2003年12月09日(火) |
虫だ、虫がいる。 真夜中、いつものように目を覚ました私の視界に、うにょうにょと蠢く者。虫だ、虫がいる。どうして、なんで。一瞬にして凍りついた私の体は、ぴくりとも動かない。どうして、何故。一体何処から入ってきたの。虫だ、虫がいる、あめんぼうのような姿をした、でも私の頭よりずっと巨大な虫が。 一体おまえは誰。 その間も虫はずっと蠢いている。右に左にふわりふわりと動き回り、まるでこちらを嘲るかのよう。それに対して私は、いまだ体を動かすことができない。腕一本、指一本、動かせない。 顔のすぐ上を横切る虫。思わず目をつぶる。恐る恐る目を開けて彼らの行く先を確かめる。天井にはりついてる。幾つも幾つも、虫が、飛びまわってる。 あぁどうしよう、一体どうしたらいいんだろう。こんなのってない、あんまりだ、一体私にどうしろっていうの。 もう私の頭の中は、パンクしそうだ。心臓も破裂寸前。喉が詰まって呼吸困難。叫び声だけでもあげることができるなら。 あぁ、こんなんじゃだめだ、隣には娘が眠っているはず。娘は助けてやらなければ。私が虫の餌食になってもいいから、娘は助けなければ。 でも一体、どうしたらいいの。こんな、生まれて初めて見るようなこんな巨大なわけのわからない虫を、一体どうやって殺したらいいの。わからない、わからないよ、一体私にどうしろっていうの。誰か助けて! その間も虫はずっと蠢いている。好き勝手にすいすいふわふわ辺りを飛んでいる。まるで世界は彼らの思うが侭だと言わんばかりの。 いやだ、もういやだ、私を解いて、私を許して。 突然、体が動いた。関節という関節が、ぼっきんぼっきん音を立てるかと思うほど強張っているけれど、それでも体が動いた。今だ、今しかない。体中の骨が折れたって知るもんか、今動かなきゃ、私は殺られてしまう、殺られる前に、今、動かなきゃ。 がくがくと揺れる体を無理矢理動かし、私は這いずるようにして動く。その間も私の視界をへらへらと笑いながら虫が蠢く。そんなことしたって無駄だよ、いくらやってみたって私たちはここにいる、おまえの世界の中に。まるで虫の声が聞こえてくるようだ。虫たちの笑い声が。 ぱちん。 かちんこちんの腕を伸ばして、電気を点ける。部屋の中に灯りが点る。すると突然、虫たちは消えた。何故、やっぱり幻だったの、でもさっき私の頬をかすめた虫の触手の感触は何だっていうの、あれも嘘だったの、幻だったの? 電気を消してみる。消した途端現れる虫たち。私は慌てて灯りを点け直す。何処にもいない。虫は、虫たちは、何処にもいない。 へなへなと床にしゃがみこんだ私の目から、思わず涙が零れる。一体何よ、何だっていうのよ。どうしてこんなことになっちゃうのよ。 灯りをつけたせいで、娘がうーんと寝返りを打つ。慌てて私は灯りを消す。 そして再び現れる虫たち。 床にしゃがみこんだ私は、もう為す術もなく虫たちを見つめる。 暗闇の中、蠢く虫たち。 あぁ、もう、頭がおかしくなりそうだ、いや、もうすでにおかしいのかもしれない。私は途方に暮れる。ただもう、ひたすらに。途方に暮れる。
虫だ、虫がいる。私の世界が、虫たちに食われてゆく。 |
|