たとえば、電車の座席の下に空き缶を置いていったり。たとえば、真夜中に道を大騒ぎで暴走してみたり。そんなことを出来てしまうのは、人とつながっていることを感じられないからだ。 私だってそう。普段ものすごく引っ込み思案な私が、お店のインフォメーションの人とかに全く遠慮なくものを尋ねるのは、その人が他人だから。一般的にはどうなのかわからないけど、たとえば電車の中でマスカラしたとして、私だったら100人の他人に見られるよりも、1人の知り合いに見られるほうが恥ずかしい。私は知り合いの前で恥なんか絶対にさらせない。100人の他人の前でだって絶対嫌だ。マスカラする時のあの自分の顔…あぁもうホント見られたら恥ずかしくてたまらない(T_T)他人なんだから見られたって何か支障があるわけじゃないのに、それでも恥ずかしいのは、やっぱり心の奥深くの根の部分で他人でも何かつながっているような気が無意識にあるのかなぁと思う。とは言え、他人であって知り合いではないけど。無関係ではないというか…。 電車の座席の下に空き缶を置いていったおじさん、もしその瞬間、あなたの前に娘がいたなら、あなたはそこに缶を置くことが出来るだろうか? 真夜中に大騒ぎで暴走しているお兄さん、もしその道添の家に、赤ちゃんがスヤスヤ眠ってるのを見たなら、あなたはバイクを止めるだろうか? それでも缶を置いてしまうなら、それでもバイクを止めれないのなら、とてもあなたはすさんでいるはずだ。つながっていないのは、淋しいはずで、嫌われたくないと思えるような知り合いも少ないはずだ。だから嫌われることや、恥ずかしいことを人の前でもできてしまうんだ。
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