見つめる日々

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2010年01月07日(木) 
がらら、がらららら。ミルクの威勢の良い回し車の音で目が覚める。起き上がり籠に近寄ると、途端に入り口に齧りついてくるミルク。私はおはようと声をかける。金魚たちはゆるやかな線を描きながら水の中漂う。私はカーテンを引いて窓を開ける。
一気に部屋に流れ込んでくる冷気。街景は闇の中沈んでいる。そして今朝点いている灯りは五つ。凛と張り詰める冷気でその光はよりくっきりと浮かび上がる。街灯はしんしんとアスファルトを照らし出している。まだ誰も何も行き交うことのない大通り。
久しぶりに娘が隣で寝ていたせいか、私の体はずいぶん火照っていた。彼女の体は相変わらず人間湯たんぽだ。これでもかというほど熱い。だから布団を剥ぐ。蹴る。私はそのたびその布団を引き上げる。その繰り返しで夜はあっという間に過ぎていった。
ホワイトクリスマスの蕾は相変わらず。しかし、一番外側の花弁が、ほろり、零れ出してしまっている。もういい加減蕾も綻びたいのだろう。でも寒さがそれを赦さないのかもしれない。私は蕾を撫でてみる。まだまだ締まった体つきだ。一方、隣のベビーロマンティカの蕾はかなり膨らんで。濃煉瓦色が、いつのまにか濃紅色になっている。これは咲いたらまた色が変化するのだろう。どんな花の姿を見せてくれるのだろう。
部屋に戻り、お湯を沸かす。ダージリンの茶葉をカップにいれ、お湯を注ぐ。そこにコーディアルのエキスを垂らす。
流れ来た音楽はシークレット・ガーデンのCelebration。朝の始まりにはちょうどいい。

搬出のため、朝早く家を出る。搬出と同時に或る意味搬入でもある。四枚の、半切の額をカートに括り付け、私はそれを引いて歩く。待ち合わせ場所に一時間も早く着いた、と思ったら、今回搬出を手伝ってくれる友人もちょうど着いており。二人して、いいタイミング、と笑う。
中央線に乗って下っていると、窓からこれでもかというほど澄んだ富士の姿が。私たちは思わず声を上げる。真っ白になった富士は、まさに窓の向こう、そそり立っている。長い道程も、その富士に見惚れていたら瞬く間に過ぎていった。
国立に着くと眩しい陽光が街に溢れかえっており。私たちはその陽光を浴びながら歩き出す。影の場所と陽光降り注ぐ場所とのこの温度差。でも、カートを握る掌はいつのまにか汗ばんでおり。私は手が滑ってしまわないように、さらに力を込める。
書簡集に着くと奥さんがすでに店を開けて待っていてくれた。私は新たに今年飾っていただく額を広げる。そうして展示。今回展示して頂くのは二、三年前に撮影した森林での写真を選んだ。よく見ると風景の中人影が写っている、そんな具合の写真。長く飾っていてもできるだけ違和感をもたれないような、穏やかな写真。
展示が終わり、年末まで飾っていただいていた十二枚の額をまとめた頃、マスターもいらしてくださった。奥様の入れてくださったフレンチブレンドを飲みながら、あれこれとおしゃべりする。あぁこうしてマスターとゆっくり話すのも久しぶりだ。そんなことを思う。今思えば、展覧会中は、私も多分気が張っていたのだろう。今日は、体の力もいい具合に抜けて、他にお客さんもいないということもあり、話はあちこちに飛ぶ。
ひとしきりおしゃべりを終え、立ち上がるマスター。今年もよろしくお願いします。改めて挨拶を交わし、別れる。
友人は、怪我しているにも関わらず、重たい額を持ってくれ、そのおかげで無事に搬出も終了する。ほっとしたのも束の間、私たちは次の作業に入る。
彼女とは今月末から二週間、二人展を催す。ここからはもうその準備だ。今日はこの足で額装に行かねばならない。二人展で彼女が展示する作品は二点、私は三点、その他それぞれにポストカードを数十枚飾る。
きっとあっという間に展覧会はやってくるだろう。それまでの間気を引き締めていかなければならない。

娘が帰って来た。第一声は、レコード屋さんに行こう、だった。お年玉をもらう前から、もしお金があったらとある歌い手のDVDが欲しいと言い続けていた娘。私たちは小走りにレコード屋へ向かう。
家に帰り、私が夕飯のために高野豆腐を煮詰めている間、娘はそのDVDに齧り付く。そしておもむろに踊り出す。見よう見まねだから少々たどたどしいが、彼女が真剣なのはその後姿からひしひしと伝わってくる。あぁ体を動かすことが好きなのだなぁと思う。彼女がバレエを習っていたのはたった三年、四年だった。でも踊り出すと、その仕草がいたるところに出てくる。家計が赦すなら、もう一度習わせてやりたいと思う。しかし今それは無理。申し訳ない。
DVDがインターネットの映像で何度も見ていた踊りを流し出すと、ママ、見てて!と声が飛んでくる。私は手を止めて彼女の姿を見つめる。頑張れ、娘。母は踊りは一切教えることができない。自分で体で覚えてゆくんだよ。心の中、私は彼女にそう声をかける。

本当は。しんどい。時間が刻一刻、あの「時」に近づいてゆくのが怖い。まさかまた同じ日同じ時刻に同じ出来事が起きるわけはない。そんなことは分かっている。分かっているのだが、体が勝手に反応する。そして心が引きずられる。
でも。
しんどいなんて言っていられないのが現実だ。しんどかろうと辛かろうと、時間は過ぎてゆく。私の間近で娘はその間もひとつひとつ呼吸している。私に関わる人たちが、それぞれに動いている。私自身も、動いていかなければならない。
ただ日々生きていく、それだけで、もう多分人は、或る程度無理をしているんだと思う。人に会う、何かを為す、ただそれだけで、自分にすでに多少なり無理をかけているんだと思う。
だからそれを逃げ道にしたくない。あの「時」を逃げにはしたくない。失敗しようと何だろうと、転ぼうと泥まみれになろうと、そんなことは構わない。とにかくやるだけだ。私は懸命に、ここを走り抜けるだけだ。できることを、ひとつひとつやっていくだけ、だ。それ以上でもそれ以下でも、何でも、ない。
弱音を吐いたらきりがない。上を見たらきりがないし、下を見てもきりがない。自分に今できることを、自分の手でひとつずつ、積み重ねていく。ただそれだけなんだ。
しんどいと泣くのは、自分ひとりでもできる。だったら。

じゃぁね、じゃぁね、行ってらっしゃい! 行ってきます!
手を振って学校に入ってゆく娘。一方私は自転車に跨って走り出す。池には今朝も薄氷が張っており。そこに映し出される空は白く煙っている。
高架下を潜ると一気に視界が開ける。私が中学の頃まだ土が丸見えだった埋立地は、今ではもうビル群に埋まり。それでもまだ次々新しい建物が建てられる。私はその埋立地にひかれた道を走ってゆく。赤信号で止まりふと空を見上げれば、白く白く輝き。私はそのあまりの眩しさに思わず目を閉じる。
臨港パークの近くに立つ風車が輝きながらくるくると回っている。ちょうどイヤホンからは、シークレット・ガーデンのMovingが流れてくる。私はさらに走り続ける。海は濃紺色に広がり、白く細かい波がひっきりなしに寄せては引いて。
いつかまた潮風を、潮風と鼻で感じられるくらいになりたい。そんなことを走りながら思う。大型船が埠頭に止まっているのを斜めに見ながら、私はさらに走る。
陽光は燦々と降り注ぎ。今日もまたこうして一日が始まってゆく。


遠藤みちる HOMEMAIL

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