2009年11月18日(水) |
一番にベランダの薔薇を見やる。病葉を幾つか見つけ、それらを全て摘む。マリリン・モンローの蕾は、開きかけたところで止まってしまったようだ。まるで凍りついたかのよう、綻びだしたところのまま。これからますます寒くなると天気予報が言っていた、無事開いてくれるのはいつになるんだろう。そして、ミミエデンの横、ベビーロマンティカが小さな小さな蕾を二つ、つけている。あぁ孕んでしまったんだなぁという気分でその小さな蕾をじっと見つめる。無事に咲いてくれるといいのだが。そうして私は空を見上げる。もこもことした雲が空をまだ覆ってはいるけれど、今日は多分、晴れてくれそうだ。
娘が帰宅するのを待って、私は机にノートを広げる。ママ、何するの? ん? あなたと一緒にママも勉強しようと思って。そうなの? うん。ママも勉強するの。ふーーーん。そうして娘の横で、私は先週勉強したところのノート整理を始める。こうしていると懐かしい。私は授業用ノート、清書ノートとそれぞれ分けていた。清書ノートも、一冊目、二冊目、三冊目とそれぞれあった。書いていけば書いていくほど覚えるし、書いていけば書いていくほど知りたいことは増えていく。そうして延々、ノートを記しているのが好きだった。高校や大学では、いつもノート係だったっけ。そんなことも思いだす。 ママ、お茶は? ママ、おやつは? 娘が勉強している私を気にしてあれこれ聞いてくる。そのたび返事して、最後は、あなたも一緒に勉強やろうよ、と促す。 これがいいのかどうか分からない。でも、塾の面談の時、彼女をひとりだちさせてやってくださいと講師に云われた言葉が強く私の中に残っている。勉強の仕方をどうやって教えたらいいのか私には分からない。だから、一緒に彼女と勉強することにした。 ねぇママ、それ、何? これはね、無条件の受容ってどういうものだかを記してるの。どういう意味? たとえばさぁ、あなたがママに話をするでしょ、その時ママはどういう心持ちであなたの言葉や気持ちを受け取るかってことかな。ママ、からっぽ? そうだねぇある意味そうかもしれないねぇ、ママにも普段気持ちがいっぱいあるし、あなたの話を聞けばあなたの話に対していろいろ思うことはあるんだけれども、あなたが真剣に話をしてくれるとき、ママはこうやって、いったん自分の気持ちを外に出して、あなたの気持ちや言葉をそのまんま受け止めてみるっていうようなことかな。そんなことできるの? うーん、やってみなくちゃわからない。 ママ、ここ、わかんない。どこ? ここ。うーん、これ、教科書に載ってないの? うーん。ここで1足せばいいの?それとも足さないの? 試しに一度、数えてごらんよ、これなら数えられる範囲だから、数えてごらん、それで、こういうときは1を足したらいいのかどうかが分かるでしょ。そうかぁ、じゃぁやってみる。 ママ、これ、分かんない。主語述語かぁ、あぁ形容動詞とか形容詞も出てくるのね。じゃぁこれの主語と述語に印つけてみて。この時の述語は何? 名詞。じゃぁこっちのは? 動詞。こっちのは? うーん。形容動詞? そうそう。そうしたら、それと同じことをこの問題でやればいいんだよ。うーん。とりあえずやってごらん。 ママ、そのノート、何? これは、授業のノート。じゃぁ今書いてるのは何? これは清書するノート。なんでノートが違うの? 授業の時は汚い字でどんどん先生の云うこと書いてるから、ママ、そういう汚いままでいるのがいやなのね、だから清書するの。えー、変なの。そうかなぁ、でもママ、こうやると、授業のことよく思い出せるから復習になるんだよね。清書ノート書いてちょうどいいって感じだよ。ふーん。 いつもより時間はかかるが、そうやって彼女と会話しながら、それぞれに勉強を進めていく。できる量も少し減るが、それでも、彼女に勉強の方法を教えてやるのに、この方法しか私には今のところ思いつかない。
雨の中、出かける。駅三つ向こうまで。普段なら自転車でぴゅーっと走るのだが、雨ではそうはいかない。仕方なくバスと電車を乗り継いで歩く。町にぽつぽつ傘の花が咲いている。何故だろう今日は、その花がみんなしょんぼりして見える。あぁ、くすんだ色が多いからか、と私は納得する。鮮やかな色をさしているのは、もしかしたら私だけかもしれないと思えるほどだ。ちょっと恥ずかしくなる。でもちょっと、嬉しくなったりもする。 彼女がちょっと口元を緩める。でもそれは、表情がそんなに大きくはない彼女の、笑顔なのだと私は知っている。今日はトリートメントと…。あと前髪ですねぇ、また短く切っちゃいますか? はい、短くしてください。目に入るのどうしても嫌なので。じゃぁまたばっさりいっちゃいましょう。そうして彼女はあれこれ私の髪をいじり始める。 白髪でもいいわーって開き直れるのって、一体幾つからなんでしょうねぇ。うーんでも、私最近思うんですが、最後まで開き直れないのもありかな、と。いや、前は、早く開き直っちゃった方が楽なのにって思ってたんですけどね。あー、私もそう思ってました、でもいざ白髪がちょこっと現れ始めると、なんか足掻きたくなっちゃったんですよねぇ。ははははは。あ、鎮痛剤たくさん飲んでると、白髪になりやすいって。ほんとですか? いや、母が言ってたんですけど。ははは。じゃぁ私大丈夫かなぁ、私、鎮痛剤とか一切飲まないんですよ。えー! ほんとですか?! はい。すごいなぁ、私、しょっちゅう頭痛くなったりして、それを放っておくと吐いちゃったりするんで、いつも飲んでる…。あ、この前看護婦の友人に聞いたんですけど、インフルエンザの薬とロキソニンって相性悪いらしいですよ。 話は次から次に移っていく。ひとところにとどまらず、まるで流れるように。そうしているうちに、トリートメントも前髪のカットも終わった。今回は、サダコをイメージしちゃいました、ははははは。笑う彼女が差し出す鏡を私は覗き込む。サダコといっても怖いサダコじゃないらしい。真夜中にやっているアニメに出てくる主人公だとか。今度見てみてくださいねぇと言われながら私は送り出される。まだ外は雨。私は洗いたての髪を濡らさないように、駅までの道を歩く。
あ、ママ、太陽出てきた! 娘が起きぬけにそう云う。云われて振り返れば、窓の外、雲がぱっくり割れて、そこから太陽の光が漏れ出ている。あぁ、これならやっぱり晴れるねぇ。うんうん、今日音楽会だもんね。見に来てよ。分かってるよー。 そうして娘は早速、ミルクとココアに朝の挨拶をしに行く。それぞれ手のひらに乗せては撫でてやり、私より長生きするんだもんねぇと言っている。私は心の中、ちょっと不安になる。ハムスターの寿命はたったの二年くらいだという。それは娘も知っているはず。でも。いざ彼女らが死んでしまったら。娘はどうするんだろう。どんな思いをするんだろう。私はちらりと娘の横顔を見やる。うっとりしながら、夢中でミルクとココアに話しかけている。今は何も云うまい。その時が来れば嫌でも味合わなければならなくなるのだ、死というものがどういうものか。その時私は、ただ彼女に寄り添うだけだ。
アメリカン・ブルーの鉢が乾いている。私は早速水をやる。薔薇は。乾いているプランターもあるけれど、私は躊躇う。あと一日二日、置いた方がいいかもしれない。今やったら、うどんこ病がまた酷くなるかもしれない。 それじゃぁね、またあとでね。見に来てよ! はいはい。そうして娘は駆けてゆく。私は部屋に戻り、作業を続ける。 音楽会まであともう少し。そろそろ出かける準備を始めようか。 |
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