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しもさんの「気になる一言」
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2017年04月11日(火) ■
どしゃぶりでもかまわないと ずぶぬれでもかまわないと

私は、6月生まれからなのか、雨が好きだ。(汗)
先日紹介したアニメ映画「言の葉の庭」(新海誠監督)を観てから
さらに好きになってしまった。
特にエンディングで流れる「Rain」という歌は、
作詞作曲・大江千里さん、歌を秦基博さんがカヴァーしている。
特に「どしゃぶりでもかまわないと ずぶぬれでもかまわないと」
このフレーズを聴くと、雨の日もなぜか爽やかに感じてしまう。
以前、雨の日は「はじまりはいつも雨/ASKA」を口ずさんだけれど、
私も歳を重ねて、最近では、雨の曲といえば、この曲に辿り着いた。
みなが、車で移動することに慣れてしまい、
土砂降りの雨の中を、ずぶ濡れになって歩くことが減ったけど、
私は、意外と雨の中を傘もささずに歩くことも気にならない。
映画の冒頭「子どもの頃、空はずっと近かった。
だから、空の匂いを連れてきてくれる雨は好きで・・」
という台詞があるが、妙に頷いている自分が可笑しかった。
雨は、下界のモヤモヤした、いろいろなものを流してくれる。
通過したあとは、空気は澄んでいるし、虹が出ることも・・。
暖かくなったら(暑くなったら)、Tシャツで飛びたして、
空に向かって顔を上げて欲しい。雨が愛おしく感じるはずだから。

P.S.映画を観ていない人のために、YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=NgxTYCbr-K4



2017年04月10日(月) ■
全国の投稿者でリレー「実感!! 日本の桜前線」

今年は、開花時期がだいぶ遅かった「桜」であるが、
このところの春時雨で、一気に花開いた今日この頃。
私の今までの桜のイメージは「入学式」。
真新しい制服で、ピンク一色に染まった桜並木を通り、
空気は暖かで、気持ちもウキウキ・・といった感じ。
それなのに、最近では「河津桜」「熱海桜」などに代表される
早咲きの桜を、寒い時期に、これでもか、と眺めてしまうので、
(テレビでも特集を組んだりするので・・)
へそ曲がりの私の中では「桜シーズン」は既に終わっている。
品種改良し、少しでも早く桜を開花させることで、
全国から、多くの観光客は集ってくるけれど、
それゆえ、本来の日本人が感じる桜の季節感が薄れた気がする。
「桃・梅・桜」と咲く順番もズレてしまうので、
その見分け方がわからなければ、間違えてしまうほど・・。
開花の基準となる桜は「ソメイヨシノ」と決まっているのだから、
SNSで投稿される多くの「桜の画像」が、
南に住む人たちから順に、北に住む人に向かってリレーされれば、
「実感!! 日本の桜前線」のイベントになる。
そうすれば、季節感が感じられるのになぁ。



2017年04月09日(日) ■
目指せ 2019年7月25日(6763話)

「新聞の一面を下から読ませる男」と言われた、
詩人・大岡信さんが先日、他界した。
三島駅北口にある「大岡信ことば館」にも、何度も足を運び、
その感性の一端を学ばせていただいていたので、残念である。
朝日新聞の一面を飾る連載「詩歌コラム・折々のうた」は、
季節を感じさせる詩歌がタイミングよく紹介されていて、
その感性と継続力に憧れを感じて、少しずつ書き始めたのが
今、私が書き続けている「気になる一言」。
もちろん、直接は教えを受けていないが、その作品の選択方法、
短い文字数でのまとめ方など、多大に影響を受けていることは、
紛れもない事実である。
彼はこの「折々のうた」の連載で、一度も穴をあけたことがなく、
足かけ29年間で計6762回。
そんな数字を見つけて、ちょっと弱気になっていた自分を反省した。
長年書き続けてきた「しもさんの『気になる一言』」を、
どのタイミングで止めようかな、とか、考えていたのに、
新たな目標を与えられた気がしたからだ。
「2001年01月18日(木)  昔はトイレとお風呂が外にあったから」から
毎日綴っている「気になる一言」は、5926話。(メルマガ「5651号」)
先生の「6762話」を越すには、2年以上先の「2019年7月25日」まで、
書き続けなくてはならないけれど、これを機会に、挑戦してみたい。
だから敢えて、目標を一言に残そうと思う。
「目指せ 2019年7月25日(6763話)」・・応援宜しくお願いします。



2017年04月08日(土) ■
「アキヒト」というの。意味は「輝ける王子」よ。

映画「ポール・ヴァーホーヴェン トリック」
(ポール・ヴァーホーヴェン監督)から。
映画の冒頭4分だけを公開してその後の脚本を一般公募し、
送られてきた1000以上もの脚本から監督自ら選出したものを
繋ぎあわせて製作という、新しい試みは評価できる。
ただ、その過程を追うドキュメンタリーを併せた2部構成は、
やや説明が長すぎるし、だから、中途半端な作品でも許して、
というメッセージが伝わってきて、残念だった気がする。
そんな制作過程は、作品鑑賞後に観たい人だけが観ればいい、
どんな形であれ、本作だけで評価を受けて欲しいと感じたのは、
私だけではないだろう。
やはり、内容は薄く、サスペンスを多く観ている人には、
最後の「父親を知りたい?」という台詞も予想できてしまうから、
物足りなさのまま、終えてしまった。
この作品を思い出すには、日本にいたはずの元愛人ナジャが、
おなかの子の父親を紹介するシーンかな。
「『アキヒト』というの。意味は『輝ける王子』よ」
名前の紹介の仕方が外国らしいなぁ、という感想。
まぁ、お土産(誕生プレゼント)の「盆栽」に対して、
枝を指で摘まみ持ち上げるシーンも違和感があった。
う〜ん、評価は分かれるだろうなぁ。

P.S.
「アキヒト」が、天皇陛下の名前(明仁)と気付くまで、
ちょっと時間がかかってしまいました、面目ないです(汗)。



2017年04月07日(金) ■
人が柿田川を護ることの価値を強く意識する

講師「樫村昇」氏(柿田川みどりのトラスト業務執行理事)
演題「柿田川湧水の生き物たち」から。
「柿田川生態系学習会」と題した説明は、わかり易かった。
「柿田川の生態系が、いかに特異かつ希少であり価値が高いか」
一番、柿田川に入っている人だけあって、写真、動画の鮮明さも、
私たちがスマホで撮影している作品の比ではなかったし、
柿田川の価値の高さは、彼の説明で「確信」に変わった。
また「柿田川は湧いた瞬間から命を与えている」と言い
「命を繋いでいける環境を作っていかなければ・・」持論を語った。
「この柿田川の特異な生態系をいかに護るか」に主眼を置き、
「人が柿田川を護ることの価値を強く意識する」ことの大切さを、
聴講していた私たちに訴えていた。
外来種駆除作業で、定期的に川の中に入り、その魅力に触れ、
さらに、毎日のように写真を撮り続けている私にとって、
柿田川のことを知れば知るほど、この川を護りたくなる、
そして、その価値を世界に向けて伝えたくなる、のは理解できる。
1人でも多く、柿田川の魅力に惹かれることを願っているし、
子どもたちの研究対象となればいいな、と感じた学習会であった。



2017年04月06日(木) ■
意味なんて、てめぇで見つけんだよ。

映画「バケモノの子」(細田守監督)から。
「神にすらなれる我らバケモノと、なれぬ人間とでは、
生きる世界が違うでな」の設定で物語が設定され、
渋谷の街とバケモノたちが住む「渋天街」という2つの世界が
交錯するストーリーを楽しみながら、
書籍「十二国記」シリーズ(小野不由美著)を思い浮かべた。
注目は、人間の少年がバケモノ(熊徹)の弟子になり、
複数の賢者に「畏れ多くもお尋ねいたします」と前置きをし、
「強さとは何ぞや?」と尋ね歩くシーン。
(賢者1)は「幻は、時として、真実よりもまことなり」
(賢者2)は「そんなもの求めて何になる?」
(賢者3)は「それをわしに問うのは筋いじゃ」
(賢者4)は「わしは、達観などせん」
どれも、納得のいく答えは見つからなかったと思うが、
少年は「強いって、いろんな意味があるんだな」と悟った。
「どの賢者の話も面白かった」と言いながら、
「意味なんて、てめぇで見つけんだよ」と言うアドバイスで、
「意味を自分でみつける」ことの重要性を理解したはずだ。
この気付きが、彼を成長させたことは間違いない。
いろいろな人に助言を求めるのは悪いことではない。
しかし、最後は自分で意味を見つけ、自分で判断し、
自分の信念に従って行動することこそが、大事だと知る。
生きている意味も、自分で見つけなくちゃなぁ。



2017年04月05日(水) ■
まち(空き店舗)を使ってくれる人を探してくる

「2020年オリンピック・パラリンピック文化プログラム 
静岡県推進委員会・トークシリーズ vol.02」
「 住民に親しまれる文化拠点ってなあに?」
(空き家と、文化プログラム)から。
バネラーは、「深澤孝史」氏(美術作家)
「市来広一郎」氏(NPO法人 atamista 代表理事)
「行貝チエ」氏(写真家(スチールラボラトリー))
それぞれの立場の人が、自分の活動を中心に報告し、
その中から、何か一つでもまちづくりのヒントを見つけて、
自分の街で実践していく、このパターンは嫌いではない。
今回、印象に残ったのは、「市来広一郎」氏の発言。
「まち(空き店舗)を使ってくれる人を探してくる」
「その箱を求める人、文化を作ることが大事」と前置きし、
「そういう人たちがどこにいるのかを探す」
「面白いプレイヤーを見つける」と付け加えた。
自分の住む地域のまちづくりは「住民が主体」と考えがちだが、
この「まち」という箱を使って、何か面白いことを仕掛ける人を
全国から探してくるという視点は、とても参考になった。
「そのアイデア、うちの街で、試してみてくれ」とばかり、
新しい試みに対し、成果を求め過ぎずに支援する、
税金だから、という理由で、住民に限った「まちづくり支援」は
もう古いのかもしれないなぁ。



2017年04月04日(火) ■
道具の手入れをさぼると、あとで自分が大変になるからな

映画「オーバー・フェンス」(山下敦弘監督)から。
主人公の田村聡(女性)を演ずる、蒼井優さんの求愛ダンスは、
ダチョウ、ハクチョウ、そしてハクトウワシになりきっていて、
もう一人の主人公、オダギリジョーさんが惹かれるのも頷ける。
鳥を真似して踊る姿は、とても素直で美しいのに、
1人の孤独な女性に戻ると、愛情表現が上手く出来ない。
そんな不器用な生き方しかできない人たちが綴るリアルな生活は、
こんなにも切ない物語になるのか・・と、メモをした。
周りの人間と、うまくコミュニケーションがとれない人たちは、
舞台となった「函館職業技術訓練校」の中でも、同じである。
観終わってからメモを振り返ると、冒頭に大工の教師が
(いろいろな理由があり通っている)老若の生徒たちに向かって、
「道具の手入れをさぼると、あとで自分が大変になるからな」と
ノミの刃の手入れを欠かしてはならないことを伝えるが、
実は、手入れを怠ってはいけないのは、大工道具だけでなく、
将来に渡って良好な人間関係を築くのに必要とされる、
「コミュニケーション能力という道具」や「愛情表現」なども
含めてのことかもな・・と、勝手に解釈してみた。
生きるために必要な「道具」の手入れをさぼると、
あとで自分が大変なことになるんだよなぁ、やっぱり。



2017年04月03日(月) ■
「今年はこのメンバーで戦うぞ」「オー」

新しい年度がスタートした初日、
私の我侭だけど「新しいメンバーの歓迎会」ではなく
「新チームの出発式」と位置づけた懇親会の宴を開いた。
出発式ってなに?と言われそうだが、
スポーツで試合が始まる前、メンバー全員が円陣を組み、
キャプテンの号令で、威勢をつけるあのシーンを
仕事でもできないかな?と思っていたから、
年度始めの初日にこだわって「出発式」という場を設けている。
それは「今年はこのメンバーで戦うぞ」「オー」だったり
「今年は健康に注意して頑張るぞ」「オー」だったりする。
もしかしたら「気を抜くなよ」「オー」かもしれない。
とにかく「いくぞ」「オー」が、したいのである。(笑)
同じ庁舎内で、机が数メートル動いただけでも催される
「歓送迎会」「送別会」「歓迎会」を体験してきて、
その意味をもう一度考えてみたくなった、が本音であるし、
できるだけ早く体制を整えて、スタートを切りたいと願った。
1年間を俯瞰した時、4月にどれだけ軌道に乗れるかが、
年度末になって結果を残せるかどうかの鍵となることを
私は体験として、知っている。
だからこそ、スタートダッシュで勢いをつけたい。



2017年04月02日(日) ■
子どもたちに、とんなイメージを植え付けるか

先日、一緒に飲んだ仲間とまちづくりの話になった。
「今の沼津は・・」と、多くの大人が声高に批判するけれど、
そんなイメージを、何も知らない子どもたちが聴き続けたら、
彼らは、自分の住むまちに誇りが持てるわけがない。
だからこそ、心の片隅に必ず置いておきたい考えが、
「子どもたちに、とんなイメージを植え付けるか」だと。
彼らは、大きな声で言葉を発しないけれど、
自分の身近な大人の話を聴いている。
そんな彼らに「あなたが今、住んでいるこのまちは、
こんなに素晴らしいんだ」と伝えることが大人の役目だと思う。
その成果は、何十年後しかわからないかもしれないけれど、
少なくとも、子どもたちの潜在能力に訴え続けるのは、
プラスイメージであるべき、と私も思う。
諺に「武士は食わねど高楊枝」という言葉があるが、
「やせ我慢する」というマイナスの意味ではなく、
「武士とはこうあるべきだ」というイメージを壊さないための
プラスの意味で使われたのかもしれない。
それも「武士の子どもに対する、親の教育」として。
わがまちも、子どもたちにプラスのイメージを植え付けたいな。