ふつうっぽい日記
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2004年08月11日(水) 福岡帰省日記(その1)

8/7〜8/10福岡に帰省した。
単身帰省である。
単身帰省。6月から連続3ヶ月。

6月は、友とのイベント参加のため。7月は祖母の葬儀参列のため。そして、8月は、やはり友とのイベント参加のためだ。
8月のそれは、半年くらい前から決めていた。8日にヅカの芝居を観るというメインイベント。
大学でのサークル(演劇)仲間であるMは、今、東京で作業療法士として活躍している。彼女が、ヅカ観劇の企画者の中心だともいえる。

東京から参加のMは6日の朝に大阪入りし、我が家で午後3時過ぎ。この日は、主人が夜勤(出張)だった。少し雑談をして、車で買い物に出た。
夜ご飯のメニューは酢豚とサラダと枝豆と白ご飯。
準備をしている間、Mは東京から大阪へのミニ旅の疲れが出たのか、西側からの心地よい風に吹かれ、爆睡。爆睡中に、私は入浴。私の後に彼女が入浴し、その後エステを施した。その後、食事タイムである。
自称高校生男子のMは、ご飯のおかわりをし、酢豚も5分の3くらい食べた。作った方としても、食べっぷりがいいので嬉しい。
12時くらいまでしゃべり、就寝。

さて。7日。
新幹線は午後3時。
朝ご飯をしっかり食べ、メークタイム。11時くらいに、出張帰りの主人が帰宅。12時頃、Mと私は近所の洋食屋でオムライスランチを堪能した。
1時半、主人の運転でJRの駅までいつもより倍の時間かかって送ってもらった。30分前くらいに新幹線ホームへ到着。
ちょっとしたお菓子とお茶を買って、ひかりレールスターに乗り込んだ。
夏休み中の土曜日とあって、満席。
1時間くらい経ったくらいにMがオモシロイことを言った。「今日は、どうだろう、富士山見えるかなぁ〜」と…Mの視線の先には確実に私の座っている側の窓。「え?」謎の表情をする私に気づかないのか、Mの表情は得意げに映った。30秒くらいして、「ヤダァ〜ワタシったら〜もう、何言ってんのよ!」と私の太ももをしこたま叩いた。マジボケってやつだ。
関東在住なので、新幹線といえば、大阪〜東京であり、その間の景色がより焼き付いているのだろう。
たまに、うつらうつら目を閉じつつ、広島まできたところで、家族連れの母親が「あのう〜この席…」と言ってきた。
同じ座席番号。ダブルブッキングか?
するどいM。「日付け、9日ですけど?」と。母親は帰りのチケットと間違った模様。父親が少し動揺して「これは、確実に博多方面に向かっていますよね?」と確認をしてきたので、笑顔で「そうですよ〜」と返事。
家族連れは、バタバタと別の車両に、何かぶつぶつ言いながら移っていった。午後5時45分くらいに博多に到着。
2名と博多駅で合流し、宿のチェックイン。
食事は大学の近くのビストロ。7時半スタート。
食事の幹事のF子は一足早くR先輩と一緒にテーブルに座っていた。
R先輩とはかなりご無沙汰。Mは短大出なので、11年ぶりくらいだ。
懐かしい語らいと、恋愛トークで12時過ぎまでそこにいた。
先輩は車だからと一切アルコールは飲まず、嬉しいことに宿まで私たちを載せていってくれた。

8日。
午後12時から開演。11時から会場で、ロビーには、観劇ツアー団体用の弁当が積まれていたりしていた。団体名に私の住むT市の福祉センターというの表示を見つけ、親近感が湧いた。もしかしたら、知っている人がいるかも?と思ったが福祉センターとあって、高齢のオバさまばかりだった。
私とM以外はヅカの芝居は初めてであり、期待を膨らませていた。
私は2度ほど、本場で観たことがあり、少し得意げだった。
「生演奏が素敵なのよ〜」とか熱く語ったのだが、博多座は生演奏ではなかった(^^;)
F子は、感極まり、鼻をすすっていた。
ショーとの2本立てであり、公演が終わったのは3時過ぎだっただろうか。
私を除く、他のメンバーは博多近辺でお茶タイムを満喫したようだ。

私は、次なる会場へ。
どこか?
それは、祖母の法事である。四十九日。正確には違うらしいが、7月4日の仏であり、初盆ではないので、お坊さんの都合もあり、この日になったのだ。
6時ちょっと前から、お経が始まり、1時間くらいで終わった。
伯父曰く、お坊さんにお経を少し短めにしてもらうように言ったらしい。
お坊さん退場の後は、食事会。
午後10時くらいまで飲み食いし、妹の運転で帰宅。
途中で、銭湯により、汗を流した。
帰宅したのは12時を回っていた。


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