2004年02月04日(水) |
見上げれば、いつもより濃いめの空色。その色に引きたてられるように雲があちこちにちらばっている。埃も塵もガスも、いっぱいに孕んでいるのだろうに、朝見上げる空は、いつだって美しい。 深呼吸をすると冷気がすぅっと胸の辺りに広がる。それは、沁みこんでくるという言葉がぴったりで、そうやって私の体内に静かに拡がり沁みこんだ冷気はやがて、とくんとくんと鳴り続ける私の心臓の音と交じり合う。
「「傷つきやすいものにこそ、ほんとうの力はあたえられる」 わたしと同じように彼らもそう信じているのを聞いてうれしくなる。そうなると、きわめて単純なことに到達する------わたしたちが自分の傷つきやすさを認めたとき、他者を包みこむことができるということ。つまりそれを否定したときは、他者の排除につながるということ。」
メイ・サートン「回復まで」より
私のまわりには、傷つきやすい人たちがたくさんいる。傷つき過ぎて今はぴったりと扉を閉ざしてしまっている彼女もいれば、体中傷つけながら切なくなるくらいやさしい笑顔で顔をくしゃくしゃにしている彼女も、そして、今本当は傷ついているというそのことなど微塵も感じさせない闊達な声で語り笑う彼女も。 私は、自分が傷ついたとき、涙しそうになるとき、そんな彼女たちのことを一番に思い出す。そうすると何故か自ずと、私は世界を抱きしめたくなる。あぁきっと今この世界の何処かで、彼女も、彼女も、彼女も、傷つきながらも一生懸命生きているのだ、と、そのことを知っているということが、私と世界をより太い緒で繋いでくれる。
目の前に落ちている小石にばかり気を取られてしまっていたら、前は見えない。小さな石の存在に気づきながら、同時に、自分の目の前に広がる大地も捉えられる、そんな目を持っていたい。そしてその大地に、自分の道を一歩ずつ標してゆく。それはやがて朽ちていくだけの、侘しい道になるのかもしれない。けれど、私がここを歩いていたということを、私は知っているし、またこの大地も、そのことを知っていてくれる。 転んでも立ち止まっても不器用でも、歩き続けること。 そして自分を、誰かを、抱きしめるということ。 それは、決して失いたくはない、私にとって大切なこと。
おもむろに、傍らで折り紙をしている娘をきゅうっと両腕で抱きしめてみる。娘がきゃぁっと笑いながらその細い腕で私を抱きしめ返し、そしてキスをしてくれる。だから私も、彼女にキスの雨を降らせる。 そう、世界がこの瞬間にもがらりと姿を変え、私を谷底に突き堕としたとしても。 この至福の瞬間は、私の体に心に、しかと刻まれている。
ふと見れば、ベランダには赤い新芽を全身にまとった薔薇の樹。きっとその芯には、やわらかな春をそっと隠している。 |
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