ふつうっぽい日記
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2002年04月24日(水) |
「たくさん勉強させられていた時代」 |
…たくさん勉強させられていた時代のほうが、メンタルヘルスは良好だった…手に取った本にそう書いてあった。
そう、その時は分からないもの。ふと、そんなふうに考えることがある。たとえば、「この果物を食べると頭が良くなる」と誰かが言ったとする。本当か?と疑いつつも、お手ごろならばやってみようかなって思う。でも、すぐに効果はでるものでない。また、相性もあるかもしれない。それらの実施の様子を何年もデータにとったら、スゴイことが分かったりするのかもしれない。そうだとして。それを「今」の人間にあてはめる…そういうのは、よくあることなのかもしれない。ある程度のシュミレーションができるものなのかもしれない。でも、なんだか、それでいいんだろうか?とも思う時もある。
私の中で「たくさん勉強させられていた時代」はいつだろう?って思った。“させられる”っていうのがちょっとひっかかる言葉ではある。意と反してそうしなきゃならなかった時…それでもって勉強…高校時代、月1回だったか週1回の月曜日に必ず提出せねばならなかった読書感想文だろうか。勉強、ではないか。どうも、私は「宿題」に限定するところがある。学校の授業として「たくさん勉強」したといえば…朝、放課後の課外のあった高校時代だろうか。(もたもや高校時代…)当時はきつかったけど、結果オーライだったのは小学校の漢字の宿題。瞬時に書けるものではないから、腰を据えて、机でする勉強と言える。私は字を書くのが好きなタイプだったので、楽しかったけど、「ダル〜ィ」と言いながら宿題に励んでいた人間も絶対いたはずで。中学校では塾通いが定着するかしないか微妙な時期で、ある塾では英単語を間違ったら1つにつき1000字かかないといけないという噂があって誰ぞは70000字書いたらしいとか聞いた。その塾は規則が厳しいとかそういうのではなくて、わりと成績に関係ないというか(入塾テストなんてのはなかったのかもしれない)気軽な雰囲気らしく人気はあったようだ。学校ではちょっとひねくれているタイプの生徒が、模擬試験では意外に成績がよかったりする。学校内ではハンパだけど、外ではそれなりに“ちゃんと”しているって感じだろうか。潔さ、純粋だったのかもしれない。学校の中でドキドキしながらお菓子を隠れて食べたことも、今は可愛らしいように思う。(こらこら)
今晩は、カレーライス。これに、たけのこの天ぷらをトッピングしようと思っている。添える小鉢はたけのこの煮物(o^∇^o)ノ
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