見つめる日々

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2010年02月02日(火) 
目を覚まして一番に窓を開ける。モノトーンの世界がそこに広がっていた。雪の白、濡れたアスファルトの黒。街灯の灯りだけが唯一、橙色に光り。思ったよりあたたかい空気に私はほっと息を吐く。瞬く間に白く流れ去るその息。雪が降るとどうしてこうわくわくするのだろう。
お湯を沸かし、コーディアルティーを入れる。切花の薔薇やガーベラはまだまだ元気。オールドローズ独特の花弁がほろり、綻んでいる。今日帰ってきたら一本は挿し木にしようと決めている。こんな時期にやったって無理なのかもしれないが、それでもやらないよりはましだろう。せっかく頂いた花束だもの、可能性があるならそれにかけたい。
今朝はゴロもミルクもココアもみんな、巣の中に入って眠っている。私はなんだかほっとする。だから小さな声で、声をかける。おはようゴロ、おはようミルク、おはようココア。今は夢の中なんだろうか。それが素敵な夢でありますよう。
それにしても昨日の雪の降り方は素敵だった。勢い良く右から左へ飛ぶように流れ降るその様は、私と娘の心を魅了した。風呂上がりだというのに二人ともそれを忘れ、開け放した窓辺に突っ立ってその様を眺めた。さらさらと降る雪ではなく、ぽてぽてと流れ降る雪だった。風に舞うその姿はどこか滑稽で、かわいらしかった。雪さん降うれ、雪さん降ぅれ。娘はそう歌い、私はただ黙って眺めていた。そういえば昔々、まだ父母とともに別荘へ季節ごとに通っていた頃。菅平で見る雪はさらさらさららという粉雪ばかりだった。どこまでも軽やかに軽やかに、それは降り積もった。かまくらを作ってみたり、雪だるまを作ってみたり。父に習うスキーはちょっとしんどかったけれども、それでも、一面真っ白な雪原という風景は、私の心を洗った。雪が降る中、とてんと横になり、雪が降り堕ちてくるのをただ眺める、それもまた楽しかった。こんなに美しい景色がこの世にあるのかとつくづく思った。自分の体を徐々に徐々に埋めてゆく雪に、いとおしささえ感じたものだった。
ねぇママ、明日もし雪の警報が出たら学校休みになるんだよ。えー、そうなの? うん。でも、学校あった方がいいな。どうして? だってみんなで雪で遊べるじゃん。そかそか。うん、そうだね。娘の心はもう、明日に向かっている。

病院。いつもとなんら変わらず。すたすたとぼとぼと診察室を出る。
友人とお茶を飲みながら話す。ようやくひとつ区切りがついたかな、といったことを彼女がぽろりと話す。寂寥感に苛まれていた最近、何故だろうって考えて気づいた、ずっとあの人のことが好きだったんだなって。でもそれがようやく終わったんだなって。それに気づいたら、あぁだったらこれほどに寂しくても不思議はないって思って。そう思ったら、なんか寂しさも薄れてきた。彼女が笑う。
彼女の生活はこの春大きく変わる。今はそのための心の準備期間といってもいいのかもしれない。彼女の話を聴きながら思う。ひとつずつやれることを積み重ねていけばいい。そう思う。
私はつと、愚痴を吐いてしまう。吐いて気づいた。こんなにも溜まっていたのか、と。次々出てくる私の膿に、自ら驚いてしまう。彼女が私を安心させるように、大丈夫、私から漏れることはないから、とにっこり笑う。それに乗じて私は湧き出るものを全部吐き出してしまう。でも吐き出してから、ちょっと罪悪感にかられる。私はこんなことを言える立場なんだろうか。言ってる私は、そんなにすごい人間なのか。こんなことを言えるような人間なのか。私は自問自答する。
でも何だろう、吐いたことで、心はずいぶん軽くなった。友人に感謝せずにはいられない。私の愚痴につきあってくれてありがとう。これでまた明日頑張れる気がする。うん、頑張るよ。

夕飯何? 何にしようか。私は冷蔵庫をのぞいて、コロッケに決める。野菜コロッケ。買い置きしておいたじゃがいもを茹でて潰し、下味をつけて、そこに細かくちぎった野菜をぱらぱらと。ママ、野菜たくさんがいい。分かった、じゃぁそうする。ママもその方がいいや。娘の声に私は調子に乗って、次々野菜を放り込む。
昨日の残りのスープを温め、次に油を温め。そっと丸めた生地を入れる。途端にふわぁっと音を立てる油。私はその音が結構好きだ。どきっとするのだけれども、さぁちゃんと出来上がるかなと、わくわくする。後始末は大変だけれども、この瞬間はとても好きだ。
ねぇコロッケとハンバーグとどっちが好き? 最近はハンバーグ。あれ? そうなの? うん、好きになった。あらまぁそうなんだ、じゃぁ今度作るよ。うん、卵入りのがいい。あぁ茹で卵入りね。分かった、じゃぁ今度作るよ。
揚げたてのコロッケをお皿に盛り、薄味の炊き込みご飯をよそい、私たちはいそいそと夕飯の支度。スープは最後に温めなおし、チーズを一切れ入れてできあがり。
ママ、いつ雪になるかな。うーん。早く雪にならないかなぁ。ママはちょっと困るよ。どうして? 明日出かけなくちゃいけないから。そんなのどうってことないじゃん。いやぁ、まぁそうだけど。雪降れ、雪降れ! …。
娘の心はもう、ご飯から雪へ移っている。私はそんな娘を眺めつつ、コロッケを頬張ってみる。

ママ、雪だ! その声がしたのは、私がちょうど風呂から上がろうとした時だった。早く、早く来てごらん! 娘が私を呼んでいる。バスタオルをぱっと巻いて窓に近寄る。さわさわと横殴りに降る雪。あぁ本当に雪だ。その勢い良く降る様は実に見事で。私たちはしばし見惚れてしまう。
娘が歌う。雪さん降ぅれ。雪さん降ぅれ!

眠る前、娘が突然言い出す。ママ、好きな人いる? へ? いないんだなぁこれが。えー、じゃぁ恋してないの?! うん、してないなぁ。だめじゃん!!!
娘に一刀両断され、呆気に取られる母。そして思い切り吹き出してしまう。だめじゃん、って、そりゃないよなぁ。なんで? 恋してなきゃだめなんだよ、女の子は。いやぁそれは、まぁ、あなたたちは恋してる方がいいと思うけど、ママはもう女の「子」じゃないからなぁ。えー、でもねぇ恋はしてなきゃだめなんだよ。なんで? 魅力的じゃなくなるから。…。
なるほど。確かにそうかもしれない。が、恋する相手をまず見つけないと。私が言い淀んでいると、娘がさらに一言。
ママ、ちゃんと恋しなさい。

じゃ、ママ行って来る。うん、それじゃぁね! そう言ってぐいと差し出す掌には、今朝はミルクが乗っている。はいはい、それじゃ、ミルク、行って来るね。
階段を駆け下り、自転車に跨る。今日は三駅分を走る。走り出すと吐く息が白く染まり瞬く間に後ろに流れ去る。でも今日はぬくい。走りながら思う。これじゃぁあっという間に雪は消えてなくなるんだろう。娘の残念がる顔が浮かぶ。
坂を上り、坂を下り、そうして川を渡り。雲はぐいぐいと流れ、表情を変えてゆく。私は少し上を向きながら走る。
地平に溜まる雲の向こう、陽光がまさに溢れんばかりに膨らんでいる。今か今かと、雲がどくのを待っている。
鞄の中には、昨日修理を終えたブレスレットやキーホルダーの封筒がごそごそ入っている。彼女たちに無事に届きますように。そしてこの石たちが、少しでも彼女の助けになりますように。
さぁ今日もまた、一日が始まってゆく。


遠藤みちる HOMEMAIL

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