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しもさんの「気になる一言」
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2014年10月04日(土) ■
お目に留めていただき、ありがとうございます

第16回・伊豆高原クラフトの森フェスティバル(伊東市)に、
週末のドライブを兼ねて、妻と足を運んだ。
昨年は、私のゴルフで行けなかったが、
この時期の「歳時記」となりつつあるイベントである。
今年は138店が出店、レベルの高い作品に財布の紐が緩み、
妻は陶器、私は革製品に手を出してしまう。(笑)
もちろん作品レベルの高さは言うまでもなく、来場者もけっこう
目利きの人が多い気がしたのは、考え過ぎたろうか。
そんな雰囲気の中、制作者(作家)と交わした会話の中で、
私が選んだのは、出展者の中でも会場の一番奥に位置し、
急須のみを作っているという方の台詞。
「お目に留めていただき、ありがとうございます」
数あるクラフトの中で、自分の作品に興味を持ってもらい、
そのことだけでも嬉しく感謝したい、という気持ちが伝わってきた。
このイベントは、来場者がクラフト作品を眺めて癒されている、
という感覚があるためか、謙虚な対応に温かい気持ちになった。
「目に入る」「目に付く」「目に留まる」「目に触れる」など、
存在に気付く表現はたくさんあるけれど、
丹精込めて作った、愛着ある作品だからこそ、
まずは「売れる」より「関心をもってもらう」
「素通り」より「足を留めてもらう」ことが嬉しいようだ。
どんなイベントでも、同じことなんだな、きっと。

P.S.
明日は、地元の町民体育大会をはじめ、イベント目白押し。
来週は何も予定がないのに、うまくいかないものだなぁ。



2014年10月03日(金) ■
しもさんは、私にとって、親戚のおに〜さん、笑。

時々、老若男女、私が今まで出会った人間にとって、
自分は果たしてどんな存在なんだろう?と考えるときがある。
誰かの役に立っているだろうか、そんなことが気にかかる。
そんな時、バースディメールを送った年下の女性から、
「こんな存在です」というメールが届いた。
「しもさんは、私にとって、親戚のおに〜さん、笑。
人生の道標を、その時その時に教えてくださり。
文章の書き方も! これからも、よろしくお願いします☆」
う〜ん、いい表現だな、とメモをしたのは言うまでもない。
この「親戚のおにいさん」って存在は、
「普段の生活から、べったり接しているわけでもなく、
お互いの位置関係を保ちつつも、気になることがあると、
相手のことを考え、遠慮なく『叱咤激励』する存在」、
そんなイメージが私にはある。(違っていたらごめん・・)
実際には、そんな素敵な「親戚のおに〜さん」って、
なかなかいないけど、だからこそ、このメールが嬉しかった。
私より年下の女性限定で「親戚のおに〜さん」希望の方、
いつでも受け付けます。(汗)
ただ、他の世代の人たちからは、どういう存在なんだろう、
それも気になるなぁ。

P.S.
でもよかった。「親戚のおばさんみたいな存在」じゃなくて。



2014年10月02日(木) ■
「赤とんぼVSカチューシャ」「カチューシャ = 赤とんぼ」

映画「ジョパンニの島」(西久保瑞穂監督)から。
「北方四島における実話をもとに、ソ連軍の進駐によって
引き起こされる色丹島民たちの過酷な運命を描いた作品」、
には違いないが、私の胸が熱くなったシーンは、
戦争とは無関係な両国(日本とロシア)の子供たちの様子。
最初は、自分たちの学校の教室を明け渡して、
対抗的だった日本の子どもたちは「自国の歌」(赤とんぼ)を
隣の教室のロシア兵の子どもたちに聞こえるように大声で歌う。
ロシア兵の子どもたちも、負けじと「カチューシャ」を歌う。
それを繰り返しているうちに、お互いの国の歌を覚えてしまう。
ついには、敵対している国の歌を、大声で歌うシーン。
全体の物語には直接関係ないことなのかもしれないが、
私がこの作品を思い出すには、このフレーズで充分である。
「赤とんぼVS カチューシャ」「カチューシャ = 赤とんぼ」
相手国の言語で覚えてしまう、子供たちの頭の柔らかさに、
戦争は、大人たちのエゴが引き起こした事件であり、
被害者は、何も知らない子どもたちだと悟った作品である。

P.S.
ラストシーン「銀河鉄道の夜ってどんなお話?」の問いに、
「死んだ人はみんな天に昇って、夜空の星になる。
星は、無数に限りなく、明るく降るように光り、
その光に照らされて、僕たちは今、こうして生きている。
そういうお話なんだ」と答えた主人公のひとり、純平。
う〜ん、わかりやすい。



2014年10月01日(水) ■
どうしたら、やめられるの?

久しぶりに私の呟き。
周りの人は「どうしたら続けられるの?」と悩むのに、
私は「どうしたら、やめられるの?」と悩む。
「持続力」は、人生を楽しむためには、とても大切だし、
続けることで、必ず僅かながら「成果」が残る。
もちろん、続けることで必ず「成功する」とは限らないし、
「夢が実現する」とも言えないけれど、何かが残る。
たぶん多くの人は、短期間に成果を求めるあまりに、
「成果」が出る前に、やめてしまうのではないかと思う。
例えば「ダイエット」。夜型から朝型に生活習慣を変え、
肉食中心から野菜食中心に食事を変え、運動量を増やすなど、
いろいろ続けてみて、効果が出るのは「1年後」だった時、
それを信じて続けることが出来るかどうか。
その「持続力」こそ、成果を手にする方法なのに、
6ケ月くらいで諦めてしまうから、成果が手に入らない。
だから「このダイエット法」は私には合わない、と切り捨てる。
結局は、どんなダイエット法を試してみても、ダメに違いない。
これだ・・と感じたら、周りに何といわれても続けてみる。
その結果は、必ず付いてくる、と信じて。
さらにこの「持続力」、全てのものに対応できるから、
そのコツさえ身につけてしまったら、いろいろ挑戦するといい。
きっと「多くの成果」を手に入れるはずだから。



2014年09月30日(火) ■
科学の力で人間でも何でも小さく出来る

映画「ミクロの決死圏」(リチャード・フライシャー監督)から。
1966年のアメリカ映画、50年近く前の作品であり、
突っ込みどころ満載の作品であるが、なぜか面白かった。
そもそもタイトルも「ミクロ決死隊」と勘違いしていたくらい。
今、CGを駆使して製作したら、理科の教材になるのでは?と
考えたほど、発想は画期的だった。
その前提となるのは「科学の力で人間でも何でも小さく出来る」
また、ある程度の時間が経つと、元の大きさに戻るという視点。
昔のアニメ、メルモちゃんよりすごいな、と1人で苦笑いした。
「哲学者が言うように、人間は宇宙の中心だ」
「血は赤くないね」「赤いのは赤血球だけだよ、それも動脈だけ、
あとは海水に似た血しょうだ」
「生命の川だな、全長10マイルもある」
「(心臓を)止めるのは簡単か?」「動かすのに比べれば」
「心臓の音、1年に4,000万発も撃つ、すごい大砲だよ。
それが生命を支えているんだ」
こんな会話や台詞が飛び交い、私にはインパクトがあった。
癌や脳溢血・内臓悪化などで死ぬ人が多い今の時代だからこそ、
体の中の仕組みを知る機会になるのではないだろうか。
是非、リメイクを期待する作品の1つである。



2014年09月29日(月) ■
訳もなく涙が出る曲「あの鐘を鳴らすのはあなた」

先日、静岡市清水区で開催された「サンライズコンサート」。
静岡県下を代表する、高校の吹奏楽部が一堂に会しての演奏会、
若い力を感じる、とても素敵な企画であった。
中でも、わが町唯一の高校、沼津商業高校吹奏楽部の演奏は、
何度耳にしても飽きることがなく、そのたびに元気をもらえる、
私にとって、貴重なエネルギー源なのであるが、
最近、私の体に異変が起きていることに気付いた。(汗)
演奏終盤、定番ソング(「情熱大陸」)「風になりたい」を聴き、
アンコール曲の定番(笑)「あの鐘を鳴らすのはあなた」を
一緒に口ずさみながら楽しんでいると、なぜか「じわ〜」と
涙が溢れてきてしまう。勿論、今回も・・。
たぶん、関係者以外では、最多で演奏を耳にしていると思うが、
「泣くような悲しい曲でもない」はずなのに、涙が出る。
かといって「楽しくてたまらない」といった曲でもない。
どうして?と訊かれても、答えは見つからない。
たぶんこの演奏を聴くと「どこかのスイッチが入る」のだろう。
「訳もなく涙が出る曲」、読者には、そんな経験はないだろうか。
この理由が知りたくて、毎回、演奏会に足を運んでしまう。
春の「沼商フレッシュ・コンサート」の後も、
冬の「定期演奏会」の後も、もちろん、その他イベントの後も。
「なぜか涙が止まらない」と同じようなことを書いている。
しかし・・未だ理由が掴めず、不思議な曲だよなぁ。



2014年09月28日(日) ■
雪は解けるけど、火山灰は溶けない

御嶽山の大噴火の様子をテレビで観て、思い出した講演会があった。
当時は、あまりインパクトがなかったが、今回の噴火を目の前にして、
整理してあったメモを引っぱり出してみたので、参考にされたい。
講師「小金澤保雄」氏(珠流河国文化財調査研究所代表)

演題「富士山のこと、どこまで知っていますか」から。
(美しい富士山は、いつまで続くのでしょうか)
富士山の誕生から、繰り返されてきた噴火を伴う火山活動は、
今までに38回ほど数えられる。
それまで100年に一度くらいの周期で噴火が起きていたのに、
1707年(307年前)の宝永火山の噴火以降、起きていないという事実、
これは、3倍のエネルギーが溜まっているとも考えられる、
そう気付かされた話だった。
東海地震を含めた東南海トラフの地震は、近年大きな話題となり、
その対応は、着々と進められているが、この話を聴いて、
「富士山噴火」について、もっと知らなくては・・と感じた。
特に、本物の火山灰を見せていただいたあと、
「雪は解けるけど、火山灰は溶けない。
それも、火山灰の正体は、すべてガラス」という解説は、
知らずに目をこすったら、眼球が傷つくことを意味する。
車のフロントガラスに積もった火山灰を、ワイパーで払おうとすれば
傷だらけになって前が見えなくなる、と言うことだ。
「夏に富士山が爆発すると・・火山灰は静岡県に積もるが、
冬なら偏西風に乗って、東京に積もる」って話も、
火山灰が精密機械を襲い、全てが混乱に陥ることを予想する。
その原因は「雪は解けるけど、火山灰は溶けない」だな。

P.S.
今回、私が一番最初にしたことは、
登山好きの親友に「登ってないよね」のメールだった。(汗)



2014年09月27日(土) ■
秋と言えば「欲張りの秋・バランスの秋」

朝から久しぶりの晴天に恵まれて、秋まっ盛りって感じで、起床した。
秋と言えば「スポーツの秋」「芸術の秋」「読書の秋」「食欲の秋」等、
いろいろな表現がされるが、好奇心旺盛の私は、どれも捨て難い。
でも、今日一日を振り返ると、全て体験していた満足感が溢れている。
午前中、柿田川の外来種駆除で、写真を撮りながらも「ボランティアの秋」。
その後、静岡市清水区の清水駅前「清水文化会館マリナート」で
開催された「静岡サンライズコンサート」に、
わが町の唯一の高校であり、私がずっと応援し続けている
「沼津商業高校吹奏楽部」が演奏すると知って、清水駅まで電車で移動。
自宅から沼津駅まで「ランニング&ウォーキング」で「スポーツの秋」。
往復の電車の中は、読みかけていた本を持参し「読書の秋」。
県東部「県立沼津商業高校」、県中部「静岡市立清水桜が丘高校」
県西部「浜松海の星高校」の各校吹奏楽の演奏は「芸術の秋」に相応しく、
若い力を感じさせる素敵にコンサートであった。
また、三島駅に戻り、駅から自宅までのランニングは「スポーツの秋」。
しかし帰り道に立ち寄った、北海道料理「中むら」で、
充実した一日のご褒美で「十四代」を飲みながら「食欲の秋」。
たった一日で「全ての秋の楽しみ」を体験してしまったことを記録として
「秋と言えば『欲張りの秋・バランスの秋』」を残そうと思う。
どれにも偏らない、言い換えれば「バランスよく秋を体感」した一日。
万歩計は「17,944歩」、本は「1冊読破」、三校の吹奏楽は素晴らしく、
「十四代」(雄町・純米吟醸)でほろ酔い気分を味わった。
「スポーツも文化・芸術も」さらに「ボランティア」や「食欲」も、
大切なのは「偏らないバランス」だと気が付いた。
これも、きっと好奇心旺盛のいいところなんだろうなぁ。
さて、明日はどんな秋を体験できるのだろう、楽しみである。



2014年09月26日(金) ■
スマホはビジネスパートナー。手帳は戦友であり、師である

雑誌「DIME」の特集記事「手帳はアナログに限る!」から。
(たぶん26年11月号だったと思うけど)
私が気になったのは、泉谷直木氏のコメント。
「アサヒグループホールディング代表取締役社長兼CEO」の彼は、
「スマホはビジネスパートナー。手帳は戦友であり、師である」と
私がいつも感じていた感覚を、フレーズにしてくれた。
もちろん、わからないことを調べたりするのは、
スマホの方が便利だが、バッテリーを気にしながらの作業は、
やはり、違った意味で「ストレス」が溜まる。
一度、スケジュール管理も「スマホ」で試してみたが、
やはり、取扱いの容易さでは「手帳」の方が群を抜いている。
さらに、同じサイズの手帳が積み重なってくると、
それ自体が「自分史」となり、私の人生を一緒に過ごした「戦友」の
言葉が、ピッタリの表現だな、と頷いた。
また、何気なく書いた「メモ」が、生き方に迷った時に役に立つ。
私は、一日に20回くらい手帳を開くので、
単なる手帳というよりも、いろいろな役割を果たしているとも言える。
「僕の手帳は、記録、記憶、あんちょこの3つの機能があります」と、
手帳の魅力を伝えていた。拍手喝采の表現であった。



2014年09月25日(木) ■
100円玉は、お釣りが戻りません

長電話が予想される人に、外から緊急で電話をかけなければならず、
スマホのバッテリーも僅かだったので、公衆電話を探した。
まず、どこにあるのか、探すのに苦労した。
さらに、小銭がなかったので、傍の自動販売機でジュースを買い、
そのお釣りで電話を掛けたけれど、目に入ったのは
「100円玉は、お釣りが戻りません」
確かに、以前からその機能は気になっていたけれど、
当時は、テレフォンカード全盛時代で、あまり利用しなかった。
しかし、実際に「100円」のお釣りが戻ってこないことを体験したら、
本当に「損したぁ」という気持ちになった。
「この機械はお釣りが出ないのを承知して使ってね」って発想が、
今時の人たちに受け入れられるとは思えない。
たぶん、そういう仕組みだから仕方ないと思うけれど、
「公衆電話」のあり方を、もう一度、考え直す必要がありそうだ。
国際電話も出来るタイプとか、いろいろあったが、
パソコンを公衆電話につなげて利用する機能なんて、もういらない。
全国の郵便局の前に1台、お釣りの出る公衆電話があれば、
場所もわかりやすいし、便利だなぁ、とも思う。
(二千円札は使えなくてもいいけど・・(笑))
1円玉、5円玉、50円玉、500円玉の硬貨を始め、
千円札が使える公衆電話なら、もっといいのになぁ。