愛より淡く
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その、世にも美味なる水の場所に、その人の社用車に同乗して向かう途中。
助手席にいた私は、その人が運転している間、その人の首筋にある魅力的な傷跡ばかり見ていた。首を少し動かした拍子にYシャツからちらっとだけ見えた。それがまたなんとも艶めかしくて、ぞくぞくっとした気持ちにさせられた。
できれば指で傷跡をなぞってみたい。でもできない。いきなりそんなことされたら、きっとびっくりするだろうなあ。
思い切ってなぞったとする。
びくっとしてその人がこちらを振り向く
「ごめんなさい。つい」
と、とまどいうつむく私。
そのことがきっかけで二人は一気に恋の炎を燃え上がらせる。
なあんて展開はやはりありえなかっただろうか?
だろうね・・・・
その水はほんとうにおいしかった。ひんやりしていて、その昔祖母の家にあった井戸水を飲んだ時のことを思い出した。
ごくごくささやかだけど、二人の秘密の場所が出来たような気がした。
だけどその秘密の場所に二人して行くことは二度となかった。
それからその人とは、ある出来事をきっかけに、気まずくなってしまった。
それでも何度か私はひとりで、その場所に行ってみようと車を走らせたことがある。
なんだか無性にその水に触れたくなったのだ。
でも一度行ったきりだったし、しかも助手席でぼーっとその人の傷跡ばかり見ていた私は、ほとんど途中の景色を覚えていなくて、その場所にたどりつくことができなかった。
いつも途中で道に迷ってしまった。
で、結局最後まで言い出せずじまいだった。
「あの水の場所に何度か行ってみてんけど見つからんかった」
ただそれだけのことだけど言い出せずじまいだった。
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