2010年01月02日(土) |
いつもの時間に目を覚ます。そして真っ先に電話の着信履歴を見る。やっぱり、連続で残っている。悪いことをした。どんな時間であったとしても、彼女は追い詰まって電話をしてきたはずなのに。私は疲れ果てて眠った後で、何とか起きたものの、まともに返事ができなかった。どんな言葉が彼女の胸の中在ったのだろう。心が痛む。元日早々、電話をかけずにはいられなかった彼女は、今頃夢の中だろうか。そうだといい。せめて眠ることができているといい。 起き上がりお湯を沸かす。その音に気付いたのか、ミルク、ココア、ゴロ、全員が巣から出てくる。そして後ろ足で立ち、前足を上げて、こちらをひくひく見つめている。おはよう。私は声をかける。 レモングラスとペパーミントのハーブティを入れる。ゆっくり蒸らして茶葉を引き上げると、薄い檸檬色が広がっている。この間ペパーミントを買い足すことを忘れてしまって、今多分茶葉の比率が狂っている。レモングラスがとても多い。そのせいか、お茶の色味もいっそう檸檬色。 娘に云われたのは五時半。時計を見、私はハムスターたちの小屋を見やる。ちょうどゴロが出てきてくれていた。ゴロ、ちょっとつきあってね。そう声をかけて抱き上げる。抱き上げたゴロを、娘の頬に乗せる。むず、むずむずっと動き出す娘。そして突然むくっと起き上がる。ちょ、ちょっと。私は慌てる。娘は全然気づいていない。ねぇ、ゴロは、ゴロは? 私は慌てる。そして、娘の手の先に、ゴロを見つける。娘が起き上がるより先にゴロはここに来ていたらしい。よかった。勉強するんでしょ? あ、それね、昨日のうちに全部終わった。なぁんだ、じゃぁこんな時間に起きなくてもよかったんじゃない。でもいいや、起きる。 気づけば少しずつ空がぬるみ始めている。昨日娘と一緒に見た夜明けが、ちょっと懐かしい。
五時半に起こして。云われた通り、私は娘を起こした。確かココアにつきあってもらった。ココアはおとなしくて、娘の頭を動き回ることもなくじっとしており。娘はそんなココアをすぐ手のひらに乗せ、起き上がる。 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。お互い、ちょっと照れながらも、挨拶を交わす。 娘がテレビをつけると、ちょうど富士山を映し出す映像。雲の上、富士山の山頂が映し出されており。これから日の出を映し出すという。 私は、早速玄関を出る。南東の空がちょうど燃えだしているところで。地平線に僅かに残る雲が、煌々と照らし出されている。これなら日の出がここからでも見れる。そう思い、私は娘に声をかける。多分あの辺りから出てくるよ。私は指を指す。 寒い寒いと云いながら、踊り始める娘。そして彼女は突然小声で歌い出す。今、わたしの、ねがいごとが、叶うならば、翼がほしい…。彼女の声に合わせて私も歌う。これが新年最初の歌か。新年の歌ではないはずだけれど、でも、何故だろう、妙に今この場に似合っている。 丘の上の建物とこんもりした茂みの間が、どんどん燃えてゆく。娘が、サングラス持ってくる!と部屋に駆け込む。私はその間も日の出の方向を見つめる。ママ、目を細めるとね、太陽の場所が分かるんだよ、理科の実験でやった。そうなんだ。なるほど、目を細めると分かりやすいね。うん。サングラスをした娘は、そうしてじっと、その方向を見つめている。 やがて僅かに、太陽の欠片が見え始め。そこからはあっという間だ。ぐいぐいと盛り上がってゆくその形。そうして全身が露わになり。それまで眠っていた街が一気に目覚める。校庭の隅のプールは今、黄金色に燃え盛っている。 おはよう、太陽。娘がそう云う。私は黙って見つめている。さぁ、明けた。そろそろ部屋に入るか。うん、おもち食べよう! ははは、そうだね。
家を出るとちょうど派出所に人が。どうしたのだろうと覗くと、迷子らしい。私が扉を開けると、飛び出してくる泣きじゃくる男の子。慌てて男性がその子を抱き上げる。今おまわりさんが来るから。それまで待ってようね。でももうどうしていいか分からないらしい、男の子は必死に抵抗し、泣き喚き、床に突っ伏す。娘が、男の子の背中を撫でて、大丈夫だよ、大丈夫だよと言っている。私は外に出て、今か今かとパトカーの到着を待っている。 ようやく到着したパトカーからはおまわりさんが二人。どうしたの。お名前はなんていうの。おまわりさん、怖いかな? 一生懸命話しかけるのだが、男の子は泣いたまま。もう何も答えられない。そうして、一緒にお母さんを探しに行こうとパトカーに乗せようとするのだが、まるで拉致される子供のよう、全身で抵抗する。私たちはそれを見守る。 パトカーが走り出し、私たちも神社の方へ歩き出す。と、ほどなく、母親らしき人が、通りを走ってくる。あぁ、あの子のお母さんだよきっと。娘が云う。その通りだったらしく。私はほっとする。 神社は去年よりずっと込み合っており。私はその込み合いに閉口しながら、必死に人ごみをかき分け列に並ぶ。順番が来て五円玉を投げ、願い事。私が目を開けた時にはもう娘は顔を上げており。私たちは急いで列を抜ける。 何処までも続く人の波。私たちは急坂を下り、埋立地の方へ。
娘のリクエストで、今日も映画を見る。オオカミの子の物語だそうで。しかし、朝飲んだ薬がやけに効いてしまった私は、何度も娘に起こされる。そして気づけば物語は後半。ようやく意識もはっきりし始めた私は、ちょっと驚く。娘がわんわん泣いているのだ。映画を見て泣くなど、殆どない子だった。それが今泣いている。映画館で泣くのは私だと思っていたが。私はハンカチを取り出し、娘に差し出す。 映画を見終えた私たちは、駅までそのまま歩くことにする。途中渡る川は、陽光を受けてきらきらと輝いており。ちょうどこの橋が、海と川とを繋ぐ場所。私はしばし立ち止まる。空は青く青く澄み渡り、浮かぶ雲片は真っ白で。そして川は輝き流れ。まるでそれは一枚の画のようだった。
何時に出る? 九時頃だな。でないと本屋さんやってないよ。今日はお年玉を持って本屋さんに行く。そしてその足でそのまま実家へ。 ふと窓の外を見れば、ちょうど夜明けの時刻。私たちはまた玄関を出、廊下で待つ。今年二回目だね。娘が云う。そうだね、二回目だ。昨日の月、綺麗だったね、ママ。くっきり黄色く浮かんでたね。そうだね、まん丸だった。澄んでた。 そうして見つめる先は太陽。私は何となくプランターの脇に座り込み、アメリカン・ブルーとラヴェンダーを見つめる。ラヴェンダーは元気なのだが、アメリカン・ブルーがどうもおかしい。少し前からおかしい。元気がないのだ。いつでも元気なわけはない、とは思うのだが、少し先端が枯れてきている。根がついて、そうして先が枯れているだけならいいのだが。それが心配だ。秋、根っこをコガネムシたちに丸ごと喰われて以来、私は根の行方が心配でならない。 ママ、そろそろだよ。娘の声に私は立ち上がる。二度連続して娘と一緒に日の出が見れるとは。私の脳裏を昨夜の友人からの電話の声がよぎる。深く深く沈んだ声だった。私は疲れ果てていて、殆どまともに返事ができなかった。本当に申し訳ないことをした。今度改めて電話しよう。そう決める。 そして日が昇る。ちょうど空を横切る鳶。すぃぃと東へ飛んでゆく。私たちはその様をただじっと、見守る。 |
|