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| 2015年09月30日(水) ■ |
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| 潮汁は、寿司屋の「ガリ」と同じだから |
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地魚を残さず食べ尽くす、そんなコンセプトがあるのか、 私たちの目の前には、他店ではあまり口にできにないような、 魚が出され、テンションが上がったまま口に放り込んでいた。 そんな時、さらっと「潮汁」が出され、お店の大将が 「潮汁は、寿司屋の『ガリ』と同じだから」と呟いた。 潮汁(うしおじる)は、魚介類を使用したお吸い物の一つ。 出汁を使用して塩を主に味付けした汁物料理であり、 具から出る旨味を利用したもの。 漁師料理がルーツともされ、釣ったばかりの魚を船の上で 食べる時、一緒に飲んでるイメージが私にはある。 1つひとつの素材の味を大切にし「お口直し」の役をしている 「寿司屋のガリ」に例えるなんて、洒落ているな、と思った。 新鮮だけど生臭い魚の味は、ちょっと辛口の日本酒で消すものと 勘違いしていた私には、表現が新鮮だっただけでなく、 寿司屋のガリの役割も再認識することになった。 どの料理にも、口の中の味覚を一度リセットする 「お口直し」的存在の素材があることが嬉しかった。 料理の主役ばかりではなく、それを引き立たせる脇役の大切さ、 そんなものを「潮汁」で気付かせてもらった。 奥が深いなぁ、料理の世界って。
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| 2015年09月29日(火) ■ |
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| あれだけ優れた技術があれば人を簡単にだませるって |
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映画「カプリコン・1」(ピーター・ハイアムズ監督)から。 1977年アメリカ・イギリス合作映画であるが、 「こちらカプリコン、(火星)着陸成功、いよいよ火星に到着だ」の通信が 地球のある場所で、大掛かりにでっちあげられていたなんて考えたら、 今まで私たちが信じていた、月面着陸は本当だったの?と 本気で「月の石」を疑ってしまう私がいた。(笑) 今回の設定は「有人火星宇宙船カプリコン1」だけど、 私たちが子どもの頃から信じていた「アポロ計画」も、 もしかしたら・・と感じてしまうのも無理はないことだ。 科学技術が、当時より数段進歩したにも関わらず、 今の時代の方が、なぜか「月面着陸」は難しいという話も耳にした。 乗組員のひとりは妻に、(映画のセット、撮影技術を駆使すれば) 「作り事の世界が本物にみえる」と呟いた台詞を思い出させ、 「あれだけ優れた技術があれば人を簡単にだませる」って、 夫婦でしかしらない会話も思い出させる。 以前紹介した映画「アポロ13」も、映画と知らされず、 あの打ち上げシーンを流されたら、きっと全世界が信じるだろう。 「こちら、ヒューストン。全て、異常なし」のフレーズも、 いつも同じ声だし、疑ってみなければ、といけない気がしてきた。 宇宙情報に限らず、今、テレビで放送されているような画像も、 変な意味ではなく、一度、疑ってみる必要がありそうだ。 でもそれに気付くと、闇に葬られてしまうので、注意しなきゃなぁ。
P.S. 十五夜、中秋の名月、スーパームーンなど、 ロマンチックな「月」話題のあとで、ごめんなさい。(汗)
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| 2015年09月28日(月) ■ |
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| 人類は、あの「月」を歩いたんだよなぁ |
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夕方からのいろいろな用事を済ませ、ひとりほろ酔い気分で見上げた 「スーパームーン」は、確かに一回り大きかった。 普段は、展望台から眺められる「柿田川の湧き間」と、 柿田川公園で耳にする鳥たちを探すために持ち歩いている、 私お気に入りの「双眼鏡」は、今晩だけは「月観測」で使われた。 あれ、こんなに月面の模様がハッキリしていたかな?と ひとりで不思議がったり、じっくり眺め人生を考えられる機会とした。 若い頃は「日本宇宙少年団・すばる分団」のリーダーをしていたり、 映画鑑賞した「アポロ13号」や「宇宙兄弟」などを思い出すと、 今、目の前に広がる月の神秘は、なぜか私をワクワクさせる。 そんな「スーパームーン」ずっと眺めていて、私が呟いた台詞が 「人類は、あの『月』を歩いたんだよなぁ」だった。 私たちが子どもの頃の好奇心の的は、もちろん「月面着陸」だったし、 人類の最初の一歩を記した、アームストロング船長がヒーローだった。 勿論「大阪万博」でも、アメリカ館は、大人気だった気がする。 安価な双眼鏡でも明るく、そして大きく輝く「月」を、 どうやって自分の中で昇華し、人生に生かしていけるか、 いや、そんな難しい理屈をこねくり回すよりも、 「月」を「知って、好きになって、楽しめる」環境こそが、大事、 私はそう思う。 昨晩の「十五夜」や今晩の「スーパームーン」を眺めながら、 月から地球を眺めたら、どんなだろうか?、そんな視点が持てたら、 もっと素敵だな、と感じた。 世界のどこかでは「スーパームーンの皆既月食」が観測されたらしい。 自然現象に、敬意をはらうという意識、これからも大切にしたいな。
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| 2015年09月27日(日) ■ |
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| 1回も着ないで衣替えは、衣服に申し訳ないな |
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10月からの衣替えにあわせて、自分の衣装も衣替えの準備。 春に衣替えで移したまま、一度も袖を通していない服が多く、 そのあまりの数に「体は1つなんだよなぁ」と呟いてみた。 どうしてこんなに洋服が溜まってしまったのか? どうして一度も着なかったのか?・・などいろいろ考えてみた。 1つには、昨年に比べて、体全体がスリムになって、 なぜか「サイズ」も「L」から「M」へダウンしたため、 だぶだぶはみっともない・・と着なかったのかもしれない。 また、ジョギングして、汗を大量にかく場面が多くなったから、 ついつい、無意識のうちに、着替えが楽な 「ポロシャツ」「Tシャツ」にシフトした気もする。 結果論として、原因はいくらでも考えられるけれど、 「1回も着ないで衣替えは、衣服に申し訳ないな」なんて感じた。 ここ数年、停年退職した先輩に訊くと、 当然だけど、スーツもワイシャツもほとんど着なくなるらしい。 そう考えたら、今のうちに、せっせと着てあげなくちゃな。 せっかく私と出会って、タンスの中でいつでも出動できるよう 準備体制を整えているのだから。(笑) 私は、モノが捨てられないタイプであることは自覚しているが、 あと3年半で、少しずつ減らしていかなきゃなぁ。
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| 2015年09月26日(土) ■ |
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| (自治体運営)循環バスの乗り継ぎツアー |
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どうも私の友達には、せっかちの人が多いらしく、 先日の日記の最後に「P.S.」として 「イベント会場まで「長泉・清水循環バス」(100円)を利用した。 この話は、また次回に。(汗)」と書いたのに、 「しもさんの『またの機会に』はいつになるかわからないから」と 昔からの読者らしい指摘が、妙に嬉しかったが 「今までも、何回か期待させておいて、騙された(笑)」と続いた。 そんな訳で、忘れないうちに・・(騙さないうちに)体験レポート。 実は、私の自宅から今回のイベント会場(隣町「なめり駅」前)まで、 自動車を使わないと、近いようで遠く、どうやっていこうか思案した。 (イベントには、アルコールがつきものだから・・(汗)) 勿論「ウォーキング」や「ランニング」も、検討したが、 酔っぱらいながら「歩く・走る」は危険と判断して断念。 そんな時、思いついたのが「循環バス」の利用だった。 隣町が運営している循環バスは、わが町にある 「大型ショッピングセンター」や「(県東部の)医療センターなど」へ 隣町の町民が行きやすいように「循環バス」が乗り入れしている。 (たぶん、全国的に珍しいのではないだろうか?) 運行本数は少ないが、それでも時間を調整すれば、今回のように 100円で目的地まで行けるし、帰りも100円で帰ってこれる。 これを発展的に考えれば、基本的には行政域内を走る路線も、 行政境でうまく時間調整・連携できれば、利用価値は大きい。 「JR御殿場線沿線の住民」が、わが町の施設に訪れるには、 隣町の駅で降りて「循環バス」を利用ってのも、選択肢のひとつ。 言い換えれば「(自治体運営)循環バスの乗り継ぎツアー」。 可能性が広がる発見、やっぱり何でも体験してみることだな。
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| 2015年09月25日(金) ■ |
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| 40超えたら、女はみんな同い年じゃ、ボケ |
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映画「滝を見にいく」(沖田修一監督)から。 「主要キャスト全員をオーディションで選出し、 演技経験のない一般人を含む7人の女性たちが、 おばちゃんたちを個性豊かに演じる」という紹介に、 期待と不安が入り交じって、観始めた。 山の中で迷子になった設定にしては、緊張感なく楽しめた。 特に、台詞もアドリブ?と思えるような、自然な言い回しが、 妙に新鮮で、私のメモに多く残った。 例えば「まっ、いろいろありますよ」とか 「そんときは、そんときでしょ」 「もうどうでもいいから、早く帰りたい」 「もう、私、疲れていて、よくわかんない」 「いいじゃない、なんとかなるわよ」「どうにかなるわ、きっと」 遭難するかもしれないという不安の中で繰り返される、 おばちゃんたちの、他人事のような投げやりな台詞。 男同士なら、きっと多くの解決策を出しあうのになぁ、と やや呆れながら、実は羨ましながら、メモを取った。 これが「映画」になるのだから、面白いものだなぁ。 最後に、何気ない会話やケンカで、面白かったものを2つ紹介。 ・「有名な秘湯らしいですよ」「なんかそれ、おかしくない?」 ・「いちいち、つっかかってくるの、やめてもらえません?」 「何、その言い方。だいいち、あんた年下でしょ?」 「40超えたら、女はみんな同い年じゃ、ボケ」
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| 2015年09月24日(木) ■ |
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| 言葉は猫なんです。 |
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ある新聞に「山根基世の朗読読本」(評論社刊)を記念して 彼女のインタビュー記事が掲載されていた。 私にとっては、NHK番組「日曜美術館」の担当として、 「きれい」「落ち着いた」声の持ち主、そんな印象が強い。 日本古来の言葉をとても大切にしているかと思えば、 「言葉の乱れ」については容認派だという。 それを上手く例えたのが「言葉は猫なんです」。 「犬のようにはしつけができない」ということらしい。(笑) 言葉は、時代によって変化していくものだから、 それを「言葉の乱れ」と称して嘆くことには、 あまり関心がなさそうだった。 彼女はさらにこう続けている。「私には、言葉の乱れよりも 言葉が空疎になっていることの方がよっぽど怖い」と。 空疎とは「形だけで、内容が乏しいこと」。 その意味を説明するかのように、 「大きな声で叫ばれる『積極的な平和主義』の『平和』って? 政治も日常も、実感が伴わない言葉が飛びかっています」と まとめていた。 そのとおりだなぁ、と思わずメモをしたのは言うまでもない。 それにしても「○○は猫なんです」は、インパクトあるなぁ。 今度、どこかで使わせてもらおうっと。(汗)
P.S. 先日紹介した「俺はピアノを弾く猫だ」の意味がわかった。 「犬」では、しつければピアノを弾きそうだものなぁ。(汗)
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| 2015年09月23日(水) ■ |
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| シルバーウィークの最終日、イベント、やります! |
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ほんの数日前、長泉町に住む女性から、イベントの誘いがあり、 ちょっと興味がある「キッチンカー」の文字に惹かれて足を運んだ。 イベント名は「びすとろパルの1day 夕涼みカフェ」 (主催は、安心・安全な食材を提供している「バルシステム静岡」) どうやら、そのキッチーカーのお披露目と、食材のPR、 スタッフの動きのシミュレーションも兼ねているらしい。 おかげで、食べ物は無料。飲み代のみ。(笑) アルコールは、お隣にできたばかりのカフェバー「Rai&Ree」が、 本来は「夜のみ営業」なのに、イベントに協力し昼から開けてくれた。 今回驚いたことは、周知期間が非常に短く、個人的な応援企画であり、 自宅の敷地を開放しながら、少人数で運営できていること。 にもかかわらず、会場内は盛況で、楽しい時間を過ごすことができた。 これからは、同じ志向を持った人たちの「小さなイベントの時代」と 常々考えていたから、それを実現していたイベントとして参考になった。 だからこそ今回は、気になる一言として、彼女からの案内を残したい。 「シルバーウィークの最終日、イベント、やります!」 たとえ雨になろうが台風になろうが、リスクが少ないし、 プライベートパーティの延長上として、あちこちで開かれるといいな、 そんな感想を持ちながら、昼間っからほろ酔い気分になってしまった。
P.S. イベント会場まで「長泉・清水循環バス」(100円)を利用した。 この話は、また次回に。(汗)
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| 2015年09月22日(火) ■ |
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| 宮西作品は、展示場所を選ばない |
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朝風呂で、昨日までのバスツアーの疲れとアルコールを抜き、 今日は朝から、東京の世田谷文学館(芦花公園下車)で開催されている 「宮西達也ワンダーランド展」へ足を運んだ。 宮西先輩のやや高めの声で相変わらずのハイテンションを武器に メチャクチャ明るく、子供たちに読み聞かせをしている声が、 会場に響きわたり、よかった、元気そうだ・・と安心した。 10月3日から展示会場を「三島市佐野美術館」に移して、 同じ企画展が開催される前に、一度、顔が見ておきたかったから。 また絵本作家の「真珠まりこさん」からも、 シルバーウィークの期間は本人がいるって、と連絡をもらったし、 百貨店や美術館の展示はイメージが掴めるけれど、 文学館での企画展はどんな雰囲気なのか知りたかったから、が理由。 大勢の観客のいる中で、私を見つけてくれたのは嬉しいが、 「しもちゃ〜ん」と満面の笑顔で握手されると、ちょっぴり照れた。 今回の見学で気付いたことは「宮西作品は、展示場所を選ばない」。 飾ってあるのは同じ作品なのに、その会場の雰囲気になぜか馴染む、 そんな気がした。(飲み屋の壁でも、家のふすまでも・・) 世田谷文学館の展示は明日(23日)まで。お近くの方は、是非。 きっと、先輩のことだから、喉が枯れるまで読み聞かせをするよ。 展示壁へのイタズラ描き(汗)も、明日までだな。 次は「佐野美術館」(11月23日まで)だから、毎日でも行けるぞ。。
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| 2015年09月21日(月) ■ |
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| こんなに人がいると思わなかった |
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「連休出発!たっぷり金沢フリータイムと高山散策(2日間)」、 バスツアー2日目は、飛騨の「高山散策」。 「飛騨高山」は、古い町並み(上三之町・下二之町など)を始め、 歴史を感じさせる、しっとりした景観が観光スポットであるが、 これまた「シルバーウィーク」ということもあり、 観光客で埋め尽くされていた。(もちろん私たちも観光客であるが(汗)) 写真に収めたかった「伝統的建造物群保存地区」は、人混みに隠れ、 帰宅後、デジカメ、スマホの写真を確認して唖然とした。 そういえば、写真を撮っている私の横でも同じことを感じたのか、 初老のご婦人が「こんなに人がいると思わなかった」と溜息をついていた。 観光地には、訪れる人それぞれの目的があるのだが、 非日常的な景観や自然を求めて訪れた観光地が、いつもと変わらぬ人混みで、 観たい・撮りたいシーンが目に出来なかった時の無念さを、真横で耳にし、 有名美術館などで意識的に「入場制限」する意味が、理解できた。 その土地の光を観せることが「観光」の定義ならば、 まずは「どうやって、光を観てもらうか」を考えなければならない。 言い換えれば「観せ方」(見せ方)こそ、観光の一番大切な要素であることを、 この2日間の旅行で再認識をした。 「素敵な景色だったね、また違った季節に来てみたい」 こんな台詞が聴けたら最高なんだろうなぁ、きっと。
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