柳美里の例の小説に差し止めの判決が出たのは、すでに数日前か。 まるで腹に石でも飲んじまった様な、妙な重さを感じる、出来事だった。
もともと大昔から小説家は。
「俺のことを勝手に書いたろう」 「私を勝手にモデルにしている」
といった類の妄言に悩まされて来たが。
柳氏の場合は妄言でなく事実であったのだから、言い訳もクソも無ェ。 真実勝手に書いちまったんなら、そりゃ、誠心誠意謝るしか無ェだろう。
もの書く権利は誰にも有るが。 もの書く権利の裏側で果たさなきゃなんねェ義務についちゃ。
ここんとこ、すっかり忘れ去られちまってんのかもしれねーな。
インターネットの世界をのぞき見りゃ。 そこは日々、新しい係争で溢れてる。
一番くだらねーと思うのは、現実の知り合いを陥れようとしてるヤツ。 次にくだらねーのが、てめえの悪感情を誰かに知らせたくてしょうがねーヤツで。
次あたりに来ンのが、大昔の作家を悩ませた妄念がお得意な連中。
「それは俺のことなんじゃねーか」 「これは絶対に私のことだ」
みてェにヨ。 すぐ思いこんじまう連中。
身に覚えの有ることにゃ、誰しもドッキリすらぁな。 反対に身に覚えの無いことにゃ、まるで無関心。 ヘタすりゃ名指しで言われてても気付かなかったりすらぁな。
でまー。普通はヨ。 てめえの中に何かしら思い当たるフシが有るから、ギクッとするんだが。 なんちゅうか、思い当たるって以前に。 攻撃的、批判的言辞ちゅうもんは、みーんな自分に向いてる、みてーに。 思いこんじまう人らも、有るらしいんだナ。
難儀なこったが。 やめろともアホかとも言えねー。本人らは真剣に胃ィ痛めんだし。 桜木の知り合いにも、程度の差こそあれ何人か居るしヨ。
それに加えてインターネットの功罪で。 ちっと名が通りゃ、曖昧な中傷や批判も増えて来る。
気になって検索しまくるんだけど、フと我に返って情けなくなると。 寝不足の目で言ってるヤツも居た。
けど。
もの書く権利が誰にもある以上。 もの書くことの、良いも悪いも全部含め。 これからの時代生きてく人間は、全部飲み込んでかなきゃなんねーのかもしれねーナ。 そういう図太さしぶとさも、必要ってコト。
ま、それに、そもそも。
「自分のことを何か言われてるかも」
みてーな不快感ちゅうんは。 何もネットに限ったことでなく、日常でもゴロゴロしてら。
猜疑心の固まりになって気にしてたらキリが無ェ。 生きてく限り、人の目や口から逃れられはしねーんだから。 ただ、だからこそ、そんな疑い無しにつきあえる人間が尊く思えるだろ。 ネットであれ現実であれ。 腹にイチモツありそうなヤツは願い下げ。
後ろ手に隠しても見えている。
そら。誰かに投げつけた鋭利な石が。 あんたの掌にも、十字の傷を、つけている。
最近の桜木はヨ。
怒りちゅうより、空しさが溢れる。 あらゆるもんが、上流から怒濤のように押し流され。 溺れて死んでく人間は、まるでモノの様だ。 生きてる人間だけがいろんなもんを謳歌しているように見えるが。サテ。
明日の命は誰にも保証出来ないと来てる。
今朝食ったレトルトの添加物や。 夜食った果物の農薬。
ドリフのコントじゃねーんだヨ。 大げさに吐き出したって、笑いは取れ無ェさ。
それでこの際と、手近な苛立ちを晴らすためにPCの前に座り…。
桜木の草加に居る義姉サンは、遊びに来ててそろそろ帰ろうって時。
「さぁ、行ってみるか」
て言うんだよナ。
最初は慣れなくて、
「おや、これからどこか連れてってくれんのかナ」
なぞと思ったもんだが。
桜木もこの頃は。 ちっと、行ってみるかの気分になっている。 なぁ、目の前を流れてく言葉。元気が無ェぞ。
もの書く権利は広がったがヨ。 見てるもん感じてるもんは、どうなった。
斬ったり斬られたり元気良く、ちゅうわけにもいかねェ世の中。 なあ。 死人のような顔をして。
ワタシノコトデスカ、なんてよ。言ってくれるなよ。
考える感じる自由の方をよ。 なんでお留守にしてんだよ。
人のケツの臭いを嗅ぐ前に。 てめえのケツ拭け。
そろそろ行ってみるか、桜木。
自習の時間は、終わりにするか。
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