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しもさんの「気になる一言」
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2015年12月28日(月) ■
非常時には、非常手段です。

映画「ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション」
(クリストファー・マッカリー監督)から。
メモする時間が惜しいくらい、場面がどんどん入れ替わり、
そのスピード感は「さすが、トム・クルーズ」と叫びたくなる。
さて今回、気になる一言に選んだのは、
「非常時には、非常手段です」というフレーズ。
非常時に、いくら正義感を振りかざしたところで、
その危機を乗り越えなければ、意味をもたないから。
9.11の同時多発テロ、3.11の東日本大震災など、
思いもよらない、非常時に陥った時、生き残るためにどうするか、
普段では考えられないような手段を用いることも、必要だ。
そのオンパレードのような、M.I.Pのシリーズは、
手に汗握るシーンの連続で、メモは少ないけれど、
その非常時を、どんな手段で切り抜けるのか、とても楽しみ。
私たちの考えつくような手段ではないからこそ、
007をはじめとした、スパイ(諜報部員)の持ち物が気にかかる。
彼らにとっては、最初から非常時を想定して訓練をしているから、
非常手段ではないのかもなぁ。(笑)



2015年12月27日(日) ■
結果がでるのは、おいらが死んだあとなんや

映画「WOOD JOB!(ウッジョブ) 神去なあなあ日常」
(矢口史靖監督)から。
時代のスピードが速い分、誰もがすぐに結果を求める傾向にあるが、
この映画は、そんな考えを蹴飛ばしてくれる作品、と言える。
林業の素晴らしさ、いや林業に携わっている人たちの考え方が、
観ている私たちに、多くのことを気付かせてくれた。
自分たちが伐採してきた木を、わが子のように眺め、こう自慢する。
「よそのに比べて、うちのは節もないし、
レコード盤みたいに年輪が細かで均等やろ?。105年の間、
先祖が丁寧に枝打ちして、間伐したから、こういう木になるんや」
そして、こんなに高く売れるなら全部売っちゃえば?という主人公に、
「自分が生きとるうちのことしか考えとらんやろ」と叱り飛ばす。
種を蒔いた農作物が、半年もすれば収穫できる農業を比べて
「林業はそうはいかん。ええ仕事をしたかどうか、
結果がでるのは、おいらが死んだあとなんや」と嬉しそうに話す。
全てが「まぁ、なあなあやな」という言葉で片付けてしまうが、
「なあなあ」とは、神去村の人々の口蔵であり、
「ゆっくり行こう」「まぁ、落ち着け」といったニュアンスらしい。
村民全体が、すぐに結果を求めず、限られた時間を丁寧に生きている、
そんな感じさえした。
三世代で「木を育て、林を育て、森を育てている」感覚が心地よい。
林業という職業は、技術だけでなく、人生観が大切だな、きっと。



2015年12月26日(土) ■
先輩の3年生を下級生が送る「第四部」が一番好き

毎年、楽しみにしているクリスマス(今年は26日)のイベント。
地元、沼津商業高校吹奏楽部の定期演奏会(第55回)は、
沼津文化センター大ホールで公演され、今年も超満員だった。
昨年の気になる一言に書いた「最前列がVIP席」を思い出し、
私は、今年もまた当然のように、大ホール最前列に陣取った。
結果は、やっぱり今年も「最前列がVIP席」だった。
17時開演を最前列で今か今かと待っていると、
16時47分、楽屋裏から70人を越す部員の気合いの声が聞こえた。
何度なく大きなステージを経験し、舞台慣れしているとはいえ、
やはり3年生最後の定期演奏会は、特別の様子がよくわかった。
また、沼商吹奏楽部の音楽監督である川口三郎さんの指揮を、
間近で見ることが出来るのも、最前列である。
たぶん、後方の席からでは気付かない、
部員の緊張を和らげる彼の表情まで、見ることができた。
さらに、ラストの合唱曲では、毎回のように泣かされてしまう。
「振り返ればいつも、仲間がいてくれた。
振り返ればいつもそばに、仲間がいてくれた」・・
舞台のそでから、涙声になりながら、大きな声で歌っている、
川口先生の声を聞いたら、こちらも涙腺が思いっきり緩んだ。
プログラムでは「第一部から第三部」までの構成であるが、
私は、先輩の3年生を下級生が送る「第四部」が一番好き。
毎年、このシーンを目にするたびに、なぜか心が洗われる。
高校生の若さと、ひたむきに努力した3年間を振り返るとき、
彼ら彼女らの目から溢れる涙は美しい、と心から感じる瞬間。
来年もまた「最前列のVIP席」に座りたいなぁ。



2015年12月25日(金) ■
少なくともFIXで12秒は動かさない

映画「千年の一滴 だし しょうゆ」の柴田監督は
監督と呼ばれるのは嫌というので、敢えて柴田さんと呼ぶが、
その柴田さんに柿田川を案内しながら、つい撮影の話になり、
柿田川の今を伝えたくて、ほぼ毎日、スマホで撮影して、
Facebookに投稿している作品を、図々しく観ていただいた。(汗)
動画の画面が手ブレで揺れていることを指摘されたり、
その対策として、出来るだけ三脚の使用を勧められた。
また、いろいろな景色見せたくて、画面を左右に動かしたり、
ズームなどの駆使して、勝手に自分なりの見せ方を考えるが、
それは、見る人に対して、見方を強要していることになってしまう、
自分なら、ずっと固定(FIX)の画像を取り続けるなぁ、と言い、
そして「少なくともFIXで12秒は動かさない」と、
具体な数字を教えてくれるなど、とても参考になるヒントをいただいた。
とにかく、見る人のことを考えると、アーカイブの役割も含め、
固定した画像の撮影が基本中の基本だよ、と教えられた気がする。
実は、このアドバイス、その後の撮影に大きなヒントとなり、
投稿を楽しみにしてくれている人たちからも、
同じ画面をずっと見ているだけで癒されます・・などの感想を
いただくことになり、目から鱗・・の気付きと言えそうだ。
独りよがりの構成よりも、固定された映像を編集で丁寧に繋いでいく、
その方が、よっぽど質の高い作品になるということだろう。
言い換えれば「撮りながら勝手に編集しない」ということに違いない。
これからも、ライフワークとして、柿田川を撮り続けるつもりなので、
出来るだけ、このルールを守っていきたいと思う。
きっと・・あの時のアドバイスが、と思い出す時がくるんだろうなぁ。



2015年12月24日(木) ■
人間の感情は芸術品と同じ・・偽造できる。

映画「鑑定人と顔のない依頼人」
(ジュゼッペ・トルナトーレ監督)から。
ちょっと洒落た邦題と、予告編につられて鑑賞したが、
後味の悪い終わり方に、やや期待が裏切られた気がする。
原題は「La migliore offerta」(イタリア語)で「最高付け値」、
それなら、ラストシーンのドンデン返しも、
この人間関係こそが「最高付け値」だったなぁ、と笑えたのに。
鑑定士が主人公なので、何度か耳にすることとなった
「いかなる贋作の中にも、必ず本物が潜む」を選ぼうと思ったが、
なかなか、そのフレーズだけで本作を思い出すまでに至らない。
だから「人間の感情は芸術品と同じ・・偽造できる」とした。
この後「まるで本物に見える。だが、偽りだ」と続く。
「偽り?」と聞き返す人に対して「何事も偽造できるのだ」と言い、
「喜び、悲しみ、憎しみ、病気、回復、愛さえも」と言い切る。
それが見分けられるかどうか、鑑定士の腕の見せ所となるのだが、
人間の心は、芸術品よりも難しく、簡単に鑑定できない。
そして、その鑑定ミスは「最高付け値」に繋がっていく。
やはり、邦題より原題の方がよかったなぁ。

P.S.
「歯車は人間みたいなもの。
長年組み合わさっていると相手の形状に似てくる」
この台詞は、とても深い意味がありそうだったなぁ。



2015年12月23日(水) ■
あっ、バスクリンの匂い・・じゃなかった(汗)

昨日は、冬至。
南瓜(かぼちゃ)を「ん」がつくもの(人参、大根、蓮根など)と
一緒に食べると健康にいいらしい、なんて話題で、夕食をとった。
そのあといつもの日記を書いて、お風呂は、もちろん柚子湯、
肩まで湯舟にタッブリ浸かったら、柚子の匂いが私を包み込んだ。
しかし、何を勘違いしたのか、本物の柚子を片手に、私の口からは、
「あっ、バスクリンの匂い」のフレーズが飛び出し、
後から自分で「・・じゃなかった(汗)」と言い直した。(笑)
バスクリンが、柚子の香りを真似ているにもかかわらず、
いつもの入浴剤の方が、主役になってしまったのが可笑しかった。
以前、歩いていて、山梔子(くちなし)の香りがしたにも関わらず、
「あっ、トイレの匂いだ」といい間違えたことを思い出した。
人間の記憶は、香りが一番、インパクトがある気がしている。
年に何度か、早い時間に帰宅して、夕食前の一番風呂に入るとき、
バスクリンを入れた瞬間に、鼻まで広がる香りに、
自分が小さい時、父親と一緒にお風呂に入ったシーンが甦る。
春分、夏至、秋分、冬至、と続く季節の節目だからこそ、
昔のしきたりなどを教えていただきながら、
日本ならではの「四季」を味わいたいな、と最近思う。
昼が一番短く、夜が最も長い「冬至」を過ぎたということは、
これから、少しずつであるが、昼夜の時間差が縮まってくる。
Appleウォッチの「日の出・日の入りの時間」で確かめながら、
(明日の日の出は、6時48分。あと〜時間だから、6時には起床、と
一日の行動計画を立てたくなってしまうな、私の場合。



2015年12月22日(火) ■
あの、その、すその

メモを整理していたら、頭から離れなくなってしまった
先月「ゆるキャラグランプリ2015」の浜松会場で見つけた
近隣市、静岡県裾野市のキャッチコピーである。
ご当地のゆるキャラは「すそのん」だけど、
その隣に立っていた看板には「あの、その、すその」。
この何とも言えないリズムと、平仮名だけのインパクトが、
私の脳裏に焼き付いた。
もちろん、単なる言葉遊びかもしれないが、
街を知ってもらう、という事だけに特化すれば、
ちょっとユーモアがあり、クスッとしてしまう言葉。
以前、気に入った富山県のPRフレーズ「宇宙戦艦トヤマ」に
匹敵するフレーズだと思うくらい、私にはウケた。
一世を風靡した「そうだ 京都、行こう」もいいが、
全国の「ゆるキャラブーム」と相まって、
ちょっとゆるいキャッチコピーも悪くない気がする。
わが町だったら、どんなゆるいフレーズができるのだろう。
ただ、わが町って、けっこう真面目で堅いから、
こんなキャッチコピーできても、認めてもらえないかもな。
あっ、私の言う台詞じゃないか・・(汗)



2015年12月21日(月) ■
素晴らしくて敵わないときには「素敵」と言いましょう。

映画「駆込み女と駆出し男」(原田眞人監督)から。
(原作・井上ひさし「東慶寺花だより」)
今でも「縁切寺」で名高い「鎌倉・東慶寺」。
このお寺を知ったのは、さだまさしさんの名曲「縁切寺」。
当時は、そんな寺があったんだ、というくらいの認識。
「源氏山から北鎌倉へ・・」とよく歌ったものだ。(汗)
さて、今回の気になる一言は、物語とはちょっと関係ないが、
主人公、信次郎が口にした「素敵」の定義。
「素晴らしくて敵わないときには『素敵』と言いましょう」。
「素敵」って単語は、イメージとして、ちょっとオシャレで、
男が使うには照れくさい感じがしていたのも事実。
もちろん、その意味なんて、考えたこともなかったが、
「素敵とは、素晴らしくて敵わないこと」という意味を知り、
今度、使ってみようかな・・と思った単語になった。
もちろん漢字の「素敵」であって、「すてき」や「ステキ」は
まだ恥かしいな。耳にした人はわからないだろうけれど。(笑)



2015年12月20日(日) ■
忘年会は、リアル感を楽しむ機会

「働く女性の会(ATG)」の忘年会だった。
「明るく(A)楽しく(T)元気よく(G)」の頭文字を取った「ATG」。
賛助会員として、この会に参加させていただいてから、
もう何年経つだろうか、なぜか男性なのに居心地が良い団体である。
「2ヶ月に一度」という例会は、私にとってはちょうどいい回数で、
多すぎず、少なすぎず、程よく参加できるし、
彼女たちから多くの刺激をいただいているのが、継続の理由。
最初は1人だった、男性の賛助会員も増えてきたし、
「異業種、異年齢、異性」(3異)が、近況報告も兼ねて顔を合わす。
勿論、Facebookなどで、メンバーの情報はわかるけれど、
やはり、直接に会い、生の声を聴いて話すことが楽しい。
だから「忘年会は、リアル感を楽しむ機会」を残したい。
今回の忘年会場は、地元・清水町の「北海道料理・中むら」、
私の日記にも、何度か登場している、お気に入りのお店だし、
ホストとして、しっかりおもてなししなくちゃ・・と思う反面、
みんなに来て欲しいけれど、自分が来た時に座れないのもなぁ、と
ちょっぴり複雑な感覚で、いつもの「十四代」を飲み干した。
1次会は、中むらの2階で宴会、そして、下に降りてきて、2次会。
あぁ、こんな使い方があるんだ、と可笑しかった。
みんなを送った後、3次会を、1人カウンターで・・と考えたが、
今回は、飲み過ぎたので自重した。(汗)
やっぱり、バーチャルの世界より、リアルの世界が楽しいなぁ。
飲み方にも、性格がでるし・・。(笑)



2015年12月19日(土) ■
脚本は、右脳と左脳の合体です

知人の紹介で「脚本家・金子ありさ」さんとお話が出来た。
金子さんと言えば、ドラマ「ナースのお仕事」シリーズを始め、
私が観た映画でも「電車男」「7月24日通りのクリスマス」
「陰日向に咲く」「おかえり、はやぶさ」などを手がけた女性。
一時、脚本家に憧れた私にとっては、雲の上のような存在であり、
舞い上がるような気分で、日大芸術学部の聴講生のように、
(普段なら、メモしながら聴くのだけれど、それさえ忘れて)
現役・脚本家の話に耳を傾けた。
食事をしながらの短い時間であったが、彼女から脚本について、
プライベートレッスンを受けている感覚さえあった。
その中で、印象に残っているフレーズは、
「脚本は、右脳と左脳の合体です」
脚本は、小説とは少し違う、バランス感覚が必要となるようだ。
登場する人物像などを非常に細かく設定しながらも、
プロット(ストーリーの要約)を常に意識して書いているらしい。
まさしく「ものごとを理解するときに使う脳、
言い換えれば、論理的な事柄を司る機能(左脳)と、
表現するときに使う脳、感性・感覚を司る機能(右脳)を
バランスよく使いこなせてこそ、脚本家なんだと感じた。
原稿の〆切を意識しながらも、友人とランチを楽しむ感覚は、
私には、とても新鮮な発見であった。
そういえば、映画のエンドロールで、監督の名前とは別に、
脚本家(洋画では、翻訳家も)の名前を確認するのは、私だけかも。

P.S.
「脚本には(笑)とか(汗)はいらないから削除して・・と、
学生たちに指導するらしい。私の日記なんて削除だらけだ。(汗)