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しもさんの「気になる一言」
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2020年05月13日(水)
気象庁の夕方は「午後3時から6時」なんです

外出自粛をしている間に、日の出時間はどんどん早くなり、
日の入りは、どんどん遅くなってきた。
天気も、目まぐるしく変わり、気象予報士の皆さんも、
天気予報を出すのが大変だなぁ・・と思ってラジオを聴いていたら、
面白いことを耳にしたので、ご紹介。
以前、明日は傘は入りません、と言ったのに、雨が降ってきてしまい、
翌日、視聴者に「ごめんなさい」と謝っていた話を書いた。
そのあとも、夕方、雨になりそうです・・と予報を出したのに、
夕方前に降ってきて困った・・という視聴者の意見に対して、
やんわりと、答えていたのが面白かった。
「気象庁の夕方は「午後3時から6時」なんです」と。
私たちの考える夕方とは、業務終了前後の「5時」くらいから。
まさか、午後3時が夕方とは誰も思わないだろう。
その感覚のズレが、妙に面白かったので、気になる一言。
今度、夕方に会おうよ、と約束し、午後3時に待ち合わせしようかな。
相手は、どんな顔するかな。(笑)



2020年05月12日(火)
ナパージュという国はな、動くのが遅くて、止まるのも遅いんだ

2日間限定公開の寓話「カエルの楽園2020」(百田尚樹著)は、
書籍「カエルの楽園」(百田尚樹著・新潮文庫刊・277頁)の続編。
笑っては怒られそうだが、あまりに面白すぎて一気に読破した。
作家・百田尚樹さんが、以前刊行した書籍「カエルの楽園」の続編として
今の日本が、新型コロナウィルスで揺れている現状を、
カエルの世界に置き換えて、持論を展開した作品、というもの。
(寓話と言いつつ、登場人物?がリアルで分かりやすいのも特徴か・・)
読んでいない人には、全くわからないだろうから、
内容について細々と触れないけれど、メモした会話をご紹介。
私が注目したのは、緊急事態宣言の発令と解除についてのくだり、
「ナパージュという国はな、動くのが遅くて、止まるのも遅いんだ」
ナパージュとは「JAPAN」を逆から読んだ「NAPAJ」と皮肉った名前らしい。
この国は、そういう国なんだ、と表現したところが面白すぎる。
確かに、他国と比べて、緊急事態宣言の発令(動くこと)も遅かったが、
今度は、解除(止まること)も遅い・・と指摘している。
しかし、その原因は「首相に、その権限すら与えてられない」から、
そんな主張が見え隠れする会話だった気がする。
ただし、不平不満は、ネット上にいやと言うほど溢れているが、
不満分子が一致団結して、暴動にまで発展しないのもこの国の国民性かな、
そんな印象を持って読み終えた。
この寓話が「予言書」となるかどうかは、私たちの行動にかかっている。



2020年05月11日(月)
一度認めれば要求はエスカレートする

映画「ピータールー マンチェスターの悲劇」
(マイク・リー監督)から。
世界各国が「新型コロナ・ウィルス感染拡大防止対応」で
いろいろな策を打ち出している中で作品鑑賞したので、
19世紀初頭のナポレオン戦争後、
深刻化する貧困問題の改善を訴えて立ち上がった英国民と
今後想定される「コロナ不況」で溢れる失業者の叫びが重なった。
そんな英国民の感情を知ってか知らずか、国の役人(判事?)は、
対応策・解決策を出すのだが、こんな台詞が飛び出した。
「労働者は胃袋でものを考える」と切り出した後、
「工場主に週給を1シリング上げさせれば、彼らの空腹は癒され、
運動も終わる」と。
今、各国が国民の不平不満から起きる暴徒を回避するために、
「一律〜円配給」策を採用した意図がわかった気がする。(汗)
ただ作品の中では、この策に反対する判事がいた。
「一度認めれば要求はエスカレートする」が理由だった。
まさしく、今回の「コロナ騒動」で同じことが言えそうだ。
「さざなみ(小波)はやがて流れとなり、波となる。
荒れ狂う大波となり、大地に打ち寄せる」
「コロナ波」は、どこまで大きな波となってくるのか、
こればかりは、誰もが想像できない気がする。
「『暴徒』は『恐怖』で抑える」ことがないように、
社会システムの「改革」が必要なのかもしれないな。



2020年05月10日(日)
今頃「微分積分」の面白さがわかってきた

学生の頃、数学が大の苦手だった私が、ハマっているのは、
なんと「微分積分」。
新型コロナ・ウィルスの感染者を示すグラフのカーブを眺め、
毎日、刻一刻と変わっていくデータから、
今後を予測していくには「微分積分」が必要だと知った。
それは予測にとどまらず、ビジネスの世界でも「微分積分」が
大きな役割を示すことを意味する。
すなわち「今回のコロナ騒動全体をイメージしながら、
個別の事業を行っていくという取り組み」が求められるから。
マクロとミクロの世界を行き来し、個別事業として面白くても、
全体の流れが常に念頭になければヒットしないと言うこと。
まちづくりでは「将来都市像」や「基本構想」にあたる。
会社で言えば「社是」や「基本方針」にあたるもの。
それを無視して、目の前の面白いものだけに取り組むと、
話題性はあっても評価されない、と言う結果を招くことも、
「微分積分」を知って、再認識できた。
私たちは、つい傾向から外れたデータを面白がり、
マスコミもそのデータに注目するけれど、
それは実は、大きな流れから外れた「例外」なんだ、と
割り切れる判断力が欲しいよなぁ。



2020年05月09日(土)
「新型コロナ」専用チャンネル「COVID-19」開局・・

私は以前から、テレビをあまり観ないタイプだけれど、
それでも、毎日のニュースだけは確認したくて、テレビをつけるが、
NHKをはじめ、民放各社、デジタルもBSも「コロナネタ」中心。
それも、芸能人のコメントや、どこかの感染症の専門家を名乗る人の意見、
エビデンスのデータも示されない、そんなものばかり聞かされている。
各社、違う視点での特集ならまだしも、ネットで得たような知識を、
今日は、何人感染しました、何人死亡しました、
内訳は、東京都が何人、北海道が何人・・・と、累積の数字を示し、
延々とディスカッションする番組構成にも、正直、飽きてしまった。(汗)
できることなら、データ放送も駆使して、その番組をみれば全てわかる、
「新型コロナ」専用チャンネル「COVID-19」開局を望みたい。
お気楽に、いつまでも気にしてられない、と言っているのではなく、
気になる人は24時間、その番組を見ていればいいのに・・と思っただけ。
楽しい話、面白い話と一緒に、コロナの話を持ち出されると、
気分も一気に盛り下がるし、正直、思いっきり笑うこともできない。
テレビも、ラジオも、新聞も、雑誌も、インターネットも、
「コロナ」のことは「専用チャンネル」にお任せして、
新しい生活の提案などを特集した、前向きな番組構成を期待したいなぁ。



2020年05月08日(金)
「家庭科」と「技術科」って、大切な教科だったんだね

新型コロナ・ウィルス感染拡大防止で自粛が続く中、
今、盛況なのは、リフォームなど改装を請け負う会社や、
手作りマスクで需要が増えた、手芸屋さんやミシン屋さん、
そして、以前から根強い人気の「D.I.Y ホームセンター」など。
そんな話をしていて、私の口から出たのは、
「『家庭科』と『技術科』って、大切な教科だったんだね」。
授業数の関係で、なくなった教科だったと記憶しているが、
私たちが子供の頃は、とりあえず゜家庭科」と称して、
裁縫の真似事もしたし、雑巾なども塗った記憶がある。
また「技術科」と称して、大工道具などを駆使して、
デッキチェアや、本箱、文鎮なども作ったことが懐かしい。
もちろん、趣味で「プラモデル」が大人気だった記憶もある。
今の若者は、PCやスマホ、タプレットは使えても、
裁縫もできなければ、ミシンすら使えない、という話が、
今回の「コロナ騒動」でクローズアップされたが、
彼らは、手先が器用だから、たぶん面白さを教えれば、
無調になって「Do it yourself}」の世界に没頭するに違いない。
彼らから「家庭科」「技術科」を奪った私たち大人の責任かもなぁ。



2020年05月07日(木)
「軟水」と「硬水」の差はないか?

日本の生活習慣と、ヨーロッパ、アメリカなどの生活習慣の差は、
今回の「新型コロナ・ウィルス」の感染拡大に特徴はないか。
そんな視点でネット検索をしていたら「BCG予防接種」よりも、
もしかしたら、これかもなぁ、と思った記事を見つけた。(笑)
日本の水は、ほとんど「軟水」、ヨーロッパは多くが「硬水」。
その硬水で、毎日風呂に入り洗髪すると髪の毛が傷むため、
ヨーロッパ人は、毎日お風呂に入る習慣がなく、
だからこそ「香水」が生まれた、という話を出しながら、
それに比べ、日本は基本的には、ほぼ毎日入浴する。
その清潔さは、世界でも稀にみる特徴だ、と言う主張。
さらに、握手やハグをせず「お辞儀」という文化があり、
「間合い」という独特の距離感がある。
世界で感じる触れ合う意味での「濃厚接触」はほとんどないし、
個人個人の「清潔感」は、群を抜いている、と思う。
だからって、日本は安心だ、と言っているわけではなく、
単に、ヨーロッパ諸国と数字で比べても意味がないのでは?と
思ったから、書いてみた。
どうして、まるっきり生活環境の違う国々と比べるんだろう。
それも、感染が拡大してしまった欧米諸国と。(汗)
政府が客観的なデータさえ示してくれれば、
こうして私たちの気付かない視点で関連を考える人たちがいる。
新型コロナ・ウィルス感染防止対策のヒントは、
想像もしなかった生活文化の違いから生まれるかも。
今でも感染者ゼロの岩手県、何か理由がある気がしてきたもの。



2020年05月06日(水)
ここ数ヶ月、面会できなかったことが残念でした

今年のGW中に届いた、いくつかの訃報。
こんな時だから、近親者で家族葬を、という連絡もあり、
連絡範囲の難しさや、なんとか香典だけ届ける方法を探したり、
今まででは想定できない、通夜・告別式が行われている。
参列者は、お坊さんも含め司会者以外、全員マスク着用であったが、
最近では、外出ではマスク・・が徹底されているからか、
あまり違和感も感じなかったことも、記しておきたい。
葬儀は、本当に簡素化されたな、と実感した出来事であったが、
一番印象の残っているのは、死因はそれぞれであるが、
どの遺族も、同じことを口にしたこと。
「ここ数ヶ月、面会できなかったことが残念でした」
病院に入院していて、面会できず、死に目にも会えない、
そんな辛い思いが、より一層、切なさとして伝わってきた。
本当に身内だけで、泣きたい時に思いっきり泣ける家族葬が、
昨今は注目されていたけれど、
だからこそ最後まで看病したい、という身内の思いは、
今回のコロナ騒動で、叶わないものとなってしまった。
もうしばらくは、新型コロナ・ウィルス感染防止策で、
お見舞いはもちろん、家族の面会すらさせてもらえない状況が続く。
ZOOM会議ではないけれど、患者の様子が身内に届くシステム、
必要になってくる気がするなぁ。



2020年05月05日(火)
しっかりしなくちゃいけないのは、国民じゃないのか

自粛自粛が続く中、民放のテレビ番組にも飽きて、(笑)
国会中継をテレビで見ていたが、これまた専門家の意見を
野党がちょっと言い方を変えているだけの質疑応答に、
どうして「今回は党派を超えて、一緒に頑張りましょう」という
言葉がでてこないのか、不思議な感覚で眺めていた。
多くのニュース番組に招かれているゲストらの発言や、
ネットでの、ここぞとばかりの政府批判記事を読むと、
「他国に比べて、日本政府は甘い。もっとしっかりしろ」など
相当厳しい意見が蔓延している。
しかし、この事態を招いているのは、紛れもなく日本国民。
「しっかりしなくちゃいけないのは、国民じゃないのか」と
自らの反省も含めて、こう呟きたくなった。
いくら強制力がないとはいえ、政府の「自粛要請」を無視し、
ここぞとばかり、外出する国民のインタビューを目にすると、
「政府には厳しく、自分には甘く」がまかり通っている。
そのうち、マスクなんていらない、10万円はまだか・・と
またまた、政府批判が繰り返されることは、私でも予想できる。
外国の人たちに、日本のコロナ対策について意見を訊けば、
「日本政府、大丈夫か?」ではなく、
「日本国民は、何を考えているんだ」だってことを知るべきだ。
「道徳」を、学校の教科にしているのに、恥ずかしいなぁ。



2020年05月04日(月)
「やり」は「切れるもの」ではなく「通すもの」です

情報源は「テレビ番組」だった気がする、たぶん。
辛い思いをしている女性が「やりきれませんね」と呟いたら、
近くにいた初老の高齢者が、
「槍は、切るものではありません。
通すものです。やり通しなさい」というアドバイスした。
あっ、これいいな・・とメモをしたのは言うまでもない。
今、巷は・・自粛、自粛でストレス発散できず、溜息の連続で、
「やりきれないよな、こんなんじゃ・・」と呟いている、
多くの人たちの投稿を読んできた。
しかし、このアドバイスを知って、妙に心が落ち着いた。
先日の「『我慢』ではなく『辛抱』」と同じく、
今、私にできることは、こんな「短いフレーズ」を探し、
読者に紹介することくらいかな、と思ったからメモをした。
もちろん、みんなを癒す力もないかもしれないけれど、
今回のコロナ騒動で紹介した「気になる一言」は、
きっと、また違った苦しい時にも、蘇るはずだし、
これからも大切にして残しておきたい言葉として
文字として残しておきたい、と思う。
もし私が苦しくて「やりきれないなぁ」とボヤいたら、
「しもさん、やりは通すものですよ」って肩を叩いてね。(汗)