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しもさんの「気になる一言」
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2016年02月27日(土)
頑張る人のまわりには、そこかしこに花が咲く

あれ、なにからメモしたフレーズだろう・・
(すみません、久しぶりに、情報源不明です。(汗))
ただ、リズムが良くて、何かのキャッチコピーにいいな、
そんな感覚でメモしたに違いない。
特に「そこかしこ」は「其処彼処」(「其所彼所」)と書き、
「そこにもあそこにも」「あちらこちら」「ほうぼう」の意味。
頑張る人のまわりには、なぜか多くの人が集まってきて、
これまたなぜか、いろいろなイベントに招待される。
だから、どこにいっても、必ず顔を見かけるという図式。
当然、イベント会場では、多くの人に取り囲まれて、
その人のまわりだけ、花が咲いたような雰囲気に包まれる。
そんな光景を何度か目にしたので、このフレーズが思い浮かび、
あっ、これだ・・・とメモしたのかもしれない。
これが「オーラ」というものだろうなぁ、と感心をした。
まちづくりの基本は「人づくり」と言われるのは、
この人に会いたい、この人の住んでいるところに住みたい、
この人と泣き笑いながら、一緒にまちづくりをしてみたい、
人が人を呼ぶ・・そんな感覚なのかもしれないな、最後は。



2016年02月26日(金)
振り子時計はね、夫婦みたいなもんだ

映画「振り子」(竹永典弘監督)から。
原作は、私も何度も見直した「鉄拳」さんのパラパラ動画「振り子」。
台詞がないパラパラ漫画から、よくここまで纏めたな、と思う反面、
台詞がないからこそ、私たちの想像力が膨らみ、感動できたのに・・と
正直、これは賛否両論あるだろうな、と感じた。
だからこそ、バラバラ漫画にない「台詞」に興味をもちメモをした。
やはり、印象的なのは、小松政夫さん演ずる「時計屋」さんが口にした、
「振り子時計の定義」かな。
「振り子時計は繊細なんだ。右左に動く振り子が正確に時を刻む。
少しでも、振り子がバランスを崩すと、正確に動かないんだ。
右左って、両方が力を合わせないと時を刻めないんだよ」
「振り子時計はね、夫婦みたいなもんだ。
共同作業で、何年も何十年も、時を刻んでいくんだからね」
私はこの台詞で、グッときてしまった。
さらに「中村獅童さん・小西真奈美さん」演じる、主人公の夫婦の関係が
いろいろな出来事でぎくしゃくした時、こんな台詞が救ってくれた。
「どっちかが頑張っている限り、振り子は絶対に止まらない。
共同作業って、そういうことなんじゃないかな」
カチカチ・・となる音が気になって、家庭から消えた「振り子時計」、
昔は、ゼンマイのネジを巻くのは、子どもの仕事だったなぁ。
「振り子時計」(夫婦が離婚しないように?)が止まらないように。



2016年02月25日(木)
「松竹」の名前は、双子の創始者「松次郎、竹次郎」から。

何度も話題にして申し訳ない。(汗)
今回も、以前紹介した講演会、講師は「石塚慶生」氏、
(松竹株式会社 映像本部 映像企画部 映像企画室 
チーフプロデューサー)
演題は「映画プロデューサーという仕事」から。
大好きな「映画」の話とあって、質問し始めたら、
たぶん、私が何時間でも独占してしまうのではないか、
それほど私の知らない「映画製作の世界」が拡がっていた。
映画業界の市場規模は「2,100億円市場」と説明した後、
「右肩上がりでもなければ、右肩下がりでもない、ずっと横ばい。
これが不思議なんですよね」と語った。
個人的に考えても、ヒット作が多い年、少ない年などにより、
どちらかに傾くだろう、と思うのだが、そうではないらしい。
「映画マーケットは、紅生姜マーケットと同じ」がウケた。
その後、現在の映画興行について、具体的な数字や作品を示し、
「妖怪ウォッチ」をはじめ、アニメ映画の勢いを実感しメモした。
それなのに「松竹」の名前の由来が、インパクトが強すぎて、
それまでのメモが吹き飛んだ。(汗)
業界では、知られている話なのだろうが、私には新鮮だった。
「松竹梅」の「松竹」だと思ったのに、双子の創始者の名前とは。
ネットで調べたら、確かにそのとおりだったから、
「『松竹』の名前は、双子の創始者『松次郎、竹次郎』から」を
残そうと思う。
頑張れ、松さん竹さん、東宝に負けるな、と応援したくなるな。



2016年02月24日(水)
智恵ちゃん、けっこう、あれ、しつこいだろう

映画「ゆれる」(西川美和監督)から。
事件の真実は、兄の腕に残る傷跡だけが知っている、
そんな心が揺さぶられた結末であった。
兄が恋心を抱いていた女性は、弟の昔の彼女。(らしい)
それを知りつつ、弟に彼女を送らせた兄は、大人なのか。
彼女の部屋で激しいセックスして帰宅後、
後ろめたさを感じながらも、兄に「ただいま」と挨拶。
そんな雰囲気を感じながらも、またまた大人の会話。
「智恵ちゃん、けっこう、あれ、しつこいだろう」・・
ドキリとする弟の動揺を見透かしながら、
しばらく間を置いて「酒飲みだすと・・」と付け加える。
「あっ、そう、意外と飲めるんだよね」と体裁を整えるが、
事件後、彼女は下戸で、ビール一杯でもコトンとなるくらい
アルコールに弱いことを知り、兄の質問の意味を知る。
前半部分の仕掛けが、後になって利いてくるから面白い。
舞台となるガソリンスタンド「135円・125円・98円」の
価格表が、妙に気になってしまったが・・(笑)
いろいろ考えさせられる映画だった気がする。



2016年02月23日(火)
楽しい町には、楽しい人が住んでいるに違いない

以前、紹介した「ブランドづくり」の講演会。
講師「岩崎邦彦」氏(静岡県立大学経営情報学部教授)から。
講演を聴き終わってから、まず手始めにしたのが、
「清水町と言えば、○○だよね」という「○○」探し。
北海道は「広い」、沖縄は「暖かい」のように、
誰もが感じる「イメージ」を「まちづくりのブランド」にしないと、
誰からも選んでもらえない、ということを教えていただいた。
そこで、いろいろな言葉を当てはめてみた私の結論は、
なんと「『清水町』と言えば『楽しい町』」だった。
もちろん「清水町と言えば、柿田川」という言葉も浮かんだが、
地名や特産品ではなく、人間の「感性」に訴求する単語が必要だった。
どの自治体も口にする「住みやすい町」「子育てに優しい町」等は、
どうもイメージが掴みにくく、感性に訴えるイメージが浮かばない。
それでも必死に考え、最後に残ったのは「清水町」と言えば、
「癒される町」「元気な町」「楽しい町」の3フレーズ。
その中で私は、あえて「楽しい町」を選ぶことにした。
まずは、町民や近隣に住む人に「清水町は楽しい町」と感じて欲しい。
では、そのためには、どうしたら良いか。
それが、まちづくりの「統一性、一貫性」という戦略であり、
「スタバ」を例にとって教えていただいたこの「ブランドづくり」も、
近いうちに「気になる一言」に取り上げて紹介してみたい。
まずは、楽しいか、楽しくないか、なんて考えず、頭に浮かんだ
「楽しそうなこと」を、これでもか!!ってくらい、するしかないな。
仕掛ける人が楽しくなければ「楽しい町」にはなれないし、
楽しい町には、楽しい人が住んでいるに違いないから。(笑)



2016年02月22日(月)
病気なんだ、分かってあげなさい

映画「妻への家路」(チャン・イーモウ監督)から。
久しぶりに、切ない・・という感情が込み上げてきた。
「中国映画」だからという、特別な偏見ではなく、
「ハッピーエンドではない」結末に対して、
でも、これが現実・・というリアル感が私の胸を締め付けた。
娯楽要素の強い映画なら、最後には、正義は必ず勝つし、
辛い体験をしても、最後にはホッとさせられる結末が待っている。
しかし、この作品は、そんな私の甘い望みを打ち砕くように、
記憶障害で夫を他人だと思い込む妻は、最後まで治らず、
いつか妻の記憶が戻ることを信じて寄り添い続ける夫の愛情も、
最後の最後まで、変わらない。
この物語の起承転結が、私に「切ない」という言葉を吐かせた。
そんな母親の様子に、イライラを募らせている娘に対して、
父親はこう諭す。「病気なんだ、分かってあげなさい」
自分が、愛する妻に「夫と認識されていない」にも関わらず、
いつまでも、そばにいてあげたいと思う男心が、本当に切ない。
今まで、映画は「ハッピーエンド大好き」と言い放ってきたが、
たまには「リアル感」のある、こういった作品もいいな、と思う。
ハッピーエンドじゃないんだけど、心が温まるのは、
どんな環境になって、人が人としての尊厳を守っているから、
そう思わずにはいられない作品だった。



2016年02月21日(日)
驕(おご)りが心に起こったら、その時が衰退の始まり

昨日、結婚披露宴で、偶然隣に座ったことを契機に、
お話をさせていただいたのは、近江八幡市で呉服商を営む
「扇四(おうぎし)呉服店」の社長御夫妻。
その人柄にひかれ、帰宅後、機会があれば出かけてみたいな、と
インターネットで検索したら、歴史ある近江八幡の中でも指折りの、
創業享保5年(1720年)とあり、約300年代々受け継がれてきた、
「扇四呉服店中村家の家訓」が、多くヒットした。
「我が友人一老商に市店盛衰の原由を問ふ。」で始まる家訓は、
実は商売に限らず、どんな組織にも通用する家訓として紹介されている。
「家訓」と言うと、短い言葉で家風を表現するようなイメージがあるが、
この「扇四呉服店中村家の家訓」は、非常に長い。
「商売をしていると必ず好不調の波がある。不調の時には必死に頑張るが、
調子が少し上向くと心に奢(おご)りが生まれ、
そしてそれは同時に衰退の兆しである」と、諭している。
「驕り」というと、そんなことはないと眉間に皺を寄せる人もあろうが、
大変な時、ぎゅっと締めていた脇が、成功するとどうしても、あまくなる。
そこで、今一度「脇を締める」ことこそ、更なる繁栄に繋がる、と。
逆に「脇があまくなったまま」では、衰退の一途を辿り、
気がついた時は、取り返しががつかなくなる」ことを我々に教えてくれる。
組織を束ねる役割の人は、是非、一度、読んでみて欲しい。
「戦いは、大勝した時が一番危ない」とした兵法にも繋がる考え方、
さすが、300年という歴史を代々繋いできた、呉服商の家訓である。

P.S.
享保5年(1720年)となると、東京五輪開催の2020年が、創業300年。



2016年02月20日(土)
着物は「時間」と「心」に余裕がないと・・

昨年の10月まで、私の部下だった職員の結婚披露宴。
受付で手渡された席次表を見て、私の隣に見覚えのない名前があり、
肩書きを確認したら「(株)扇四呉服店」の御夫妻だった。
約3時間を、せっかく同じテーブルで過ごすのだから・・と思い、
自己紹介しながらお話をうかがったら、
呉服店を営む新郎の父親が、30年ほど前に修行させていただいた
滋賀県近江八幡市の老舗呉服店の中村御夫妻だと知った。
交わした内容の数々に、まさしく「近江商人」の血が流れていた、
そういっても過言ではないほど、穏やかな話し振りの中に、
私を唸らせる言葉が溢れていた。
もちろん着物文化については、私の本当に浅い着物の知識にも、
面白そうに頷いていただき、申し訳ないほどである。
そんな中、私が「なかなか着物を着る機会がなくて」と呟いたら、
「着物は『時間』と『心』に余裕がないと・・」と助言をいただいた。
着物はさっと着て、さっと脱ぐ洋服と違って、
着る前の準備と着終わった後の片付け(?)に時間がかかるから、
まずは「時間に余裕がないと・・」と言い、
さらに、普段からの自分の「心に余裕がないと・・」と付け加えた。
お洒落やブームではなく「時間と心」といった「生活」に余裕がないと、
上手く着こなせないのかもしれないな、と感じた。
時間が経つにつれ話がはずみ、お猪口に冷酒を注がれながら、
「時々着ると、着物に着られているようで・・」と笑いながら話したら、
「慣れですよ」と、さりげなくアドバイスをいただいた。
「本当に着物が似合う男になりたい、と思うなら、毎日着ることですよ」
そう言われた気がして、一瞬、背筋が伸びた気がする。
最初から着慣れている人はいない、慣れれば着物が体に馴染みます、
きっと、そういうことなんだろうな。
日本の歴史の中で大事な役割を果たした「近江商人」と話ができたこと、
単なる偶然と片付けず、これからも大切にしたい人間関係である。



2016年02月19日(金)
本物の婦警と勘違いして話しかけてくるんですよ

先日紹介した「松竹映画・チーフプロデューサー」の石塚氏と一緒に
講演会に参加していただいた女優・仁山貴恵さんとの会話から。
(前日、プライベートで伊豆(熱川温泉)に来ていたらしい)
石塚氏がプロデュースした、映画「わが母の記」では、
お手伝いさん役で出演し、撮影現場の緊張感を語ってくれた。
そんな彼女と、懇親会の席では偶然?(笑)、隣になり、
またまた映画・エキストラの話で盛り上がった。
ドラマ「EX「相棒 season1〜2」」では「婦警役でレギュラー出演」、
そんな話を聴きながら、彼女のエキストラ体験の話も・・。
「私もエキストラで警察(鑑識)の役をやったことがあります」と
伝えたところ「女性の場合『ナースと婦警』のエキストラが多いんです」、
と笑いながら「婦警の制服で出番を待っていると『何か事件ですか?』と
撮影を見に来た人たちが、本物の婦警と勘違いして話しかけてくるんですよ」
そんなエピソードまで教えてもらった。
調子のって、現場内の交通整理をしてしまう人もいたらしい。(汗)
たしかに私たち日本人は、制服姿に弱い。(オタクではなく・・)
また、エキストラ、やりたくなっちゃったなぁ。
前日の飲み会を「ごめん、明日、撮影なんだ・・」って断りながら。

P.S.
せっかく知り合った女優さん、これからも末永いお付き合いを・・。



2016年02月18日(木)
ただの無職の妊婦さん

映画「すーちゃん まいちゃん さわ子さん」(御法川修監督)から。
「かもめ食堂」に代表される、私の好きな癒し系の映画、
そんな言い方もできるが、男女共同参画の視点からみると、
働いていた女性が、結婚して妊娠して仕事を辞める時の憂鬱さが、
私にも伝わってきた。
「向こうの両親の意見も聞かなきゃ、
もう一人じゃなんにも決められない」と独り言を言ったかと思うと、
「もう営業部所属、岡村まい子じゃないんだよねぇ。
これやれ!って、仕事を頼める後輩もいないし、
頼むぞって言ってくれる上司もいない。ただの無職の妊婦さん」
バリバリ働いていればいるほど、そのギャップは激しいのだろう。
男からみれば「幸せそうな妊婦」としか映らない姿にも、
そんな思いがあるんだなぁ、とメモをした。
こんな台詞も、メモして切なくなってしまった。
「私ね、母親になったら、なんか今までの自分が
消えてなくなっちゃう気がして。
だから、会っておきたかったんだ、今の自分で、す〜ちゃんに」
監督の伝えたいこととは違うだろうけれど、素敵な映画だった。