私的正論。

2002年10月04日(金) どうすれば、もっと働きやすくなるか、だって?

Yahoo!のニュースで、働き続ける女性の苦闘についてのトピックを読む。

女性の記者が。
どうすれば、もっと働きやすくなるか、と結んでいた。



簡単だよ。

みんなで少しずつ働いて、たくさん家に居れば良い。
みんなで少しずつ時間を持ち寄って、少しずつ耕し。

足りないものを補い合って生きれば良いんだよ。

共産主義みてェか?

みんなで働く量を減らし。
みんなで家に居る時間を増やしたら能力主義の社会が壊れちまうんか?



なぁ。背中を駆け上がる憤りとも哀しみともつかねぇ、この気分は何だ。

親が子供らに伝えることをないがしろにした結果。
愛情のバケツリレーの最後で落ちこぼれた連中は、死んだ目をしてる。


すくいあげてくれる誰かが何処にも居なかったら。
世の中を恨み。
持たざる者は持つ者どもをゆすり、たかり。
時に躊躇なく傷つけ奪う。


アジアの人が犯罪を犯した時、偏見や差別しか発想できねーヤツらは。
彼らがどれほどこの国の日々に怒りとも哀しみとも疑問ともつかねぇ気分で居たか。
そこに思い至ら無ェ。


豊かなんだ。
この国は豊かだ。
だから貧乏になれとは言わない。
ただ、有り余る溢れ変える何かをほんの少しずつみんなで我慢し。
みんなで持ち寄り。


その分、家に灯りをともそうとヨ。なんで思えねーんだ?



どこに帰れる場所が?

寂しいコドモがさまよい歩くうち、道に迷って暗い街灯の下で泣いた時。

そのコドモに声をかけてやれる大人たちは何処に行った?



買い物籠下げたおばさん。
会社をはね、ゆっくり着物に着替えてから煙草を買いにでたおっさん。
犬の散歩のねえさん。
仕事の後、青年団の集まりでの猥談を楽しみに、ワクワク出かけてくにいさんは。


何処に行った?


この豊かな国に溢れてるのは、シゴトでくたびれた金の亡者ばっかりか?

盲導犬を横に座らせ募金の箱を置いて立つ人の横を素通りし。
ガキの好き嫌いを無くさせる時ばかり「食べ物も無い貧しい国があるのよ」と言い聞かす。


町をカラッポにしたまんま、誰かに必要とされるわかりやすい記号ばかり追い求め。

何処に行きてェんだ?

何処にも行くところは無ェんだよ。

生まれた土地をどれくらい離れ、どんな生き方をしてる人間も。
人と人のつながりや温もりや助け合いを離れては生きられない。



どうすれば、もっと働きやすくなるか、だって?

シゴトも無く家もなく公園で。
これからの季節は死と隣り合わせの人たちも居るというのに。

他人のシゴトを奪い。
他人の生き甲斐はシカトして、てめえだけは「より稼ごう」と。


どうして余分に働く必要がある?
どうしてみんなで足りるだけ働いて、みんなで十分なくらい必要な愛情を蓄え。
時には赤の他人にさえそれを分かち与えることが出来ないんだ?





雇用差別は、行うべきじゃない。
無論育児にせよ家事にせよ、女性だけが負わされるべきじゃないさ。

けど。

満ち足りすぎた人々をシェルターで隠し。
庶民はちっせえ喜びで騙されて。
子どもに教育をと。

満ち足りた日々をと。


けど。

誰がどこで、いつ。
人の心を豊かにしてくれるってんだ?




上の空で大切なものが見えなくなる。
シゴトに追われている時はいつもそうだ。
自分にとって本当に大切な何かを当然のように見失い。
もう金になるわけでもない日記なぞやめようとか。
車を売ろうとか。

目先の安寧に囚われ。

見えない契約書にサインをしかかっている。



まっぴらだ。





どうすれば、もっと働きやすくなるか、だって?

山猿の群と揶揄されてもジーンズに自転車で会社に向かい。
暗くなる前に家に帰り、スーパーで新鮮な食材を買い。
父も母も預けた子どもたちを迎えに行き、手をつなぎ。
働かない母たちには今日も一日、町を守ってくれてありがとうと、心の中で礼を言いお辞儀をして。




家に帰るんだ。

どうすれば、もっと働きやすくなるか、じゃない。

今、俺たちの世代は、これからの時代は。

どうすれば、全ての人たちがもっと生きやすくなるのかを、考えなきゃいけないんだよ。



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桜木



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