見つめる日々

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2006年06月24日(土) 
 あまりにも眩しい陽射しが続く日々。視界全てが光にぱっくりと食べられてしまったかのような。もう夏なのだなと、夏が苦手な私は小さく溜息をつく。
 が、それは陽射しや暑さに対してだけのこと。ベランダに娘と二人で蒔いた種たちが、次々に芽を出す様子を見やるのは、とてもわくわくする。今日はどのくらい、明日はどのくらい? 家から出ることが最近殆ど出来なくなっている私には、彼らの様子を観察することは心臓がばくつくくらいに嬉しいもの。
 そう、私が家に引きこもっている間に、紫陽花は美しいその色合いを空に向かって思い切り拡げているし、びわの木にたわわに実った実をついばみにくる鳥たちが、めいめいに囀る道端。まったくもって時流から、同時に世間から立ち遅れている自分につい苦笑してしまう。

 娘と交換日記を始めた。言い出したのはもちろん私。交換日記なんて言葉を知らなかった娘はきょとんとし、私が説明すると、自分から書く、と飛び跳ねた。
 私が交換日記を、と突然言い出した理由は、彼女に、文字を綴ることの楽しみを知ってもらいたかったからということがひとつ。他人に言われたことをそのまま書き写すのではなく、書く事柄を自分で選んで自分で綴る術を身につけてほしいと思ったことがひとつ。あとはもう、単純に、一緒にいる時間が短いから、交換日記をして少しでも彼女のことを知りたいと思ったから。
 娘といえど、彼女はこの世に生まれ堕ちたその瞬間から、私にとって一個の命を持った他者だ。もちろん、一緒に暮らし、一緒に笑ったり喜んだり怒ってみたり泣いてみたり。彼女と為す事柄が私の日常の殆どを占めている。けれど。
 私と娘は親子であり母娘であり、同時に、同じ女という性を担って生きる他人だ。
 だから、知りたいと思う。もっともっと知りたいと思う。
 そんなこんなで交換日記、今日は娘の番。どんなことを書いてよこすのだろう。

 この一ヶ月というもの、自分の住む場所から、十数メートル程度しか離れていないだろうスーパーにも、長いこと行けなかった。もちろん、トイレットペーパーやら飲み物やら、どうしても買いにいかねばならないことはたくさんあって。どうしても買い足さなければならないときにだけ、こっそり出掛ける。誰も私を見つけないで、誰も私を呼び止めないで。いっそのこと透明人間になりたいと思った。もちろん分かっている。道ですれ違う人たちが私にいちいち注目なんてしてないことは。もしかしたら単なるモノとしてさえ認識されていないかもしれない。人間なんてその程度。
 それでもしんどいから、自転車でさっと行ってさっと帰ってくる。本当なら、娘に作ってやる食事のための代物もわんさか買ってこなくちゃいけないだろうに、その半分程度しか買うこと叶わず。あーあ、と溜息も出るけれども、だいぶ慣れた。今私は外界に触れるのがひどくしんどい。そんなのだめだよ、さっさと出ろよ、営業して仕事とってこいよ、等々。心の中で私の中の一人が言う。いい加減おまえその状態から脱しろよ、その人が言う。けれど私は俯くしか術はなく。言う通りだよ、でも、今、できない。私の中の誰かが、消え入りそうな声でそう呟く。

 久しぶりに娘が実家に遊びに行った今日。風鈴がりりんりりんと涼しげな音を奏でる。相変わらず風の吹く街だなと思いながら、私はその風鈴を見つめる。風鈴の向こうには晴れ渡る空。じきに日没を迎え、橙や茜に染まりゆくのだろう空。エネルギー補給には、うってつけの天気、のはず。
 でも、正直に言うと、早く昼が終わって欲しい。夜になってほしい。溢れる陽射しは、今の私に何故か罪悪感や焦燥感を与えるばかり。だから、夜になってほしい。あちこちのくっきりした輪郭が闇に沈む時間に。
 そうでもしなけりゃ、何をして時間を過ごしたらいいのか分からない。今の私は、ひっくりかえったジグソーパズル。私の中に幾つもの私。


遠藤みちる HOMEMAIL

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