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しもさんの「気になる一言」
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2022年04月25日(月)
卵って・・大切に守る形をしているの

映画「天使の卵」(冨樫森監督)から。
直木賞作家・村山由佳さんのベストセラー小説と知って、
楽しみに観始めた。
ただ、あまり大きな事件や、アクシデントが起きない
ラブストーリーだけでは、やや物足りなさを感じる。
タイトルに近い会話はメモした。
本物の卵に似せた、ニセの卵、偽卵を見せてこう言う。
「本物は人間が孵化させて、その間、
親鳥を安心させるために与えるんだって、ニセの卵でも、
春妃(ハルキ)が温めてたら、何かが生まれそうだ」
「なんだろ?」「天使!!」・・
この会話、なんだかくすぐったいな、と思った。
その後、こう続ける。「卵って、天からの手紙でね。
この命をよろしくお願いしますって、
大切に守る形をしているの」と。
恋愛とは関係ないかもしれないけれど、
「卵って、大切に守る形」という視点は頷ける。
どこも尖っていない丸い形は、そういう意味かもな、と。
丸形って力が分散して一番強いのだから。



2022年04月24日(日)
どこに行けば会えるんだ?

3月末までは、ほぼ365日、時間は未定だけど、1日は一度、
観光案内所に顔を出していたので、高い確率で、
私に会うには「清水町観光案内所」で待ち合わせればよかった。
4月からは、その「いつもいる場所」がなくなったので、
まずは、どこで会うか、を決めるところから連絡が入る。(笑)
「無職」になるって、そういうことなんだな、と苦笑い。
この1ヶ月、一番多かった問い合わせは
なんと「どこに行けば会えるんだ?」だったから、面白い。
そう、打ち合わせをしなければならない場合の対策、
言い換えれば、これからの「待合せ場所」づくりが急務。
まぁ、堅く考えず、多くの人が立ち寄ってくれる「居場所」、
そんなものが欲しくなったのは、事実である。
なかなかないんだよなぁ、考えてみたら、そういう場所が。



2022年04月23日(土)
柿田川にはアマガエルルがいない?

ほぼ一年中、柿田川公園を定点観測のように、
写真・動画・音・・と撮り続けているが、
田植えの季節に、耳に付くカエルの鳴き声だけば、
なぜか、あまり録音した記憶がない。
「柿田川にはアマガエルがいない?」をメモに残した。
録音しながら耳にするのは、季節によって変わる鳥たちと、
いくつかの種類のセミや、秋にピッタリの昆虫の鳴き声。
そう言えば、アメンボやサワガニ、カタツムリも、
嫌ってほど見るのに、オタマジャクシもあまり見ない。
こんな水辺だから、いないってことはないだろうけれど、
目にすることも稀だし、鳴き声を耳にすることもない。
住民が生活している住宅街では目にするのだから、
250〜500メートル範囲内に住んでいるはず、と推察するが、
不思議なことだなぁ・・と思う。
この好奇心が続く限り、柿田川の定点観測はやめられない。
だって、どんどんわからないことが増えていくんだもの。



2022年04月22日(金)
あの女は、私に対して少しの罪悪感も持っていな

映画「マスカレード・ナイト」(鈴木雅之監督)から。
今までに何度も「東野圭吾さん」原作の作品を観てきた。
冒頭にしばらく流れる「タンゴ」の必要性がわからず、
ちょっと戸惑ったことを記しておく。
気になるフレーズは、
「ホテルにはホテルマンにしか見えないものがある」
「ホテルに来られるお客様は皆仮面をかぶっています。
その仮面を守って差し上げるのが、我々ホテルマンの仕事なんです」
「きっとラヴ・アフェアだと思います」
「ラヴ・アフェア?」「不倫の隠語です」
「駆け引きでは気持ちは伝わりませんよね」
「人は不思議なもんでルールの中で生きていると、
いつしかルールを守ることが目的になってしまうことがあります」
「あの女は、私に対して少しの罪悪感も持っていない。
私は怒りで体が震えました」
こうした犯罪事件は、日本国内でも日常茶飯事に起きているから、
悲しいことに驚くことは少なくなってしまったが、
私の好奇心は、常に犯人の「犯行理由」から始まるから、
この台詞を選んだ。
「体が震えるほどの怒り」は「罪悪感」の有無だったのか。



2022年04月21日(木)
命懸けの抵抗を、ナチスに見せつけてやります

映画「1941 モスクワ攻防戦80年目の真実」
(バディム・シメリェフ監督)から。
確かに「ナチスドイツの侵攻からモスクワを防衛し、
第2次世界大戦の流れを変えたとも言われる
『モスクワ攻防戦』を描いたロシア製戦争大作」であるが、
あまりにタイミングがいいので、もしかしたら
プロパガンダの作品かな・・と疑いたくなった。
それは、立場変われば・・と言うしかないほど、似ている。
私が気になってメモした台詞は、
当時のナチスドイツ兵、ソ連兵、どちらの台詞なのか、
今のロシア兵、ウクライナ兵、どちらの台詞なのか。
以下・・単語、地名を入れ替えるだけで、別の作品ができる。
「大佐、モスクワが占領されたら元も子もないだろう。
ナチスがモスクワに進軍してる。どんな攻撃を受け、
どんな相手に遭遇しようと我々は決して屈しない。
たとえ死を迎えようとも、我々は英雄として死ぬ」
「我々の辞書に『降伏』という文字はない」
「パパ戦争に行くの?」「いや違う、訓練に行くだけだ」
「英雄になれ」
「俺たちの身を守るのではなくモスクワも守りに来た。
母国の心臓を守れ、モスクワのために戦え」
「みんな生きたまま焼かれました。
若者はモスクワと母国を守るために戦っている」
「でもなぜ母国は彼らをほっとくの。
せめて生き残っている者を助けるべきよ」
「命懸けの抵抗を、ナチスに見せつけてやります」・・
気になるのは、私たちに何を伝えたかったのか、だろうな。



2022年04月20日(水)
映画みたいな「戦争画像」よりも「爆音」

マリウポリ攻防戦、アゾフ大隊「公式YouTubeより」と書かれた
画像をテレビで見ていると、まるで映画を見ているようだ。
驚くほどのアングルの下に、字幕でも表示されれば、
まちがいなく、映画と勘違いするほどの出来だと思う。
この映像で、私たちは何を感じて、どうすればいいのか・・
この戦いを毎日のように、テレビ画面を通じて眺めていると、
恐怖感を感じることは、ほとんどない。
目から入る情報は、もう麻痺していると言うしかない。
実はこんな「爆音」の中で生活しています、という耳から入る情報、
もちろん、嗅覚とか味覚とか触覚とかも含め、
視覚以外の五感から得られる刺激が必要だと、と思う。
「どか〜ん、バリバリバリ・・」みたいな爆音に耐えている
ウクライナ国民の現状を、知らせるべきなんじゃないのかな。



2022年04月19日(火)
役目を終えたら呆気なく消されてしまう

今回(第15回)NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は泣けた。
佐藤浩一さん演じる「上総広常」の死に方は、
定年後、予定していた再任用制度も活用せず、
地元の観光振興に向けて、3年間頑張ってきたつもりが、
最後は活躍の場を取り上げられてしまった感じの私と、
少しダブったからかもしれない。
解説には「上総広常」について、こう書いてあった。
「頼朝を助け、御家人たちの中でも存在感を示してきたが、
彼のことが疎ましくなった頼朝の策謀によって、
最後は抹殺される。歴史の変革期に忽然と現れ、
役目を終えたら呆気なく消されてしまう。
近藤勇にとっての芹沢鴨、それが広常だ」と。
私に存在感があったかどうかはわからないけれど、
権力のある者に疎まれると、こういう結果になる、
これだけは、今後も肝に銘じておきたい。
ただ、その権力を取り上げるのも、必要かもなぁ。



2022年04月18日(月)
宣戦布告をしていないから「紛争」?

巷では、ロシアとウクライナの戦争について、
多くの人がコメントをしているけれど、
「ところで、ロシアってウクライナに対して、
宣戦布告したっけ?」というフレーズをメモした。
宣戦布告とは、ある国が他国と
「戦争状態にある」ということを意志表示すること。
あるいは「宣戦」「開戦宣言」「戦争宣言」という、
場合もあるようだ。
宣戦布告が行なわれた後で国家間が
武力を使って争うことを通例では「戦争」というが、
宣戦布告がないまま武力を使う争いは
「事変」や「紛争」と言うらしい。
気になって、ネットを探してみたら、
「事実上の宣戦布告」と言うフレーズは見つけたけれど、
「宣戦布告」した記事が見つからない。
と言うことは・・宣戦布告をしていないから「紛争」?



2022年04月17日(日)
100人もの客がホテルの奥にあるチェンバーズから脱出します

映画「ホテル・ムンバイ」(アンソニー・マラス監督)から。
ハイジャックや爆破、銃殺など、多くのテロ事件が、
事実に基づいて映画化されるけれど、作品にしやすいのか、
犯人たちの動機が、単なる宗教や差別などの問題だけなのか、
どうして繰り返して起こるのか、私には理解できない。
自分たちの想定した敵に対して、一心不乱に突っ込むなら、
どうぞ、勝手におやりください、と言えるけれど、
それまで普通に真面目に生きてきた一般人をターゲットとした
無差別の殺人については、何度同じようなテロ作品を観ても、
感情移入もできなければ、解りたいとも思わない。
さらに、こういった事件の被害を拡大させるのは、
金持ちのわがままか、現場にいないマスコミ、と決まっている。
「落ち着いて静かにしてましょう。ここが犯人にバレないように」
そう説明しているのに、その静けさを破るのは、
「家族に会いたい、開けて」「ドアを開けろ」と威張り散らす
金持ちの人たち。
外に連絡を取るのは「居場所がばれる」と心配していたのに、
「私は客だぞ!」と大声をあげ、罵倒する。
それを受けたマスコミも「脱出作戦の情報が入りました。
「100人もの客がホテルの奥にあるチェンバーズから脱出します」
テレビを見ていたテロの首謀者が、実行犯に無線連絡、
「チェンバーズに行け、大勢が逃げる」と。
そして、逃げ遅れた何人かが銃殺されてしまうシーン。
本来なら、テロ事件の犯人を憎みたいのに、逆になってしまった。
もしかしたら、監督が伝えたかったのは、
金持ちとマスコミに対する警鐘かもしれないな。(汗)



2022年04月16日(土)
殺しを教えた連中を殺そう

映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」
(クエンティン・タランティーノ監督)から。
ディカプリオとブラピという2大スターを初共演、と知って
少し期待し過ぎたのかもしれないが、やや物足りなかった。
作品は、1969年2月8日〜1969年8月9日の様子が描かれ、
アメリカでは、ヒッピー全盛の時代が映し出された。
同じような環境に置かれたヒッピー族の女性たちが集まり、
ハリウッドに住む俳優たちの豪邸を襲う事件が起きる。
その時の行動は短絡的だが、襲った理由が面白かった。
ある女性が、仲間の男女に声を掛ける。
「みんなテレビを観て育つよね。つまり殺人場面を見て育つんだ。
『アイラブルーシー』以外、全部殺人の話だよ。
だからこう思うんだ、殺しを教えた連中を殺そう。
ここはどこだと思ってる?。ハリウッドだよ。
人殺しを演じた奴らが住んでいる街だ。奴らは豪華な暮らし。
チンポを切って食わせてやろう」
貧富の格差が大きければ大きいほど、こう考える若者が増える、
今の時代にも通じること、肝に銘じたい。