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しもさんの「気になる一言」
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2016年04月17日(日)
こんな時こそ「東北支援」を忘れないこと

以前、東日本大震災への支援について、書いたためか、
「今回の熊本地震には、どんな支援をしますか?」という、
問合せのようなメールが届いて、返信に困ってしまった。
今、こうしてネットに書き込んでいる自分が何をすべきか、
考えることは大切だけれど、巷が騒げば騒ぐほど、
へそ曲がりの私は、冷静になっていく。(汗)
マスコミを始め、国民全体が同じ話題で盛り上がり、
自分はこんな支援をする、みんなも賛同して欲しい・・
そんな記事ばかり読むと、なぜか悲しくなる。
では、私は何を?と考えたところ、
「こんな時こそ『東北支援』を忘れないこと」だった。
この地震が起こる前まで「3.11・東日本大震災」の支援は、
日本国民の思いやりを5年間、1つに集中した出来事だったし、
まだまだ、完全に復興したわけではない。
「愛」の反対語は「無視」という言葉どおり、東北の人たちは、
あの災害が「風化」され、忘れ去られることが一番悲しいはず。
もちろん「熊本地震」も落ち着いたら、支援の方法を考えるが、
今は、東北の方々に「あなたたちのこと、忘れてないですよ」
そんなメッセージを送ることが、私の出来ることかな、と
思っている。(また「三陸牡蠣の養殖支援」でもいいし・・)
どれが正しい考えで、どれが間違っている、そんな話ではないが、
周りの情報に惑わされず、踊らされず、一度、ゆっくりと
自分の心に落とし込んで「言う」ではなく「語る」ことをしたい。
(「語」は「言」に「吾」と書くのだから・・)
東北の人たちの気持ちに寄り添うこと、これが私の出来ることかな。



2016年04月16日(土)
0%の確率を保つことは、不可能だ。

映画「ジュラシック・パーク」(スティーブン・スピルバーグ監督)から。
パニック映画と考えれば、予想外にメモは多かったが、
特に数学者のイアン・マルカム博士の考え方は、
監督が彼の台詞を借りて、言いたかったことではないだろうか。
「人工的な遺伝子の操作をしているから、繁殖することは絶対にない」
と言い切る研究者に、数学者はこう言い返す。
「0%の確率を保つことは、不可能だ。進化の歴史を振り返れば分かる。
生命を押さえつけることはできない。
生命は、危険をおかしてでも、垣根を壊し、自由な成長を求める。
『生命体は繁殖する道を探す』と言っているのさ」
だから「自然の力を甘くみて思いあがるとこわいぞ」と警告し、
「あなた方は、危険をもてあそんでいる。生命の力は恐ろしい。
オモチャではないんだ。
君らが用いている科学技術や知識は、誰もが手軽に入手できる。
誰かの本を読んで応用するだけ。自分たちの責任を問うこともしない。
天才が考えたことをチャッカリ頂いて、事の重大さも考えず、
手早くパッケージにして売り出す事しか考えていない!」と手厳しい。
しかし視点を変えれば、恐竜に限らず、原子力発電だって同じこと。
確かに、生命体ではないけれど、人間のコントロールが利かない点は、
「恐竜」を「原子力発電」に置き換えてみれば判りやすい。
実際、100%安全だ、と言えば言うほど、怪しいと考えた方がいい。
数学者らしく「確率」を持ち出しながらの説明は、実に端的な台詞だ。
さらに「創造は、意思が生み出す」「命は、道をみつける」
これらは「次に繋がるキーワード」と思いメモをしたのだが・・。
人間って、痛い目にあっても、懲りない生物なんだなぁ。



2016年04月15日(金)
「阿蘇」は「伊勢」を包み込んでいるの

昨晩、私が尊敬する女性と、Barのカウンターで飲んでいる時、
手首のAppleWatchが勢いよく震えた。
慌てて確認すると、今回の「防災速報」(地震情報)。
「震度7」という文字が、私たちを驚かせた。
その後は、テレビで被害状況を確認しながらであったが、
彼女はゆっくり「熊本・阿蘇」の話をし始めた。
「『熊本』、特に『阿蘇』は、日本にとって特別な場所で、
活火山など『火の国』のイメージが強いけれど、
良質な地下水が豊富であり『水の国』とも言えるでしょ。
『火・水』(かみ)の国=『神』に繋がるのよ」と。
その話は、私も耳にしたことがある、と頷きながら答えたら、
続けて「阿蘇は伊勢を包み込んでいるの」という話になった。
「あ・そ」は、50音では「あい・・・」「・・・せそ」となり、
「い・せ」を包んでいる、ということらしい。
だから「伊勢」を守っている「阿蘇」は、特別な存在なのよ、と。
う〜ん、さずかに、その視点はなかったです、とメモをした。
阿蘇山は、富士山より高かった、という説もまんざらではないな。

P.S.
熊本に住む知人に電話したら、なんとか声が聴けた、ホッ。



2016年04月14日(木)
「田園調布」は「Den-enchofu」

メモを整理していて、気になったので記しておきたい。
たしか、昨年、仕事で東京へ行った時の話。
目指す行く先は「田園調布」方面だったので、
ナビで確認はしていたが、助手席に座っていた私が、
交通標識を確認しながら進んでいたその時、
目に入ってきたのは「田園調布」の漢字の下に書かれた
ローマ字の綴り。なんと「Den-enchofu」。
えっ、「田園・調布」という意味で「Denen-chofu」、
それとも、一つの地名として「Denenchofu」。
これ以外は、あまり浮かばなかったのだが・・・。
たぶん、表示記号にルールがあり、間違いはないと思うが、
私の知識が通用せず悔しかったので、気になる一言。(笑)
「御殿場」が「Gotemba」と表記されたりするのと同様、
それに異議を唱えているのではない。
ただ「あれ?」という違和感を、文字にして残したかった、
それだけのことであるが、とても気になった。
「Denen」だと「デネン」って読んじゃうからだろうか。

P.S.
東京にお住まいの方にお願い。(自信がないので)
機会があったら、再度確認していただけますか? (汗)



2016年04月13日(水)
すこ〜しだけ、素敵な夢を見せてあげれば・・

映画「夢売るふたり」(西川美和監督)から。
火事で店を失くした夫婦が、店を再建するために、
「結婚詐欺」という方法で資金を集めるストーリー。
そんなにうまくいくのだろうか、と思っていたら、
映画とわかっていながらも、なるほどなぁ、と感じた。
「結婚詐欺」というよりも、この人のために
お金を提供してあげよう、という気持ちにさせるテクニック。
そのコツを妻役の松たか子さんが呟く。
「夢なんて、ほんの少しで充分よ、ほんの少し。
すこ〜しだけ、素敵な夢を見せてあげれば・・
やさしい星たち、まばゆい星たち、そのきらめきに、
ほんの少しだけ色を付けてあげましょう。
そうすればみんなきっとあなたのために、輝いてくれるわよ」
言い方を変えれば、こんなことだ。
「みんな寂しくて、みじめな想いを抱えているのよ。
立場もお金も、人間関係も、今あるものはもう何一つ、
自分の人生を変えてくれはしない。未来も見えない。
十年後の自分なんて、考えるのもイヤ」
そんな人たちに、タイミングを外さず、声をかければ、
「あなたは星たちを照らす、小さな太陽になれるはず」
詐欺って、こんな人間の心理をうまく操作するんだなあ。



2016年04月12日(火)
楽しいが、あふれてる。

地元の大型商業施設「サントムーン柿田川」。
英字(「SUN TO MOON)のカタカナ読みだけど、
地元では「サントムーン」だけで誰にも通じる施設だし、
柿田川と並び、わが町の「シンボルゾーン」になっている。
先日、帰宅途中でぶらっと寄った時に見つけた、
フロアーガイド(FLOOR GUIDE)の表紙に目を奪われ、
その後、自然とニコニコ顔になった。
なんと縦位置で「楽しいが、あふれてる。」
サントムーン内にある「子育て総合支援センター」の所長、
「こども交流館」の館長をしてきた私が(どちらも初代(笑))
その施設のキャッチコピーを知らなかったことを深く反省し、
またこうして、賑わいのまちづくりを進める立場となり、
私が目指している町の方向性と、ほぼ一致していたことに、
驚きと喜びを感じている。
サントムーンは「楽しいが、あふれてる。」をキャッチコピーに、
私は「なんとなく 楽しそうだね 清水町」のイメージし、
やはりわが町に「楽しい」というキーワードは、欠かせないな。



2016年04月11日(月)
才能が彼を傲慢にしています。

映画「スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃」
(ジョージ・ルーカス監督)から。
オビ=ワンのもとで修行を積んだアナキン・スカイウォーカー、
その成長ぶりは、目をみはるものがあった。
教えられたことを何でも吸収してしまう、海綿体のように。
しかし、彼の周囲は、その才能こそが危険だと感じていた。
「技量はズバ抜けてる。まだ学ぶべきことが・・」
「才能が彼を傲慢にしています」
「先生は生徒の弱点を厳しくみるのよ。それで成長を」
「アナキン、成長を焦らないで」
多くの台詞が、彼の急激な成長を危惧しているかのように。
誰にも負けないという技量(知識)は、
時として、向かうところ敵なし、とばかり、先生をも威嚇し、
せっかくの助言・忠告にも耳を貸さなくなる。
そのうち、誰も近づかなくなり、気付いた時にはひとりぼっち。
そんな彼を喜んで受け入れてくれたのは、フォースの暗黒面。
自分を存在を認めてくれ、活躍の場を与えてくれたのだから、
一番大切な「正義・慈悲の心」を学ぶ前に「悪」に流れた。
ここで、謙虚になれるかどうかが、彼の分かれ道だったな。
まぁ、物語としては、この展開のほうが面白いけれど・・。

P.S.
物語の途中「C-3PO」が呟く台詞がなぜか、印象に残っていた。
「分析ドロイドどもは、データ偏重だからな。
君らは、もっと敬意を払うべきだ、『知識』と『知恵』の違いにな」



2016年04月10日(日)
桜もいいけど、陶芸もね

まだまだ続いていてる、日本全国、津々浦々「桜」情報。(笑)
(申し訳ない、ちょっとゲッブです。(汗))
そんなわけで、同じピンクでも、陶芸のピンクを眺めてきた。
行き先は、静岡市美術館の企画展「ルーシー・リー展」。
5年半ほど前に、MOA美術館(静岡県・熱海市)の企画展で、
彼女の作品を観てからファンになり、今でも時々、
当時購入した図録を眺めてはいたが、今回、静岡市開催とあって、
妻と娘を誘い、久しぶりに静岡までのドライブとなった。
三者三様の鑑賞の仕方があり、たぶん感じ方もマチマチだが、
帰路の車中での会話は「よかったね」で始まり、
「会期中(5/29まで)に、あと何度か行きたい」も同じであった。
私は「陶芸」なのに「洋服」みたいなファッション性を感じて、
洗練されたデザインと色彩に、鑑賞している女性の服装と、
どこか似ているな、という感想を持って、楽しく鑑賞。
もしかしたら「静岡市」という都市のイメージとも共通?なんて、
考えながら、約200点の作品を堪能した。
今回のこの時期の「ルーシー・リー展」を文字にしようとしたら、
キャンディーズがCM出演した「おせちもいいけどカレーもね!」を
モジって「桜もいいけど、陶芸もね」が頭に浮かんだ。
「桜」をじっと眺めることは少ないけれど、彼女の作品は、
ずっと眺めていても飽きることはないから、お近くの方は、是非。
今日の一言の意味が、わかってもらえると思うから。



2016年04月09日(土)
本土決戦となれば、もう桜は咲かんな

この数週間、帰宅後に立ち上げるSNSの写真投稿は、桜三昧。
例年以上に、日本人の桜好きが際立った春、という気がする。
桜の名所だけでなく、自分の身近な場所で見つけた桜など、
驚くほどの「桜」が、私の目の前を通過していった。
プライベードの日記では、写真の投稿をしない私は、
桜を観ながら「文字」が浮かぶ。(笑)
「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」(ことわざ)だったり、
「散る桜 残る桜も 散る桜」(良寛)や
「さまざまのこと思い出す桜かな」(芭蕉)など、
その時々によって、桜に対する想いがあり、面白かった。
しかし、今年はちょっと違ったフレーズが頭から離れなかった。
映画「日本のいちばん長い日」(原田眞人監督)で、
太平洋戦争の末期、「本土決戦」か「無条件降伏」かを悩む
鈴木貫太郎首相を演じた山崎努さんが、車の中から桜を眺め呟く。
「本土決戦となれば、もう桜は咲かんな」
今、全国の多くの国民が、スマホ等で桜の写真を撮り、
幸せそうなコメントとともに、アップすることが出来るのは、
あの時、アメリカとの本土決戦を選ばず、無条件降伏を選択した、
昭和天皇を始めとした、日本の閣僚たちの先見性だと私は思う。
どんなに辛い生活が待っていようとも、春になると必ず咲き、
私たちを癒してくれた、日本の象徴とも言える「桜」。
「うぁ〜、きれい」と撮るだけでなく、桜をじっくり眺め、
さまざまなことを思い出して欲しい、芭蕉のように。



2016年04月08日(金)
「この国の『いただきます』を担っているのは・・

季刊「新・田舎人」(平成27年12月号)の掲載記事、
「新・田舎人インタビュー タレント『壇蜜』さん」から。
「私、不思議なんです」と話し始め、その疑問を口にした。
「日本のお米は、どれもおいしいのに、
なぜ各地で競い合うんだろうって」
多少の味の違いはあっても、日本のお米は、当たり外れがない。
選んでいる側が「なんとなく」で選んでいるのに、
外れがないってことは、日本のお米のレベルは相当高いってこと。
だからこそ、こう付け加えていた。
「他の地域と比べる必要なんてないし、今あるものに目を向けて、
自分たちの地域の魅力に早く気づいて欲しいんです」と。
やはり、その土地の気候、風土に合ったお米が美味しいだろうし、
消費者も、わさわざ遠くから取り寄せなくても・・と思って欲しい。
最後に、素敵なメッセージを見つけた。
「この国の『いただきます』を担っているのは、
作り手である農家の方たちです。」
今日の午後、地元の農協、JAなんすんの青壮年部総会に出席した。
まさしく、このフレーズを伝えたかったなぁ。