見つめる日々

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2005年08月03日(水) 
 ようやく日が沈み、西の空から徐々に、先刻まで燃え上がっていた橙色の炎が薄れてゆく。訪れてくる夜に、薔薇の樹がようやく溜息をつく。
 最近夕方の水遣りの折、余裕があれば葉を洗ってやることにした。それが何の効果をもたらすのかは知らない。でも、この熱気、この日差しに晒され続ける葉々たちが少しでも元気になれば、そんな思いから片手に持った如雨露を傾けながら、もう一方の手で葉を撫でる。傷ついた葉から伝わってくるかさかさした感触が、私の指からうなじの辺りまでゆっくりとのぼってくる。今日も一日お疲れ様。そして最後、ベランダの手すりに寄りかかり、日の落ちた後の風に、髪を任せる。
 活字を読もうと何度も何度も試みている今日この頃。それでもどうしても辿れない。意味が掴めない。そのうち気持ちが疲れてしまって、私は本を閉じる。また明日。
 そして考えることはいつも同じ。そろそろ娘を迎えにゆかなければ、というその一事。大丈夫なんだろうか、こんなにもやる気が失せている私が今迎えに行ってもやっていけるんだろうか。いまさらだけれども、そんなことを思い浮かべてしまう。でも、それも、待っていてくれる者がいるという贅沢な悩みなのかもしれない。
 暮れてゆく空の下、ぎゅうぎゅう詰めに立ち並ぶ家屋の窓にひとつ、またひとつ、明かりが灯ってゆく。窓際にぺたりとしゃがみこんだ私の耳に、サイレンの音が届く。一台、二台、三台。消防車が駆け抜けてゆく。車を見送って、私はまた、ぼんやりとしゃがみこむ。
 あれやこれやの情報が溢れてばかりいて、濾過する時間が間に合わない。だからコンセントを引っこ抜く。テレビも電話もコンポも全部。もちろんPCの電源も。それだけで十くらい、自分の周囲から音が消える。そして、水をはった風呂の中に頭のてっぺんまで潜り込む。一、二、三、四…潜ったまま頭の中で数を数える。気づけば水の温度にすっかり馴染んでいる自分の体。口の端から漏れた空気の泡と一緒に、私はざぶんと水から上がる。
 大丈夫。堕ちるところまで堕ちた後は、のぼるしかない。だったら、中途半端な位置であっぷあっぷしてるより、とことんまで堕ちてしまえばいい。堕ちて堕ちて何処までも堕ちて。そうすればいつか、世界の壁にぶちあたる。その先のことは、そうなってから考えればいい。壁を乗り越えるのか、それとも壁をぶちやぶるのか、もしくは壁の下に穴でも掘って向こう側へ出るか。ここ数日の鬱屈した空気を振り払うように、ぶるんぶるんと頭を振ってみる。そして。
 布団に突っ伏して、何処までも堕ちてやる。夢の中でも堕ちてやれ。そうすれば多分きっと、また道が拓ける。磁石も何ももっていない、頼りない自分だけれども、開き直ってしまえば恐いものはない。だから大丈夫、私はまだやれる。
 気づけば窓の外、闇が一面にひろがっている。闇に手を伸ばし、その指先をじっと見つめる。そして声に出して言ってみる。
 大丈夫。私はまだやれる。


遠藤みちる HOMEMAIL

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