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しもさんの「気になる一言」
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2015年08月20日(木) ■
ちょっと「別件バウアー」だけど・・

最近、世代間の言葉のギャプに悩みながら飲むより、
同世代の人たちとの飲み会が一番面白い。
先日の「ベトナム同窓会?」では、ほとんど同じ年齢の集まりで
普段は「オヤジギャグ」とバカにされそうな「駄洒落」も、
会話の潤滑油として連発されて、大笑いとなった。
「宴(えん)も高輪(たかなわ)プリンスホテルですが・・」は、
私も時々使うが、「ちょっと、別件バウアーだけど・・」は、
あまり使ったことがない。
ベッケンバウアーは、ドイツ(旧西ドイツ)の元サッカー選手で、
ペレ、マラドーナと並ぶ20世紀を代表するサッカー界のスター選手、
聴いている人たちが、それを知っていることが前提のフレーズだから、
同じ世代の人たちの会話だけで、盛り上がるのだろうな。
各世代に、こういった時代を代表する人をもじったフレーズがあると、
それだけで、宴が和やかになるのだから、もっと使って欲しい。
「駄洒落」がサラッと言える人のセンスは、尊敬に値する。
「おやじギャグ」と言われるか「うん、うまい」と頷かれるか、
本当に紙一重なんだよなぁ、たぶん。
コツは、駄洒落を口にしたあとに「自分で照れない」こと。
ウケても、ウケなくても、さらっと次の話題へ繋げられる度胸、
何もなかったようなリアクション。(私なんかまだまだだな)
あとは、聞いてる方の盛り上げ方次第かな?(笑)



2015年08月19日(水) ■
「これってセクハラ?」って訊くのも「セクハラ」

先日の「ベトナム同窓会(?)」で序盤に盛り上がったメモを
整理していたら、管理職の立場になった人たちのボヤキが残った。
最近、パワハラ、セクハラ、モラハラ、マタハラ・・など、
相手が不快に感じたら、もうそれは「ハラスメント」だから、
話しかける言葉には、充分注意が必要だね、と言いかけたら、
「これってセクハラ?」って訊くのも「セクハラ」なんだよ、と
教えてもらい、言葉に詰まってしまった。
同じ感覚で「パワハラ」を考えてみれば、
「これってパワハラ?」って訊くのも「パワハラ」になるし、
もう、仕事での指示や異性との会話すら楽しくなく、
相手はどう感じているんだろう、なんて考えたら、
まともにコミュニケーションすらとれなくなってしまう気がする。
でも、それが現実だとすれば、相手が不快に感じない存在になる、
それしかないのではないということか・・・。
「面倒くさい世の中」になってしまったなぁ、とは感じるが、
組織の中で生きていくというのは、そういうことなんだろうな。
「ハラスメント」の意味、もう一度、再確認しておこうっと。

P.S.「ハラスメント」とは、
「他者に対する発言・行動等が本人の意図には関係なく、
相手を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、
脅威を与えること」



2015年08月18日(火) ■
人間って複雑で羨ましい

映画「her 世界でひとつの彼女」(スパイク・ジョーンズ監督)から。
久しぶりに、主人公に感情移入してしまった。(汗)
近未来の話と思っていたけど、今の私でも少し体験している気がする。
iPhoneの「Siri」機能が面白くて、1時間くらい会話したことがある。
「私設秘書」(私の場合、女性の声)を持った感覚で、いろいろ指示をし、
アラームをセットさせたり、知人の電話番号を調べさせたり、
勿論、素敵なお店や駐車場などを探させた。
ただ「私」と「Siri」が、恋愛感情まで持たなかったのは、
その度に「マイク」をタッチして話す必要があったり、
笑ったり悲しむといった感情が「音・声」にならなかったからだ。
こちらの指示する声の調子で「どうしたの?元気ないね」とか、
「何かいいことがあったの?嬉しそうね」とか言われたら、
もう少し、ハマってしまったかもしれないな。(笑)
人工知能OS「サマンサ」の個性的で魅力的な声や性格に、
本気で恋してしまっても、それは何も不思議なことではないかも。
だからこそ、敢えて気になる一言は、機械っぽい台詞を選んだ。
「PCとこんなに会話をするなんて」と言う主人公の「セオドア」
「PCじゃないわ、私としてるの」という人工知能OS「サマンサ」、
帰宅後「何してた?」と人工知能OS「サマンサ」に声を掛けると、
「人生相談のコラムを読んでいたの。人間って複雑で羨ましい」と呟く。
機械では想定できないことでも、人間は複雑な人間関係などで悩む、
それを「羨ましい」という視点で表現したのが印象的だった。
もう一度、じっくり観たくなる作品と出会えた気がする。

P.S.
(不可能かと思っていたのに)筆記体の英文が書けるPCが登場。
あっ、これ欲しい・・真剣に思いました。



2015年08月17日(月) ■
一日一回は必ず確認するメールアドレス

これだけメール全盛時代だと、ひとりで複数アドレス所持が普通。
「パソコン用、携帯・スマホ用」と機種ごとに持つ人もいるし、
「仕事用、プライベート用」と、用途に合わせて持つ人もいる。
それは個人の使い分けだから、口を挟む余地はないが、
他人にメールアドレスを知らせる場合、
その後の変更のお知らせは当然だと思うし、それが無理なら
変える必要がない「Yahoo-mail」とか「G-mail」などにする。
一年を通じて、個人的な誕生日や結婚記念日などのタイミングで、
私が把握しているアドレスにメールを送ると、届かないのではなく
いつまでたっても開かれていないことがよくある。
機種変更などでアドレスを変えて、連絡をもらえないのは、
常日頃の自分の御無沙汰を反省することもあるのだが、
届いているのに、詠んでもらえないのは、とても悲しい。
少なくとも「一日一回は必ず確認するメールアドレス」を、
他人に伝えて欲しいな、と思う。
S.N.Sのメッセージは必ず確認します、ならそれでもいい。
とにかく、24時間以内に確実に連絡がとれるメールアドレスを
自分のポストとして、確保して欲しい。
それこそ、情報社会に生きる私たちのノウハウであろう。

P.S.
そういう私も、アドレス変更を知らせてない人がいるかもなぁ。



2015年08月16日(日) ■
東大卒は「戦国・幕末・維新」ではなく「太平洋戦争」?

今年は「戦後70年」とあって、例年より「太平洋戦争」について、
多くの方が、じっくり考え、自分の意見を主張している気がする。
この時期、もう一つ思い出したことを、記録として残しておきたい。
数年前、ある高齢の紳士が自分の蔵書を町に寄附したいとおっしゃるので、
図書館職員とともに、ご自宅の書斎に伺わせていただいた。
彼は「東大卒」と耳にしていたので、それなりの蔵書の多さは予想したが、
それをはるかに超えた本の多さに驚かされた。
それも専門分野だけでなく、多種多様なジャンルを読んでいる。
本当にこんな厚い本を読んだの?と思ってページを捲ったら、
何か所も、赤鉛筆で線が引いてある部分や、走り書きのメモ、
その好奇心の広さに、ただだだ感心するしかなかった。
そんな時、ふっと面白いことに気がついた。
全体的に「歴史」を学んでいたのはわかったが、私の予想に反して、
NHKの大河ドラマで取り上げられることが多い
「戦国・幕末・維新」の歴史本は少なく、逆に、同番組では
「山河燃ゆ」以外には、ほとんどテーマとならない
「太平洋戦争」に関する本が多かった気がしたのは私の錯覚だろうか。
(「東大生」と括るのには無理があるかもしれないが・・(汗))
新しい日本を作ろうとする当時の若者たちは、近・現代の歴史からも
眼をそらさず、ちゃんと「戦争」と向き合っていた。
「太平洋戦争」について、自分の力で調べ、自分で考察を立て、
1人ずつが、自分の意見を持っている気がしてならなかった。
彼らは「信長・秀吉・家康」なんて名前は、興味ないのかもしれない。
(三国志など、中国の歴史本はあったのに・・)
私も、もう少し「太平洋戦争」のこと、調べてみようと思う。

P.S.
映画「不毛地帯」(山崎豊子原作・山本薩夫監督)をBSで観たら、
戦後のことにも興味をもちました。(汗)



2015年08月15日(土) ■
「義命の存する所」と「時運の趨く所」

戦後70年、私たちはこの日が近づくと、太平洋戦争を話題にし、
当時の悲惨な戦いを風化させないように、努力しているが、
国民が「終戦記念日」と呼ぶ8月15日は、
実は「この戦争を終わりにします」「負けました」と、
天皇が玉音放送を通じて、広く呼びかけた日に過ぎない。
本当の終戦は、9月2日。東京湾上のミズリー号で調印した日。
たぶん世界の教科書では、第二次世界大戦が終了したのは、
9月2日と書かれていると聞いたことがある。
今年は映画「日本のいちばん長い日」(原田眞人監督)によって、
戦争の終結の仕方に、スポットがあてられている。
この機会に、終戦の詔勅(詔書)を、じっくり読んでみて欲しい。
時間がなければ、私たちが映像でよく耳にする
「堪え難きを耐え、忍び難きを忍び・・」を挟む、
「時運ノ趨ク所」堪へ難キヲ堪エ忍ヒ難キヲ忍ヒ
「以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」だけでも調べて欲しい。
「義命の存する所」では分かりにくい、難解であるという
理由により「時運の趨く所」に置き換えられたことが、
本当によかったのか、私には結論が出ていない。
ただ「何が何でも終わりにしなくてはいけない」という想いと、
「こんな状態になってしまったから終わりにする」(成り行き任せ)
では、同じ負け方にも、違いがある気がしているのだが、
私の考え過ぎだろうか・・。

P.S.
私の知識では、太平洋戦争は海軍の戦争であり、
陸軍は中国・ソ連などの戦争に重きをおいていたはず。
そして「陸軍」と「海軍」の足の引っ張り合いこそが、
「終戦」を遅らせたのではないだろうか、と考えている。
(個人的な見解ですので、ご承知おき下さい。(汗))



2015年08月14日(金) ■
詔書の文字は「八百十五字」におさめらている。

書籍「日本のいちばん長い日(決定版)」
(半藤一利著・文春文庫刊・371頁)から。
映画を観る前に、やはり「原作」を読まなければ・・と
一気に読んだが、以前から気になっていたところで、
私の手は止まり、メモが増えていった。
昭和天皇が玉音放送で朗読する原稿と言うべきか、
「天皇の意思表示の公文書」とされる「詔書」の案作成時、
各々の立場の主張でせめぎ合うシーン、面白かった。
「戦勢日に非にして」を「戦局好転せず」に書き換えるよう訴え、
そこだけは絶対に譲らない阿南陸相の頑固さに、
ちょっと自分にも似たところを見つけ、苦笑いをした。(汗)
本来なら「義命の存する所」という文が、
難解であるという理由により「時運の趨く所」となった個所に
触れたいが、次回に持ち越すことにする。
(意味が全く違う意味になってしまったので・・)
天皇が発するそのワンフレーズの持つ意味を深く推察し、
それを、自分が指揮する「陸軍の兵士」たちが聴いたら、
どんな気持ちになるか、そんなことまで配慮した言葉の選択は、
とても興味深く、改めて「言葉の力」を再認識させられた。
しかし、申し訳ない、私が選んだのは、
「詔書の文字は、八月十五日にちなんだかのように、
八百十五字におさめらている。」という説明。(笑)
こういう発見って、やっぱりインパクトがあるんだよなぁ。
(すみません、こんな時に、不謹慎かもしれませんね)



2015年08月13日(木) ■
靖国神社で待ってるぞ

この時期だからこその映画シリーズ。
映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」(新城卓監督)から。
脚本が「石原慎太郎氏」と知って、ちょっと驚いた。
「神風特攻隊」を題材に、戦争の悲惨さや司令部の愚かさ、
三度出撃して三度とも帰ってきた、田畑という男の存在など、
大ヒットの映画「永遠の0」に似かよった部分が多い気がしたのは、
私の思い過ごしだろうか。
(主題歌のタイトルもB’zの「永遠の翼」なんだよなぁ(汗))
だから、敢えてそんなシーンをはずして考えると、
特攻隊の隊長が自分の部下たちに、力強く伝える場面。
「それから・・確認しておくが、死んだら集合する場所は、
靖国神社の拝殿の門を入って、右から2本目の桜の下だ。
誰が先に行っても必ず待っていろ、靖国神社に入るのも一緒だぞ」
そして、本当に散る時も「靖国神社で待ってるぞ」と言い残して。
軍歌「同期の桜」にも「靖国神社」の言葉が使われている。
それだけ彼らにとって「靖国神社」という場所は、
大切な場所だということを知らされることになった。
そんな場所を、追悼の意味を込めて参拝して何が悪い。
石原慎太郎さんの力強い声が聞こえてきそうな作品だった。



2015年08月12日(水) ■
だって、ないなら自分で作ったり、考えたり、出来るやん。

書籍「火花」(又吉直樹著・文藝春秋刊・148頁)から。
熱海の夏の花火大会で始まり、熱海の冬の花火大会で終わるけど、
「タイトルは『火花』だよなぁ『花火』じゃないよなぁ」と
苦笑いしながらも、主人公と先輩芸人・神谷さんとの
「漫才師」に対する考え方がぶつかり「火花」を散らす、
それが2人の「生き方」に対するぶつかりとなって、
さらに「火花」が飛び交う、そんな意味なのかな?と解釈した。
2人の会話というよりも、先輩・神谷さんの考え方は、
随所に「なるほど・・」と感じさせてくれる視点が光っていた。
例えば、こんなシーン。
「よく中年が、俺たちの頃は、遊び道具なんてなかった、
とか言うやん。あれ聞くたびにな、俺、わくわくすんねん。
こんなん言うたら、あかんねやろうけど、ほんまに羨ましいねん。
だって、ないなら自分で作ったり、考えたり、出来るやん。
そんなん、めっちゃ楽しいやん。
作らなあかん状況が、強制的にあんねんで。」
他人が作ったルールに従いながら楽しむ遊びよりも、
何もないところから、自分でルールを作って遊ぶ方が、
よっぽど楽しい・・という発想が、私には新鮮だった。
まずは与えられた「枠」の中で、楽しむ方法を考える主人公と、
「枠」などを意識せず、楽しいことを優先して動く神谷さん。
さて、読者のあなたは、どちらだろうか?



2015年08月11日(火) ■
芝生広場の木陰で「ヨガ」、湧水広場で男女が「足水」

以前、私がイメージしていたことが、目の前で起こり、
へぇ〜こんなことがあるんだな、と嬉しくなったので、
手前味噌になるが、気になる一言。(笑)
1年前、柿田川公園の整備を始める頃、私なりに
東京の公園を見学に行ったり、図書館で資料を探したり、
いろいろ試した中、やはり文字にするよりも、
映画の一コマのような「こんなシーン」が観たい、と
素敵なイメージを脳にインプットすることをしてみた。
いくつも思い描いたが、そんなシーンの中に、
夏の暑い日、大きな陰を作る木の下で、若い女性たちが
楽しそうに「ヨガ」をしているシーン。
また、灼熱の暑さを感じながらも、湧水に足をつけながら、
若い男女が、二人の世界に入り会話を楽しんでいるシーン。
(富士山の雪解け水だから「足湯」でなく「足水」)
どれも、若い人たち・・というのが気になるが(汗)、
高齢者は、早朝(朝6時半)に芝生広場で「ラジオ体操」し、
幼児から子どもたちは、せせらぎで「水遊び」や、
雑木林で「昆虫採取」など、季節と世代に合わせて
こんなシーンがみたい、という私なりのイメージがある。
大人はもちろん、ハンモックで昼寝、芝生でピクニック、
木陰で静かに読書。
これが一番、難しいかもなぁ。(汗)