見つめる日々

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2005年05月28日(土) 
 外科の待合室で眩暈をおぼえたので鞄を枕に横になろうとしたら、毎日のようにこの病院に通っているらしいおばさんが大きな声で言った。「先生、具合悪い人いるのよ、ベッドベッド!」。先生は即座に「二宮さんじゃないの? ほら、こっち来て横になって」。私の顔、まだ全然見てないはずなのに、どうして先生には私だって分かったんだろう。不思議に思いながら、ふらつく体で診察室に入る。そして奥のベッドに誘導され、横になる。
 手首の傷の治療をしに来たのに、貧血なのか何なのか分からないような状態でふらふらしてるなんて、まったくもって情けない。あまりに情けなくて、一人で笑ってしまった。まったくなぁ、だらしのない…。
 貧血を治療するらしい薬を即座に飲まされ、検温をする。順番が来るまでひたすら横になって待つ。すると、先生の方が私のところにやってきて、私を横にさせたまま治療を施してくれる。何度もありがとうございましたと頭を下げて病院を出る。
 あぁ、なんて眩しい日差しなんだろう。外に出た瞬間に思う。眩しくて眩しくて、目をあけているのがいやになるほど。私はふらふらしながら自転車にまたがり、家へ。
 みうを実家に預けてずいぶん日が経つ。鍵を開け閉めするたびにそのことを思う。今頃何をしているのだろう。今頃何を感じているのだろう。今頃、思いきり笑えているだろうか。尽きることを知らずに想いが溢れてゆく。

 昨夜、心の中で子供の後姿を見つけた。おかっぱ頭の小さい女の子の後姿。私が呼びとめようとしたことが即座に彼女に伝わったようで、彼女はぱっと逃げ出した。あれは多分、私が長いこと長いこと置き去りにしてきたという、一度死んでしまった子なんだろう。ねぇ、あなたといっぱい話がしたいよ。話、聞かせてよ。幾晩かかっても構わないから、いつか私にあなたの話を聞かせてよ。私はもう何処かに隠れてしまったその女の子に心の中で語り掛ける。いつかあなたと、手を繋いで歩けたらどんなに素敵だろう。彼女はもしかしたらみうに似ているんじゃなかろうか。どんな顔なのか私はまだ見たことがないけれど、きっと、多分きっと、君はみうに似ているんだろうな。
 仕事の資料を持って埋立地方面へ。その半分を、今回仕事で組む人に手渡す。その間中、口の中が渇いて渇いて、喋ることもままならなくなってきたので飲み物を買って、そして再び打ち合わせの続き。
 と、えらそうなことをやってみたけれども、今の私に可能な外出時間は一時間が精一杯らしく。一時間を過ぎた頃から体がぐらぐらしてくる。無理は禁物。打ち合わせを途中で切り上げ、帰り仕度。よろしくお願いしますねと言葉を交わし、別れる。
 それにしても。この埋立地の辺りは、平日と休日とではまるっきり正反対の顔をしている。休日はこんなふうに人で溢れかえり、大道芸もあちこちで為される。途中、修学旅行生と思われる制服の子たちとすれ違う。地図を片手に、みんな何処へゆくのだろう。そして平日は。あの閑散とした風景は、その辺りを歩く私に一握りの不安を覚えさせるほどに。

 夜。風が止む。いや、正確には止んではいないのだが、窓の外はとても静かだ。明日は日曜日だから夜更かししている人が結構いるのではないだろうかと思うのに、ベランダから見える景色の中に、明かりの点る窓は数えるほどしかない。こういうものなのだろうか。翻って、他の人たちからみたら、うちはいつでも明かりがついている可笑しな窓に見えるのだろうか。そう、なのかもしれない。
 リストカットをもう絶対にやめよう、もうやらないんだ、そう心の中で思う。頭の中でもそう繰り返す。なのに、私の体が勝手に動く。それをしないともう気が済まない、と怒鳴るように、私に刃を持てと言う。その勢いがあまりに強いので、私はひるんでしまう。でも、一瞬でもひるんだが最後、奴は私に覆い被さってくる。奴の体はあまりに大きくて重くて、私はぺしゃんこになりそうになる。それでもやらないんだ、やりたくないよ、と声に出してみるのだけれども、奴にはそんな言葉まったく聞こえていないらしく。そうして私はだんだん自分の意識が遠のくのを感じるのだ。遠く遠く。遠く遠く。じきに私の声なんて、聞こえなくなる。
 私の意志は何処へいった。私の意識は何処へいった。私の祈りは何処へいった。私の望みは一体何処へいった。みんな迷子。そして私はまるで半透明の人間のように、ただ薄い形骸だけがそこに残される。私はそこにはもう、いない。

 テーブルの上には芍薬。友人が持って来てくれた。その時は蕾だったものが、あっという間に開いてゆく。そんなに急いで咲かなくていいのに、と、花に話しかけるのだけれども、彼らは生き急ぐ。まるで早く役目を終えたいかのように。
 窓の外、車の行き交う音が響く。そして私は。
 そして私は。


遠藤みちる HOMEMAIL

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