ふつうっぽい日記
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| 2003年07月07日(月) |
気の晴らし方それぞれ |
「気晴らしにパァ〜っと!」と言えば、なにをするだろう。 何を思うだろう。
「気晴らし」という時の「気」は、重たいモンなのかもしれない。
誰かの気晴らしのために、「殴られる」ほど私はお人好しではない。
たとえば、「気晴らし」として太鼓を叩いている人がいて、「ちょっと聞いてくれる?」と、太鼓を叩き出したら聞くだろう。太鼓の音を聞くということに、警戒はほとんど感じないから。
気功術とかいうのもきく。たとえば、気功術師という人がいて、「目をつぶってください」というと目をつぶるかもしれない。何も考えずに。
気を操れる人が、自分の悪い気を誰かに注入できるものかなんていうのは、分からない。
つかみどころのない「気」や「心」。 誰かの愚痴をきいても、自分が醜くならないように、ちょっとした気晴らし役を何も言わず受け入れることで、自分の中にたしかにある「気」や「心」を再認識できるのかもしれない。
なるほど、三十路はいろんなものがみえてくる。
気の晴らし方それぞれ。 考え方それぞれ。 結局最後に残るのは、自分だ。
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