張に、思わず引き込まれ、
一気に読み終えた書籍は、久しぶりである。
本の厚さにしては、メモの量が多かった気がする。
その中で私が選んだのは、
「メディアの声は、たんなる『大きな声』に過ぎなかったのです。
メディアが大多数の声を代表しているとは限らないということです」
という視点は、意外と私たちの盲点かもしれない。
ついつい、事件・事故が起きると、街角インタビューが放映され、
いかにも「大多数の声」のように語られるが、
そのメディアの主張に合った「街の人の声」ということを意識したい。
たぶん戦争の時も、大多数の声は無視され、軍隊の意見に合った
報道がされ、国民を洗脳していったのではないだろうか。
だから、この「メディアの声は、たんなる『大きな声』」は、
戦争当時だけでなく、今でも意識しておきたい視点であろう。
「私には、国民の声なき声が聞こえる」と語った「岸信介首相」、
「メディアが大多数の声を代表しているとは限らない」を、
言い換えたフレーズだった、と解釈したい。



2014年09月02日(火) ■
だからこそ・・

先月、業務終了後に開催した、職員全体研修会。
講師「臼井博文」氏 (�鷏サンリ 能力開発研究室室長)
演題「最強プラス思考」の作り方
(〜金メダルから学ぶ 心の壁の破り方〜)から。
何度も講師の話を耳にしているので、自分では
意識せずに「プラス思考」になってきていると思う。
(もちろん、今でも時々、弱音を吐く時もあるが・・(汗))
そこで、今回の私の関心事は、我が課のスタッフに、
講演後、どれくらいまで影響があるか・・だったが、
予想外の場面で、その効果が表れていることを知った。
「無理」「できない」「前例がない」を口にしたら
「だからこそ・・」と考えてみようと教わったが、
ランニング好きの若い人たちが集まる懇親会の席で、
「まったくの素人の私が、この年齢(56歳)で、
半年間でハーフマラソンやフルマラソンなんて無理」と
ビールジョッキ片手にボソッと呟いたら、
数人から一斉に「だからこそ・・」と叱咤激励され、(笑)
すると「そうか・・やってみるか」という気持ちになった。
こんな形でも、彼らの頭の中に「だからこそ・・」という
フレーズが残っていてくれたことに驚いたし、嬉しかった。
我が課の今年の流行語大賞になるくらい、使いまわしたい。
「たがらこそ・・」って、短いフレーズなのに、
言葉に力があるなぁ。
苦しい時の「もうひと踏ん張り」と同じくらいに・・。



2014年09月01日(月) ■
邪悪なものを倒すものは、邪悪な力ではない。

映画「雪の女王」(ヴラド・バルベ監督外)から。
本国ロシアで興行ランキングベスト10入りした、
アンデルセン原作のファンタジーアニメとは知らず、
久しぶりに、見入ってしまった。(汗)
ストーリーは簡単、雪の女王にさらわれた兄を助けに、
幾多の苦難を乗り越えて、最後には再会できる。
今回の気になる一言は、呪い師(まじないし)のばあさんに、
雪の女王との戦い方(倒し方)を教えてもらう。
「邪悪なものを倒すものは、邪悪な力ではない。
自分は一人じゃないと信じることで、恐れには打ち勝てよう。
そして、もっとも頼れる武器となるのは、許しあう心なのだ。
心は鏡にあるのだ。伝説とは、いつも真実より大きなもの。
邪悪なものでも倒せると伝えられる。
自分のすべきことをせよ。それで望みは叶えられるはずだ」
きっと、監督の伝えたかったことなのではないか、と思う。
どちらか一方通行の「許す心」ではなく
お互いが「許しあう心」って、なんとなく響きがいいな。
この違いって、ちょっとの差のようだけど、
大きな差となっているような気がするな。

P.S.
読者推察のとおり「アナと雪の女王」と間違えて鑑賞。(笑)
なんか変だと思ったんだよなぁ、実は。



2014年08月31日(日) ■
豊かな感受性を持って、愛と調和の世界を創る

2ケ月に一度開催される、働く女性の会(A.T.Gネット)8月例会、
講師「山下美佳(みなづきももこ)」氏、
(ももこインターナショナルトレーディング代表)
演題「自分は何のためにこの世に生まれてきたのか、
人生の役割りを知ろう!」から。
毎日の運勢が気になる「星座」や、相性などが気になる「血液型」とは
ちょっと違う、誰もが生き方に迷った時に考える「生まれてきた意味」。
それが、誕生日(生年月日)に基づいて割り出された「ミッション」、
言い換えれば、この世の空気に触れた時に与えられた「使命」を、
じっくり考えることが出来た2時間であった。
当然だけど、人それぞれにミッションが違うので、
今回の気になる一言は、私のミッションナンバー「6」、
「豊かな感受性を持って愛と調和の世界を創る」。
とてもアバウトな表現のようだが、本人だけは「やっぱりそうか」と感じ、
ストンと腑に落ちたフレーズとなっている。
そして、与えられた役割を「持って生まれた素質」で実現していく。
私の場合「ベクトルE」(555) 。バランス感覚を生かして、周りの人を活用する。
いわゆる「社長タイプ、俺様タイプ」らしい。(笑)
今まで「軍師、ナンバー2、人を支えていくこと」が自分の生き方、と感じ、
56年間、コツコツと生きてきたはずなのに、この「素質」も「なるほど」と
感じてしまう「説得力」があるから不思議だ。
もしかしたら、この講演会が「人生の転機」になる予感さえする。
「私の人生の転機予報」は、生まれてきた意味を知ったことで「曇りのち晴れ」。
これからの毎日、生きていくことが楽しみになってきた。
「持って生まれた素質」を活用し「ミッション」を遂行すればいいのだから。



2014年08月30日(土) ■
仕掛けた踊りは止められぬ

8月最後の土曜日、曇空の中、妻を誘って
裾野市の「富士山すその阿波おどり大会」に足を運んだ。
もう「31回目」になるというのに、実は初めて目にしたが、
こんなに間近で観てもいいの?と思うくらいの距離で、
息の揃った踊りと迫力ある打楽器を、ビール片手に満喫した。(汗)
もちろん踊りも魅力的だったが、やはり私の関心事は、
踊っている人たちの「掛け声」。
超有名な「踊る阿呆に見る阿呆・・」しか知らなかった私は、
「ア、ヤットサー」がしばらく耳から離れなかったが、
もっともインパクトがあった掛け声は、
「仕掛けた踊りは止められぬ」「やっぱり踊りは止められぬ」。
「踊る阿呆・・」より面白い、とメモをして帰宅。
インターネットで調べたら、数え歌のような掛け声の一部だった。
「ひょうたんばかりが浮き物か。私の心も浮いてきた。
浮いて踊るは阿波おどり。
一かけ二かけ三かけて、四(し)かけた踊りは止められぬ。
五かけ六かけ七かけて、八(や)っぱり踊りは止められぬ
ア、ヤットサー、ア、ヤットヤット」
私たち夫婦2人、あっという間に「阿波おどり」のファンになった。
来年の「32回」も、絶対に見に行こうっと・・。
そのうち「本場・徳島」に行きたいって言うに決まっているから。



2014年08月29日(金) ■
皆さんは金を持って風と共に去るんです。

映画「風と共に去りぬ!?」(キム・ジュホキャスト監督)から。
原題「The Grand Heist」が、どうして「風と共に去りぬ!?」なのか、
その意味を知りたくて、鑑賞してしまった。
単純に、いろいろな技術を持ち合わせた人(玄人)が集まり、
氷庫に眠るお宝を奪うというストーリーであるから、
ビビアン・リー主演の「風と共に去りぬ」とは、まったく逆の
コメディタッチで、なかなか理解できなかった。(笑)
そんな気持ちで観ていたら、なぜか突然、
作品中、一カ所だけこれか?と思う台詞があり慌ててメモをした。
たしか、このお宝を奪う作戦の概要を説明したあと、
「皆さんは金を持って風と共に去るんです」というフレーズがある。
えっ、もしかしたら、これがタイトルの由来?と思ったら、
「タイトルに騙された」自分に、笑うしかなかった。
今までも、何度か「邦題」に騙されて、観たことはあったけれど、
少しは、なるほどなぁ、と思うことがある。
今回は、もしこの台詞が理由だとしたら、ちょっと酷い。
だから「!?」って付けたでしょ、と言われそうだけど、
この「!?」の意味さえ、わからない。
これでは「オーケー」(万事順調)とは言えないなぁ。



2014年08月28日(木) ■
「糞やオシッコ」と思うと汚く感じますが「尿酸」だと思えば

先日「貧乏だと思えば暗くなりますが、工夫だと思えば」を
気になる一言に選んだら、読者から反響があったので、
勝手に「○○だと思うと・・ですが××だと思えば」シリーズ。
(勝手にシリーズ化にしてますが・・)
柿田川公園を通勤路にしている私にとって、
ほとんど毎日、目にしている「鳥の白い排出物」について、
ある方は「糞ではなくて、オシッコ」と言い、
ある方は「オシッコではなく、糞」というけれど、
それは人間が勝手に判断しているだけで、
本当は、人間が痛風になるので有名な「尿酸」らしい。
人間は、窒素を水で溶かし、尿素という化合物にして、
オシッコとして出すけれど、この方法は大量の水分を必要とする。
常に飛べるようにしておきたい鳥には不向きだから、
尿酸という化合物にして、濃縮して出すようだ。
だから、白いのは「尿酸」、そう覚えておきたい。
もし、不運にも上から落ちてくる「白いもの」に当たったら、
「糞やオシッコ」と思うと汚く感じますが「尿酸」だと思えば・・。
でも・・・やっぱり「汚い」って感じるよね、排出物だから。(汗)

P.S.
私は「尿」って言うくらいだから「オシッコ」だと思う。(笑)



2014年08月27日(水) ■
動きまで思い出せる故人の葬儀は、もっと辛い

1カ月ほど前、前職場で大変お世話になった本人が亡くなり、
親や配偶者などとは違う、声を掛ける相手のいない、
葬式参列の辛さを、しみじみ体験した。
そしてまた、先日突然飛び込んできた、訃報。
同じ地域の住み、同じ職場で働き、時には一緒に遊び、
御家族とも仲良くさせていただいていた女性が亡くなった。
退職してまだ数年、姿を見かければ、必ず声を掛けてくれた女性は、
先月までは、元気そうだったから、未だ信じ難い。
若い頃から退職まで、長い期間を一緒に働いていたからか、
思い出は多く、プリントされた写真の中で、笑顔を見せている。
今でも「しもちゃん」と呼んでくれそうな遺影が、辛かった。
先月の葬儀で、文中に書き留めたフレーズ
「声が耳に残っている故人の葬儀は、辛すぎる」を思い出した。
明るい人だったから、明るく楽しく送り出してやりたい、
そう思っていても、脳がそう判断していないのか涙が出てしまう。
顔・声だけでなく、動きまで思い出せる故人の葬儀は、もっと辛い。
ボウリングでストライクをとった時のリアクション、
バレーボールでレシーブをしている時の動きや声・・
「スポーツ・ウーマン」だったから、動きが鮮明に残っている。
「写真」より「声」、そして「声」より「動き」。
動画は写真より、鮮明にイメージが残る気がする。
なにはともあれ、彼女のご冥福をお祈りします。合掌。



2014年08月26日(火) ■
「眉毛剃るぞ」眞鍋家の伝統的な仕置きだ。

書籍「村上海賊の娘」(和田竜著・新潮社刊・
(上474頁・下499頁・計973頁)より。
作品全体からは外れるが、主人公のひとり(笑)、
「眞鍋七五三兵衛 」の「眞鍋家の教育方針」。
それが「眉毛剃るぞ」。(それも片方らしい)
作品中に、こんな説明があり、納得してメモをした。
「『眉毛剃るぞ』、眞鍋家の伝統的な仕置きだ。
子を育てるに当たって、決して懲罰を与えず言葉を以て戒め、
六、七歳の小児に対しても、七十歳の人に対するように、
真面目に話して、譴責する。」
譴責(けんせき)とは、過失などを厳しくとがめ責めること。
子どもに対しても、高齢者を敬うように接する。
子どもを子ども扱いしない、という教育方針こそ、
今の私たちが学ばなければいけないことだと思う。
ついつい「子どものくせに」「子どもなんだから」と口にし、
上から目線で叱るけれど、何歳でも1人の人間として接する、
この考え方で子育てをしてきたからこそ、存在感があり、
気は優しくて力持ちの「眞鍋七五三兵衛 」という人間が育った。
そんな気持ちで、この作品を読み終えた。
本当に「眉毛を剃られたら、恥ずかしいものなぁ」(汗)