2010年02月01日(月) |
いつ寝入ったのだろう。夜中に起きて、布団から完全にはみだしていた娘の体に布団を掛け直したことは覚えている。でも、いつ寝入ったかは覚えていない。前の日徹夜だった。だからとにかく早く横になりたかった。早く横になりたくて、布団の中本を読んでいる娘の隣に潜り込んだ。そこまでは覚えている。 できるならこのままもっと眠りたいという欲求を何とか抑えて起き上がる。先日展覧会のパーティで頂いた花束がふたつ、大きな花瓶と小さな花瓶それぞれに飾られている。部屋の明かりをつけていないのに、その辺りだけ仄かに明るく見えるから花というのは不思議だ。オールドローズの花束とガーベラの花束。赤系と白と。まさに紅白。ふくふくとそこに花は在って。なんだかとても、嬉しい。 窓を開けるとまだ丸い月が西の空に浮かんでおり。昨日よりずっと黄味がかって見える。光の加減、なのだろうが、この色の違い。私はしげしげと月を眺める。その月に覆いかぶさるようにして流れてゆく雲。闇はまだまだ濃く、横たわっている。 顔を洗って鏡を覗くと、目が腫れ上がっている。どうしたのだろう、何をしただろう、全然覚えていない。とりあえず指先でゆっくりマッサージしてみる。これで少しはましになってくれるといいのだが。 花瓶の水を替えてから、お湯を沸かす。檸檬を思い切り絞り、蜂蜜を二匙垂らしてレモネードを作ってみる。体がビタミンを欲しているような、そんな気がして。 ふと見れば、ゴロがまた、砂浴び場で丸くなっている。そしてその隣の籠でミルクががさごそと木屑を掘っている。おはようゴロ、おはようミルク。私は声を掛ける。
展覧会会場で午後を過ごす。斜めから射していた陽射しが翳る頃、娘から電話が掛かってくる。どうしたの? ごめんなさい。どうしたの? ママ、ごめんなさい、鍵持って出るの忘れた。え?! ごめんなさい。 今から展覧会会場を出ても、一時間半は余裕でかかる。その間何処で彼女を待たせておいたらいいだろう。これが夏なら外で過ごしていても大丈夫な時間かもしれないが、今は冬。この寒さ。じじばばの家から帰ってくるときはいつもごっそり着込まされて帰ってくるからそう寒くはないとしても、それでも約二時間、外に立たせておくわけにはいかない。 バス代、ある? ある。じゃぁバスに乗って本屋さんで待ってなさい。はい、ごめんなさい。分かった、じゃぁね、ママもう出るから。うん。 どうも娘は、こういううっかりミスが多い。忘れ物が多いとでもいうんだろうか。前の日ちゃんと準備していたはずなのに、直前になって、あ、何々忘れた、とか。それにしても、鍵を持って出るのを忘れるとは。私が鍵を持っていることに甘んじてしまっていたんだろう。自分が鍵っ子であることを彼女は週末になるとすっかり忘れてしまったりする。仕方ない。私は、乗り換えの駅をとにかく走って走って、先を急ぐ。 横浜に着いた頃には、とっぷり日も暮れており。でもそこは地下街。あたたかい。よかった。私は走って本屋へ向かう。本を立ち読みしている娘の、背後から近寄り、こつんと頭を叩く。こら。ごめんなさい。気をつけなさいよ。うん。来週はこういうわけにはいかないからね。分かってる? うん。 来週は搬出だ。夜遅くなる。そんな日に鍵を忘れられたらもうどうしようもない。今から手帳にメモしておこう。鍵。赤で二重丸でもつけておこうか。
家に帰り急いでスープを作る。具材はキャベツと人参とベーコン。それだけ。ざくざくとキャベツを切りながら娘を見やると、もうすっかり立ち直った様子。ママ、ミルクたちの小屋、掃除するよ。うん、してあげないとね。 まずハムスターをそれぞれの小さなケージに移し替える。それから一握りだけ残して木屑を取り替える。水を替え、砂浴びの砂を替え、回し車を洗い。うん、これで綺麗になった。娘は自分を褒めてやるかのように声に出してそう云い、まずミルクに声を掛ける。ほら、おうちが綺麗になったよ。ミルクは差し出された手に飛ぶように乗り移り、娘がその手を小屋に移すと、ぴょんと跳ねて飛び降りた。早速がさごそと木屑を動かし始める。ミルクはせっかく整えられた木屑を、これでもかというほどぐちゃぐちゃにするところがある。ココアはそういうところはない。小屋に入れてやると一番に砂浴び場へ行って、砂の上をころころと転がる。ゴロはといえば、そそくさと小屋に入ってじっとしている。三者三様。まさに言葉どおり。 さぁできた。ご飯にするよ。娘のリクエストで、もりだくさんのサンドウィッチにスープの夕飯。デザートには小さめの苺。
そういえば洗濯物が溜まっている。掃除もしなければ。そう思うのだが、体が動かない。すっかり疲れ果てている。展覧会最中はそんなものだ。今週娘が給食当番じゃなくてよかった。もし当番だったら割烹着を洗わなければならない。今はそれさえも、正直、苦だ。明日、そうだ、明日帰宅するのは多分夕方になってしまうんだろうが、それでも、明日はさすがに洗濯機を回さなければ。私はカレンダーに洗濯と小さく書いてみる。 檜の香りのアロマオイルを垂らし、スイッチを入れる。檜の香りがふわんと私の鼻をくすぐる。そういえばここしばらくこれさえ怠っていたんだなと気づく。自分を癒すことさえ忘れ、ばたばたしていた。でも、こういう時間は、たった十分だったとしてもとても大切なもの。一日十分でもいいから、そういう時間を持つよう、心がけておきたい。 煙草に火をつけながら、今日帰り際友人から受け取ったリストをチェックする。ポストカードで補充が必要なのはこれとこれと、これ。番号に丸をつける。明日早々にやってしまわなければ。あぁそう考えると、明日やらなければならないことが、結構たくさん。あっという間に一日が終わりそう。
朝の仕事をしながら、娘に声を掛ける。六時半だよ、ねぇ、もう六時半だよ。知らないよ、起きないと。時間だからね。 もぞもぞと動く布団。あとはもう放っておくことにして、私は仕事に専念する。 娘がお握りを口に頬張っているのを横目に見ながら、私は仕事をようやく切り上げ、出掛ける支度を始める。ママ、今日何時頃帰ってくる? うーん、四時頃には戻ってると思うよ。分かった。 じゃぁね、それじゃぁね。娘が手のひらに乗せたココアを差し出す。はいはい、といいながら私は彼女の背中をこにょこにょと撫でてやる。じゃ、行ってくるね。行ってらっしゃい。 階段を降りるとちょうどそこにバスが。私は慌てて走り出し、そのバスに飛び乗る。バスの中は南東から伸びてくる陽射しが燦々と溢れ。暖房とその陽射しとで、体がぽっぽしてくる。 電車に乗り、川を渡る。川はきらきらと陽光を受けて輝き流れ。私はその様を見つめながら思う。自分の中に溜まろうとするものをそうやって洗い流して洗い流して、また次へ。昨日は昨日、今日は今日。また新しく始まるもの。ちょうどウォークマンから中学時代に流行った歌が流れ出す。懐かしい歌。 さぁ今日はまず病院。電車は駅に着いた。私は人の波に揉まれながら、先へ進む。 |
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