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しもさんの「気になる一言」
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2016年06月05日(日) ■
ルールを破った時、見えなかったものが見えてくる

映画「キッチン・ストーリー」(ベント・ハーメル監督)から。
「ノルウェー・スウェーデン合作」と耳にして、
以前から、気になっていた作品であったし、
さらに、先日読んだ書籍「住み心地はどうですか?」で、
この作品が紹介されていたので、ますます興味が広がった。
製品開発など多くの面で「行動心理学」が大きな役割を果たし、
そのデータ集積のため、台所に椅子を置き、黙々と記録を採る。
「独身男性の台所での行動パターン調査」中は、
対象者とは、会話をはじめ、コミュニケーション禁止がルール。
しかし、そこは人間同士のこと。
そんな空間を窮屈に感じた対象者が、調査者に話しかける。
「話をしなきゃ、互いに理解できないだろ」「わかってる」
そして「コーヒーでも飲め」と続く。
本当にゆっくりゆっくり、仲良くなっていく様子が表現され、
予告編で見つけたフレーズが頭に浮かんだ。
「ルールを破った時、見えなかったものが見えてくる」
逆にルールどおりに調査をしていたら、このふたりの関係は、
理解し合うことも出来なかったに違いない。
そういえば「ルールは、破るためにある」と豪語し、
楽しそうな人生を送っている高齢者を、私は知っている。
「人に迷惑をかけない」ならば、ルールは面倒くさいし・・。
ルールなんてクソ食らえだな、最近の私。(笑)



2016年06月04日(土) ■
「58歳」のテーマは「もうひと踏ん張り」

インターネット上では、誕生日を「非表示」にしたため、
ネット以外でつながっている人からのメールが多く届いた日だった。
返信したメールは、覚えていてくれてありがとう、という感謝と、
毎年恒例のように、今年1年のテーマ発表。(笑)
昨年は「おかげさまで『57歳』になりました」として、
どんな場面でも感謝の気持ちを持って過ごすことに決めた。
今1年を振り返ると、まだまだ感謝が足りなかったなぁと思うけれど、
テーマを決めて、1年を過ごすと面白いことが起きることも実感した。
さて、では今年は・・・と考え始め、これだというものに辿り着いた。
定年まであと3年弱となり、ついつい、守りに入りがちだが、
「あと3年だから」というと、我が課のスタッフからは大ブーイング。
「手柄はあげるから、しっかり働いてもらわないと困りますよ」と、
「叱咤・叱咤・叱咤激励」が飛ぶ。(もちろん、家庭でも・・)
そこで思案の末、彼らに返信したメールは、
「58歳のテーマは『もうひと踏ん張り』にしました(^_^)v。
この年齢になって、やっとやりたいことが見つかり、
少しずつですがカタチになってきたので、
あと一転がり頑張ってみようかな、と思っています。
56歳の時に決めた『あとはぼちぼち』は変わりませんが。(^^;;」
一気に成果を求めず「ぼちぼち」のペースを基本にしながら、
「もうひと踏ん張り」してみようかな、と思えた58歳。
やはり自分で動いて他人を喜ばせるのって、楽しいものなぁ。

P.S.
上映中の映画「64」(ロクヨン)は「昭和64年」の話だけど、
「6月4日」と考えるのは、この日に生まれた人だけの勘違いだね。



2016年06月03日(金) ■
ほらね、世界なんて、たった一晩で変わってしまうのよ。

映画「映画 ビリギャル」(土井裕泰監督)から。
話題になっているのは知っていたけど、私の先入観で、
「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて、
慶應大学に現役合格した話」という紹介に、面白可笑しく、
やや誇張して、ドキュメンタリー風に仕上げたんだろうな、と
決めてかかったのがよくなかった。(汗)
もっと早く観ておけば良かったなぁ、というのが感想である。
伊藤淳史さん演じる「坪田先生」のアドバイスも、
有村架純さん演じる、主人公「工藤さやか」のボケもメモをした。
どんな視点でも楽しめる作品なので、正直、1つに絞るのが難しい。
「全問不正解だけど、回答欄は全て埋めたよね」
「七夕の短冊と同じで、まずは願いを文字に書かないと」
「僕はダメな生徒なんていないと思うんです。
ダメな指導者がいるだけですよ」「ニュースが情報のどこを切り取るかで、
世論なんて、全然、変わってくるんだよ。新聞を鵜呑みにしないで、
いろいろな立場から考えないと、真実は見えてこないんだよ」
「可能性があるって知ってることって、すごく大事なの」
「傷つきたくないから、目標下げるの?
目標を下げた、どんどん低い方に流れていくよ」
「プレッシャーがあるってことは、受かる自信があるってことだ」
やはり、塾の先生らしいアドバイスが気に入った。
しかし、今回選んだのは、作品の冒頭、母親が小さい頃の主人公に
(立体絵本をめくりながら・・)囁いた台詞。
「ほらね、世界なんて、たった一晩で変わってしまうのよ」
これが、この作品を貫いている考え方だなな、と感じたから。
別に、受験生だけでなく、私たち年代にだって言えること。
「可能性は試みる人だけのもの」ってことなんだろうな、きっと。



2016年06月02日(木) ■
あなたが名を売るのはいい。だが、他人を犠牲にするのはよせ

映画「ロスト・ワールド ジュラシック・パーク」
(スティーブン・スピルバーグ監督)から。
鑑賞後のメモから推察すると、あまりに台詞が少なく、
恐竜に追われ逃げ惑う、単なるパニック映画と変わらなかった。
前作が偉大すぎたからか、あまり感じるものがなく観終わった。
強いて上げるとすれば、映画冒頭の会話。
「二度と同じ過ちは起こさんよ」「これは新しい過ちだ」
前作で生命力の強さをこれでもか、と思い知らされたにもかかわらず、
またまた、欲に目がくらんで「同じ過ち」を繰り返すことになる。
本当に懲りない人たちだなぁ・・とつくづく呆れてしまった。
そう言えば、こんな台詞がメモに残っていた。
「あなたが名を売るのはいい。だが、他人を犠牲にするのはよせ」
私が「ジュラシック・パーク」のシリーズで感じたことを一言で言えば、
このワンフレーズで表現されてしまう。
個人が責任を取れる範囲の研究・開発ならいいが、
人間はなぜか、発見したことを試してみたくなる性格をもっている。
そして、その成果を世に認めて欲しくなるに違いない。
その過程で、多くの人たちが犠牲となっている事件を、
現実の生活でも実感するからこそ、このフレーズを残そうと思う。
映像は、CGを駆使してリアルになったにもかかわらず、
恐怖心はあまり感じなかったのは、主人公は殺されない・・という
単純な発想であった気がする。
銃で撃たれて死ぬのと、恐竜に喰われて死ぬのでは、違うのだから。



2016年06月01日(水) ■
「戀」とは、いとし、いとしと言う心

先月、地元の本屋さんで開催された「朗読会」。
俳優の篠田三郎さんが、三島市在住の脚本家、
故・宮内婦貴子さんの作品を朗読してくれた話を取り上げた。
その冒頭、彼女を紹介するプロモーションビデオの中で、
彼女が書き続けた作品のテーマが4つだと知った。
「命」「戦争」「戀(恋)」「絆」
特に「戀」の説明では、見慣れない難しい漢字が登場し、
それが「恋」という漢字だと理解するのに、時間がかかった。
敢えて「戀」という古い漢字を使った理由が洒落ていた。
「戀」を分解すると「糸」という字で「言」を挟み下に「心」。
だから「いとし、いとしと言う心」が「戀」です、と。
これには、なるほど・・と頷くしかなかった。
現代の恋愛観と比較するわけではないが、
メールや携帯電話がなかった時代、手紙がその役割を果たした。
だから返事を待つ間、相手のことを考え、愛しいと感じる。
そんな想いが、この「戀」という字には込められているようだ。
今では「(好きな相手を愛しいと感じる、そんな想いを)、
心の中に溜め込むことがなくなった」と呟いたコメントが
とても印象に残った。
現代人は、毎日の生活が忙しいのか、すぐに結果を求めたがり、
告白もメールでする、という話も耳にした。
出来ることなら、今からでも
「愛しい(いとしい)」「慕う」そんな感情を取り戻したいな。



2016年05月31日(火) ■
「renovation」と「Re-innovation」

TAKE FREEの冊子「ヌマヅのリノベ」にこう書かれている。
「今、巷で良く耳にする『リノベーション』。
『Re-innovation』とは、今あるものを活かし、
別の発想で新しい使い方をすること。」
私の場合、気になって調べてみたのは、英単語。
ネットでは、ほとんどが「renovation」でヒットするが、
あえて「Re-innovation」とした意味が伝わらなければ、
私の疑問は、ますます深まるばかり、ということになる。
「innovation」とは新たな価値やアイデアを創造・発明すること。
「renovation」とは新たな価値やアイデアを創造�鷆し直す�鷆ということ。
ここらに、解決のヒントが隠されているのかもしれないが、
どうも腑に落ちない。
「re-」を付けると「再度・ふただび」の意、しか覚えていないから。
流行言葉のように「リノベーション」という単語が広まり、
「建築物の改造(用途変更)」というくらいの知識しかなかったのに、
まちづくりの分野まで「リノベーション」が使われだしたから、
共通認識が欲しくなったのかもしれない。
ただし英単語だけは、外国人が読んだ時に不自然と感じないものを綴る、
そうしないと、単なる「誤記」ということになるから。
英語に詳しい方々、誰か説明してくれませんか?



2016年05月30日(月) ■
変わらない世界を嘆くかわりに、彼女は走った。

映画「図書館戦争 THE LAST MISSION」(佐藤信介監督)から。
場面設定を説明せずに、この作品の面白さを伝えるのは難しい。
だから映画の場合、監督や脚本家の伝えたかったことを、
台詞や掛け軸、写真などに見つけようとしてしまう癖がついた。
今回は、自分の所属する団体、自分の勤める会社、
いや、自分の住む街に置き換えてもいい。
不平不満を言う人は、何に対しても批判的だけれど、
ではあなたは何か行動しているのか?と言えば、皆無。
批判することが楽しいのであって、自分では何も動かない。
そんな風潮を意識してか、節々に気になるシーンがある。
「どうにもお先真っ暗だな」「だから、私たちがいるんじゃん」
「ワインはね、提供する温度やグラスの形状によって、
味がまったく変わってしまう。どんな上等なワインも、
環境が悪ければ実力を発揮することができない」
「堂上さんですよね、とても強いと聞いています。
見てみたいなぁ、あなたが倒れるところ」
「見てるだけか・・直接こい」
「私たちの存在は無意味なんでしょうか?
戦っても、意味がないんでしょうか?」
「俺たちが必要かどうか決めるのは、俺たちじゃない」
そして物語のラストに出てくる写真のキャプション。
「変わらない世界を嘆くかわりに、彼女は走った。
 その想いが届くことを信じて」
これかな、今回の「気になる一言」は。



2016年05月29日(日) ■
技術の進歩は、人間社会が同様に進歩しなければ・・

「オバマ米大統領、広島での所感(全文)」から。
この所感に対して、なにか記録に残しておこうかな、と
何度か読み直して、印象に残ったフレーズを書き出した。
その中で選んだのは、
「技術の進歩は、人間社会が同様に進歩しなければ、
われわれを破滅に追い込む可能性がある。
原子の分裂につながる科学の革命は、
道徳的な革命も求めている」という一段だった。
もちろん、広島だから原爆に対することなのだろうが、
私は「原子力発電」にも同じことが言えるなぁ、と感じた。
ここ数年で、スマホ、自動運転の車、ロボットなど、
技術の進歩により、私たちの生活はどんどん便利になるけれど、
それを使いこなす、私たち人間も進歩しなければ、
使っているつもりが使われている、ということになりかねない。
少なくとも、人間が確実にコントロールできなければ、
技術の進歩の暴走を止めることが出来なくなるということだ。
長く熱いメッセージの中に、1つでもいいから心に残ったことを
メモしておきたい。
何年後かに、その言葉の意味が分かるときがくるだろうから。



2016年05月28日(土) ■
「親友」と「知人」は、親密度が違う「友達」

最近、Facebookから少し距離を置いている。(汗)
私の場合「友達承認」はけっこうこだわっていて、
顔と名前が一致しないと「承認」しないし、
毎年「誕生日」などを機に「友達」の整理(断捨離)をする。
1人ずつ、顔を浮かべ、思い浮かばなくなったら、
申し訳ないが「友達」を外すことも・・。
そうしないと、大切な友達の行動がわからなくなるし、
街で偶然すれ違った時に、挨拶も出来ない関係が
「友達」とは言えないし・・などと考えるからだ。
(10年以上メール交換している、顔も知らないメル友もいるが)
いや、そんな彼ら、彼女らの存在は、私の感覚から言うと、
「友達」ではなく「知人」なんだよなぁ、とも思う。
SNSも「いいね」を何種類も分けるくらいなら、
「友達」を「親友」「友人」「知人」「仕事」「趣味」など、
普段からの「お付き合いの度合い」で振り分けるほうが、
相手がどんな感覚で、自分と「お友達関係」を保っているのか、
わかって面白い気がするのになぁ。
「とりあえず」なんてのがあったら、もっといい。(笑)
生まれてから何十年もつき合っている「親友」と、
先日知り合った「知人」を一括りにするのは難しい。
人間関係を大切にするSNSだからこそ、改善を期待したい。
現状は「親友」と「知人」は、親密度が違う「友達」と理解して、
つき合っていくしかないのかな。



2016年05月27日(金) ■
湧き水コーヒー飲みたいね。

柿田川公園横のドライブイン「湧水の道」(旧・泉の館)に、
「『湧水コーヒー』」の看板が掲げられている。
しかし、観光客はその看板を眺め、当然のように
「湧き水コーヒーのみたいね」と、友達を誘っている。
その横で、お気に入りの「豆腐アイス」を食べながら、
のんびりしていた私は、その会話でメモ魔の本性が動いた。
「ゆうすい」と読まずに「わきみず」と読むのか?と。
しばらく観察していると、同じように読んだ人が多くて、
ちょっと驚いた。
もちろん、読めないのではなく、読み替えたことは分かる。
だからこそ、面白いなあ、とメモをした。
日本人にとっては「湧水」(ゆうすい)という言葉よりも、
「湧き水」(わきみず)の方が、親近感があるのだろうか。
湧いているイメージは「わきみず」の方がわかりやすいし、
音としても「柔らかい」気がするからだろうか。
最初の一言が「ゆ」より「わ」の方が発音し易いのかも・・。
しかし・・わが町のイメージキャラクターは、
「ゆうすいくん」だからなぁ・・う〜ん。(汗)

P.S.
少なくとも中国人は「ゆうすい」って読むに違いない。(笑)