2005年04月28日(木) (4/28夜) |
夜になっても、風は弱まる気配はない。窓際で耳を澄ますと、薔薇の樹たちの葉や枝が擦れ合う音が聞こえる。棘にひっかかり、破れてしまう葉も少なくない。せっかく芽吹く季節がやってきて、みんな一斉に手を広げ始めたというのに、そのすぐそばから傷だらけになってしまうなんて、とても切ない。 うどんこ病はいまだ治まらず。消毒液を吹きかけるものの、強風にさらわれて、多分吹きかけたはずの半分も、樹々に届いていないに違いない。早く風がおさまってくれることを、今は祈るばかり。 帰って来た娘を思いきり抱きしめて、膝に乗せて彼女の話にあれこれ耳を傾ける。でも、あんまりにもたくさんの新しい経験をしてきたせいなのか、全てを話しきれずに彼女は首を傾げる。だから、こちらから尋ねてみると、あぁそうそう、それはね、と彼女の弾んだ声が続く。私の足が痺れるまで、そうやってあれこれお喋りをする。 彼女の弾む心はおさまるところを知らず、いつまでもぴょんぴょん跳ねていそうな気配。気持ちは分かるし、本当ならそのままいつまでだって彼女の好きにさせておいてあげたいけれど、続きは明日ね、と何度も言い聞かせ、横にさせる。そしていつのまにか、彼女は寝息を立てている。 ぬいぐるみを抱いて寝息を立てる娘、細く開けた窓から飛び込んで来る風の鳴る音、時々遠くで響くサイレンの音。そしていつもと同じく窓の向こうでは街灯がしんしんと佇んでおり。そう、それは何処までもいつもの風景。見慣れた風景。 そしてそれは同時に、何度出会ってもそのたびに、新しい風景。決して全く同じということはあり得ない。たとえば今それを眺める私の目と、昨夜それを眺めただろう私の目とは、多分全く異なっている。それだけでももうすでに、その風景は同じではあり得ない。 不注意で、右手を火傷する。あれやこれや考え事をしている最中にお茶を入れようと思ったら、沸かしたての薬缶に思いきり触れてしまった。その後きちんと処理すればどうってことなかったのだろうに、お茶を飲むことを優先してしまった私の右手は、水ぶくれを作ってしまった。ぷしゅっと針で膨らみを潰す。零れて来る水。その後には、変色した皮膚がべろんと舌を出している。そしてふと思い出す。 先日Kと会った折、私は思わず尋ねてしまった。自分で言うのも変だけれども、みんなあれやこれや尋ねてくるのに、Kは何も尋ねないよね、それはどうして? と。返答は確かこうだった。三十五年も生きてくれば、誰にだって内に隠してるものがある。話したくないこと、話せないこと、いろいろあるさ。もちろん、君が話したいって言えば聴きたいけれど、そうじゃないなら、こっちから無理に聴いたりはしたくない。 ただそれだけの言葉だったが、私はその時、ふわっと救われたのだ。あぁそうか、話したくなければ話さなくてもいいし、話したくなったらそのときは話してもいいんだ。ただそれだけのことだけれども、それは私をとても安心させた。 そして、安心を感じるとほぼ同時に、私は幾人かの友の顔を思い出した。シャボン玉のように次々浮かんでは消える友の顔。私が何をしようと、変わらずにそこに在ってくれる友の顔を。 そして思った。私は何処まで、そんなふうに誰かを見守り続けることができるだろう。ぼんやりそんなことを思いながら、思い出した昔友から貰ったもうひとつの言葉。 ありがとうなんて言わなくていいよ、私は好きでやったんだから。でももし、もしもあなたがありがとうって思ってくれているなら、いつかあなたが誰かを見守る立場になったとき、その人に伝えて欲しい。あなたがありがとうと思ったことを、その人にしてあげてほしい。私に何かを返そうなんて間違っても思わないで。そんなものこれっぽっちも望んじゃいないし欲しくない。あなたが次に出会う誰かに、あなたのその気持ちを贈ってあげて。思うんだ、私、そうやってさ、続いていくんだよ、連なってゆくんだよ、きっと、人のあったかさって。 その言葉を私にくれた友はもう、ここにはいないけれども、この言葉は年々鮮やかさを増しながら私の中で生きている。
風は相変わらず止む気配はない。細く開けた窓から吹き込む風に、カーテンが大きく揺れる。私は瞼を閉じて、風にしばし、この身を預ける。 |
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