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しもさんの「気になる一言」
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2015年11月19日(木)
情報は「発信する」ではなく「届ける」もの

新設された「産業観光課」となると、
つい「観光」にばかり注目が集まりがちだか、
実は「産業振興」こそ、町を元気にする要素だと、
常々感じていたので、いろいろな報告書を読み込み、
行政として、他の自治体と比較して何が足りないのか、
企業は何を求めているのか、を調べていると、
「観光振興」の施策を考えた時と、同じ結論に至った。
町として、それなりの企業支援策を準備しているのに、
利用する企業が少ないことに注目していたら、
その「支援制度」を知らない、という声が聞こえてきた。
(もちろん「書類作成が面倒くさい」という声もあるが)
今まで、シティプロモーションの分野をはじめ、
「情報を発信する」という視点で物事を進めてきたが、
「情報を届ける」という視点が不足だった気がする。
パンフレット作りました、ホームページに掲載しました、
という行為で終わることなく、
「伝えたい相手に、この情報は本当に届いているのか」
そんな確認をする必要も感じている。
言い換えて、ワンフレーズにするとすれば、
「情報は『発信する』ではなく『届ける』もの」
まずは「確実に知ってもらう」、来年のテーマはこれだな。

P.S.
2002年12月09日(月) 同じような気付きを書いている。
「伝える」から「届ける」へ
13年後に同じことを書いているなんて、私も進歩がないのかな。



2015年11月18日(水)
風が止んで、時が止まる瞬間、そこを押さえる

映画「二流小説家 シリアリスト」(猪崎宣昭監督)から。
「ミステリーサスペンス」と紹介されていたこの作品は、
どこかに問題を解決するキーワードがないか、と
メモをしながらの鑑賞となったが、なかなか難しかった。
作品の中で、殺人犯の死刑囚・呉井大悟が、
なぜか、小さい頃の記憶として写真について語るシーンがある。
「一番大事なのは、自分の求める何かが現れるまで、じっと待つこと。
風が止んで、時が止まる瞬間、そこを押さえる。
最初に俺はそれを教わった」と。
その部分だけが、妙に印象に残り「気になる一言」とした。
特に「時が止まる瞬間」という感覚が、素敵だなと思う。
「風が止んだ瞬間、そこを押さえる」でもおかしくないのに、
写真は常に流れ続けている時を止める力を持っていると言いたげだし、
だからこそ、写真の想い出は色褪せない、とも言えそうだ。
インパクトがある景色であればあるほど、その瞬間に戻れる気さえする。
殺人犯人が「殺した女性の首なし写真を残す」感覚は理解できないが、
わざわざ写真を撮るという心理の中に、そういった「時を止める」ことに、
何かしらの意味を求めていたのかもしれない。
この心理描写を知るには、原作のデビッド・ゴードンの同名小説を
読むしかないのかなぁ。
でも、謎が解けて犯人判っちゃったし、微妙な選択だな、これは。



2015年11月17日(火)
「薬飲んでないの?」「うん、検診受けてないから」

57年の歳を重ねた男たちが居酒屋に集まると、
話題は髪の毛の話と、健康の話になりがちである。
(なぜか、女性の話はでなかったなぁ・・(汗))
「糖尿の薬を飲んでるんだ」「痩せればいいじゃん」
「ばか、お前に言われなくてもわかってんだよ、
でも、アイスクリームはやめられない」(汗)
「血圧の薬、何飲んでる?」「あっ、同じだ」
「俺は、痛風の薬かな」「朝、何錠飲んでる?」
そんな会話で盛りあがっている中、一人話題に入れず、
みんなの話を、ニコニコしながら聞きながら、
酒を飲み、たばこをふかしている同級生がいた。
この年齢になって、薬を飲まないなんていいな、と
羨ましく思い「薬飲んでないの?」と訊ねたら、
「うん、検診受けてないから」の一言。
もちろん、その場で爆笑の渦になった。
たしかに・・それでは薬も飲まないわけだ・・と
笑い飛ばしたが、あながち間違ってない気がした。
今の医学では、検診を受ければ必ずどこかが引っ掛かる。
「忙しくて行ってられない」と言い訳をすると思いきや、
「受けたら、大変なことになるだろう」と笑い飛ばした。
薬漬けになっている私たちよりも、
意外と彼の方が長生きしそうな気がして可笑しかった。



2015年11月16日(月)
「どうする?」「自分で判断しろ」「撃つか?」「自分で決めろ」

映画「ハート・ロッカー」(キャスリン・ビグロー監督)から。
イラク戦争のバクダットでの爆弾処理班、
戦争が終結した地の地雷処理とは違い、
現在、戦争中の中、テロの可能性も高く、映画と知りつつも、
2時間以上、銃口を突きつけられていた緊張感があり、
鑑賞途中で、気分が悪くなり吐きそうだった。
「戦争は麻薬である」の言葉に頷き、
「イラクに来たってことは死ぬってことだ」で納得した。
「死ぬなら、気持ちよく死にたい」・・そう呟く主人公、
本当にそんな気持ちになれるのだろうか、と我に返る。
メモする言葉は少なかったが、緊迫した会話に、
これは映画なのか?という疑問が浮かぶほどだった。
戦場でも指示を出す立場の人はいるが、
その指示を待っていては殺されることを、みんなが知っている。
「どうする?」「自分で判断しろ」
「撃つか?」「自分で決めろ」
厳しい言葉が飛び交うが、それこそ戦場の会話である。
しかし、我々の職場だって戦場といえなくはない。
この緊張感、私にとって初体験であったが、
戦争の映画、やっぱり観るのはやめようっと。

P.S.
今、巷ではFacebookで「プロフィール」に
「フランス国旗」(トリコロール)を被せる、という行為が
物議を醸し出している。
すべて「自分の判断で、自分が決めた」のであれば、
それを肯定することも否定することも出来ないと私は思う。
強いて言えば「国民の祝日に、日本の国旗を」かな。(笑)



2015年11月15日(日)
七五三現象

11月15日は「七五三」、三島大社は「千歳飴」を持ち、
色鮮やかな着物を着た、可愛い子供たちが目についた。
(やや天気がぐずついて可哀想だったが・・)
ただ、10月からわが町の産業を担当することになり、
「七五三」というと「七五三現象」が浮かんでしまう。(汗)
「就職して3年以内に、中卒の7割、高卒の5割、大卒の3割が
離職する現象を指す」のだが、全国的に「卸売、小売業」に
顕著な傾向が表れているという。
店頭に立ち、積極的に接客する販売員などは、
意外と難しい「コミュニケーション能力」が求められ、
知らず知らずのうちにストレスが溜り、離職するケースが
多いことは、私でも想像がつく。
また、技術系・生産系の仕事のように、形が残らないから、
仕事に対する意欲が低下しやすいのかもしれない。
自分の住まいの近くに働く場所があることは、
やはり定住の大きな要件となるから、東京を除く、
全国の市町村は、雇用対策に必死となることも理解できる。
しかし、現在の職業の多くが、50年後にはなくなっている、
そんな話を耳にすると、今後どんな産業・職業がいいのか、
簡単には、判断ができないのが現実。
せっかくのおめでたい「七五三」のお祝いの日に、
こんな難しい話をすることになるとは・・
う〜ん、休日は仕事から離れなきゃなぁ。(笑)



2015年11月14日(土)
深みってのはね、出そうと思っても出せるものじゃないの。

映画「深夜食堂」(松岡錠司監督)から。
深夜しか営業しない食堂「めしや」に集る人たちは、
マスターの料理と、何ともいえない居心地の良さを求めて、
毎晩たくさんの人々が集まって来るらしい。
そんな中、余貴美子さん演じる料亭の女将は、
ぬか床をもって来店し、若い人たちに向けてこう呟いた。
「深みってのはね、出そうと思っても出せるものじゃないの。
時間がかかるのよ、私たちみたいにね、マスター」
その場面設定を説明するのがなかなか難しいが、
台詞として面白かったので「気になる一言」に選んでみた。
食品の「味の深み」はもとより、人間としての「深み」は、
いくらお金を積んでも、出せるものではない。
また、短い年月では「深み」は出せるものではないと、
「ぬか床」を渡しながら言うところが面白い。
人間としての深みを出すには、それなりの人生経験をし、
知識と知恵がバランスよく整った頃合いに自然と出るもの、
そう言いたげだった。
さらに、その「深み」という言葉は、自分が使うものではなく、
周りの人たちが、その人柄を感じとって、使うものだと思う。
歳を重ねてくると「深みのある人」と言われるのに憧れるのは
私だけではないだろうが、これが難しいんだなぁ。



2015年11月13日(金)
どちらかが、50年近く勘違いしていることになる

先日、高校生の頃からつき合っている親友から、連絡があった。
地元を離れている仲間が○日に帰省するので集合、
そんなメッセージがあると、彼らに会いたい一心で参加する。
メンバーは同級生、それも57年間、歳を重ねてきた仲間たち、
その場の会話の面白さは、ちょっと文字では表現しにくいが、
酔いにまかせて、記憶のぶつかり合いがあった。
いくら体調を崩しても、2020年のオリンピックまでは生きたい、
そんな湿った話かと思えば、前回の「東京オリンピック」の
重量挙げの三宅選手から、男子マラソンのアベベ選手まで、
自分の思い出せる記憶をフル動員して、盛り上がった。
この昭和39年(1964年)の東京オリンピック開催の時、
自分たちは何歳だったか?の問いには、同級生だというのに
不思議なことに、意見がまっぷたつに割れた。
昔の国道1号(新道)で、初めて見る聖火リレーに
日の丸の旗を振ったのは幼稚園、という私の記憶と、
いやいや、東京オリンピックは、間違いなく
小学校のテレビで見た、という記憶があり、楽しかった。
「どちらかが、50年近く勘違いしていることになる」から、
自分の認知症を疑いながらも、必死に記憶を遡ることとなった。
調べれば簡単にわかるけれど、実は結論なんてどちらでもいい。
こんな他愛ない話題で、5時間も飲めるのだから、
同級生の飲み会は楽しいはずだ、と改めて実感した。(笑)



2015年11月12日(木)
10月29日(木)365万歩達成(301日目)していた

実は、先月、書き忘れたことがある。
私が歩いた歩数を記録し始めて、4年が経過しようとしている。
その日の寝る前か、翌日の朝、歩数をチェックして、
愛用の手帳の年間計画一覧に、その数字を書き込む。
さらに、同じ数字をエクセルシートに入力し、集計しながら、
年間365万歩(平均1日10,000歩)を目標に歩いているのだが、
先月の「10月29日(木)365万歩達成(301日目)」していた。
初めて達成した「2012年」は、よほど嬉しかったらしく、
「11月18日(日)366万歩達成(323日目)」と書いてある。
翌年、2013年は達成できず、昨年リベンジに挑戦し、
「12月19日(金)(352日目)」になんとか達成できた。
今年は、ネットで知り合った方々と励ましあって歩いたからか、
予想以上の速さで、目標の365万歩に辿り着いた。
4年間毎日記録をつけていると、以前紹介した「体重」と同様、
大体の感覚であるが、歩いた歩数がわかるようになってきた。
今日はちょっと足りないから、8000歩〜9000歩、
今日は歩き過ぎたから、15000歩を超えたな、という感じ。
今年は4年前のように、自宅に入る前に「歩計」を確認し、
足りなければ、意識的に自宅周辺を10分ほど歩いて歩数を稼ぐ、
そんなことはしなくなった。
10000歩にちょっと足りなければ、翌日少し頑張って歩く。
極端に多かったら、翌日は逆に休憩のつもりで無理しない。
とにかく、1年を通じて健康でいることが目的であり、
そのための目標が「年間365万歩」であることを理解している。
これまた「継続は力なり」を実感出来る、簡単な試み。
意識して続ければ、誰でも達成できることなんだよなぁ、実は。



2015年11月11日(水)
わたしたちは、街の見守り隊。

小冊子で見つけた、読売新聞の紹介エッセイ。
「特別なことは、何もしていません。
届けるべき新聞を、届けるべき読者のもとに、届け続ける。
ただ、それだけのことです。
けれど、日々、同じ時刻に、同じ道を通る仕事だから、
ささいな街の変化にも、気づくことができます。
だからこそ、わたしたちにできること。
それは、配達を通じて、街の安心を見守ることだと思うのです。
もしものときに、少しでも力になれるように。
街のために、そこに住む人のために、
今日も、明日も、明後日も。わたしたちは、街の見守り隊。」
私が毎日、柿田川の今を伝える情報を発信している理由が、
この新聞のエッセイに表現されていたので書き写した。
「街」を「柿田川」に読み替えるだけでいい。
この使命感こそが、持続力につながっているのだと思う。
わが町の住民には、声高らかに、そして声を揃えて言って欲しい。
「わたしたちは、柿田川の見守り隊。」



2015年11月10日(火)
演劇と映画の「絶妙なコラボレーション」

映画「シネマ歌舞伎 野田版 鼠小僧」(野田秀樹演出)から。
わが町の映画館(シネコン)で上映されなければ、
たぶん一生観なかったであろう作品の1つ。
演劇は「劇場」、映画は「映画館」という私の固定観念から、
どうしても結びつかなかった関係であったが、
歌舞伎の舞台作品をHD高性能カメラで撮影し、
映画館にてデジタル上映するという映画と演劇のジャンルを超えた
新たな取り組み」という説明に、私の好奇心が動いた。
初めての体験だった「シネマ歌舞伎」であるが、
予想外(?)にも、平日の昼間だというのに多くの観客があり驚いた。
「映画ファン」なのか「歌舞伎ファン」なのかは知らないが、
涙あり笑いありの演劇の面白さが会場内を包み込み、
偶然横に座ったご婦人も、声を出して笑ったりしてたから、
どちらかと言えば「劇場」に近い雰囲気だったようだ。
これからも、いろいろな利用方法を模索しながら、
大スクリーンでしか伝わらない「臨場感」を味わいたいと思う。
これだけは「自宅でDVD」をお薦めしない。(笑)