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しもさんの「気になる一言」
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2014年12月24日(水)
家族版・ゴチになります、今年は撃沈。(悔し〜い)

毎年恒例となってきた「家族の忘年会」。
いつも、この時期、職場や親しい仲間たちとの忘年会が続き、
家族には、カレンダーに「夕食なし」と書くだけで、
申し訳ないと思ったのか、ここ数年、家族の忘年会を開催している。
今年はちょっと早いけれど、クリスマスイブに1年を振り返りながら、
美味しい料理と好きなアルコールを飲みながら楽しんだのだが、
お会計の時、家族のそれぞれが清算額の予想をする企画、
「家族版・ゴチになります」(勿論、支払いは私がするのだけど)
ここ数年、私が一番近かったけれど、今日は見事に惨敗。
このところ毎日続いている「飲み会」の感覚で予想したら、撃沈。
一番、近かったのは、なんと長女。(ニアビン賞)
続いて「母」、私とゴチを争った「妻」にもかわされて、
結局は、私の忘年会会計(清算)に大きな誤差が生じたようだ。
今、考えると、最後のアイスとシャーベットが余計だったな、
いや、あそこで「純米吟醸」のおかわりは失敗だったなぁ、とか
反省することは多々ある。(笑)
まぁ、こうして今年も「家族で忘年会」が出来るだけでも幸せだな、
そう思うことで、良しとしよう・・。
帰宅後、せっかく買ってきた「クリスマスケーキ」はお腹に入らず、
神戸で買ってきた「赤のスパークリングワイン」も正月に持ち越し。
この悔しさをフレーズにすると、やっぱりこうなる。
「家族版・ゴチになります、今年は撃沈」(悔し〜い)



2014年12月23日(火)
「豊かさを実感できる生活都市・清水町」を一番口にした人

先日、前町長の告別式に参列し、遺影を眺めていて気がついたこと。
この人は、あのフレーズを一番口にした人だったなぁ、と。
そのフレーズとは、第三次清水町総合計画の将来都市像、
「豊かさを実感できる生活都市・清水町」である。
既に、わが町の総合計画は「第四次〜」を推進中であり、
現在は、その役割を終えた「一世代前の将来都市像」であるが、
その計画策定に携わった私としては、
1996年(平成8年)〜2010年(平成22年)の15年間のまちづくりを支えた
フレーズとして、今でも懐かしく計画を眺めたりしている。
計画期間と、先日他界した前町長の任期がほとんど重なったためか、
どうしても、イコール又はセットで当時の様子が蘇ってきた。
就任当初の頃、企画係長として町長室で計画の概要説明をした時、
「どんな挨拶でも『豊かさを実感できる生活都市・清水町』というフレーズを
入れてください」と生意気にもお願いしたことがふっと思い出された。
その時「わかった」と頷いた首長は、その後3期12年間、機会あるごとに
将来都市像を口にしてくれた。(汗)
そのフレーズを耳にするたびに、私は嬉しかったですよ、と、
当の本人に伝えることが出来なかったことが、今となっては何とも淋しい。
あらためて、ご冥福をお祈りいたします。(合掌)

P.S.
計画の巻頭言「在平素」(平素に在り)を読み直し、涙腺が緩みました。
「何事も平素の積み重ねが大事」・・心に刻みます。



2014年12月22日(月)
復活の喜びは、まさに格別

一日平均10,000歩、年間365万歩を目標に掲げ、
歩数計を常に身につけてから、3年が過ぎようとしている。
1年目の2012年(平成24年)は、11月18日(323日目)で達成し、
年末までにさらに、478,357歩を加え、4,138,357歩を歩いた。
続く2年目の2013年(平成25年)は、
1年目の達成に油断があったのか、なんと372,728歩を残して、
3,277,272歩で大晦日を終え、ちょっぴり悔しい思いをした。
そして3年目の2014年(平成26年)は、前半苦しんだが、
人事異動で勤務先が変わった4月以降、一気に盛り返して、
12月20日(354日目)で、なんとか年間365万歩を超えた。
初めてチャレンジし、勢いだけで歩いた2年前の達成感とは違い、
一度挫折して、生活サイクルを徹底的に見直して、
心新たに再チャレンジした結果だからこそ、その達成感は、
言葉に表現しにくいが、まさに格別である。
年齢を重ね、体力が衰えてきたことを自覚していたからこそ、
よけいに嬉しかったのかもしれない。
この日を思い出すために「復活の喜びは、まさに格別」を残し、
あと数日も、コツコツと歩き続けていきたい。



2014年12月21日(日)
俺、職員が可愛くてしょうがないんだよ、だけど・・

前町長のお通夜のあと、訃報を聞き駆けつけてくれた、
北海道清水町の町長と、夕食を共にする機会に恵まれた。
平成の合併が進み、福井県清水町は福井市と合併、
和歌山県清水町も有田川町になり、全国に4つあった
「清水町」が2つもなくなり、全国清水町の姉妹縁組は、
解消されてしまったけれど、それでもなお「北海道清水町」は
路面が凍結して離陸もままならなかった帯広空港から、
なんとか飛び立ち、お通夜にも間に合い、事無きを得た。
本来なら、私たち職員が同席する立場にはないのかもしれないが、
無理を承知でお願いしたら、快く同席していただき、
今まで私たちの知らなかった、トップ同士の会話も教えていただいた。
当時、残った2つの清水町(北海道・静岡県)で、再び「姉妹縁組」を結ぼうと
持ちかけられた時、北海道の事情で受けられず断ったことを悔やみ、
今回はどうしても葬儀に参列しなければ・・と来町の理由を語ったあと、
亡くなった前町長が、北海道の清水町長に語ったという台詞を披露した。
「俺は、職員が可愛くてしょうがないんだよ、
だけど、叱らないと育たないから、心を鬼にして叱っているんだ」と。
へぇ〜、そんなことを考えて、叱ってくれていたんだ、と、
ただ単に「怒られていた」と感じていた私は、恥ずかしくなった。(汗)
「義理と人情」を最も優先してきたその行政手腕は、
お通夜に参列した多くの人たち、誰もが認めるところであろう。
祭壇に飾られた遺影を見るたびに、あの独特の口調が思い出され、
確かに、この人に育てられたなぁ、と感じたお通夜だった。
「お世話になりました」、そして「ありがとうございました」(合掌)



2014年12月20日(土)
「刺激しあう」関係っていいな

2014年11月の上旬、筑波大学の学生から依頼を受けた、
「ICTの活用による中年者を対象とした
身体活動促進プログラムの開発」に関する調査は
毎日「歩数計」を付けて歩き、
その歩数をFacebookに報告するというだけの調査かと思っていたら、
私の予想以上に、楽しい試みとなった。
たまたま同じグループに分けられた人たちで繰り広げられる
お互いの「いいね」や、励ましのコメントは、
健康のために少しでも多く歩こう、と思う私のモチベーションを、
ずっと下げないまま、楽しく調査終了を迎えることが出来た。
それまで、一度も面識のなかった人たちが、
同じ目的のためとはいえ、こうも刺激し合えるものか、と
驚くとともに、その効果は絶大だな、と再認識させられた。
さらに調査期間が終えてからも、誰彼とはなく、自主的に、
これからも続けたいという声が上がり、2カ月ほど前までは、
存在すら知らなかった、全国に散らばっている人たちが、
今では、一番コミュニケーションをとる仲間になった。
一方的に「指示・命令・アドバイス」をするのではなく、
双方向で「刺激しあう」ことは、ひとりではできないこと。
だからこそ「刺激しあう」関係は、楽しいのかもしれない。
来年も「刺激しあう」仲間たちと、歩きつづけたいと思う。



2014年12月19日(金)
ゴルフは「心の人間ドック」

質問攻めにあった11月議会も無事終わり(汗)、夕方からの職場忘年会を前に、
久しぶりの休暇をとって、後輩たちと近場のゴルフ場へ出かけた。
最近は、ゴルフ場でも健康のために、乗用カートに乗らず、
歩く癖をつけているが、私にとって「ゴルフ」は、実は健康のためではなく、
どれだけ自分をコントロールできるか、トラブルに冷静に対処できるかなど、
精神的な面の「人間ドック」と位置付けて、楽しんでいる。
ところが「体の人間ドック」は努力次第で改善できるが、
心の成長を測るバロメーターと位置付けたゴルフは、全然改善されていない。
いやむしろ、どんどん悪化の道を進んでいる気がしてならない。(汗)
本来、スポーツでもなんでも、お金と時間をかければ、
ある程度は上達して、自己満足に浸れるのであるが、ゴルフだけは、
たとえお金と時間を使っても、なかなか上達しないスポーツなので、
どれだけ心(精神)が成長したかを試す場として、活用している。
といいつつ、今回もまたまた私の心は大きく乱れ、同伴者のスコアや、
自分の球の行方が気になって、心は冷静になれず、安定しなかった。
う〜ん、ゴルフを始めた頃が、一番うまかった気がするなぁ。
巧くなりたい、という欲がなくなったんだろうな、たぶん。
改めて「ゴルフは『心の人間ドック』」を記しておこうっと。

P.S.
さて一休みして、本日のメインイベント、課の忘年会に繰り出すとするかな。
酒の肴には困らない、珍プレーならいっぱいあったから。(笑)



2014年12月18日(木)
水平線で船が消えるのを見たことある?

映画「メッセージ そして、愛が残る」(ジル・ブルドス監督)から。
うまく表現できないが、似たような作品が、ふっと思い浮かんだ。
映画「Sweet Rain 死神の精度」では、
「死に値する生き方をしたか、を判断するだけ」と言い切る「死神」、
映画「アジャストメント」では「決められた運命を逸脱しないよう
世の中を監視している『調整員』」などが登場する。
今回は「メッセンジャー」、死と向き合える時間を与える役目らしい。
死・生き方について、いろいろな役割があるものだなぁ、と感心した。
さて、今回の気になる一言は「死」についての説明である。
「水平線で船が消えるのを見たことある?
船の姿は、目に見えないけれど、存在しないわけじゃない。
『死』もそれに似ている。
水平線の船のように、見えないだけでちゃんと存在してる」
「死」は肉体としては確かになくなるけれど、
「精神」「心」は、思い出として、残された人の心に存在する。
そんなことを言いたかったのかもしれない。
妙に納得してしまった例え話であり、わかりやすかったなぁ。

P.S.
昨日の朝、前町長が他界したという訃報が、突然のように届いた。
体調が悪いことは耳にしていたが、まさか亡くなるとは・・(涙)
私が係長や主幹の職で、町内を飛び回っていた頃の社長なので、
よく叱られもしたし、可愛がっていただいた。
お通夜も告別式にも参列し、まずは生前のお礼を言い、
お疲れ様でした、と声を掛けたいと思う。(合掌)



2014年12月17日(水)
日本人って、記録を残したがるよね

先日、久しぶりに会った知人と飲んでいて、意気投合した。
もしかしたら、自分たちだけかもしれないが、
「日本人って、記録を残したがるよね」の話題で盛り上がった。
その典型は私だな、と頭をかきながらも、
全国あちこちで開催されている、市民マラソンなども、
ブームを通り越して、日本人に定着しているのは、
たぶん、記録好きの日本人にとって、どんなタイムでも、
記録が残り、前回と比べたりして楽しめるからではないか、
そんな経験者談義となった。
逆に考えると、せっかく高い参加料を支払うのに、
制限時間より遅かったから、を理由に打ち切られるのは、
「記録なしも記録」と割り切れる人以外は、リピーターとならない。
だから、警察の交通規制がなく、制限時間が緩やかな大会が好まれる、
という視点は、大会開催のヒントとなる気がする。
そう考えると、市民対象のスポーツって記録が残ることが大切だな。
そういえば、毎日の歩数、体重、読んだ本のページ数など、
スポーツ以外にも、何でも記録したがるものなぁ、私の場合。(汗)



2014年12月16日(火)
一言で喧嘩できるらしい「ぬぅ」

この言葉にピンときた人は、沖縄県人だな。(汗)
沖縄の方言なのだろうが「ぬぅ」は、
一言で喧嘩できる、あまり使ってはいけない言葉のようだ。
何人かの沖縄出身の人に確認したけど、
ほとんどの人が、そうそう・・と言うので間違いはなさそう。
静岡県人の私には信じられないけれど、
「バカ」「間抜け」「阿呆」、そんな類いの言葉だと理解したら、
それまた、ちょっとニュアンスが違うらしい。
そう考えると「ぬぅ」・・に匹敵する日本語は見つからない。
「ぬぅ」と口にすれば、それだけで「喧嘩」ごしに変わるなんて、
不思議な単語である。
ネットで調べたら「あまり、丁寧な聞き返し方ではありません」、
とあったので「なんだと?」とか「なにぃ?」のような、
相手の話、行為に対して、イチャモンをつける言葉なんだろう。
文字にすると迫力ないけれど、きっと、火花散らしながら、
語気を荒げて「ぬぅ」と言うんだろうなぁ。
「言葉は力だ」って言い続けたてきた甲斐があったかな。
逆に、これを言えば一言で、仲良くなれる言葉はないのかな?

P.S.久しぶりに・・「言葉は力だ」
一つの言葉で喧嘩して  一つの言葉で仲直り
一つの言葉でおじぎして 一つの言葉で泣かされた
一つの言葉はそれぞれに 一つの心を持っている



2014年12月15日(月)
献体がなければ医者は育たない。

最近、看護師さんの知り合いが増えたから、ではありませんが、
映画「眉山」(犬童一心監督)から。
観ようと思った動機が、物語の主人公である母役と娘役が、
宮本信子さんと松嶋菜々子さんだったので、不純ではあったが、
観終わると、さだまさしさんの原作らしい「爽やかさ」が残った。
特に、末期がんに冒された母、龍子さんが
献体支援組織「夢草会」に登録をしていたことが印象的である。
インターネットによると「献体」とは「医学および歯学の発展のため、
また、力量の高い医師・歯科医師を社会へ送りだすために、
死後に自分の肉体(遺体)を解剖学の実習用教材となる事を約し、
遺族が故人の意思に沿って医学部・歯学部の解剖学教室などに
提供することである」
いくら医療技術が進もうと、医師が扱うのは「生身の人間」であり、
それは、どれくらい多くの解剖(手術)を経験してきたかにより、
医師として自信がついてくるものではないか、と思う。
家族(遺族)としては遺体が長い期間戻らず、ヤキモキするだろうが、
「献体がなければ医者は育たない。お母さんはそういう深いところで
医学を理解しているんじゃないですか」という台詞が示す通り、
死んでも、社会の役に立とうとする献身的な心構えがあるからこそ
生きている時も、悪いものは悪い、ダメなものはダメと、
誰彼とはなく、叱ることが出来るのだろう、と羨ましくもあった。
「生き様」だけでなく「死に様」をも考えさせられた作品として、
私の今後の生き方の参考にしたい。

P.S
親子(母娘)をテーマにした映画で「また親子丼か」という台詞、
意味もなく可笑しくなりメモしてしまったが、考え過ぎだろうか?