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しもさんの「気になる一言」
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2015年04月03日(金)
背伸びをした仕事と向かい合うための、栄養源だ。

静岡県内の著名人が書く、静岡新聞夕刊のコラム「窓辺」に
前・国土交通省沼津河川国道事務所長の野坂周子さんが載っていた。
「伊豆マラソン」と題し、私も一緒に走ったコースを、
本当に短いフレーズながら、わかりやすく纏めていて感心させられた。
天は彼女に二物どころかも多くの才能を与えたようだ。
さて、コラムの後半「走る」ことについて、こう記している。
「戦後の厳しい時代を生き抜いた母には、『走る』なんて、
なんでそんな無駄なエネルギーの使い方をするのかと問われる。
確かに、この走るエネルギーをもっと建設的な事象に使えばと思う。
ただ、これは私のぜいたく。
背伸びをした仕事と向かい合うための、栄養源だ。
これからも、きっと走り続ける。」
この部分だけ読んでも、うんうんと頷き、思わずメモをした。
以前「なぜ走るのか?」と問われたとき、
「もっと強い自分に出会うために走り続ける。」と答えたが、
緊張感の続く仕事をこなしてきた彼女が表現してくれた
「背伸びをした仕事と向かい合うための、栄養源」も素敵だなと思う。
走ることは「エネルギーを使うのではなく、蓄える手段」という感覚、
走り始めて7ケ月だけど、少しずつわかってきた。
「これからも、きっと走り続ける。」と言い切った彼女は、
4月1日付けで異動してしまったが、この気持ちは私たちに残された。
「これからも、きっと走り続ける。」・・いい言葉だなぁ。



2015年04月02日(木)
「貸切」・・そりゃぁ、ないでしょ(怒)

それは、平成26年度の年度末、3月31日の出来事。
多くの人たちがSNSにアップする「三島大社」の夜桜に惹かれ、
また家族からの「大社の夜桜見にいかない?」のメールに誘われ、
やや肌寒い天気の中、歩いて出かけた。
勿論、週末の雨で散る前に・・という桜の花見だけでなく、
夕食は「○○○○」でワインでも飲みながら・・という
お楽しみ付きの誘いであったから、いろいろ期待して足を運んだ。
ところが・・なんと「貸切パーティのためクローズ」のメッセージ。
季節的にも、大社の夜桜見物に訪れた人たちを受入れる施設・・
と思っていたら、どうやら私の勘違いだったようだ。
夜桜見物のあと、ちょっと気取って、温かい珈琲でも・・
と考えていた人たちは、私たちだけではなかったようで、
多くの人がその看板を見つけ中を覗きながら、不平不満をこぼしていた。
簡単に言うと「『貸切』・・そりゃぁ、ないでしょ(怒)」
民間施設の営業だから、口を挟むことはないのかもしれないが、
静岡県東部の花見の名所として知られる「三島大社」の目の前で
営業しているのだから、本当に期間が限られた数日だけは、
「貸切」という貸し出し方法を考慮して欲しかった。
「貸切」をすることで、まとまった収入はあるのかもしれないが、
それと引き換えに、楽しみに訪れた多くのお客を失った気がする。
「大変申し訳ございませんが」のフレーズに、
「本当に申し訳ないよ」「本当にそう思ってるの?」と呟き、
「ご迷惑をお掛け致しますが、宜しくお願い致します」のフレーズに、
「本当に迷惑な話だよ」「よろしくお願いされないぞ」と言い返す、
若い人たちやおばさま方の反応のほうが面白かった。
「施設まるごとの貸切」って、私はあまり好きじゃない。
「本日貸切」の表示は怒るけど「只今満席」の表示だったら諦める。
そんなもんなんだよなぁ、人間の感覚って。(笑)



2015年04月01日(水)
ぶち男前っちゅうわけやないけど・・

映画「カーテンコール」(佐々部清監督)から。
せっかくの映画作品なのに、山口県の方言が気になってしまった。
昭和30年代から40年代の下関の映画館で活躍していた
幕間芸人・安川修平のことを知ってその調査を始めるところから、
スタートするが、藤村志保さん扮する当時の従業員が、
「どんな方でしたか?」の問いに、
「ぶち男前っちゅうわけやないけど・・」と答えた。
私の大学時代に、山口県出身の友達がいて、
山口県の言葉には、英語の「原級・比較級・最上級」が存在し、
「ぶち・こち・かち」と言うんだ、と自慢していたのを思い出した。
「ちょっと、すごく、ものすごく」くらいの感覚で、
ぶち広い、こち広い、かち広い・・と使うらしい。(当時の記憶ですが)
そこで作品中、取材の会話で「ぶち男前・・」を耳にした時、
懐かしさと、やっぱり本当だったんだという確信が持てて、
他のメモした台詞より、インパクトがあり輝いてしまった。
本来なら、この作品を思い出すには、なんといっても
「星よりひそかに 雨よりやさしく」なんだろうけれど・・。
下関が舞台らしく「在日朝鮮人」などの差別問題も含めて、
映画の最盛期、そして衰退期がわかる作品でもあった。
シネコンとは違う昔の映画館・・なんとなくだけど覚えているなぁ。

P.S.
大河ドラマ「花燃ゆ」の舞台は、山口県・萩だけど、
こんな台詞は耳にしないなぁ。地域が違うのかな?



2015年03月31日(火)
「はとかで」は、川柳では「もったいない」

先日、川柳に詳しい人に、そのコツを訊いた。
その中で、なるほど・・と思ったのが、
5・7・5の最初の5は、単なる単語の説明になってしまう
「〜は」「〜と」「〜か」「〜で」はなるべく使わない方がいい、
というアドバイス。
もちろん「禁止」でもないし「ご法度」でもないけれど、
少ない文字数の中で、膨らみをもたせるには、
その一文字がもったいない、そんな感じなのだと思う。
だからこそ「『はとかで』」は、川柳では『もったいない』」を、
残そうと考えたが、いかかだろうか?
私が今までに作った「川柳」(もどき)を振り返ると、
なんと「は・と・か・で」が多いことか、自分でも呆れてしまった。
その世界では、常識的なコツも、独学ではわからないから、
一度、その道の達人に教えを乞うのも一考かもしれないな、と思う。
このコツを知っただけでも、私の「川柳」は、
ちょっとばかり「素人っぽさ」がなくなった気がする。
勿論、次の作品が、楽しみである。(汗)



2015年03月30日(月)
人間が接ぎ木しないと増えていけません

書籍「旧暦で楽しむ日本の四季」(二十四節気と七十二候)
(別冊宝島編集部編・宝島社刊・319頁)から。
四季では「春」二十四節気では「春分」、七十二候では「十一候」
(四節気「春分」の次候)にあたる、「桜始開」(さくらはじめてひらく)、
意味は「桜の花が咲き始める」。(2015年は3/26〜3/30)
全国で、どれだけの人がこの時、この色を待ち望み、
その風景を写真に撮り、周りの人に見せたくなるのだろうか。(笑)
桜の木の下は、デジカメ、スマホを上に向けた日本人で溢れている、
これもまた、日本の歳時記と言えそうだ。(実は、外国人もだが・・)
日本中、桜の話題でいっぱいの中、メモした話題をひとつ紹介したい。
「桜の多くはソメイヨシノです」と言いつつ
「その絶対多数のソメイヨシノですが、実は極めて繁殖能力が低いため、
人間が接ぎ木しないと増えていけません」と纏めている。
「ソメイヨシノ好きの人間と、その人間がいないと生きていけない
ソメイヨシノの関係は面白いですね」とも・・。
それこそ日本人が長い歴史の中で培ってきた「日本文化」であろう。
人間がソメイヨシノを育て、育てられたソメイヨシノが、
自然を愛する人間を育て、疲れた人間を癒す役割を果たしている。
この事実知ってから「花見」をすると、また格別に愛おしくなるのは、
不思議な感覚であるが、是非、見るだけでなく、桜に触れて欲しい。
また新しい「花見」の楽しみ方が増えた気がするから・・。

P.S.
桜の開花は「稲作りを始める目安」とされていて、
桜の花の下で行われる宴会(花見)は「秋の実りの予祝行事」らしい。



2015年03月29日(日)
下山義夫会様御一行

書こうかどうか迷ったけれど、インパクトがあり面白かったから、
記録・記念として、残しておこうと思う。
実は、先日開催された「わが課の平成26年度送別会」は、
伊豆の国市にある某ホテルにて、1泊のイベントだった。
仕事以外の企画・運営は、全ては課のスタッフ任せで、
私は当日の祝儀を出すだけ。(汗)
彼らには、こういった行事を通して「段取り力」を始めとした
仕事に活かせる力を身につけて欲しい、といつも思っている。
さて、今回も「飲んだ翌日、どこまで走れるか試してみようか」という
私の無謀な思いつきを「宴会翌日早朝ラン・朝風呂企画」として形にし、
一緒に付き合ってくれるなど、いろいろな企画が準備され大満足だった。
中でも一番驚いたのは「宿泊施設の入口」「各部屋の前」に書かれる
団体名が「下山義夫様御一行」だったこと。
もちろん、宴会会場入口にも、蛍光灯で照らされた看板に
「中宴会場・下山義夫会様」の文字がデカデカと・・。
偶然にも、同じ職場の別の課も同宿泊施設で「歓送迎会」だったから、
「○○役場○○課様御一行」の横に並んで書かれた、
「下山義夫会様御一行」で、恥ずかしさ、照れくささは倍増したが、
スタッフの粋な計らいのおかげで、いい想い出になった。(笑)
頼りないリーダーの私を、みんなで支え、盛り上げてくれた感じがする、
「〜会」の名称が妙に眩しく嬉しかったから、看板と並んで写真を撮った。
たぶん、こんな経験は、なかなか出来ないんだろうなぁ。(感謝)

P.S.
統一選挙を間近に控え、名前入りの看板が主要道路沿いに立てられるが、
ホテル内だけでも、こんなに恥ずかしいのに、自分の名前(氏名)が、
(県内・市内・町内の)目につくところに何カ所も貼り出されるなんて、
考えただけでも、私には出来ないことだな、と実感した。



2015年03月28日(土)
ゴリラは、食べてるのは肉ではなく、ほぼ植物。

映画「セイフ ヘイヴン」(ラッセ・ハルストレム監督)から。
その作品を思い出す「気になる一言」には選ばなかったが、
発想、視点でなるほど・・と感じた事を紹介したい。
その1つが「ゴリラは、地球上の動物の中で最強だよ。
食べてるのは肉ではなく、ほぼ植物」「体にいいわよね」。
私たちは「筋力」をつけるには「肉」を食べる、と覚えてきたし、
現実の会話でも、最近、肉を食べないから力が出ない、などと
言いながら、焼肉屋に繰り出すことがあるけれど、
この会話をメモしてから、ゴリラのあのもの凄いパワーは
どこから生まれるのだろう・・そんな疑問を抱いた。
調べてみると、確かに「食性は植物食傾向の強い雑食で、
果実、植物の葉、昆虫などを食べる。
亜種マウンテンゴリラは季節によって果実なども食べ、
乾季に食物が少なくなると植物の葉、芽、樹皮、根などの
繊維質植物を食べる」とあった。
食性は確かめられたものの、ほぼ草食性のゴリラのパワーの源は、
正直、判らなかった。
ただ、肉好きだから力強く、野菜好きだから力がない、
そういう例えは当てはまらないということだけは理解できた。
よく考えれば、オリンピックの金メダルは、肉好きの国民だけが
獲得しているわけではないものなぁ。納得。



2015年03月27日(金)
好物ですか?、朝飯です。

年度末を控え、歓送迎会のシーズンとなった。
わが課は異動対象者に配慮して、送別会と歓迎会は別。
もちろん、私の意向も同じ。
1年間、いろいろな難題・課題に対処してきたメンバーと、
これからの新しい1年を乗り切っていくメンバーでは、
話す内容も違うだろうし、両方一緒ではどっち付かずの宴席になり、
送られる人、歓迎される人とも楽しめないのでは?と考えている。
そんな訳で、今回は、宿泊付きの「送別会」。
みんなで過ごした1年間の想い出が蘇る、楽しい時間だった。
普段は若いスタッフたちと話す機会が少ないが、
こういう席では「無礼講」、プライベートな話も出来て大満足だった。
男だけの職場で盛り上がった話は、ここで紹介できないネタばかり。(笑)
だから、今回の「送別会」を思い出すキーワードを残しておきたい。
「食べ物は何が好き?」とありきたりの質問をしたのに、
戻ってきた台詞は「好物ですか?、朝飯です」。
詳しく訊くと、おかずは、海苔でも卵でも納豆でもいいらしい。
お米大好きで、みんなで囲む「朝飯」の雰囲気が好きなんだろうな。
予想外の答えに笑いながらも、ちょっぴり頷いてしまった私がいる。
翌朝、スタッフ全員で食べた朝食の光景。
若い人たちの茶碗は、どれも、特大盛りで、ムシャムシャ食べている。
お鉢に用意した御飯では足りず、なんとお鉢をお替わりする始末。
本当に好きなんだなぁ、朝飯。好物と言い切る意味が理解できた。
歳を重ねると、若い人たちの食欲、見ているだけで楽しいな。



2015年03月26日(木)
私は誰だ? ジャン・バルジャンだ

映画「レ・ミゼラブル」(トム・フーパー監督)から。
有名作品のミュージカルを、さらに映画化となると、
評価が分かれるのではないだろうか。
戦いで死にそうになっても、リズムある台詞があり、
ラストシーン、死ぬ瞬間まで、メロディで台詞を口にする。
私には、やや違和感を感じてしまったのは残念だ。
しかし、だからこそミュージカルらしいシーンを紹介しておく。
「今、世界の色は、日々塗り替えられている」と呟き、
リズムに合わせて、革命に燃える若者が歌うシーン。
「レッド、怒れる民衆の血。ブラック、弾圧の過去。
レッド、新世界の夜明け。ブラック、長かった夜の終わり」
それに比べ「恋の虜に」なってしまった若者は、こう歌う。
「一瞬の光で、世界は変わると、
正しさが悪にみえて、悪が正しくみえるだろう」
「レッド、僕の燃える魂。ブラック、彼女のいないむなしさ。
レッド、希望の色。ブラック、絶望の色」
同じ色なのに、こんなにもイメージが違うのか、と
鑑賞後、メモを振り返り、思わず苦笑いした。
「私は誰だ? ジャン・バルジャンだ」
「私は誰だ? あなたはジャン・バルジャン」
常に、自問自答している主人公のジャン・バルジャンが、
強く印象に残った作品であった。



2015年03月25日(水)
「良い景観」とは「見たくないもの」が「見えない状態」

今後のまちづくりでは「景観」という観点は外せない、
そう考えているが、実は「景観」は新しい視点ではない。
私が「清水町第三次総合計画」の策定に携わった頃、
そう20年以上前から「景観」の大切さは認識しているつもりだが、
先日、ある講習会の資料で、なるほど・・と感じる発想があった。
「良い景観」とは「見たいもの」が「見やすい状態」にあること。
言い換えれば「美しい景色」、これは、誰もがイメージできるし、
最近では書店でもコーナーが出来るような「絶景」をはじめ、
「ステキ」と思えるような、統一感を持った景色をどう見せるか、
その見せ方に配慮する、それが景観だと・・。
しかし、それだけでなく「良い景観」とは、
「見たくないもの」が「見にくい、見えない状態」にすること。
うまく隠す技術も、景観には欠かせないことを知った。
そういった何気ない配慮こそ「おもてなし」と感じるし、
「地方創生の賑わい創出に『景観の視点』を
どれだけうまく取り込むかが、活性化成功の必須内容となる」という
アドバイスには頷くものがあった。
一極集中が進む、生活に便利な東京よりも勝てるものがあるとしたら、
それは「景観」ではないだろうか。
もっともっと「景観」を勉強しなくてはならないな、たぶん。