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2018年08月24日(金) ■ |
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「タイム・イズ・マネー」は「善は急げ」 |
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NHK大河ドラマ「西郷どん」から。 書き始めると、続いてしまう「大河ドラマ」ネタ。 幕末当時、仲の悪かった長州藩と薩摩藩を繋げる役目を、 任されたというべきか、自分で買って出たというべきか、 坂本龍馬は、陽が昇らないうちに西郷宅を旅立つ。 そんな急いで出かける坂本に、西郷の妻が声を掛ける。 「こんなに朝早く・・」と言いかけたところで、 坂本が間髪いれず「タイム・イズ・マネーですから・・」と 言い返した。 彼女は「タイム・イズ・マネー?」と英語の意味がわからず 訊き直したら、坂本の和約は「時は金なり」ではなく、 「善は急げ」だったから、面白くてメモをした。 実は「善は急げ」は、鉄は熱いうちに打て、と同意語で、 「Strike while the iron is hot」だと理解していたから、 その和訳に驚いたが、時間が経つにつれて、 「タイム・イズ・マネー」は「善は急げ」も悪くないな、と この一言に書いている。 原作「林真理子」さん、脚本「中園ミホ」さん。 さて、どちらがこの訳にしたのか、興味が湧いてきた。 図書館で調べてみようっと。
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2018年08月23日(木) ■ |
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薩摩の宝は、サツマイモ、桜島、西郷吉之助ぜよ |
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NHK大河ドラマ「西郷どん」から。 今年は、大河ドラマの話題が「一言」に登場しないので、 見ていないのか、と思う人がいるらしいので、ここらで。(汗) ほぼ毎回見ているが、場面設定を説明するだけで長くなるので、 メモしないでみることも多かったのは事実ですが・・。 今回は「第31回・龍馬との約束」次回は「第32回・薩長同盟」 この辺りの「西郷・坂本・桂」の駆け引きが面白いので、 午後6時からBSを観ても、8時からまた観てしまうほど。 さて今回選んだのは、坂本が西郷の妻に言った台詞、 「薩摩の宝は、サツマイモ、桜島、西郷吉之助ぜよ」 単なる語呂合わせでもないし、同じ「さ」で繋がるのがいい。 「食べ物、自然、人物」、これが、やはり「土地の宝」となる。 その宝と称された人物の妻は、嬉しかったに違いない。 まちづくりをする時の基本は「自慢できるものを探す」 これをとっかかりにして、お国自慢から始めるに限る。 宝ってのは、あまり多くない方がいいんだよな、宝だから。
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2018年08月22日(水) ■ |
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観光は「市町村名」など知られなくてもいい |
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最近、産業観光課から生涯学習課へ異動したためか、 やや冷静に「観光」というものを見つめることができている。 その1つが「観光は『町名』など知られなくてもいい」 旅行する人は、旅行先を選ぶ時「市町村名」で検索しない。 よほど、まち全体の雰囲気で売り出しているのなら、 それも選択肢の1つだけど、ほとんどが「観光地」で選ぶ。 そして「この景色を見たい」「この体験をしたい」 「このお店のこれを食べたい」・・と具体的になっていく。 それなのに、周りを見渡すと、自分のまちの宣伝ばかり。 自治体ごとに作られる「観光パンフレット」も、 近隣市町の「観光地」は、ほとんど掲載されていない。 税金で作っているから、と言えば聞こえはいいけれど、 東京ディズニーランドのように、その場所だけで、 多くの観光客を満足させることができればいいが、 そうでなければ、一緒になってこの地を売り出していく。 お互いのパンフレットに、お互いの観光名所を掲載する。 そんなところから始める必要がありそうだな。
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2018年08月21日(火) ■ |
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なぜ人は映画が好きか? 構成されているからさ。 |
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映画「人生はシネマティック!」(ロネ・シェルフィグ監督)から。 全体的には、恋愛映画?と思いたくなるが、 メモした台詞を見直すと、やはり脚本家の映画だった。 「全ての責任は脚本にある」 「信憑性は大事だが、楽観的に描いてくれ」 「面白い作品だったが、国民が奮起して前向きになるには、 太った警官がはしごを落ちるだけではダメだ」 「脚本1ページは映像1分、フィルムで80ヤード分よ」 「これが映画だ。現実から退屈な部分は削る。 事実と真実は違う。何よりもストーリーが優先」 「女はヒーローより、ヒーローの恋人になりたがる」 「50ページのタワゴトより4つの正直な言葉を」 「たまには価値ある映画を作りたい。 人生の1時間半を捧げたくなる映画を」 脚本の面白さに触れた時、にっこり笑った主人公が印象的だ。 作品中「脚本」に関するメモを一つ選ぶとしたら、 「なぜ人は映画が好きか? 構成されているからさ。 ストーリーには、形、目的、意味がある。 不幸な展開も、作為的で意味がある、人生とは違う」かな。
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2018年08月20日(月) ■ |
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現在のイタリア観光地「ポンペイ」が舞台の別作品 |
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映画「ポンペイ2014」(ベン・デマリー監督)から。 今までにも、何度か「超大作・話題作」と勘違いし、 鑑賞し始めてから「???」となることがあったが、 まさか、こんなに早く、映画「ポンペイ」のスピンオフ作品が 登場するとは考えていなかったので、不覚だった。 映画で「スピンオフ」とは、既存の作品を題材に、 新しく描いた外伝的な作品のこと。「スピンアウト」とも言う。 今回は、まんまと嵌められた。(汗) ぺスビオ山噴火で灰に埋まった「ポンペイ」ではなく、 現在のイタリア観光地「ポンペイ」が舞台の別作品。 「2014」とは、たぶんそんな意味なのだろう。 これ以上、物語について書くと、自分が情けなくなるが、 「活火山の観光」や「休火山の登山中」、突然、 火山爆発に遭遇した時の、マニュアル・ビデオと考えれば、 使えなくもない。 噴火の後、想定するのは、熱波、土石流、火砕流・・、 その時、どんな対応をするか、そんな視点で観るのも この作品のひとつの活用方法であろう。
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2018年08月19日(日) ■ |
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「祭りだからしょうがない」「こんな時だからこそ」 |
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祭りだからしょうがない・・そんな話も耳にするけれど、 こんな時だからこそ、気になることが増えてしまう。 例えば、子どもを抱っこしている親、その抱えられているこどもは 泥だらけの靴のまま。靴の高さは、浴衣姿の女性の肩あたり、 もう少し周りに気を使って欲しいな、と思うばかり。 混雑のど真ん中で、ベビーカーをたたむ、若い子育て世代は、 その行動が、まつり独特の人の流れを止めてしまい、 多くの人が困っていることにも気付かない。やはり気づいて欲しい。 さらに、祭りの様子を写真や動画で撮影し、SNSに投稿する人たち、 見も知らぬ人でも、顔がはっきりわかる写真は、どうも気になる。 その何気ない投稿が、犯罪、事件に繋がらなければいいな、 そんなことを思いながら、近隣市町のお祭りを眺めていた。 これは「ルール」ではなく「マナー」「エチケット」の問題、 「道徳」が学校の教科となるというのに、と呟きながら まずは、子どもたちより私たちが学び直す必要があるな、と 真剣に考えている私がいる。
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2018年08月18日(土) ■ |
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寄り添って歩くということ |
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昨晩、三島のお祭りに出掛け、妻と歩いて帰ってきた。 歩き始めてすぐ、彼女から一言。 「歩くのが速過ぎるよ、もっとゆっくり歩いて」 毎日、通勤で歩いているからか、速くなったのだろか、 意識して、ペースを落として歩いてみた。 しかし、暫くすると、また彼女との距離ができてしまう。 よく考えてみると、通勤は一人だから自分のペースで歩く、 今回は二人なのだから、相手のペースに合わせる、 それも、速く歩いてしまう私の方が意識する必要があった。 これは、人生にも同じことが言える。 定年退職を間近に控え、仕事から家庭へとペースダウンし、 家族と過ごす時間が増えるのだから、今までのような、 生活のリズムでは、家族との距離が離れてしまう。 (仲が悪くなってしまう、ということではなく・・) 相手の生活のリズムを意識した、自分なりの生活リズムを 徐々に身につけていきたいと思う。 結局は、妻が私のベルトをつかんで速度をコントロールし、 照れくさかったけれど、寄り添って歩くことができた。 腕を組んで・・でないところが、私達らしいな。(笑)
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2018年08月17日(金) ■ |
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ここにゴミを置いていかないで下さい! |
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あるトイレでみつけた、注意看板。 白い紙に、2行で大きく描いてあった。 「ここにゴミを置いて いかないで下さい!」 「いかないで下さい」の表現はインパクトがあり過ぎ、 この場から離れないでください、と言われているようだ。(笑) そもそも「置いていかないで」というフレーズがわかりにくい。 「置かないで」なら、スッキリするのに、 「置いていく」を否定するから「置いていかない」となる。 こういったトイレなどに貼られている、手描き文字の注意書きは、 私の絶好のメモ対象となる。 書いた人の気持ちも分かるから、余計、目に付いてしまう。 こんな時って、一度、英語にしてみるといいらしい。 それから、あらためて、英語を日本語に訳すという方法だ。 これから、世界的なイベントが続くので、 トイレの貼り紙も、英語バージョンがいるかもなぁ。
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2018年08月16日(木) ■ |
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外見だけじゃなく、彼女の本質が見えてくるんだ |
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映画「奇跡の絆」(マイケル・カーニー監督)から。 原題は「Same Kind of Different as Me」 資産家とホームレスの友情を描いたノンフィクション小説と知って やや驚きを隠せなかった。 ラストシーン、黒人のホームレス、デンバーの弔辞は、メモを増やしたが、 今回は、この映画をいつまでも覚えておくために、そのホームレスが、 美術館でピカソの絵を観た時の会話を残しておきたい。 彼は、ピカソの絵を観て「(これを描いた画家は)誰だ?」と訊ねるくらい 絵画に対しての知識がないにも関わらず、 「バラバラにした女をメチャクチャに継ぎ合わせたみたいだ」と言い、 「ああ、そのとおりだ、彼は・・」と説明する美術商を横目に 「実際の彼女を見る時とは、違った見方ができる。 外見だけじゃなく、彼女の本質が見えてくるんだ」と感想を述べた。 その感想に驚いたのは、実は彼を美術館へ案内した美術商。 今はたとえホームレスでも、彼の文化的水準の高さに驚き、そして認めた。 また、その例えで「自分が妻の本質を見てこなかったことに気付かされる。 私は、このシーンが一番好きだ。 さらに「(この絵を)美術館が買ってくれてよかった」と喜び、 「俺みたいな人間も1200万ドルの絵をみれるからな」と呟いた。 美術館を、そんな視点で考えたことがなかったから、ますます驚いた。 ピカソの絵の鑑賞の仕方、美術館に対する敬意の表し方、 どれもが、なるほどなぁ・・と思うことばかり。 たまには、こういう映画もいいなぁ。
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2018年08月15日(水) ■ |
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パソコンとスマホとタブレットは違うOA機器 |
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先日この「気になる一言」に取り上げた 「シェアするということは『報告』から『広報』に変わる」、 これを気付かせてくれた「小嶋裕亮」氏と、 セミナー打ち上げで近くに座ったのを機に、 今まで疑問に思っていたことを、いろいろ訊ねてみた。 「パソコンとスマホとタブレットは違うOA機器」 そんなアドバイスの意味が、最近になってやっと分かってきた。 どれもインターネットに繋げられるOA機器だけど、 使う場所、使う人、使う職業などによっても使う機器も違う、 ということは、画像1つ投稿するにしても、 どの機器を利用している人に見てもらいたいか、を意識する、 そして、そのターゲットが見やすいように投稿をする。 それが「広報戦略」の基本だと教わった気がした。 言いかえれば、画面の「縦横比」だって違うのに、 同じ写真や動画をアップしているのさえ、ダメな気がしてきた。 スマホを横に倒せば、横位置の画像は見ることが出来るけど、 やはり、縦位置の画像を投稿することが、喜ばれるに違いない。 これって、投稿する人にとって、永遠の課題だな、きっと。
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