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しもさんの「気になる一言」
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2016年07月16日(土)
文化財を観る時は、リュックを前に抱えるんだよ

三島市民の憩いの場である「楽寿園」。
その中に「県指定文化財・楽寿館」があり、
定期的な時間で中を拝観できるが、多くの人が集まると、
荷物があちこちにぶつかり、傷が心配になる。
特に、リュックサックの人は、背負っているので、
まさか自分の荷物がぶつかっているとは気がつかない。
そんな時、一緒に観ていた人が、皆に聞こえるように
こうアドバイスをした。
「文化財を観る時は、リュックを前に抱えるんだよ」
なるほど、子どもを抱えるように、リュックを抱える。
そうすることで、荷物が文化財にぶつかり壊すこともない。
本人の動きではなく、不意な他人の動きにも対応できる。
たったそれだけの行動で、文化財が守られるのならば、
どんどん広めたいマナーである。
「拝観のルール」ではないけれど「拝観のマナー」として、
インバウンドで訪れる外国人にも伝えたい。
まずは、日本人が率先して示そう。
それを目にした外国人が真似をして、マナーは広がる。
そんな心遣いに、彼らは驚き、日本を好きになる気がするので。



2016年07月15日(金)
長生きすると、同じ目をいくつもみるもんさ

映画「スター・ウォーズ フォースの覚醒」
(J・J・エイブラムス監督)から。
「遠い昔、はるかかなたの銀河系で・・」で始まるプロローグを、
いつものように、ワクワクしながら眺め、すっと設定シーンへ
入っていくのだが、今回は正直、難しかった。(汗)
振り返っても、あまり印象に残る台詞もなかった気がする。
強いて言えば、ハン・ソロたちが、惑星タコダナへ行き、
カンティーナの主人「マズ・カナタ」に助けを求めた場面かな。
彼女は、眼鏡をいじりながら「目」の話をする。
「長生きすると、同じ目をいくつもみるもんさ。
あんたのは、逃げたがってる男の目だ」と、スパッと指摘したり、
「お前の目をみれば分かる。真実に気付いている」と励ます。
そして「目を閉じて。感じなさい」と静かに自分も目を閉じて
「光は常にそこにある。導いてくれる。」と諭す。
「目は口ほどにものを言う」のフレーズが表わすように、
確かに、歳を重ねてくると、同じ目に出会うときがある。
顔の表情とは別に、嘘をついて落ち着かない目や、
ぼ〜っとして、焦点が合わない目、怒りに満ちあふれた目など。
人間って意外と正直だから、隠そうと思ってもバレてしまう。
その筆頭が「目」なんだよなぁ。



2016年07月14日(木)
私だけの宝物にするには、もったいない言葉たちばかり

2年に一回のペースで冊子にしてきた
「しもさんの『今日の気になる一言』(縮刷版)」が、
目標だった10巻目の印刷を終え、手元に届いた。
1995年(平成7年)に自費出版した
「公務員パパの生活コラム150」(新風舎刊)は、
36歳(年男)、何かを残したくて悩んでいた頃だった。
あれから20年以上、ほぼ毎日、書き続けてきたが、
どうしてそんなに長く続いているのか?と訊かれても、
実は、明確な答えは見つからない。
ただ10巻とも、表紙を捲ると印刷されているフレーズは、
私の根底に流れている考え方かな?と思うので、
今回は、冊子を手にしていない方にもご紹介したい。
「お金では買えないもの。それは『時間』。
そしてその瞬間の『喜怒哀楽』。私の『記憶』に残った素敵な言葉を
『記録』として残すことにしました。
でも、私だけの宝物にするには、もったいない言葉たちばかり。
ほんの少しですが、あなたに『お裾分け』をしたくなりました。
ひとつでも、気に入っていただけると私はとっても嬉しいのですが・・。」
「お裾分け」・・今風に言えば「シェア」。
「挨拶のヒント」から「雑談のネタ」まで、私が選んだ言葉たちが、
全国、どこかで活躍していたら嬉しいな、と思う。
「気になる一言、使わせていただきました」のメールが、
私にとっては、一番のエネルギー源かな。

P.S.
恒例の冊子ですが、ご希望の方、声を掛けてください。
この配布する作業も、私の楽しみの1つなので、遠慮せずにどうぞ。



2016年07月13日(水)
足の指を舐めるシーンに負けた台詞たち

映画「娚(おとこ)の一生」(廣木隆一監督)から。 
いつものように、メモ帳を片手に観はじめて、
「君、そこそこきれいなのに、手入れしてへんな。
そうだ、練習やと思うて、僕と恋愛してみなさい」と書いた。
「女というものは、たとえ親友の秘密でも黙ってられへん。
そういう生き物や、最低や」や
「いつの時代にも、おっさんが好きな子っておるんやな」
「いわゆる『枯れ專』ですね」で、思わず笑った。
「君は自分を大事にしなさすぎや、腹立つ」
「祖母と付き合っていた人となんて無理です」
「君の過去なんてどうでもいいわ。
過去には戻れへんのに、どうして目の前の僕を見いへんのや」
「僕は君を一人にせぇへんで」
「通りすがりのおっちゃんやと思うて、僕の胸で泣いてもええよ」
これ使える、とメモはしたけれど、豊川悦司さん演じる「海江田」が、
榮倉奈々さん演ずる「つぐみ」の「足の指を舐めるシーン」の
インパクトの強さで全て吹き飛んだ。(汗)
中途半端なセックスシーンより、興奮してしまったから、
「足の指を舐めるシーンに負けた台詞たち」とメモしておこうっと。



2016年07月12日(火)
「なぜ山に登る?」「登らないのは罪だ」

映画「エベレスト 3D」(バルタザール・コルマウクル監督)から。
何度なく繰り返される「なぜ山(エベレスト)に登る?」の問い。
手垢のついた答え「そこに山があるからさ」ではつまらないな、と
感じていたところ、新しい定義が見つかった。
どんなにお金を持っていても、誰でも登れるというわけではないし、
それに見合う体力、精神力を持ちつつ、最後には「運」も必要だ。
それくらい「エベレスト」に登るということは、意味がある。
だから「なぜ山に登る?」の問いに「山に登れるからだ」という
シンプルな答えが心に残った。
しかし、それでは万人を納得させる定義ではないな、と思っていたら、
「あれほどの高みで、途方もない美しさを目撃できる」と呟いたあと、
「登らないのは罪だ」と言い切った登山家がいた。
「40年間、プロ登山家だけが挑み、4人に1人が死亡」という事実、
「人間の体はボーイング747の巡航高度では機能できない」という試練、
そして「決定権はいつも山が握っている」という条件などを考えても、
挑戦するに値する山なのだろう。
それを、神が与えてくれたチャンスと捉え「登らないのは罪だ」と
考えることが出来るほど、エベレストは神聖な山に違いない。
それにしても、登山家のプロたちって、意外と我侭だな、
決断の甘さが、他人を死に追いやることを知ってるはずなのに。



2016年07月11日(月)
「投票」に出かけ「白票」を投じるのも意思表示

この「気になる一言」では、あまり選挙・政治の話は触れないが、
歳を重ねてきて感じたことだけは、記録として残しておこうと思う。
たった1人の意見が、Twitter、FacebookなどのSNSを中心に、
もの凄い勢いで拡散されて、ひとつの潮流となってしまうことに、
私は危機感を覚えながら、今回の選挙を眺めていた。
当日の投票記載台で「支持政党なし」という政党があるのに知り、
笑うに笑うなかったり、若い世代に投票を促すためには、
各地であらゆる方法が展開された、そんな感じだ。
選挙の本来の目的である、
「首長や議員、団体の代表者や役員を選び出すこと」よりも、
投票率を上げることが目的となったり、
人気投票と変わらない動きに対して、私は違和感を覚えた。
もう何十年も真面目に続けてきた「投票」という行為が、
虚しくなるほど、様変わりした、と言っても過言ではない。
どう考えたって実現不可能な「公約」(マニフェスト)を掲げ、
理想論・雰囲気だけで、国民たちを洗脳しているようにもみえる。
各政党・各候補者の争点がみえないということは、
誰を選んでよいのか、判断する材料が少ないことに他ならない。
「選択肢が少ない」ということは「豊かでない」ということだ。
それでも誰か選ばなければならないから、と悩むのならば、
私たちのするべき行為は「投票」に出かけ「白票」を投じること。
それも、大切な意思表示と理解するべきだろう。
棄権や無効票とは違う「白票」という選択をした投票の重さは、
政権を任された政党、候補者が、感じてくれればいい。
ただ、今の開票結果では「白票」は「無効票」なんだよなぁ。



2016年07月10日(日)
最近は「男性的梅雨」ですね

先日、農業関係の会議で、冒頭、委員長が時候の挨拶をした。
「ようやく田植えが終わり、農家にとってはホッとした時期ですが、
玉ねぎやジャガイモの収穫と重なり、まだまだ忙しいですね」と
農家らしい歳時記だなぁ、と感心していた。
続いて、先月の大雨に触れながら「最近は、豪雨とか、強風とか、
梅雨と言っても『男性的梅雨』ですね」と付け加えた。
もちろん、この時期の「水不足」や「猛暑」も、同じである。
私たちの小さい頃の梅雨と言えば、霧のような「シトシト雨」が、
何日も何日も続く、田植えをしたばかりの苗に栄養を与えるように。
まるで、生まれたばかりの赤ちゃんに母乳を与える母親の感じの雨。
「女性的梅雨」という言葉は使わなかったけれど、イメージが湧く。
植えたばかりの苗には、激しい雨とか風は、成長を妨げるし、
そんな稲の試練は、大きく成長した秋頃(台風)が相応しい気がする。
これから梅雨が明ければ、青空の下で、グングン育つ稲が見られる。
人間の成長と重ね合わせ、愛情を注ぐ時期、試練を与える時期など、
稲の成長を見守っていきたい。
それにしても、本当にまだ、梅雨は明けてないのだろうか・・(汗)



2016年07月09日(土)
私が嫌いなのは、君たちを落ちこぼれにするシステムだ

映画「コーチ・カーター」(トーマス・カーター監督)から。
1つひとつのプレーを見る限り、俳優がバスケットを覚えたのではなく、
バスケットの選手が台詞を覚え俳優になった、といった方が正確だろう。
さて、気になる一言は、高校のバスケットチームコーチを引き受けた、
主人公・ケン・カーターの行動の支えとなっている考え方だ。
勉強もろくにせず、かといってプロの選手になるほど上手くない、
大学進学率より、刑務所へ送られる率の方が高い中途半端な高校生たち。
その現状と課題に目を向け、チームメンバーの将来を考えての発言、
「私が嫌いなのは、君たちを落ちこぼれにするシステムだ」
つい目先の成果に気をとられがちだが、それでは問題解決にならない。
このシステムを変えようと、選手たちに勉強することを強要し、
学業成績を伸ばすことで、大学へ進学させるシステムの確立に
孤軍奮闘する展開に、胸が熱くなり拍手を送った。
そして、とうとう既存の考え方を変えることに成功するが、
私は、彼の行動に反対した人たち、足を引っぱろうとした人たちの
その後の反応が気になって仕方がなかった。
大所高所から、物事を考える視点、参考になったなぁ。



2016年07月08日(金)
言葉を選ぶだけではダメ。適温で渡さないと

講師「増岡弘」氏
(「サザエさん」のマスオさん役でお馴染みの人気声優)
演題「一人ひとりがすばらしい。
サザエさん一家は幸福みつけの達人ぞろい」から。
話し始めに「あの人が『マスオか?』の増岡です」と、
軽いダジャレでスタートした講演は、発する言葉ではなく、
相手にちゃんと伝えることの大切さを気付かせていただいた。
外国人は「サザエさん」を日本語の教科書にしているという話で、
48年間続いている魅力を語ってくれたし、
不完全な人間が、不完全な言葉で、不完全なことを話すのだから
伝えたいことのわずか20%しか伝わっていないですよ、と話した。
言葉は、相手に渡して受け取ってもらい、初めて用を足す、
だからこそ「言葉を選ぶだけではダメ。適温で渡さないと」と、
水と同じように、言葉にも温度があることも教えてくれた。
「ありがとう」も同じで、この言葉を口にすればいいのではなく、
「それを伝える前の心配り」が一番大切だとも・・。
さすが、言葉を大切にしている番組だけあって、
声優さんたちも、その考えが染みついている感じがしたなぁ。

P.S.「サザエさん」一家の様子をテレビで観た若い人たちは、
「日本の未来像」だと思っているらしい、という話は、ウケた(笑)。



2016年07月07日(木)
一生の不覚、私としたことが・・あたたたた

お世話になった先輩のお母さんが他界した報を受けて、
準備万端で、お通夜に参列した。(つもりだった)
・・・が、事件は、この時に起きた。(汗)
日中暑かったからと、自宅でシャワーを浴びて身を清めて・・とか
通夜に参列できない人たちの香典を預かったり、
丁寧に香典袋に名前を書きながら、通夜の時間を待った。
しかし、家を出る寸前に、知人から電話があり、
「通夜・葬儀に行けそうもないから、香典を立て替えて欲しい」、
そんな連絡を受けて、香典袋を追加して宛名を書き
自分の御霊前に入れた香典を、立て替えを依頼された人の袋に移した、
そこまでは、たしかに覚えている。
しかし、空になった自分の香典を包んだ記憶がない。
読経が始まったが、気になったので、席を立って受付にその旨を伝えた。
自分で香典を入れた記憶がない。もしかしたら、空かもしれない、と
正直に伝えたところ、やはり空だった。
その時、やばっ、やっちまった・・と感じながら、
心の叫びは「一生の不覚、私としたことが・・あたたたた」だった。
「一生の不覚」とは「人生において、
これ以上ないであろう失敗や油断をすることなど」を意味する語。
「私としたことが」は「この私ともあろうものが」という意味で
「不始末や失敗をしたとき,自らの行為を意外」として発する語。
まさかお通夜で「すみません、やっばり空でした」と言われるなんて、
私としては考えられないことだったので、記録に残したい。
2度としてはいけないことではなく、1度だってしてはいけないこと。
うっかりなのか、ボケなのか、自分でもわからないけれど、
立て替えを頼まれた方の香典袋じゃなくてよかったなぁ。
私なら「しもさんならやりそう」とか、話のネタで済むからね。
(すみません、こんなに落ち着かないお通夜は初めてでした。(涙))