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しもさんの「気になる一言」
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2017年11月15日(水)
ROM人間が多くて、RAM人間が少ないよね

職場のベテラン組と飲みながら交わした意見交換会。
久しぶりに「最近の若い人たちは・・」というフレーズが飛び交い、
それはそれで、面白い話題満載だった。
私たちも若い頃、先輩の方々に言われたんだろうな、と想像できる。
今回のメモに残されていたフレーズは、
「ROM人間が多くて、RAM人間が少ないよね」だった。
「ROM」とは〔read-only memory〕の略。
読み出し専用の半導体記憶装置。RAMと異なり書き込みはできないが、
電源が切れても内容は失われない。
それに対して「RAM」とは〔random access memory〕の略。
ランダムアクセスが可能な記憶装置。特に,読み出しだけでなく
書き込み可能な半導体記憶装置をさす。
この定義を拡大解釈すると「ROM人間」とは、
インターネットのSNSなどで顕著に現れる
他人の発言を読むだけで自分から発言しない人のこと。
「RAM人間」とはその逆で、積極的に、投稿・コメントする人のこと。
その場では、なるほど・・と思ってメモしたが、翌日読み返すと、
これって「若者に限ったことではないな」と思ったし、
もしかしたら「私たち世代」の方が「ROM人間」が多いかもしれない。
しかし、もっと深く考えれば「ROM」でも「RAM」でも、
「好奇心旺盛」には違いないのだから、まだ捨てたもんじゃない。
一番の問題は、世の中の動きに無関心の人かな。



2017年11月14日(火)
(夕陽を見ながら)今日も無事に終わりました。

映画「追憶」(降旗康男監督)から。
元旦の朝陽(初日の出)に手を合わせる人は多いけれど、
大みそかの夕陽に手を合わせる人は少ない、
そんなことが書かれていた本を、数年前に読んでから、
私は年に一度、大晦日の夕陽に手を合わせている。
その年に亡くなった人を一人ずつ思い出しながら感謝し、
夕陽に向かって「今年も無事に終わろうとしています、
ありがどうございました」と手を合わせる。
それを毎日実践している人を映画の中ででみつけた。
それが、この作品であると言ってもいい。
作品中にメモした多くの台詞の中、
(夕陽を見ながら)「今日も無事に終わりました。
ありがどうございました」と手を合わせる女性が心に残った。
それはまさしく、この作品を支えている考え方だな、と思う。
一日一日、なにごともなく無事に終わることの有り難さは、
歳を重ねて来た私には、とてもよく伝わってきた。
私もこれからは、年に一度と決めないで、できる限り、
今まさに沈もうとしている夕陽に向かい手を合わせ、
「今日も無事に終わりました。ありがどうございました」と
実践してみたいと思う。
お天道様に、1日の報告と感謝するって、素敵なことだから。



2017年11月13日(月)
「午前3時」は「深夜」か「早朝」か

「午前3時」という時間は、不思議な時間だと思う。
若い頃、ラジオ番組「オールナイトニッポン」を聴きながら、
受験勉強していたのは、確かに「深夜」だった。
インターネットの検索に夢中になり、気がついたら「午前3時」
これも間違いなく「深夜」だった。
しかし、歳を重ねると、早寝して、知らぬ間に目が覚めて、
時計を見ると「午前3時」、それから目が冴えて寝られなくなる。
こんなことが増えた今の私には「午前3時」は「早朝」。
「そろそろ寝る時間」の「午前3時」なのか、
「そろそろ起きる時間」の「午前3時」なのかの違いである。
以前「おへそ」は、上半身か下半身か、というネタで書いたが、
それとほぼ同じ感覚な気がしてきた。
当時、パンツで隠れる人は「下半身」、隠れない人は「上半身」、
そんな定義でまとめた気がする。
さて、読者のあなたは、どちらだろうか。
「おへそ」の話ではなく「午前3時」の定義について。



2017年11月12日(日)
人に言われる前に、自分が気付かなきゃ。

最近、ロンドン オリンピックミドル級金メダリストであり、
現WBA世界ミドル級王者となった「村田 諒太」選手の特集が組まれ、
その生き方、考え方が話題を呼んでいる。
試合前、父親から贈られた「哲学」や「心理学」に関する本を読むことで
心の平常心を保っていることは、有名なところ。
私が気に入ったのは、練習風景を自分のスマホで録画し、
日々、自分で細かくチェックしていることであった。
どこが良くて、どこが悪いのか、昨日と何が違っているのか、
そんなチェックは、当然でしょ、とチャンピオンはこう語った。
「人に言われる前に、自分が気付かなきゃ。
それでなければ、強くなれないでしょ」
本当にトップを目指すなら、他人にとやかく言われる前に、
自分で気付き、修正作業に入っているくらいでなくては・・と、
個人はもちろん、組織に対しても通用するアドバイスだなとメモをした。
自分で気付いた変化こそ、自分を成長させるに違いない、と信じて、
毎日を過ごしていきたいと思う一言であった。



2017年11月11日(土)
「断たれた9人の若い命」の写真はいらない

神奈川県座間市のアパートで9人の切断遺体が見つかった事件、
テレビでも新聞でも、被害者の写真を掲載して特集するが、
私には、どうも、その報道内容に違和感が残る。
加害者がどんな人間だったか?は、ちょっびり知りたいと思うが、
被害者の彼女達が、どんな人間だったなんて情報は、
マスコミには申し訳ないけれど、読みたくない、が本音である。
逆にこの「写真入り」の記事に、どんな目的があるのか知りたい。
無理やり聞き出したような情報を、文字として読むのは辛いし、
この情報が独り歩きをし、面白可笑しく取り上げられる可能性、
そんなことを考えたら、彼女たちにスポットが当たるのは、
どうしても納得がいかないので、新聞の見出しをメモにした。
自分の身内だったら・・自分の仲の良い友達だったら・・と
考えてみて欲しい、本当に必要なことなのだろうか。
マスコミの役割は、単なる興味本位の情報提供ではないはず。
被害者に思いやりのかけらも感じない記事・特集に対して、
久し振りに、心が落ち着かなかったので、私の呟きをそのまま、
「気になる一言」にしてみた。
「『断たれた9人の若い命』の写真はいらない」



2017年11月10日(金)
剣闘士は背中を刺されて死んではならない。

映画「ポンペイ」(ポール・W・S・アンダーソン監督)から。
う〜ん、期待し過ぎたのかな、あまり盛り上がらなかった。
映画「ポンペイ2014」を、本作と間違えて観てしまったので、
いやいや本家本元の、映画「ポンペイ」は、ベスビオ火山の噴火シーンや、
街全体が火山灰で埋まって住民がパニックになるシーンなど、
スケールの大きい特撮などがあるに違いない、と自分の中で考えていた。
それが予想に反して、べたな「ラブ・ストーリー」だったから、
あまりメモする台詞も少なく、あっけなく終わってしまった。
まぁ、強いてあげるとすれば、主人公が「剣闘士」だったから、
剣闘士に関する定義を少しだけ残しておきたい。
「剣闘士は背中を刺されて死んではならない。
死ぬのは、正面から一撃を受けた時だ」
「剣闘士は命乞いなどしない」
日本の「武士」と共通する考え方があり、それなりに楽しめた。
それにしても、主人公の2人や脇役、敵役などだけが、
降り注ぐ火山岩にも当たらず、いくらなんでも偶然が重なり過ぎ、
そんな視点で観てしまうほど、ハラハラドキドキはなかった。(汗)
この緊張感のなさは「アクション大作」と評価していいものかどうか、
迷ってしまうほど。
映画「ポンペイ2014」と見比べるのも面白いかも。(笑)



2017年11月09日(木)
ミニ屋台は「エレベーターに乗るサイズ」

隣接の沼津市が、公共空間の活用やにぎわいづくりに向け、
市役所正面玄関前のピロティに屋台を出店するという
実証実験を始めたというので、見学に行った。
市内の飲食店や雑貨店が新商品を紹介したり、
起業を考える人が試験販売を行ったりする場を創出しようと、
屋台形式の物販を企画したようだ。
実物のミニ屋台を見せていただいたが、組み立て式で、
なおかつ、思っていたサイズよりだいぶ小さかったので、
その疑問を担当者にぶつけてみたところ、
「(ミニ屋台は)『エレベーターに乗るサイズ』にしました」。
なるほど、それでこのサイズなんだ、と感心してしまった。
こういったイベントは、屋外で使うことが多いというのは、
私たち世代の思い込みだ、と気付き、メモをした。
エレベーターに乗るサイズなら、屋内の、それも1階でなくても
物販用の準備がすぐ出来ることになる。
最近、モノのサイズに興味を持ち始めたからか、
この視点・発想は、とても参考になったなぁ。



2017年11月08日(水)
「ごめん」くらい略さないで、ちゃんと謝ろうよ。

「広辞苑」(岩波書店)が10年ぶりに改訂される話で盛り上がり、
小説・映画「舟を編む」をゆっくりと思い出しながら、
今回は、どんな言葉が加筆されるのだろうか?と興味が尽きない。
使い方がおかしい、意味が違う、などのご指摘はあろうが、
言葉は時代を映す鏡だから、変化するのが当たり前、と考えれば
こんな楽しい読み物はない。
どうやら、約1万項目を追加し、計25万項目を収録するらしい。
女子高生などに多く使われる流行語も追加されるに違いない。
そういえば、あるテレビ番組で女子高生に、こう投げかけた。
「今、女子高生ではどんな言葉が流行っているの?」と。
それに対する答えは、スマホ時代、スピード感を求めてなのか、
「り」とか「ご」。
「了解」の「り」と「ごめん」の「ご」の略らしい。
メールが届く。返信は「り」、あるいは「ご」の一文字で済ます。
合理的というか、女子高校生らしいな、とメモをした。
単語登録しておけば「り」と入力すれば「了解」できるので、
打つのが面倒くさいということではなさそうだ。
それが、彼女らの感覚なんだろうな、きっと。
しかし、ダウンタウン・松本さんのコメントが一番心に残った。
「『ごめん』くらい略さないで、ちゃんと謝ろうよ」
.そのとおりだよなぁ。



2017年11月07日(火)
「天然記念物」が飲めます

柿田川公園に欲しい看板シリーズ。(笑)
(勝手に、シリーズ化していますが・・・)
ある方を柿川公園を案内していたら、こう言われた。
「柿田川って、天然記念物なんですよね?」「そうです」
「ということは、柿田川の水が飲めるっていうことは、
天然記念物が飲めるってこと?」と、さらっと言った。
「あっ・・ホントだ。今までそんな発想がなかったです」
そう答えたものの、嬉しくなってメモをした。
以前「国天然記念物」は「重要文化財」に等しい、という視点の
気になる一言を書いたが、だから大切にしなくては・・と纏めた。
けれど、その「重要文化財」を護るためとはいえ、
月に一度、外来種駆除を理由に触れていることになる。
たぶん「川全体が天然記念物」というのは珍しいらしく、
指定の範囲を決めるときに、多くの地権者の同意をいただく作業が
大変だったなぁ・・と思い出された。
全国では「国宝」や「重要文化財」と言えば、触れることはおろか、
写真撮影だって制限があるというのに、わが町の「天然記念物」は、
写真撮影はもちろん、飲むことだって許されている。
だからこそ「『天然記念物』が飲めます」というフレーズは、
インパクトがあるな、と思う。
「天然記念物に触(さわ)り放題」と書くと、ちょっと下品だから
「飲める『天然記念物』あります」という程度かな。
まずは、オリジナル・パンフレットに使ってみようかな。(笑)



2017年11月06日(月)
(デジタルは)情報が簡単に流失し、制御不能になる

映画「盗聴者」(トマス・クライトフ監督)から。
「ベルギー・フランス合作」とはいえ「劇場未公開作品」、
そんな前提知識しかなく観終わった。
ストーリー的には突っ込みたくなる場面も多いが、
「盗聴音声のテープ起こし」という仕事の設定が新鮮だった。
音声とはいえ、ほぼ簡単にデシダル化できる時代に、
紙にタイプライターで打つ、という原始的な作業の意味、
それは「盗聴音声」であり証拠は残したくないのか、と考えたが、
その意味を、作品の中で説明していた。
「デジタルは信用できません。情報が簡単に流失し、制御不能になる。
だから、紙とタイプライターを使います」とはっきり。
思わず頷きながら、メモをした。
デジタルは、検索や保存が容易だし、コピー・ペーストも簡単。
そう思っていたが、それを良しとしない考え方もある。
簡単に扱えるということは、簡単に流失することでもあるし、
それが誰の手に渡っても、もう自分では止めることはできない。
制御不能となったデジタルデータほど、怖いものはない。
全世界に広がることだって、考えられる怖い世界だ。
自分だけならまだしも、大切な家族や友人の写真などが、
インターネットの世界に広がるのだけは避けたい、といつも思う。
だって、悪用されて拡散されても、私には制御できないのだから。