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しもさんの「気になる一言」
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2015年07月11日(土) ■
はい、ご苦労様。今から「自由時間」にするから

土曜日の午前中は、柿田川ボランティアの日。
自分で勝手に決めて、第2、第4は川に入って、外来種駆除作業、
他の土曜日は、案内看板を拭いたり、芝生の雑草を抜いたり、
柿田川・柿田川公園を舞台に、自分のライフワークの一つとして、
楽しい時を過ごしている。
今日は、今までの梅雨空が嘘のように、青空をみせてくれた、
さらには、30度を超える暑さの中での作業であったが、
1年を通して、水温15度の柿田川が私たちの体を癒してくれた。
午前9時から11時までの約2時間、ほとんど無駄口もせず、
黙々と「外来種・オオカワジシャ」を抜き、袋に詰めるだけだが、
実は「水中花・ミシマバイカモ」の可憐な花を護る作業は、
両腕と下半身を水中につけっぱなしのためか、体力を消耗する。
その疲れの溜まり具合でそろそろ終わりの時間かな、と思った頃、
活動主催者の会長から、こんな台詞が聴こえてきた。
「はい、ご苦労様。今から『自由時間』にするから」
柿田川の中をゆっくり散歩するなり、大きな湧き間を川の中から見学、
防水カメラで写真を撮ったり、動画を撮影したりすることも許される。
2時間に及ぶ作業してくれた「御褒美」と言うことだろうか。
こうして、夫々(それぞれ)が、柿田川の魅力に触れ、
柿田川を愛し、柿田川に関わることに喜びを覚えていくことになる。
「水と緑を大切にする町民文化」を、全国に向けて情報発信し、
この「保全と活用」を上手く住み分けていく活動こそ、
全国に誇れるものになるに違いない。
まずは、多くの人に柿田川に入って作業体験をしてもらうことからだな。



2015年07月10日(金) ■
「メモリーペグ」を実感した「ベトナム同窓会」

19年前の平成8年(1996.9.11〜19)・(7泊8日)
静岡県未来づくり調査団として「ベトナム・香港」を視察した仲間たち、
国・県・市町の職員、民間企業も含め、総勢12人のうち数人が集まり、
「ベトナム同窓会」と称して、静岡市内の「ペトナム料理店」で開催した。
当時30歳代後半の若者たちが、今や定年間近の50歳代が大半で、
それなりの役職、それなりのポストに就き、交換した名刺に驚かされた。
しかし、ベトナムのビールや料理に舌鼓をうち、当時を思い出し始めたら、
約2時間、話題は尽きることなく、よくここまで覚えているものだな、と
人間の脳の持つ記憶力に、ただただ脱帽であった。
脳は、五感で覚えた記憶を、たぶんすべて覚えている。
以前「メモリーペグ」(記憶の釣り針)の話を書いたが、
あるキーワードがあると、記憶の釣り針に引っかかるように、
芋づる式に繋がってくる、ということを、今回改めて実感した。
19年前に、何を食べ、どんな味で、こんな会話をした、なんてことが、
昨日のことのように、思い出されるなんて・・・。
特に1人ではなく、数人の記憶をメモリーペグで引っ掛けたからか、
より鮮明に甦ってきた気がする。
特に「味」「匂い」の記憶は、私の予想以上の成果をみせてくれた。
「19年前に食べた『ドリアン』の味」が美味かったか、不味かったか、
それをみんながしっかりと覚えていたこと、そのことに驚いた。
記録として「『メモリーペグ』を実感した『ベトナム同窓会』」を残し、
また何年かしたら、このフレーズで思い出せる味があることを期待したい。

P.S.
あまりに楽しく時が過ぎ、危うく最終の新幹線に乗り遅れるところでした。



2015年07月09日(木) ■
さあ面白くなってきた

書籍「きっと強運になる達人ノート」
(中谷彰宏著・PHP研究所刊・171頁)から。
彼の自己啓発本は、以前から私のお気に入りのひとつであり、
読後の記憶に残っていることが多いのは、
フレーズが短く、インパクトがあるからだと感じている。
大きな目次と、さらにそれを補う中くらいの目次だけでも、
読み返した時に、詳細まで思い出せる工夫が施されている。
さて、その中で今回の「気になる一言」に選んだのは、
「ピンチになったら、『さあ面白くなってきた』と
声に出して言ってみる。」
「運を味方につける」には、ピンチになったことを喜ぶ、
そういうことなんだろうが、私にはまだその域に達しておらず、
まだまだアタフタしてしまうことも多いが、
先日、柿田川で溺れて死にそうになった時から、
なぜか自分の人生に対して「さあ面白くなってきた」と
考えられるようになってきたのも、本音である。
「生きてるだけで丸儲け」ではないが、何かが吹っ切れた。
生きながらえたことで「自分は強運の持ち主」と感じているし、
いくらピンチになっても、命までは取られないだろう、と
割り切ることができるようになってきた。
こんなことを書きながらも、まだまだ落ち込むこともあるし、
知らないことで恥をかくことも多々ある。
それもこれも「さあ面白くなってきた」と考えたいな。



2015年07月08日(水) ■
でも、知り過ぎない方がいいんだよ

映画「ヒア アフター」(クリント・イーストウッド監督)から。
「死者と語る人生なんて意味がない」という理由で、
霊能者を辞めた、肉体労働者のジョージが、
料理教室で知り合った女性に、その霊能力を使って欲しいと頼まれる。
彼は何度も何度も断るが、彼女は引き下がらない。
霊能力を使う前に、彼が彼女に囁く。
「誰かのことを全て知るのは、いいことに思えるかもしれない。」
そう前置きをして「でも、知り過ぎない方がいいんだよ」と。
結局は、彼女の過去・人間関係を知ることになり、
元の関係に戻ることはなかった。
人間、生きていく上で、誰も知らないような「秘密」も必要、
そう教えられたような気がする。
好きだから、愛しているから・・あなたのすべてが知りたい。
そういう台詞は、ラブストーリーのワンシーンとしては素敵だけれど、
現実としては、息が詰まってしまい、ストレスが溜まることもあり得る。
適当な「秘密」と適当な「謎」の部分を持ち合わせた方が、
より親しい関係が築けるかもしれない。
これは、人間関係の大前提として、記憶に留めたい。
タイトルの「ヒア アフター」(Hereafter)は、辞書によると
「来世」の意味なんだろうけれど、あまり関係なかったなぁ。
「死後の世界」の方が、スッキリするのになぁ。

PS.
津波のシーンを始め、目を背けたくなる場面の連続。
たぶん、3.11の後では、作れなかったのではないだろうか。



2015年07月07日(火) ■
一年に一回しか会えない男に興味はないが・・

七夕の今晩、空模様は梅雨空らしく、厚い雲に覆われていた。
22時近くに帰宅してから、それでも「七夕」をネタに、
何か書こうかな、と高校時代の物理部天文班の部員だった私は、
ボロボロになった星座手帳を広げながら、
「天の川」(ミルキーウェイ)をはさみ、相対する二つのα星。
織姫星は「こと座のベガ」、彦星は「わし座のアルタイル」、
白鳥座が羽を広げて、一年に一度の・・とメモしながらも、
今日ばかりは、このネタで日記を書く人が多いことに気付き、
知人の日記をざ〜っと読んでいたら、私のアンテナに引っかかる、
面白いフレーズが、目の中に飛び込んできた。
若い彼女の日記であるが、私にとってとても新鮮で楽しかった。
「ヒコボシとかいないけど」と前置きをして、
「そもそも一年に一回しか会えない男に興味はないが、
今年はいい七夕になりました!」。
この発想、この視点、私には思いつかなかったから、
「気になる一言」に、ピックアップしてみた。
一年に一度しか会えないという、七夕伝説なんかより、
本当に好きなら、会いたい時に会いたい、と思うだろうし、
毎日だって会いたい・・が、本音だろう。
一年に一度しか会えなくて、本当に付き合っていると言えるのか、
そんなことまで想像が膨らみ、久しぶりに面白かった。
facebookやmixiなど、SNSの楽しいところは、
自分とは性別も年齢も、住むところも違う人たちの意外な視点が、
私を驚かせてくれるところにある。

P.S.
若い女性の「七夕ネタ」、勉強になりました。
漢字の「夕」とカタカナの「タ」が似ている、なんて話題をネタに
書かないでよかったなぁ。(汗)



2015年07月06日(月) ■
うちは「西島(秀俊)さん」妹のところは「嵐の大野君」・・

15年以上の使用していた冷蔵庫の冷凍機能が壊れたので、
とうとう地元の大型電化製品量販店で購入し、
久しぶりに台所(キッチン)の景色が、大きく変わった。
もちろん、機種の選択には我が家の女性陣が、
大きさ、収納力、使いやすさなどを考慮して決めたのだが、
こうして、新しい冷蔵庫を目の前に、私が気になったのは、
メーカーだった。(笑)
わが家は「パナソニック」妹の家庭は「日立」なのに、
彼女たちは「うちは『西島(秀俊)さん』、妹のところは『嵐の大野君』、
『杏』のところもよかったね」と、CMに出演している芸能人で
話が盛り上がっている。(杏は「三菱」でした)
その感覚が、男の私にはどうも理解できない。
そういえば、以前、学生さんに「どこの辞書を使ってるの?」と
訊いたら「三省堂」とか「旺文社」という単語を期待したら、
「シャープです」とか「カシオです」という答えが返ってきて、
本当に驚いたことがあった。
商品の持つ「イメージの大切さ」を思い知らされた出来事。
そういう私も「富士通」は、パソコンメーカーだもの、いつまでも。



2015年07月05日(日) ■
(コメントの下に)「翻訳を見る」

先日、Facebookページの画像に、外国人からのコメントがあった。
とりあえず、何という意味だろう?と考えていたところ、
コメントの下に「翻訳を見る」という文字を見つけたので、押してみた。
そうしたら、しっかり日本語に訳されて、英語の下に表示されたから、
驚きとともに、こんな機能もあったのか、面白い・・と嬉しくなった。
Facebook読者の皆さんは、気付いていただろうか?。
海外に住むメル友の日記は、英語でコメントできないからと、
時々、盗み読みだけしていたけれど・・・。
これから、ますますグローバル化が進み、海外に澄んでいる人からも、
外国語でコメントを受ける時代がくると予感していたが、
翻訳サイトを利用しなくても、コメントがそのまま「翻訳」されるなんて、
すごい時代になったものだと、メモをした。
今のところ、英語からの翻訳が可能のようだが、
次の私の好奇心は、英語だけでなく、他の言語でも翻訳されるかどうか。
そうすれば、お互いが「翻訳」を使えば、英語を介さず、
会話が成立することになるのだから・・。
自国のパソコンやスマホの言語で書いたコメントが、
相手の国の言語で翻訳されるならば、こんなに楽しいことはない。
そうすれば、ますます、Facebookの使い勝手がアップするし、
英会話の勉強にもなる気がする。
「2020年東京オリンピック」を控え、ますます国際化が進むのだから、
是非、実現して欲しいシステムである。
今の技術ならば、出来る予感がするなぁ、多国籍の言語翻訳。(汗)



2015年07月04日(土) ■
弱った時ほど違う自分に変われて

女優・樋口可南子さんが、ある新聞のインタビューに
答えたメッセージの1つ。
映画「愛を積むひと」に出演したことも含め、
誰にもある、人生の節目について、淡々と語っている。
私が頷いたのは、彼女の10年前の節目だった。
東京での生活が息苦しくなり、自分を見失い、
コントロールできなかった自分を悔しがった話。
そのあと、こう纏めている。
「せっかく転んだんだから、ただでは起きない。
何かをつかんで立ち上がりたい。
振り返ると、弱った時ほど違う自分に変われて、
いい節目を迎えた気がします」と。
歳を重ねてくると、この意味がとても響いてくる。
若い頃は、弱気になることも少なかったけれど、
最近、ちょっとした失敗にも、弱気になる自分がいる。
だからこそこの機会に、新しいギアに入れ替える、
自分を変えるタイミングとして捉えたいという
彼女のメッセージが心に残った。
もちろんいつでも「ポジティブ」でいられればいいけれど
「ネガティブ」も大事、そう考えることにした。
私が常に念頭に置いているのは「バランス」だから、
良い時もあれば、悪い時もある。
強気の時もあれば、弱気の時もある。
それでいいんじゃないかなぁ、人生なんて。(汗)



2015年07月03日(金) ■
食べ過ぎるから、病気になる

書籍「食べない健康法」(石原結實著・PHP文庫刊・220頁)から。
現代人は「水分の摂り過ぎ」だけでなく「食べ過ぎ」でも、
健康を害していると、著者は説く。
運動と食事を意識しながらダイエットに挑戦し、実際に痩せてみて、
初めて食べ過ぎ、飲み過ぎだったことを認識できた。
冒頭「6000年前のエジプトのピラミッドの碑文」を次のように紹介、
「人は、食べる量の4分の1で生きている。
他の4分の3は、医者の糧になっている」と。(笑)
私も「2食は自分のため、1食は医者のため」という言葉を
どこがで耳にしたことを思い出した。
また「太ったシマウマはいない」という言葉で表現されるように、
自然界の動物の中で、同じ種類でありながら、
これくらい体型が違うのは「ヒト」だけではないだろうか。
その根源は、使ったエネルギーの分だけ食べるのではなく、
肉体労働だろうが、一日中座りっぱなしの生活だろうが、
健康のため「三食を欠かさず、バランス良い食事」を勧めて、
却って、不健康の人が増えているような気がしてならない。
だから敢えて「食べ過ぎるから、病気になる」を一言として残し、
これからも、食べ過ぎに注意していきたい。
痩せることによって、いろいろな数値が改善されたことは、
私の健康診断結果表が証拠になっている。
騙されたと思って試して欲しい、その価値は充分あるから。



2015年07月02日(木) ■
傍にいなくても、気持ちは寄り添える

映画「神様のカルテ2」(深川栄洋監督)から。
さすが、続編が製作されることだけあり、
ストーリーがしっかりしていて、安心して観れた。
今回は、医者とその奥さんという、3組それぞれの夫婦関係が、
とても爽やかに、私の心に残った。
たぶん作品の根底に、お互い忙しく仕事や生活に追われているが、
「傍にいなくても、気持ちは寄り添える」という考えが流れていて、
作品全体に、それを意識した、温かい夫婦愛が散りばめられていた。
特に、柄本明さんと市毛良枝さん演ずる夫婦の関係は、
ふたりにしかわからない距離感があり、程よく支えあっている。
その夫婦の歴史が支えになって、若い奥さん役の宮崎あおいさんが呟く
「一番苦しい時に限って、私がいることを忘れてしまう」という
一方通行の想いを、熟年夫婦役の市毛良枝さんが、見事に
「傍にいなくても、気持ちは寄り添えるのよ」と双方向の想いに変え、
出産間際の若夫婦に、言葉のプレゼントをしたのではないだろうか。
じっくり考えてみると、それは、多忙の医者の夫婦に限らず、
どんな職業の夫婦でも、いや、遠距離恋愛の恋人たちにも通ずる
大切なフレーズとして、輝きを増してきた気がする。
もちろん、女性側だけでなく男性側も、こんな考え方を持てたら、
より素敵な夫婦生活が送れるに違いない。
私も愛用の手帳に、メモしておこうっと。