見つめる日々

DiaryINDEXpastwill HOME


2005年03月26日(土) 
 一週間ぶりに訪れた母の庭、梅の花はもう殆ど散り落ちて紅色の芯が枝に残るばかりになっていた。その代わり、金木犀や蔓薔薇などから新芽が次々と顔を出している。気の早いテッセンなど、新芽だけではなく蕾まで。紫陽花の樹々は庭のあちこちで芽を開き、真新しい黄緑色がつやつやと輝いている。日陰に植えられた草たちも、日の光を少しでも多く得ようと必死になって体を日溜りの方へと伸ばす。それらを庭の真中にしゃがみこんでじっと見つめていると、まるで命の畑の真中にいるような気持ちになってくる。あれこれ頭で考えて悩み込んで立ち止まってしまいがちな人間とは違って、植物は本当に正直だなと思う。風と太陽と水と土と。巡りくる季節に従って、あるがままに成長を続ける。
 娘は大好きなばぁばと遊んでいる。時々じぃじがその様子を見にやって来るのだが、娘はわざとじぃじをいじめて喜んでいる。じぃじ、見ないで。じぃじ、こっちに来ちゃだめ! じぃじ、そこはばぁばの場所なのよ、じぃじは座っちゃだめっ! よくもまぁここまでいじめられるものだと笑い出したくなるような、小さな理由で次々じぃじをやっつける。我が子にはこれでもかと冷たく当たった父が、今、こうやって目の前で孫である私の娘にやっつけられる姿は、滑稽としか言いようがないのだが、もうひとつ、あぁこの人は子供にどういうふうに接したらいいのか全く知らない人なのだなぁと気づく。私や弟に対して、あれほどつれない態度をとり続けた父。今孫にいじめられてもいじめられてもめげずにちょっかいを出しにやってくる様子を見ると、こっそり吹き出してしまうのだけれども、同時に思うのだ、こんな不器用な人、他に知らない、と。そして、自分の過去を思い出し、私は心の中、父を赦してしまうのだ。いろいろあったけれど、もういい、と。今こうして孫を囲んで笑い合える幸せをこそ、大切にしたいな、と。つくづく思う。
 省みれば、寂しい子供時代だった。私も弟も、父母からの愛に飢えていた。飢えて飢えて、からからになって、だから私たち二人は、二人きりで必死に円を作り、その中でお互いを支え続けた。そうやって大人になった。けれど、父も母も多分、愛情が足りない人ではなかったんだろう。愛情が足りないのではなく、溢れ出る愛情をどうやって表現し相手に伝えたらいいのか、それがわからなかったのではなかろうか。二人ともそれぞれに、不器用な人だったのだな、と、今更だけれども、私は気づく。
 久しぶりに父と話をする。大叔母の死やごく最近あった私の友人の自殺の話から始まり、果ては私の身の上に起きたあの出来事についても。こんな話を父と私が長々と話をしたのは、多分初めてなのではなかろうか。以前は、私が自分の抱え込んでいる症状について語り合うことなど、絶対にできなかった。それが、みうという私の娘が産まれ、そして私が離婚を経たことによって、再び結びついた親子の緒が、今は、そういった話を交わすことを助けてくれている。話があの事件に及び、私がふと、
「私にとって何より耐えられないのは、もし未海が私と同じ事件に遭遇してしまったら、という、そのことに尽きるなぁ」
と言うと、父はしばらく黙って、そしてこう言った。
「運が、あるんだろうな。親だからといって何処まで子供を守れるか、多分そういう事件からずっと守り続けることなんて、誰にもできないのだから」
 そして父が続ける。
「こんなことを言うのは無責任だと思うが、ああいう事件に遭ってしまったことによっておまえには失うものもたくさんあっただろうと思う、でも、あの事件を経たからこそ、得られたものもまた、在るんだと信じるよ、俺は。ああした事件を経なければ得ることができなかったものが、おまえにはきっと備わってる、それはきっと、形によってはおまえをとても強くしてくれると俺は思っている」
 まさか父からそんな言葉が出るとは思わなかった私は、しばらく沈黙した。そして、応える。
「うん、あんな事件に遭わないで済むなら遭わないで生きていける方がずっといいと思うけど。でも、遭っちゃったんだからもうしょうがない、あとは自分とあれこれ折り合いをつけて生きていくほかないよね」
「大丈夫だ、おまえには未海もいるんだから。未海が産まれたことで、おまえはどれほど自分が強くなったか、分からないだろうなぁ。でも俺や母さんから見てるとな、このニ、三年でおまえがどれほど変わってきたか、とてもよく分かる。だからいつも母さんと言うんだ、未海が産まれてくれた、そのことに感謝だなって。おまえには俺たち、どれほど苦労させられたか、でも、おまえが未海を産んだ、ただその一事で、何もかもちゃらになった、それほどに、未海の存在は大きい。俺は未海に多分、ずっと感謝していくと思う」
「うん、私も…」

 父母の家を後にし、私たちは家路につく。家に辿り着くと、娘はあっという間に眠ってしまった。そして私はひとり、いつものように椅子に座り、いつものように開けた窓から外を眺めている。
 日記を書きながら、ここ数日に記した頁をめくってみて、苦笑する。自分の具合の悪さにばかり目がいって、私はちっとも外を向いていなかったなと気づく。余裕のなさが、ありありと出ている記述ばかりで埋まっている。これじゃぁ自分で自分の落とし穴を深く深く掘っているようなものだ。
 今日は今日、明日は明日、別に私一人が疲労にまみれているわけじゃない。誰だって多少の荷物は背負っているものだ。穴掘りはもうやめた。明日はこの穴の中でーんと寝転がって、青い空でも見上げて歌でも歌おう。
 大の字になっている娘に布団を掛け直し、私は耳を澄ます。規則正しい寝息が私の耳に届く。私をほっとさせるその寝息。そして私は再び窓際に戻り椅子に座る。
 目を閉じれば浮かんで来る、今日歩いた道筋に咲いていたオオイヌノフグリの澄んだ青色や目が覚めるような濃いピンク色の花を咲かせるエリカの樹。世界はいつだって、誰にだって平等に開かれている。そこに手を伸ばすのは自分自身だ。ただそれだけ。
 もうしばらくしたら今日は横になろう。そして明日は、娘といっぱい遊ぼう。見上げる夜空に黄身色の丸い月と星が三つ、ちらちらと私の視界の中で今、瞬いている。


遠藤みちる HOMEMAIL

My追加