≪ ≫ 初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2014年09月24日(水) ■
奴は犬だ。

映画「道(1954)」(フェデリコ・フェリーニ監督)から。
名作と言われながらも、まだ観ていなかった「道」。
多くの映画ファン・関係者が綴る作品解説を読みすぎて、
やや頭でっかちになっていたかもしれないなと感じ、
私なりの感覚でメモを取り、どの台詞に引っ掛かるのか、試したくなった。
綱渡り芸人「イルマット」が、主人公の娘「ジェルソミーナ」に語る
「この世の中にあるものは、何かの役に立つんだ。
例えば、この石だ。こんな石でも何か役に立ってる」のフレーズは、
この作品の根底に流れている考え方かもしれないが、
それ以上に、インパクトがあった台詞は、同じ2人の会話でも、
主人公のひとり「ザンパノ」に対する例えだった。
「奴は犬だ。お前に話しかけたいのに、吠えることしか知らん」
会話をメモしていても、言葉が単語だけであったり、長い台詞はない。
だから、彼女に対してどうしても命令調の口調になってしまっている。
他人とのコミュニケーションが上手に出来ないがために、
彼女への想いもうまく表現出来ない、そんな彼の性格を言い当てていた。
そんな彼の不器用さ、寂しがり屋な面が、浮き彫りにされた気がする。
そして有名なラストシーン、海に佇み、天を仰ぎ、声を上げ号泣する場面、
何を感じ、何に対して嗚咽したのか、その解釈はいろいろでいいと思う。
また数年後、この作品を観た時、違った感想を持つんだろうな、きっと。

P.S.
妻は「小学生の頃、映画鑑賞会の授業で観たよ」と言ったが、
こんな悲しい話、何を学んで欲しかったのかなぁ。



2014年09月23日(火) ■
1時間くらい待ちますが、よろしいですか?

今回の気になる一言、どこで耳にしたフレーズかわかるだろうか?
なんと、地元にある「献血センター(献血ルーム)」のカウンター。
私は「年4回ある『議会』が終わったら献血する」って決めている。
(実は、9月議会最終日は明後日だけど・・(汗))
いくら祝日とはいえ、10時スタートだからすぐ出来るだろうと思い、
9時50分に現地へ到着したら、施設内は、もう人がいっぱい。
そして、並んだカウンターでこう言われた。
「最初の9人が今からですから、
1時間くらい待ちますが、よろしいですか?」と。
もちろん、その後の予定は「午後1時からの講演会」だから、
「えぇ、いいですよ。雑誌でも読んでますから」と答えた。
私の後ろに並んだ人も、そのまた後ろの人も、同じ質問に
なぜか笑顔で「はい」とか「待ちます」と答えている。
「献血センター(献血ルーム)・満員御礼」の光景も驚きだが、
こんな長い「待ち時間」なのに、誰も文句を言わず、
老若男女が、ゆっくり順番を待っている光景も驚きであった。
この施設を訪れる人たちは「健康だから出来るボランティア」を
自分のライフスタイルにしているに違いない。
久しぶりに「心がホッとする光景」を目にして、私も嬉しくなった。



2014年09月22日(月) ■
重さを、体重計の数字ではなく、お米で実感する。

最近、会う人、会う人に「どうした? 病気?」と声を掛けられる。(汗)
それも以前のポッチャリしていた頃の私を知っている人がほとんど。
実は少しずつだけど、一番重たかった頃から比べて、
なんと8キロくらい体重が減った、いや、体が軽くなった。
昨年の6月「大人のスポーツテスト」で挑戦した「懸垂1回」が悔しくて、
そのあと児童公園で何回も練習したが、回数は増えず、
原因を真剣に考えたら「体重オーバー」に辿り着いた。(笑)
若かった頃に比べて20キロ、20年前に比べて10キロは増えているが、
どうも実感がなく、そのままズルズルと増えていった気がする。
衝撃的だったのは、妻と買い物に出かけ、お米5キロを持ったとき、
「えっ、10キロって、これ2つ分?」と、勿論、その場でメモをした。
この重さを常に身につけて、生活しているなんて・・と愕然とした。
しかし、急激なダイエットは体を壊すことも知っていたから、
時間をかけて、体を軽くすることだけを考えた。
ちょっと太ったな、と思ったら、お米屋さんで買う振りをして、
数キロの袋を持って、あの時のカルチャーショックを思い出すだけ。
重さを、体重計の数字ではなく、お米で実感する。
更に、家族の協力を得た「野菜中心の食事療法」が効いたのか、
長年の懸案だった「高血圧」も改善しつつある。
自分が太っていることを実感するには「お米○キロ」がいいかもなぁ。
たぶん、脳で考えている以上に、重たいはずだから。



2014年09月21日(日) ■
メーターは親友なんだろ?、どうして変われって言ったんだい?

映画「カーズ2」(ジョン・ラセター監督)から。
数年前、夏休みの子どもたちを対象にした映画上映会で鑑賞したが、
作品はスピード感溢れ、大騒ぎしている子どもたちとともに
画面に釘付けとなってしまった。(汗)
ただ、その分だけ大切な「台詞」が聴きずらかったのは事実。
DVDで観直すことも考えたが、暗闇で残したメモを頼りに
場面を思い出しながら、レビューを書こうとしたら、
意外と、大人を意識した作品であることがわかった。
「擬人化」と言うより「擬車化」した天才レーシングカーの
マックィーンと、おんぼろレッカー車メーターの珍コンビを通して
「友情」の大切さを語っているようにも見える。
メーターのドジな行為に振り回されて、疲れ果てたマックィーンが、
今のままではダメだ、これから世界のレースに参戦するためにも
ちゃんと礼儀正しくできるよう変われ、と罵倒する。
しかし、それでも変わらないメーターに呆れて、遂に離れ離れに。
そんな時、ある仲間(車)が、天才レーシングカーに語りかける。
「メーターは親友なんだろ?、どうして変われって言ったんだい?」
親友なら、親友の全てを受け入れてあげればいいじゃないか、
そんなアドバイスをするシーンが、心に残った。
(早く仲直りしなさい)「友情より大切な喧嘩なんてないから」と。
アニメとはいえ、胸が熱くなるシーンであった。
そんな天才の悩みも知らず、親友のメーターは天才が大好き。
マックイーンがぶつかって出来た凹みだらけの車体を修理もせず、
「この凹みは宝だもの」と誰にでも言い切れる車同士の友情関係。
これはやっぱり、大人に向けた作品だな。



2014年09月20日(土) ■
彼女の「書」が「絵画」に見えた。

ほぼ毎日「金澤翔子」さんの書に触れた時間が、今日で終わった。
彼女が書いた、この「書」と毎日毎日向き合うことで、
なにか私の心の中で変化が起きるのか、楽しみに通い続けた13日間。
最初の4日間、実は何もわからなかった。
どうしてこの「字」が評価されるのか、素直に受け入れられなかった。
会場で観ている人たちは「凄いねぇ」と口にして帰っていくが、
私には、その凄さが何なのか、見えてこなかった。(汗)
次の4日間、どうして毎日眺めても飽きないのか、不思議だったが、
やはり、その「魂」が伝わってこなかった。(すみません・・(汗))
そして、最後の4日間。「書」なのに、近づいたり離れたり、
鑑賞の仕方が、美術館で絵画を観る動きと同じことに気がついた。
私のくだらない先入観から「字」としてその意味を考えてしまい、
彼女はこの「字」(単語・熟語)の意味が、本当にわかるだろうか、
そんな感覚で観ていたから、なにも伝わってこなかったんだ、と
気付いたとき、彼女の「書」が「絵画」に見えた。
まさしく「あっ、わかった!」という瞬間を味わうことが出来た。
白い半紙というキャンパスに、黒の墨で描かれた絵画、
いや、黒いはずなのに、かすれた部分に色を感じたのは、
私の錯覚ではない気がする。(墨絵とはちょっと違う感覚だけど・・)
「空」という字は、死んだお父さんの笑った顔、という解説をみつけ、
今回展示された迫力のある作品の中では、目立たない小さな「空」が、
私を惹き付けて離さなかった理由がわかった。
私にとっては、とても素敵な「金澤翔子絵画展」だった。

P.S.
京都・建仁寺に、彼女の描いた「風神・雷神」がある、と知った。
俵屋宗達の「風神雷神図屏風」と並んで・・。
また、京都に行きたくなってしまった、この「絵」を観るために。



2014年09月19日(金) ■
古き良き時代の象徴よ、GPSがつく前のね

映画「ネットストーカー」(カーティス・クロフォード監督)から。
冒頭「アメリカでのストーカー被害は、年間で340万件。
そのうち、4件に1件が暴力事件に発展している。
これは事実に基づいた物語である」で始まるが、
鑑賞後も、本当にこんなにすごい世界なのか、と感じ、
まだ半分は、信じられない私がいる。
ストーカーに襲われ、父母を殺され、人間不信の主人公。
ストーカー被害に遭ったことを隠し、生活をしている。
その徹底ぶりは、なるほど・・とメモをした。
「すごい、ダイヤル式だ。まだ使える?」「アナログが好きなの」
彼女の部屋にあった電話をみて驚いたセリフ。
デジタルは、居場所が探知される危険性を含んでいるから。
その主人公が、力強く答える。
「孤独と怠惰は、テクノロジーのせいよ。
ネットで繋がるくらいなら、一人がいい」と。
さらに「携帯電話」を見つけて珍しがっている友に、
「古き良き時代の象徴よ、GPSがつく前のね」と嘲笑う。
GPS機能付きの携帯・スマホでは、いつでも居場所が特定される。
その怖さを彼女は知っているからこそ、の発言だろう。
実は、私も「アナログが好き」。ストーカー被害者ではないけど。
でも・・やっぱり「スマホ」は便利だよなぁ。(汗)



2014年09月18日(木) ■
ピザは、このように2ツ折りにして持ちましょう

行政間の「姉妹町」関係は、解消されたけれど、
北海道・清水町の職員とは、いまだ「清水町」をキーワードに
繋がっているのが、私はとても嬉しい。
そのうちの一人が先日、facebookで、北海道・南富良野町幾寅の
(ミシュランにも紹介されている)「グリル青山(セイザン)農場」
薪釜で焼く「ビザ」を写真で紹介していた。
石窯から出されたばかりのピザに反応したかと言えば、
私はなぜか、最後におまけのように付いていたメニューに、
なるほどなぁ・・とメモしてしまった。(すみません
それが、簡単なイラストで描かれていた「ピザの食べ方」。
「ピザは、このように2ツ折りにして持ちましょう」
親指と中指で持ち、真ん中の人指し指で押さえる。(らしい)
私なんか、今まで「親指と人差し指」でビザをつまみ、
そのままの形で、大きな口を放り込む。(笑)
もちろん、尖った方からだけど・・。
もしかしたら、常識なのかもしれないが、私としては
「へぇ〜」というトリビアに近かった。
次からは、知ったかぶりで「知らなかったの?」と言い、
北海道直伝のビザの食べ方として、自慢しちゃおうっと。



2014年09月17日(水) ■
なんと無茶な「56歳」(笑)

議会もほぼ終わり、9月末までの取得が原則の厚生休暇を、
わが課のスタッフに留守を頼んで、無理やり休んでいる。(汗)
せっかくの連休、何かに挑戦したい、と考えていたが、
映画三昧、読書三昧は、やる気になればいつでも出来るので、
最近、ちょっとハマっている「ジョギング」をすることにした。
(ウォーキングでもなく、ランニングでもない程度の速さのつもり)
どうせなら、後戻りできない環境を作って・・というのが、
いつもの私の挑戦パターンだから、5時30分起床、
小銭しか持たず、三島広小路駅6時12分の伊豆箱根鉄道に乗り込み、
7時に修善寺駅をスタート、狩野川河口(沼津市我入道)を目指した。
今まで、3キロほどしか続かない「ジョギング歴」を忘れ、
今回はなんと27.8キロ。伊豆の景色を眺め、走ったり歩いたり、
写真を撮りながら、約4時間半で完走。(ほぼ完歩に近いけれど)
無謀とも言える、今回の企画で私が欲しかったものは、
56歳、まだまだ頑張れるという「体力」に対する自信と、
途中で投げ出さない「精神力」の強化、そしてもちろん
結果に満足して味わう、体に染み込む美味しい「ビール」。
考えてみれば、準備運動もせず、チョロチョロ走り出したし、
沼津(我入道)ゴール後、クールダウンもせず、帰宅の途についた。
なんと無茶な「56歳」(笑)
以前、自分で自分を誉めてあげたい、という台詞が流行したけど、
私は、自分で自分を呆れさせたいんだな、きっと。

P.S.
帰宅後、シャワーを浴びて、ビールを飲んで、あとは爆睡。
「疲れは出さないと抜けない」からね。



2014年09月16日(火) ■
疲労は出さないと抜けない。

知人の女性ブログ内容が、なぜか私のアンテナに引っ掛かった。
「週末のノドの痛みは、昨夜の発熱で治まったようです。
リフレクソロジーが効いたのか。疲労は出さないと抜けない。
出てきた疲労を油断せずにきっちり整えたいと思います。」
とてもストレートな表現だけど、シンプルで判りやすかった。
スポーツの世界では、この「疲労の抜き方」が上手な選手こそ、
超一流に一番近い、という話を耳にしたことがある。
スポーツに限らず、私たちも、仕事・生活の中で溜まった疲労を、
排便、入浴、睡眠、マッサージなどといった形で、
意識的に「疲れを外へ出す努力」をすべきであろう。
「発汗」「発熱」「下痢」といった「非常事態」もあるだろうが、
一日の溜まった疲労は、その日のうちに抜く習慣こそ、
心身ともにリセットされて、一日のスタートラインに
気持ちよく、つくことが出来る最善の方法だと思う。
私の場合、疲れたな、と思ったら「寝る」に限る。
「健康」なら、知らぬ間に眠たくなり、寝ることで疲れをとるはず。
眠たくないから・・、寝られないから・・を理由に
テレビを観ながら横になったら、眼が疲れる、(はず)
音楽を聴きながら横になったら、脳が疲れる。(はず)
「ストレス発散」にはなるかもしれないが、疲労は抜けない。
だからこそ「疲労は出さないと抜けない」を胆に銘じたい。
この「出す」という行為、これからも意識したいな。
人間のエネルギー、入るところは「口」のみだけど、
出すところは「いっぱい」あるのだから。



2014年09月15日(月) ■
僕は寿命がきたら死にたいね

映画「ハムナプトラ3・呪われた皇帝の秘宝」
(ロブ・コーエン監督)から。
最近観た映画に共通しているものがある。
権力者が求めるもの、それが「不老不死の薬」だということ。
そんなものかなぁ、という視点でメモしていたからだろうか、
主人公が、ボソッと呟いた台詞に反応してしまった。
たぶん、誰も気がつかない台詞かもしれない。(笑)
歳を重ねず、死ぬこともない。
本当に、それで人生が面白いだろうか?と疑問をもった。
いつ死ぬかわからないから、今を大切に生きようとするし、
いろいろな苦労も我慢をし、苦難にも挑戦できる。
死ぬことがない、とわかっていたら、私はどう行動するだろうか。
はっきり言って、充実感をもって生きる自信がない。
だからこそ「僕は寿命がきたら死にたいね」という言葉に
新鮮な響きを感じ、メモをした。

P.S.
敬老の日、全国で100歳以上が何人・・というニュースを
テレビや新聞で目にするたびに、思うことがあったので・・。
長寿を否定しているわけではありません、あしからず。(汗)