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| 2015年05月13日(水) ■ |
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| 日の出とともに起きる |
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最近、また新しい「習慣」を増やしてしまった。(笑) それが「日の出とともに起きる」こと。 以前から、人間の体内時計の話を耳にして、 太陽の陽射しを浴びると体がリセットされるから・・と 日の出前の暗いうちに着替えて、ランニングに出かけ、 昇ってくる太陽に、神々しさを感じながら眺めていた。 しかし、平日はそんな余裕がなかなかつくれず、 週末(土日)だけのお楽しみになってしまっていたが、 金曜日に飲み会が続くと、土曜早朝のランニングは体に負担がかかる。 もっと簡単に「自然」を相手に、生活を楽しめないか、と考えたら、 行き着いたところが「日の出とともに起きる」ことだった。 前日の夜に、iPhoneのSiriに「明日の日の出時間は?」と訊ねると、 「明日の日の出時刻は、4時43分です。」と答えてくれる。 それもわざわざ「時間」と「時刻」の言い間違いまで訂正して。(笑) さらに「4時43分にアラームをセットして」と続けると 「4時43分にアラームをセットしました」と目覚まし時計と同じように、 お気に入りの音楽で準備を整えてくれる。 だから、意識して6時間前の「22時43分」には寝ることにしているが、 これが意外と楽しい。(汗) 翌日、目を覚まし窓を開けると、だんだん明るくなるのが実感できる。 そして、朝食までの約2時間、じっくり本が読めるので、 私にとって、楽しみな時間となってしまった。 今年は今現在、映画(25作品)、書籍(25冊)と並んでいるが、 もしかしたら、年末、書籍の数が上回っているかもなぁ、今年は。
P.S. あっ、もうこんな時間だ、早く寝なくちゃ・・と思うけれど、 私のプライベート秘書は「時刻です」と言い直すに違いない。
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| 2015年05月12日(火) ■ |
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| イタリア男は別かと・・ |
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映画「バチカンで逢いましょう」(トミー・ビガント監督)から。 「ドイツ映画」って、意外と面白い台詞が多かった。 特に、国民性を意識した言い回しが、私のメモに残った。 例えば、こんなシーンがある。 主人公は、ドイツ生まれの女性だが、イタリアで知り合った男性に 謝らなければならないことが出来たのだが、 彼女は、なぜか葬式の参列の途中で謝る。 さすがに、彼も怒り「今、ここで謝る気か?」と言い返す。 そんな会話を見ていた主人公の孫が、諭すように 「男は1度に2つのことはムリ」と言うが、 彼女はサラッと「イタリア男は別かと・・」と言い返す。 孫も負けじと「男は皆同じよ」。 ストーリーにはあまり関係ないシーンだが、印象に残っている。 さらに、ひょんなことから「ローマ法王」を始め、多くのお客さまに、 自慢の料理を出すことになるのだが、時間ギリギリまで奮闘する。 その様子を眺めて、法王の執事が呟く。 「ドイツ人? そのわりには手際が悪い」 この裏には「ドイツ人なら、手際がよいはずだ」という意識がある。 私たちの会話には、国民性を意識したフレーズは出てこないのだが、 これはグローバルな感覚なんだろうか。 それとも「ドイツ国民」に限った、彼ららしい感覚なのだろうか。 「普通の国の男」なら1度に2つのことは無理だけど、 器用な「イタリア男」なら出来そうだ、という表現は、好きだなぁ。
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| 2015年05月11日(月) ■ |
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| ケーキを買いに来るお客様は、みんな幸せそう・・ |
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書籍「輝く夜」(百田尚樹著・講談社文庫刊・210頁)から。 えっ、これが百田さんの作品?と疑いたくなるが、 あっ、彼は放送作家だったんだ、と納得してしまった。 昨年12月のクリスマス・イヴイヴ(23日)に開かれた、 「クリスマスの本や今年読んで感動した本を持ち寄り、 本の話をしながら、本に出てくる料理を味わう夜」というイベントで、 紹介された「輝く夜」という作品は、読み終えてから、 なぜか気持ちが「ほっこり」した。(笑) 今までにも「クリスマスを題材にした短編」は、何冊も読んだが、 ストーリーや結末を思い出すのは、ごく僅か。 その点、この作品は、何年経っても、思い出せる作品の1つだろう。 その中で、私が選んだ台詞は「ケーキ」という作品の一節、 「ケーキを買いに来るお客様は、みんな幸せそうな顔をしていた。 きっと、ケーキを食べる楽しいひとときが待っているからだ。 不幸な人は、ケーキなんか買わない。」 こんな視点で、ケーキを見たことがなかったから、新鮮だった。 ケーキ屋さんの前で、人間ウォッチングしてみようかな。
PS. 季節関係なく、気になる一言は正しかったことが分かった。 本当に、みんな幸せそうだたから。
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| 2015年05月10日(日) ■ |
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| 今日は、どこへ行ってきたんですか? |
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ある交差点の手前で、以前の職場で一緒に仕事をした女性が、 荷物をいっぱい持って歩いている私の姿に気付き、 あの姿はもしや・・と思い、わざわざ車の窓を開けて、 声を掛けてくれたのだろうと思う。 「今日は、どこへ行ってきたんですか?」 いつぞやは、休日の早朝に走っていた私の姿を見つけ、 どうしてこんなところに?と思ったこともあったらしい。 今日の私の答えは「柿田川公園で、 ノンアルコールビールを飲みながら、読書してました」 今考えると、たしかに時系列では事実なんだけど、 咄嗟のことだったので、伝わったかどうか。(汗) 午前中、自宅周辺の側溝掃除と、枯れてしまった庭木(もみじ)を切った。 午後は、ちょっと散歩がてら、柿田川公園の芝の様子をみに出かけたが、 あまりに木陰が涼しかったので、大型商業施設・サントムーンで 「ノンアルコールビール」(2本)と「文庫本」(1冊)を購入し、 真新しいベンチに座りながら、3時間くらいいただろうか、 水浴びする子どもたちと、ひっきりなしに訪れる観光客を眺めながら、 時おり耳にする鳥のさえずりをBGMに、まったりとした時間を過ごした。 これから暑くなるけれど、公園の木の下や、水に足をつけてする読書、 これほど贅沢な時間の過ごし方はない気がしている。 さらに、アウトドアで使う、折りたたみ椅子(マイチェア)に座り、 スマホでお気に入りの音楽を聴きながら・・となれば、文句なし。 半日でも自由な時間が出来たら、柿田川公園へGO!!。 近くで、美味しいお弁当をゲットできたら、もっといいな。(笑)
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| 2015年05月09日(土) ■ |
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| 脂ののった「戻り鰹」を好む者もいます。 |
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映画「武士の献立」(朝原雄三監督)から。 主人公・春は、優れた味覚と料理の腕は素晴らしいが、 性格がきついためか、1年で離縁されてしまった。 そんな彼女は、加賀藩の料理方の息子と再婚することになる。 嫁入りした家の姑は、彼女にこう伝えた。 「嫁入り2度目であろうとも、気にするつもりは これっぽっちもありません。 江戸ではとかく『初鰹』をありがたがるそうだが、 脂ののった『戻り鰹』を好む者もいます」 離婚した人たちを「バツイチ」などと表現するけれど、 初婚は「初鰹」、再婚は「戻り鰹」という表現は面白い。 辞書によると「初鰹」は「初夏の頃、獲れる走りのカツオ。 江戸時代には黒潮に乗ってきたものが鎌倉・小田原あたりでとれ、 珍重された」とある。 逆に「戻り鰹」とは「秋に獲れる鰹。春から夏に北上した鰹が、 南下したところを捕獲したもの。脂がのっている」 若さや物珍しさよりも、脂がのった美味しい鰹を、 「再婚」に例えるあたりが、私のアンテナに引っかかった。 酸いも甘いも心得ている「バツイチ」と結婚する人たちは、 「戻り鰹」の美味しさを知っているんだろうなぁ、きっと。
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| 2015年05月08日(金) ■ |
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| 二つの顔を持て。本当の顔と白人に見せる顔だ |
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映画「大統領の執事の涙」(リー・ダニエルズ監督)から。 「7人の米国大統領に仕えた黒人執事の実話」という解説に、 どの大統領にどう関わってきたのか、楽しみにしていたが、 冒頭「実話に着想を得た物語」という字幕が見た時、 私の思惑とは違う作品かもしれないな、と感じた。 黒人がホワイトハウスに執事をするということは、 いろいろな制約や気を付けることがある。 「相手の心を読め」「察するんだ」 「二つの顔を持て。本当の顔と白人に見せる顔だ」 「この部屋の空気のごとき存在に」 「何かお力に?」「他に御用はありませんか」など・・ 物語から拾った台詞は、数知れない。 しかし主題は「人種差別」だったかもしれない。 スポーツで「人種差別撤廃」を訴えた映画「42」、 政治家という立場で「奴隷解放」を訴えた映画「リンカーン」 そして、ホワイトハウスの仕事をしながら訴え続けた本作。 この話題って、アメリカ映画には欠かせない分野かもしれない。
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| 2015年05月07日(木) ■ |
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| とわに 濁らぬ 真清水の・・ |
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通勤途中、母校の小学校の前を通ったら、 開けっぴろげの窓から、どこか懐かしい歌が聴こえてきた。 たぶん、小学校一年生が、意味もわからず、ただ音として これから「6年間」口にすることになる「校歌」を覚えている、 そんな気がして、しばらくその場に立ち止り、聴きいっていた。 不思議なことに、卒業して45年くらい経っても、 小学校の校歌を覚えているのは、こうして何度も何度も歌い、 意識せず、歌詞とメロディが出てくるほど、口にしたからに違いない。 しかし、面白いことに、歳を重ねた今頃になって、 校歌の歌詞をじっくり噛みしめると、その奥深さがわかってくる。 小学校時代には「音」と「ひらがな」で覚えただけの人も多いはず、 是非、機会を見つけ、自分が卒業した「小学校校歌」を眺めて欲しい。 きっと、あの「音」は、こんな「文字」を書くのか、 そして、こんな「想い」が込められた歌だったのか、と 胸が熱くなるのを感じるはずだ。 私の場合、原風景は「教材園から眺める柿田川」だけど、 音と言えば「朝日に匂う 富士の嶺の・・」で始まる校歌である。 記録として「とわに 濁らぬ 真清水の・・」残しておこうっと。
(1) 朝日に匂う 富士の嶺の 清き姿を うつしつつ とわに 濁らぬ 真清水の その名を 負える 学舎に (2) 学びの道に いそしみて 強く正しく 清らなる 心一つに はげみなば 富士の高きも きわむべし (3) 底いも知らぬ 泉井の ふちにひさめる 白玉も やがてさぐりて 世の人の 鑑と世々に 仰がれん
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| 2015年05月06日(水) ■ |
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| 人間の性癖や欲望に不純も純粋もない |
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書籍「ただ遊べ 帰らぬ道は誰も同じ。(団鬼六語録)」 (団鬼六著・祥伝社新書刊・281頁)から。 私は「○○語録」というフレーズに弱く、つい手にしてしまう。 今回も、違う本を借りに図書館に足を運んだのに、目についた 「団鬼六語録」をパラパラと頁をめくり、借りてしまった。 内容は、けっこう際どい表現もあり、なかなか紹介しにくいが、 人間の性欲、性癖を知り尽くした彼らしいフレーズが溢れていた。 特に、波瀾万丈の人生から掴んだ言葉は、なぜかグッときた。 「人間は不本意に生き、不本意に死んでいくものだ。 だからせめて快楽くらい求めてもいいと思っている」 「勝ち目がなくても逆転があると思うのが人生です」 「絶対勝つと思っても、負けるのが人生です」 これは、彼がSM作家と知らない人が耳にすれば、 とても含蓄のあるフレーズとして、捉えているかもしれない。 読者にお許しを願って、彼らしい台詞を取り上げるとすれば、 「女のSMは後天的なものだから、男のリードによって、 どちらにもなれる」から始まり、 「性欲が人間の本能であるなら、性癖は人間の宿命のように思われる」 「人間の性癖や欲望に不純も純粋もない」 「教師がSM小説を書くという事にうしろめたさを感じるのではなく、 SM小説を書く人間が教師をやるという事にうしろめたさを 感じなければならないわけだ」まで、実は頷くことは多かった。 たまには、こうした破天荒な生き方をした人の語録も読んでみるといい。 「はっ」と気付かされることが多いのも事実だから。(笑)
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| 2015年05月05日(火) ■ |
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| 高齢者に元気をもらった「こどもの日」 |
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GWの私の日記になってしまうが、ご勘弁願いたい。(汗) 朝起きたら、心配された雨も降っていなく、曇空。 それでは・・と、GWに覚えたばかりであるが、ランニングをしながら ちょっと遠回りをして、柿田川公園で養生中の芝を確かめたあと、 「土日祝」しか参加出来ない「三嶋大社のラジオ体操」に足を運んだ。 朝早く、三島市内の各所から集ってくる高齢者たちに驚きながら、 「みんなの体操、ラジオ体操第一・ラジオ体操第二」を楽しんだ。 雨後のタケノコのように、四方八方から三島市民が集まり、 元気に挨拶を交わしたり、時には全員で号令をかけて、汗を流す姿は、 さすが、健康をテーマにまちづくりをしている三島市だな、と感心した。 その後、ジョギングで帰宅後、シャワーを浴びて、 今度は妻と「沼津市」の狩野川河川敷で開催されていた 「沼津歌声の会」主催の「狩野川リバーサイドコンサートin沼津」へ。 こちらも、前斉藤市長夫妻をはじめ、多くの高齢者が、 47曲掲載の歌集を手に、大声を上げながら、ニコニコしている。 本格的な合唱ではないのだから、音が外れたりリズムが狂ったり、 時には、どの歌を歌っているのかわからなかったり・・ そんなことも含めて、ご愛嬌・・で片付けてしまう大らかさがあった。 「こどもの日」なのに、両市の高齢者から元気のお裾分けをいただき、 楽しい1日を過ごすことができた。 参加者からしてみれば、私なんて「こども」だから、いいのかもな。 「元気な高齢者」って、見ていて楽しくなるんだよ、不思議と。(笑)
P.S. どちらも「企画も運営も全て高齢者」ってところが素敵だね。
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| 2015年05月04日(月) ■ |
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| 完璧主義から脱出して最善主義になることです |
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書籍「新しい自分に生まれ変わる『やめる』習慣」 (古川武士著・日本実業出版社刊・227頁)から。 「『続ける』習慣」に引き続き読んでみたが、 私が望む内容でなかったためか、ピンとこなかった。 本の帯には「先延ばし、ネット・スマホ、食べ過ぎ、飲み過ぎ、 ムダ遣い、夜更かし、ダラダラ生活、イライラ、クヨクヨ、 完璧主義・・今度こそ、確実にやめられる!」。 私が望んだのは「続いてしまっている『良い習慣』を、 どうしたら、やめられるのか?」というアドバイスが欲しかった。 人間一人がやれることには、限度があるが、 続けたいと思うことは溢れていて、どれかをやめないと、 新しい「良い習慣」が始められない、そんな悩みである。 目的が違うとわかっていても、何かヒントを掴みたいと思い、 読み続けたところ、やっと見つけたフレーズは、 「完璧主義から脱出して最善主義になることです」 続ける習慣が身についているから、少しくらい途切れても、 すぐまた、もとの「良い習慣」に復帰できると信じて、 新しいことにチャレンジしてみることにした。 それは、私にとって「完璧」から「最善」にすることだが、 なんとなく「良い習慣」の入り込める余地を見つけた気がする。 でもなぁ・・何年、何十年と続けてきたことを中断する勇気、 私にはまだ、なかなか決心がつかない。(汗)
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