ふつうっぽい日記
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2004年09月30日(木) ある女性からの手紙

彼女から手紙が来たのは、昨日。
彼女は今、入院している。
入院生活も16年ほど経とうとしている。

私がHPを立ち上げようと思ったのは、彼女に少し関係している。
願いみたいなものをこめて、HPは彼女の誕生日に公開を始めた。

そんな彼女の母親は、今年5月に天使になった。
娘思いの母親であり、散らし寿司とポテトサラダが美味しかったことは忘れられない。娘の看病(付きっきりという訳ではないが)が中心にあって、自分の身体の声を聞くのが遅すぎたような感じで、気づいた時は手遅れの延命治療に身を任せる他なかったような感じだと思われた。
娘の母親までもが、入院生活をしていることは、聞かされてはいたが、ケロっと退院するような感じがしていて、気にしてなかった。
娘の母親の葬儀には、私は参列していない。
娘も、その母親の母親(娘にしてみれば祖母)も、入院中であることから参列していないというのを私の母から知った。
香典だけは母に託しており、後日香典返しの品が送られてきた。
無理してでも参列しておいたほうがよかったとも思われた。
でも、もう、遅い。

入院中の娘とは、私なりに、嫁いで遠方になりながらも、手紙を書いたり、誕生日プレゼントを贈ったりして彼女の母が元気な頃から交流していた。
彼女からの手紙の表面の住所(つまり私の住所)は、ほとんど彼女の母親が代筆してくれていた(字の違いから)
昨日届いた手紙の私の住所は、入院中の彼女の字ではないが、その母親の字でもない。おそらく、父親だろう。
父親と娘との親子関係がどんな感じなのかは、今は分からない。どうしても母親と娘の関係が強くて。
彼女の父というのはちょっと変わった考え方をしている人だなぁとまだ私が独身で家族揃って彼女の家に行った時に思った。
ちょっと変わった考えー生活保護を受けることについて。
「働かなくても生活保護を受ければお金がもらえるんだよ」と目を輝かせていた顔。そしてパチンコの話。
娘の母親は内職をしたりして、少しの“稼ぎ”はしていた。
夫である娘の父親に、娘の母親は小遣いをあげていたような感じだった。
さらに兄と親との関係、引越による環境の変化と複雑に絡む、しがらみの中で、ただそこにいて叫ぶことも逃げ出すこともできなかった思春期だった少女、それが彼女なのだ。

そんな彼女からの、母親を亡くしてから来た最初の手紙だった。

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…母の死は私に少しの勇気を持って、一歩前に進みなさいというコトで神様がなさったことなのかなと思っています。ゆっくりもいいけど、新しい一歩をふみ出さなきゃ前に進めないから…人それぞれ顔がちがうように1人1人人生もちがうと私は思うんだ。だから私は私の人生を大切にしたいと思っています。そして精一ぱいの幸せを手に入れたい。…


KAZU |MAIL