愛より淡く
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2005年12月27日(火) |
あの一瞬が、永遠に忘れられなくて |
梶井基次郎の短篇「雪後」の中に出てくる主人公が奥さんに聞かせるロシアのラブストーリーをふと思い出す。
その昔小学校の時に読んだマンガにも全く同じエピソードが出てきて、とても深く印象に残っている。
それは、だいたいこんな話。
「乗せてあげよう」 少年が少女をソリ遊びに誘う。二人は汗を出して長い傾斜をソリをひいてあがる。頂上に着くとそこから滑り降りる。ソリはだんだん速力を増す。マフラーがハタハタはためきはじめる。風が耳を過ぎる。
「君が好きだよ」 ふと少女はそんな囁きを風のなかに聞いたような気がして、胸がドキドキする。しかし速力が緩み、風のうなりが消え、なだらかにソリが止まる頃には、それが単なる空耳だったのでは? という気がしてくる。
「どうだった?」 晴ばれとした少年の顔からは、確かめることができない。
「もう一度滑ろうよ」
少女は確かめたいばかりに、少年をまたソリ滑りに誘う。また2人して汗を流して傾斜をのぼり頂上を目指し、そこからまた滑る。
さっきと同じようにマフラーがパタパタとはためき、ビュビュ、と風が唸って過ぎる。
「君が好きだよ」
また聞こえたような気がする。胸がドキドキする。でもはっきりとはわからない。
少女は溜息をついた。
「どうだった?」
「もう一度! もう一度よ」
と少女は悲しい声を出した。今度こそ。今度こそ。
しかし何度試みても同じことだった。
「君が好きだよ」
風にまみれてほんの一瞬聴こえたような気がするだけ
本当に聴こえたのか、空耳なのかわからずじまい。
結局、確信が持てないまま、2人は別れた。
そしてその後、永遠に会うことはなかった。
――離ればなれの町に住むようになり、離ればなれに結婚した。――
しかし、年老いても二人はその日の雪滑りを忘れなかった。――
そういうお話。
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