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しもさんの「気になる一言」
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2015年03月13日(金) ■
「地方再生」ではなく「地方創生」

今日本が抱えている「人口減少」「東京一極集中」の裏には、
「地方の衰退」が見え隠れする。
それを解決するために、国が考えているのが「地方創生」。
その作戦が「まち・ひと・しごと創生」であり、
ここに掲げた3つの要素を一体的に推進することが求められている。
ただ、言葉だけが独り歩きしないように、そのコンセプトを探り、
短いフレーズで覚えておこう、と考えていたら、
石破地方創生担当大臣の挨拶にヒントがあった。
「かつての日本は、公共事業と企業誘致で地方は元気だった。
今回の『地方創生』は、その頃と同じレベルに戻すことではない。
新しい日本を創るということ」という力強い発言が、耳に残った。
だから「『地方再生』ではなく『地方創生』」という一言を残したい。
以前「改善」と「改革」の違いを書いたことを思い出す。
言い換えれば「改善」「再生」では、問題解決が出来ず、
「改革」「創生」といった、仕組みから変えなければならない状態だ、
そう理解して、大きな転換期を乗り切りたいと思う。
今までの知識と経験では、問題解決できないことを念頭に。

P.S.(「石破茂大臣の公式ホームページ」には・・)
「私は建て直す! 地方創生により、地域を、日本を!」



2015年03月12日(木) ■
技術がなければ、体力はついてこない。

書籍「痛くならない、速く走れる、ランニング3軸理論」
(鈴木清和著・池田書店刊・191頁)から。
昨年9月から走り始めて、半年でハーフマラソン完走、
それで満足するはずだったが、やはりもっと速く走りたい、
そんな欲求にかられていたら、我が課のスタッフが、
「課長、これ読んでみますか?」と貸してくれた。
帯に書かれていた「軸で走れば世界は変わる」というフレーズが
妙に心に残り、夢中になって読み終えた。
「ランニング、そしてマラソンは、やったことしかできません。
練習したものが、そのまま本番の結果として表れます」に頷き、
「本当に身につけるべきは、自分の体に合ったランニング技術」
という部分で、メモが増えた。
「人によって体型や骨格は異なりますから」と前置きがあって、
「教科書どおりの走り方では、特定の箇所に負荷がかかり、
それによって故障してしまうランナーも中にはいる」という解説は、
最近、走っているけど伸び悩み、と感じていた私にとって、
これ試してみようかな、と思わせるにはピッタリの表現だった。
(技術)テクニックは、ここでは紹介が出来ないけれど、
「技術がなければ、体力はついてこない。
『技』で身につけた走りを続けていくことで、
その『技』に見合った『体』ができていくのです」
走ることなんて自己流でもなんとかなる、と考えていた私は、
180度違う視点で、その上を目指していこうと思う。
「『心技体』は、言葉の順番のままに成長させていくことが大切」
なるほどなぁ。



2015年03月11日(水) ■
あの災害を契機に・・・

朝から夜まで「3.11東日本大震災」関連の番組が溢れ、
私たちの記憶を風化させないために、
当時の被害の大きさだけでなく、いろいろな角度からの特集が
組まれているのは、当然のことと思う。
あれから4年という歳月が「もう4年」なのか「まだ4年」なのか、
なかなかコメントができない。
大切なのは、当時の記憶を呼び戻すことではなく、
4年後の現状に対して、自分の過ごしてきた4年間と比較し、
そのギャップに何かを感じて、行動に活かすことが求められている。
その行動の中で、何かを学び、自分の生活を見直すことこそ、
亡くなった方への追悼ではないか、と思う。
ただ単に記録として「3.11から○年」というのであれば、
来年の3.11は「あれから5年」という特集が組まれるだけであろう。
胸を張って自慢できることでなくてもいい、あの災害を契機に、
少しでも、自分の生活が変化すること、それが大事なのだと言える。
人生観が変わったという人たちも多くいる中、自分を顧みたい。
だからこそ「あの災害を契機に・・・」というフレーズを残しておきたい。



2015年03月10日(火) ■
ある事情があって・・みんな事情がありますよ

(久しぶりに情報源不明だけれど・・)
大切な面会を、急遽決まった会議で欠席しようとしたところ、
ピシャっと、こう言い返されて、ぐうの音も出なかった。
「すみません、ある事情があって出られなくなりました」。
「みんな事情がありますよ」・・それはそうだ。
変な理由や言い訳をするよりいいかな、と思い、
「ある事情」という単語を使ったのだが、
かえって、相手を怒らせてしまったかもしれない。
理由になっていない言い訳をしてしまった、と反省した。
もっと相手を気遣える言葉を探さなければいけないな、とも。
「言葉の力」を伝えようとしている私にしては、
ちょっと軽率な発言だったと思うが、
どちらも大切な用事がブッキングしてしまった時って、
欠席(キャンセル)する片方になんと言えばいいのだろう。
何を言っても言い訳にしかならないだろうし、
相手は、せっかくスケジュール調整をしてくれたのに・・と
詫びる言葉は浮かぶけれど、キャンセル理由が浮かばない。
もちろん、誠意を持って謝ることは大切だけど、
相手が、それでは仕方ないですね、と納得してくれる理由は、
どうしてもみつからない。
理由も言わず、謝り続けるしかないのかな、こういう場合。



2015年03月09日(月) ■
このことは誰も知らない。

一昨日、大阪城のライトアップを見て、思い出してしまった、
映画「プリンセス トヨトミ」(鈴木雅之監督)から。
作家・万城目学さんの同名小説映画化とあって楽しみにしていたけれど、
あまりに省略・簡略し過ぎて、原作の面白さがほとんど残っていない。
また、登場人物の性別や、大阪国民になれる条件の年齢、
さらに、大阪が全停止した日付まで変更して、
何を訴えたかったのか、それすらわからなくなってしまった。
これなら、原作を忠実に再現してくれた方が、よかったなぁ。
気になる一言は、冒頭、文字として最初に目にした、
「このことは誰も知らない」というフレーズ。
本当に誰も知らないのかと思えば、知っている人が大勢いる。(笑)
その矛盾が最後まで解決されないまま、終わってしまう。
原作と比較すればするほど、その表現力のなさが目立ってしまうから、
万城目さんは、この出来上がりで本当にOKしたの?と疑いたくなるほどだ。
豊臣の末裔を守る、という自分たちの行動は、父親と息子しか知らない
大切な約束として守り続けている、と大坂の男たちは胸を張るけれど、
原作のラストシーンは、大阪の女はそんな男の行動を全て知っていて、
黙っている・・という一番面白い部分が抜け落ちていたので驚いた。
映画のラストシーン、和久井映見さん扮する、
大阪国総理大臣の妻(お好み焼き「太閤」の女将)が、
呆れたように呟く「まったく、大阪の男は・・」がオチなのだろうが。(汗)
原作を読んでいる人が、映画を観ることを想定してなかったのかな?



2015年03月08日(日) ■
自然相手じゃ、誰にも文句を言えないね

今回の1泊2日「奈良・京都の旅」は、歳時記を体感するバスツアー。
「奈良東大寺二月堂修二会『お水取り』」は、観客の私たちにとっては、
お祭り・イベントであるが、東大寺にとっては、
天正4年以来、一度も途絶えることなく続けられている修行の1つだから
屋外の天気が雨だろうが雪だろうが、決行する。
本番(午後7時)の1時間以上前から、雨の中、何千人もの人たちが、
夕方から次第に強くなってきた雨足にも耐え、傘をさしながら、
じっと「二月堂」を見上げたまま動かない光景は、違った意味で、
私を感動させた。
さらに、関西地方随一と言われる梅の名所(月ヶ瀬梅林・梅渓)は、
ほとんど開花もしておらず、蕾もやっと・・という状態。
京都・北野天満宮の梅も「見頃」とは言われていたが、
まだ満開にはほど遠い状態で、楽しみにしていた「自然景」は、
参加した人たちの期待を大きく裏切ることとなった。
しかし、帰りのバスの中で聞こえてきた、おばさまたちの会話は、
今回のバスツアーを表現するに相応しいフレーズだった。
「自然相手じゃ、誰にも文句を言えないね」
しっかり代金を払ったにも関わらず、予定どおりいかない結果に対して、
不平・不満・愚痴が出ないのは、自然とともに生きてきた日本人らしい、
考え方ではないだろうか、と思う。
これから多くのツアーが計画される「桜」を始め、菖蒲・藤・紅葉など、
季節の景色を求めて旅をするのは、誰からも文句が出ないからいいなぁ。



2015年03月07日(土) ■
我が夫婦のマイブームは「バスツアー」

最近、我が夫婦のマイブームは「バスツアー」(笑)。
昨年の「皇居(乾門見学)バスツアー」で面白さを知ったのか、
週末の新聞紙に挟まってくる旅行チラシを眺めながら、
「ねぇ、これどう?」と話題になるのは、バスツアーなのである。
もちろん、自分たちで綿密に計画を立てる旅行もいいけれど、
長年連れ添った夫婦となると、大切なのは「思い出+夫婦の会話」。
自動車や電車よりも、バスの方が、座席の距離が短く狭い分、
夫婦だけで長時間会話するには、ピツタリなのである。
そして今回、私たちが選んだのは、この時期に合わせて
「奈良東大寺二月堂修二会『お水取り』と京都奈良の梅めぐり」。
妻の「一度、行ってみたかったんだよね」の誘いに乗って、
今年は議会も終わることだし・・と「OK」を出した。
片道6時間、時にはウトウトしながらも、夫婦の会話を楽しんだ。
自然の景色に驚きながら、久しぶりに何枚かのツーショットも。(笑)
次は4月「甲斐善光寺御開帳と甲州三大桜」に合わせて長野まで。
バス旅行は、子育てが終わった夫婦にとって、
意外とのんびり会話ができる、願ってもない旅行と言えそうだ。
読者の皆さん、是非、お試しあれ。



2015年03月06日(金) ■
いけないことを、しているかい?

映画「パイレーツ・ロック」(リチャード・カーティス監督)から。
60年代に実在した海賊ラジオ局を描いた作品だが、
このラジオ放送を聴きながら、喜怒哀楽を表現し、
喜んだり心配したり、一喜一憂するシーンが印象的である。
海賊版らしく(わざと)「放送禁止用語」を口にしたり、
「いけないことを、しているかい?」と、視聴者をドキドキさせる。
こんな自由気侭な内容で、国民を引きつける放送局を、
政府が黙ってみているわけがない。
大衆を煽動して、クーデターでも起こしかねないから・・(笑)
作品の中でも「政府は自由な人間を嫌う」という台詞が出て来た。
常日頃、法律やルールなどに縛られて生きているからこそ、
「違法なことしているか?」「いけないことを、しているかい?」
というような表現が、妙に新鮮に感じるのだろう。
そして、こういった枠を外した行為こそ「ロック」だ、となる。
タブーは、確かに「蜜の味」かもしれないが、
私は、わざわざ「いけないこと」をしなくても、いいと思っている。
歳を重ねた証拠だろうか。(汗)



2015年03月05日(木) ■
「おまえうまそうだな」「わたしを食べて」

絵本作家・宮西達也先輩の代表作「おまえうまそうだな」。
以前、先輩を囲んで一席設けた時に、酔っぱらった勢いで
「先輩、絵本を知らない人が耳にしたら、ちょっと危ないですね。
『おまえうまそうだな』なんて、青少年健全育成の観点からは、
まずいでしょ・・」と指摘。
それを受けて「実はさぁ、次の作品は、自分が犠牲になって
みんなを救うストーリーなんだ。タイトルは『わたしを食べて』」
(今考えると、その時だけの冗談だったらしいのだが・・)
「先輩、もっとまずいでしょ。恥ずかしくて口に出せません。
『おまえうまそうだな』『わたしを食べて』なんて。(笑)」
1つ1つは、素敵な作品でも、つなげちゃまずいですよ。
いつぞや、先輩の講演会で「これはわたしの作品ですが、
なんというタイトルでしょう?、はい、下山君」と
私以外、全て女性の会場で指されたことを思い出した。
「おっぱいです」「えっ、聴こえません、もう少し大きな声で」
「おっぱいです」「まだ声が小さいね、もう少し大きな声で」
「おっぱいです」・・会場は爆笑、私は赤面。
今回の作品も、きっとネタに使いますね、男女一組に、言わせる。
「おまえうまそうだな」「わたしを食べて」と。
うん、でも楽しそうだな、会場で指されなければ・・。



2015年03月04日(水) ■
お気に入りの本に囲まれて過ごす生活

電子書籍も含め、巷に溢れている本の中で、
もう一度読み直したいと思う作品はどれくらいあるだろうか。
感動したり、感激したり、頷いたり、憤慨したり、
悲しくなったり、切なくなったり・・
本は、私に多くの気付きを与えてくれるが、
あれも読みたい、これも読んでみたい、と思う本が増える中、
またじっくり読み直したい、と思える本に出会えたことは
私の読書スタイルを大きく変えたと言っていい。
もちろん「2013年(平成25年)を表す熟語」に選んだ、
「十二国記」(シリーズ)(小野不由美著・新潮文庫刊)がそれである。
当時は、全巻(11巻)を職場のスタッフに借りて、
それこそ寝る時間を惜しんで読破したことが思い出されるが、
今は、昨年のクリスマスに「自分へのプレゼント」として、
大人買い(全巻鵜入)をした文庫を、
寝る前の静かな時間や早朝のさわやかな時間に、
その意味を噛みしめ、味わいながらページを捲っている。
この「「十二国記」シリーズが揃っていれば、
私の場合「テレビ番組の誘惑」に負けることはないと思う。(笑)
憧れていた「お気に入りの本に囲まれて過ごす生活」を、
少しずつだが、手に入れた気がする。
これからも、何度も読み直すだろうなぁ「十二国記」。

P.S.
自分の部屋の本棚は、また読みたいと思う
「お気に入りの本」だけで埋める、それが私の最終目標。
気持ちいいんだろうなぁ、そんな空間って。