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| 2016年11月13日(日) ■ |
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| そんなことはどうだっていい。死ねばゴミだ |
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映画「エヴェレスト 神々の山嶺(いただき)」(平山秀幸監督)から。 国民の祝日に「山の日」が制定されたからではないと思うが、 「エヴェレスト」に関する作品が続いた気がする。 その山に、イギリスの登山家ジョージ・マロリーが、 1942年6月8日に初登頂に成功したのか否か、の関心が高まる中、 山岳カメラマンの深町が、伝説のアルピニスト・羽生丈二に訊ねる。 「マロニーは、頂上を踏んだかなか?」 「生きてこなかった奴が、頂上を踏んだかどうか、 そんなことはどうだっていい。死ねばゴミだ」 この言葉は、冷酷のように感じるが、実は重くて温かい。 だからこそ、何としても生きて下山してこい、と諭す。 評価されるのは、最初に登頂した時ではない。 登頂し、さらに厳しい岸壁を無事に下山できた時、 世界の人々は、彼らを評価する。 いつまでも、誰が最初に登ったか、などに拘っているな、と 山に登る人たちに向けて発せられたメッセージのようだった。 最近、日本・世界の名山を登る人たちが増えている。 この考えは「エヴェレスト」に限らず、胸に刻んでおきたい。
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| 2016年11月12日(土) ■ |
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| 「近隣のイベントを満喫できる町」っていいな |
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11月は毎週のように、とこかでイベントが開催されている。 特に、わが町と隣接している沼津市や三島市のイベントは楽しい。 わが町の「公道周回自転車レース」(クリテリウム大会)を明日に控え、 なぜか、ぽっかり空いてしまった土曜日は、忙しかった。(汗) 早朝、前日の雨から想定して、今日の富士山は真っ白だろうな、と 長靴に履き替え、いつもの「柿田川撮影」からスタート。 さらに午前中は、狩野川沿いに歩き、沼津市のイベント 「よさこい東海道」に顔を出し、鳴子に合わせて踊る人たちから、 エネルギーをたっぷりいただいた。 せっかくここまで来たから・・と、千本浜まで足を伸ばし、 静岡県東部では「ポケモンGO!」の聖地?となりつつある場所で、 珍しいポケモンをゲットしてご満悦。 その後、沼津駅から三島駅まで電車で移動し、三島駅前の楽寿園へ。 浜松城を数多くの菊で飾った「菊まつり」や、見頃となった紅葉、 またまた珍しい「ポケモン」をゲットして、帰路についた。 万歩計は、久しぶりの20,000歩超え。(笑) 昔から言われる「沼津と三島に挟まれた、ベッドタウン」、 には変わりがないが、パンケーキのように平らな町に住み、 沼津や三島のイベントに、自分の街のイベントのように行ける。 (私の場合、全て歩いていける距離のイベント) これも、わが町の特性だなって思いながら、こうメモした。 「近隣のイベントを満喫できる町」っていいな。 あとは、その「近隣のイベント情報」をいかに町民に届けるかだね。
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| 2016年11月11日(金) ■ |
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| 私ももう、そろそろ、このへんで |
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親戚の伯母さんの「通夜・火葬・本葬」に足を運んだ。 他界する間際の様子が気になったが、家族から聞いた話では 「みなさん、お世話になりました」と前置きをして、 最後の言葉は「私はもう、そろそろこのへんで」だったらしい。 兄弟姉妹も配偶者も、とうの昔に死に別れたからか、 迎えにきていたのかな?という身内の台詞にも頷いてしまった。 94歳という年月を生き、大正生まれらしい気丈な生き方に、 尊敬もしていたし、最後の最後までお洒落だった女性である。 死の直前、仲良しだった猫が突然、行方をくらましたり、 彼女の異変を敏感に感じた動物たちの動きもあったようだ。 それにしても、やはりこの台詞に涙腺が緩んだ。 「私ももう、そろそろ、このへんで」 自分に与えられた「生」を、精一杯生き切ったという、 満足感が伝わってくる台詞である気がしてならない。 自分もこんな素敵な言葉が、死ぬ間際に自然と口から出るような そんな生き方をしたいと思う。 「死に様」とか「辞世の句」って、やっばり大事だな。
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| 2016年11月10日(木) ■ |
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| 私は今でも、世界を変えたいと思っているのですよ |
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映画「杉原千畝 スギハラチウネ」(チェリン・グラック監督)から。 鑑賞後、走り書きで書いたメモを眺めてみると、 やはり「世界を変えたいと思う」がキーワードとなって浮かぶ。 「世界を知れば、日本をもっとよく国に、素晴らしい国に」という、 熱い想いで、障子越しに寝ている(はずの)友人に向かって、 「なぁ、お前は世界を変えたいと思ったことがあるか? 俺は常に思っている」と言い切るシーン。 また、初めて自分の名前を正しく読んでもらった女性と結婚し、 その彼女が訊ねる。「ねぇ、千畝(チウネ)さん、 あなたは今でも世界を変えたいと思っていますか?」の問いかけに、 間髪入れずに「常に思ってる」と答えるシーン。 そして昭和40年、当時スギハラに助けられた人の1人が、 その時のお礼を言いたくて28年間も探し続け、モスクワで再会。 「居場所を見つけたのですね」と喜ぶと「いいえ」と呟き、 「私は今でも、世界を変えたいと思っているのですよ」と語り、 静かにフェードアウトしていくシーン。 幾つになっても、どんな場面でも、日本のために 「世界を変えたい」と考え、その信念を曲げなかった彼だからこそ、 今でも、世界で語り継がれているに違いない。 彼の残した戦時中の業績よりも、その信念に拍手を送りたい。
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| 2016年11月09日(水) ■ |
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| 書きたいこと、いっぱいの日 |
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いろいろなことが起きる日は、重なって困ってしまう。 メモ代わりに始めた、ツィッターの呟きも多くなった。 だから「書きたいこと、いっぱいの日」として残したい。 社会人野球初優勝の「ヤマハ」の創部は1958年。 私の生まれた年なので、58年の歴史と重なったこと。 親戚の伯母が94歳で亡くなり、最後の言葉が、 「私ももう、そろそろこのへんで」だったことを聞いて、 感激してしまったこと。 そして「アメリカ大統領選挙の結果」というよりも、 どうして、選挙が平日なんだろうか、という疑問と、 身近な選挙の投票率が低いのに、他国の大統領選挙に こんなに注目し、大騒ぎする国民性が可笑しかったこと。 「気になる一言」のメルマガが「5500号」に達したこと。 さらに毎日、観察している「柿田川に遡上している鮎」が、 例年に比べて、極端に少なくて、心配していること。 ついでに、現在開催中の「ポケモンGO!」の記念イベントと、 それにつられ、ただただ歩き回って「レベル25」達成など、 「気になる一言」に書きたいことが溢れてた1日だった。 勿論、今読んでいる本や、DVDで鑑賞している映画の話、 会議や講演会での気になるフレーズなどもメモしてあるし、 しばらくは、話題に困らないなぁ。(笑)
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| 2016年11月08日(火) ■ |
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| 誰あろう、その母から生まれてきたのだ。 |
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書籍「しずく」(西加奈子著・光文社刊・210頁)から。 短編「シャワーキャップ」の一文にハッとさせられた。 「私のために泣き、私を恐ろしいほどに愛している、母がいる。 どれほど頼りなくても、情けなくても、 母は全力で、私の『母』だった。 母のことを子供のようだと思っていた私は、 誰あろう、その母から生まれてきたのだ。 その事実が、どれほど私を慰め、そして勇気づけたか」 親子だからこその愛憎は、どの世代でも存在する。 反抗期の時は、うっとうしかったりしたけれど、 就職して初めての給料で母親にマッサージ器を買った。 年を重ねて、耳が遠くなってきたことを指摘すると、 大きな声で「まだ若いよ」と言い返す母親の姿を見ながら、 子どものようだな、と思った矢先に、この表現にぶつかった。 子供が母親に対して抱く感情は、やはり特別なんだと感じる。 しかし、よく考えると、私はこの人から生まれたんだ、と 思えると、不思議に心が安らぐことを知った。 親子の関係、特に「母子」の関係だけは、切っても切れない、 それを喜ぶ感情を、いつまでも持ち合わせていきたい。
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| 2016年11月07日(月) ■ |
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| 10,000歩と15,000歩は、大きな違いがありますよね |
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先日紹介した「1ヶ月(31日)連続、毎日10,000歩超えの記録」、 ウォーキング大好きの方から、メールが届いた。 私と同じように、毎日、万歩計の記録を書き写しているらしい。 時候の挨拶の後「同じ趣味の人がいて、嬉しくなりました」と綴り、 「さらっと書いていますが、本当に平均15,000歩超えですか?」と ちょっと信じられない様子が伝わってきた。 歩いている人だからこそわかる「15,000歩」の大変さを 「10,000歩と15,000歩は、大きな違いがありますよね」と 表現してくれていた。 以前「五十歩百歩」は、 「わずかな違いだけで、本質的には変わらないことのたとえ」 「五十歩二百歩」は「ちょっと差があるたとえ・・」なんて ジョークで書いたことがあるけれど、それに合わせれば 「一万歩一万五千歩」は「とっても大きな差があるたとえ」。 自分でも信じられないこの記録は、 毎日の徒歩通勤と、週末の柿田川散策、さらには「ポケモンGO!」が 大きな要因となっている。 気持ちも「歩くのが好き」から「歩くのが楽しい」と進化している。 たぶん「歩くのが楽しみ」になることが増えたんだろうなぁ。
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| 2016年11月06日(日) ■ |
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| 短調だと『懐かしい味』、長調だと『陽気な味』になる。 |
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映画「ムード・インディゴ うたかたの日々」 (ミシェル・ゴンドリー監督)から。 う〜ん、私には、設定がなかなか理解できなかった作品、 まずは、第一印象を記しておこう、と思う。 そのうえで、気になったシーンを思い出すと、 物語の前半に「カクテルピアノ」という楽器?が登場する。 演奏の強弱に合わせて、オリジナルのカクテルが作れる仕組み。 「分量は『音の長さ』で。 短調だと『懐かしい味』、長調だと『陽気な味』になる。 強音ペダルは、泡立てた卵だ。 ホットな演奏だとオムレツになるぞ」・・ まったくくだらない、と思いながらも、しっかりメモをして、 こんな機械(楽器)があれば、一度は飲んでみたいな、と 思ってしまった自分が、可笑しくてたまらなかった。 「猫ふんじゃった」なら、どんなカクテルが出来るのだろうか、 「ビバルディ・四季」は、季節によって味が変わるのかな? そんな想像が膨らみ、けっこう楽しめた。 ただし申し訳ないけど、やっぱりこの作品を映画化して、 監督は何を伝えたかったのだろうかはわからなかったなぁ。 そんなところも「フランス映画」らしいけど・・。(笑)
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| 2016年11月05日(土) ■ |
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| 会うべき人(仲間)に出逢えることを、人は仕合わせと呼びます |
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この「気になる一言」に何度も登場している、 清水中学校同級生の男女で編成する、混声合唱団。(恩師も含む) 結成11年目、恥ずかしながらも、町の芸術祭に参加させていただき、 明日で、上手い下手に関係なく、10回目のステージに立つ。(汗) 月に1度、土曜日夜7時30分から約1時間、毎年2曲ずつ練習してきた。 男性陣は、住まいが町内だけど、女性陣は町内だけでなく、 嫁ぎ先の沼津市、裾野市からも集ってくる仲良しグループである。 明日は、指導者が参加できなくなったため、富士宮市から、 助っ人として、これまた同級生にピアノを弾いてもらうことになった。 (こんな無理なお願いを受けてくれたのも、同級生だからかな?) 今年は「糸」と「若者たち」の2曲。 特に「糸」(作詞・作曲 中島みゆき)には、 「縦の糸はあなた、横の糸は私」のフレーズが耳に残るけれど、 このあと、こんな台詞が続く。 「織りなす布は、いつか誰かを暖めうるかもしれない」 「織りなす布は、いつか誰かの傷をかばうかもしれない」 「会うべき人に出逢えることを、人は仕合わせと呼びます」 これは夫婦や親子、恋人たちに向けて作った曲かもしれないが、 職場の仲間や、こうした仲良しグループにも当てはまる気がする。 彼ら、彼女らがいなければ、私が合唱でステージに立つことなんて、 考えられないことだったから。 歌い終わったあと、彼ら、彼女らと思いっきり打ち上げだな。(笑)
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| 2016年11月04日(金) ■ |
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| 全国の大名から熱いまなざしで見つめられていた場所 |
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「第2回清水町泉頭(いずみがしら)歴史フォーラム」 講師「大嶌聖子」氏(東京大学史料編纂所研究支援推進員) 演題「徳川家康の隠居を巡る大名の情報戦略」から。 わが町の「泉頭」という場所は、ある時期、 (元和元年(1615年)12月〜元和2年(1616年)1月) 全国の大名から熱いまなざしで見つめられていた場所、 そんな説明に、400年前に想いを馳せてみた。 徳川家康が、当地に隠居所を建てようと計画していた、 その事実が、彼女の紐解く資料から明確になっている。 現実は、諸事情から断念せざるを得なかったが、 一度は、部下に指示を出したのは事実であり、 その地に住む私たちは、自信と誇りを持って他地域の人に この地の素晴らしさを伝える義務がある気さえした。 ただ伝える情報が、どういう意味をもっているのか、 「Intelligence」(評価・価値ある情報)なのか、 「Information」(周知するだけの情報)なのか、 という情報の質を考えると、全国、いや世界に向けて、 「伝える価値のある情報」として発信をしていきたい。 歴史が変わっていたかもしれないのだから・・・。
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