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2021年05月05日(水) ■ |
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ワクチンは、偶然弱くなった毒性の菌を使うんだよ |
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新型コロナウィルスの変異株が猛威を振るい、 いろいろな国の名前がつけられた変異株が登場する。 けれど、私の知識では・・というか、 NHKラジオの「子ども科学電話相談」という番組で、 「ワクチンはどうやって作るのですか?」という質問に、 専門の先生は、こう答えていた。 「ワクチンは、偶然弱くなった毒性の菌を使うんだよ」 実は私も、ワクチンの作り方を知らなかったので驚いた。 体に影響を与えない程度の弱い菌を事前に体内に注射し、 弱い菌で戦う練習をして、自分の細胞に自信をつけさせること、 それが、抗体を作るってことなんだと理解していた。 (例えが適切かどうかは分かりませんが・・) 私が引っかかったのは「偶然弱くなった毒性の菌」というフレーズ。 それってもしかしたら「突然変異の一種?」と思ったからだ。 変異し、毒性が強くなったら「変異株」と言い、 毒性が弱くなったら「ワクチン」として利用するってこと? 弱く変異する株がなかったら、今回のワクチンも作れなかった、 そういうことなのだろうか? このコロナ禍、一体いつまで続くのだろうか、想像がつかない。 インフルエンザと同じように、治療薬なんてできないかもなぁ。
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2021年05月04日(火) ■ |
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苔は奥ゆかしいんです。 |
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映画「柴公園」(綾部真弥監督)から。 なんだろう・・うまく言えないけれど、 観賞後、私、こういった作品好きだな・・と思った。 柴犬を連れた3人の中年男たちが繰り広げる会話劇を描いた テレビドラマ「柴公園」の劇場版、という解説に、 私のアンテナが引っかかった。 人間とのコミュニケーションが、予想以上に苦手で、 自分の気持ちも相手に上手く伝えることができない。 そんな二人が「柴犬」と「柴犬好きの仲間」に助けられながら、 少しずつ、愛を育んでいく・・大きな仕掛けもなければ、 事件、事故も起こらないけれど、一所懸命、生きている。 主人公は「苔」を仕事として研究している設定だけど、 子供たちが「苔」について質問し答えるシーンに、 この作品を貫いている「奥ゆかしさ」が表現されている。 「苔は何の役に立っているんですか?」 「苔は花も咲かないし、食用にもならないんですよね」 「やっぱり役立たずって意味で使われているんじゃないんですか?」 そんな質問にも、丁寧に答える主人公。 「苔は奥ゆかしいんです。花を咲かせて目立とうとか、 実をならせて食べさせようとか、そういう自己主張しない。 注目されず実用されず、でもじっと人の生活に密着している、 その奥ゆかしさがいいんじゃないですか」と。 「苔」を観ていると、癒される・・という人がいるのも事実。 「苔みたいな人」「苔のように生きる」「苔のように・・」 なんだか憧れるなぁ。
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2021年05月03日(月) ■ |
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新しい道を切り拓く力を持っているかどうか |
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私の知る限り、多くの団体が世代交代に悩み、 その機会を逃した団体は、高齢化が進むことにより、 活動資金不足などをはじめ、身動きできなくなって、 初めて、組織として硬直していることに気付く。 その処方箋は、ケース・バイ・ケースであり、 簡単にこうすればいいよ、とアドバイスできる状態ではない。 もし、一つだけあるとすれば、 求心力のある、強いリーダーをトップに据えることかな。 どんなことがあっても軸がブレない、心の強さも必要だ。 しかし現実は厳しく、どんな分野でも そんなリーダーはなかなかお目にかかれない。 だから、どんな人をリーダーに選べばいいですか?と訊かれ、 私の口から、すっと出てきたのは、 「新しい道を切り拓く力を持っているかどうか」だった。 衰退してきた活動を根気よく続けてくれる人ではなく、 今までの活動をリセットしてでも、新しい道を模索し、 迷っているメンバーを引っ張っていってくれる人。 逆に、選んだリーダーを育てていくのは、メンバーの仕事。 判断を否定せず、恥をかかせないことを意識すれば、 うまくいくような気がするんだけどなぁ。
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2021年05月02日(日) ■ |
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本を探すことでいい運動になる |
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自粛が叫ばれているGWを、新しい図書館通いしている私は、 以前、わが町の町議会議員が、新しい図書館建設の際、 一般質問でこんな話をしたのを思い出した。 「高齢者の健康にとって運動が重要であることは、わかりやすいのですが、 読書が重要だという研究成果があることを最近知りました」と。 山梨県のデータを示しながら、県立図書館の利用者の声を披露してくれた。 「本を探すことでいい運動になる(図書館内をよく歩くため)」 「知的な刺激を受ける(様々なジャンルの本を読むことで)」 「記憶が呼び覚まされる(旅行雑誌を見てかつての旅行を思い出す)」 また「読書習慣のある人は、無い人に比べて23カ月寿命が長い」というデータ、 「性別や健康状態、財産、学歴に関係なく、 純粋に本を読むことが長寿につながった」というデータ、 「図書館が近くにある人は、要介護リスクが低い」というデータまで。 「『心が動くと体が動く』という言葉もある通り、 『本や雑誌を読む』ことは、行動を起こすきっかけを与えてくれる」と。 そこで私は、自分の体で実験することを思いつき、 ある本を探して、町内4箇所の大型書店と新図書館に足を運んだ。 各書店には配架の特色があるし、町図書館にも10分類に基づく配架があり、 一冊の本を探すことで10,000歩以上歩いた、と万歩計が教えてくれた。 確かに「本を探すことでいい運動になる」。 図書館の中を歩き回るだけでも、消費カロリーは増えるに違いない。 是非、お試しあれ。
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2021年05月01日(土) ■ |
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SNSも、投稿の統廃合しなくちゃなぁ |
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あれっ、あのお店閉店だって・・ あっ、こっちの店舗は移転だって・・ えっ、あのグループの傘下になるらしいよ・・ そんな声が、街のあちこちで聴こえてくるのは、 コロナ禍の中、店舗の統廃合が進んでいる証拠だろう。 社会全体が費用対効果の効率性を求めていることもあるが、 細かく分けすぎた結果、ターゲット層を絞りすぎて、 市場が小さくなってしまった・・ということだろうか。 しかし、消費者の私たちには関係ないや、と思わず、 自分の生活に当てはめてみたら、自分にも関係があった。 私の場合、SNSの活用。 特にFacebookは、情報発信する相手が違うと思うと、 新たに「Facebookページ」を立ち上げて分けていた。 投稿する内容もはっきりしていて、管理する側は楽だけど、 情報を受ける側のことを考えたら、面倒くさいだろうな、と 今更ながらに、反省している。 そこで、久しぶりに私の呟き。 「SNSも、投稿の統廃合しなくちゃなぁ」
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2021年04月30日(金) ■ |
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まちづくりをみんなでやりましょう、は続かないかな |
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全国、どこでも「地域おこし」「まちおこし」が盛んであるが、 私が長年携わってきた「まちづくり」に関して、 アドバイスをいただきたい、というメールが届いた。(汗) う〜ん、どうして私?、とも思ったが、 いままでいろいろな仕掛けをしてきたが、なかなかうまくいかない、 一瞬盛り上がるけれど、なかなか長続きしない・・など、 自分たちのしてきた活動の課題と悩みが綴られていた。 確かに、全国各地で「まちづくり」と称する市民活動があり、 ケース・バイ・ケースだから、助言は難しいと思いながら、 「アドバイスにならないかもしれないですが・・」と前置きして、 「まちづくりをみんなでやりましょう、は続かないかな」と書いた。 (ここからは、あくまで私的意見なので、ご理解願います・・) 私の経験から考えると、今でも元気に続いている団体は、 誰かが自分の楽しみとして始めた活動が、自然と広がっていき、 一人増え、二人増え・・気付いたら、団体(組織)になっていた、 そんなパターンの「まちづくり」がいいような気がする。 全国で活躍している、プランナーを否定しているわけではない。 だけど、まちづくりが地域住民の「文化」として残る活動が素敵だ、 と今更ながらに思う。 結果なんていつ出るか、わからないけれど、地域の文化として まちづくりが根付くといいね。
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2021年04月29日(木) ■ |
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球辞苑は、映像と数字と経験値が語れる番組 |
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あまりテレビを見ない私が、楽しみにしている番組、 それが「球辞苑」という、野球好きにはたまらない、 とてもマニアックというか、オタクというか、 ここまでやるか、というテーマがお気に入りの番組。 野球を知らない、野球に興味がない人にとっては、 どうしてこんな番組が人気があるのか、と思うだろうが、 その番組の魅力について、元千葉ロッテマリーンズの捕手だった 里崎選手がこうコメントした。 「球辞苑は、映像と数字と経験値が語れる番組」 映像と数字・映像と経験値・数字と経験値・・では物足りなく、 この3つの要素が、バランスよく構成されていることが大切。 これってビジネスにも言えることかもしれない、とメモをした。 「生産者」と「商品の質」と「口コミ」が揃った時、 人気商品として評価されることになる。 そしてその評価が継続されることにより、 、ベストセラー商品から、ロングセラー商品になるんだよなぁ。
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2021年04月28日(水) ■ |
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一枚の写真は無眼の宇宙 |
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NHKラジオ「眠れない貴女へ」パーソナリティは、 直木賞作家の村山由佳さん。 小説家という、言葉を使う仕事をしている彼女が、 「写真」について、こんなコメントを残してくれた。 「言葉は意味を限定してしまう道具。 一枚の写真は無眼の宇宙というか、 見る人によって受け取り方が自由じゃないですか」 ほぼ定点観測に近い撮影をしている私にとって、 とても嬉しいコメントだった。 同じ場所なのに、時間・季節などにより、 景色が違うように見えることは、私が一番実感している。 では、その投稿を見る人にとってどうか、と考えていたら、 同じ一枚の写真なのに、感想が違うことに驚いた。 その写真に触れた時の気分だったり、体調の良し悪しで、 撮影した私とは、違うイメージを感じてくれるのも楽しい。 確かに「一枚の写真は無眼の宇宙」なんだよなぁ。
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2021年04月27日(火) ■ |
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僕のフリをする誰かに起きているみたいだ |
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映画「コントロール」(アントン・コービン監督)から。 「絶望的な歌詞や独創的な曲調で、内面に孤独と苦悩を抱えながら、 わずか23歳の若さで自ら命を絶った伝説のロック・ミュージシャン、 イアン・カーティスの短くも波乱に満ちた人生を描く音楽伝記ドラマ」 この作品の説明で、私はロックシンガー「尾崎豊」さんとダブった。 観終わって、そのイメージはちょっとズレていてホッとしたけれど、 物語中、主人公のイアンが呟くシーンがある。 「すべての出来事が、僕ではなくて」と前置きをして 「僕のフリをする誰かに起きているみたいだ」と。 自分で自分がコントロールできなくなる状態は、誰にだってある。 その気持ちをうまく表現しているな、と感じ、このフレーズをメモした。 傍にいた女性は「あなたといると混乱するの」と戸惑いをみせる。 言い換えれば、自分だけでなく、まわりの人にも影響を与えた。 全編を通して、モノクロ(白黒)映像というのも、 前出の「尾崎豊」さんと、醸し出す雰囲気が似ている理由だろう。 タイトルは「Control」だけど、主人公は「lost contorol」 この違いを、私はどう解釈すればいいのだろうか。 ちょっとした生き方の哲学にもなりうる「自己制御」は、 これからのキーワードになる予感さえする。
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2021年04月26日(月) ■ |
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人類のうぬぼれた愚かさを実証するもの |
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「ペイル・ブルー・ドット」 この言葉に反応できる人は、天文マニアか哲学者かもしれない。 宇宙から撮影された地球は、美しいブルーの惑星であるが、 地球との距離は、さほど遠くない。 それでは、地球が撮影可能な距離は、どれくらいだろうか、 そんな興味がつきないが、約60億キロメートルだという。 1990年にボイジャー1号によって撮影された地球の写真、 それが「ペイル・ブルー・ドット」(Pale Blue Dot)である。 撮影された地球が淡く青い点(a pale blue dot)だったから、 この写真自体が「ペイル・ブルー・ドット」と名付けられた。 「はるか彼方から我々のこの小さな世界を捉えたこの写真ほど、 人類のうぬぼれた愚かさを実証するものはないだろう」と、 カール・セーガンは著書「惑星へ(原題:The Pale Blue Dot)」に 記したとされる記事を読んだ。 地球自体は、氷河期へ向かっているはずなのに、 地峡温暖化が顕著に進んでしまうのは、人類のうぬぼれに他ならないし、 米国VS中国、米国VSロシアをはじめとした、大国同士の対立も、 この写真の意味を理解すれば、愚かさを感じてしまう。 以前は、宇宙から見た、水の惑星・地球の美しさに感動し、 この惑星を守らなければ・・と思ったが、 「ペイル・ブルー・ドット」を知ってからは、口にできない。 宇宙の広さから考えれば、地球は単なる点に過ぎないし、 そんな点の中で争うなんて、意味ない気がする。 一度「ペイル・ブルー・ドット」の写真、観て欲しい。
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