ふつうっぽい日記
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2010年06月21日(月) 夢と現実、「くすんだ水色」の1日

睡眠薬が軽くなったせいか、日中の薬がやさしいものになったせいか、夜、「夢」を見るようになった。

極道関連(任侠的ドラマ)の記憶があったからか、白いとがった棒が出てきた。
それで誰かを挿したとか挿されたとかそういうことはなかったが、美しい般若の面を付けた神楽に出てくるような人物が出てきた。

儀式的なものが終わったということなのか、たしかな現実への序章なのか。


「やさしい薬」に変わった翌日、色で言うなら「くすんだ水色」の1日だった。
貧血なのか早くも更年期なのか食事中ふらっときて気持ち悪くなってソファーに寝転ぶ。
足を高めにする。顔面から汗が噴き出る。近くにあった洗い立てのタオルで顔面を拭う。
ひとしきり汗が出て、落ち着いて、起き上がり、残りの食事を平らげた。
そして食後の薬を飲む。

天気は雨。

眠るしかないという選択で、思考力も意識されるかされないか歯磨きをして床に就いた。

途中で喉が渇いて起き上がり、冷蔵庫から牛乳を飲もうとグラスに注ぐ。
半分くらいで、ぐらりとたちくらみがやってきて、自室の前の板の上に倒れ込んでしまった。
意識はあった。どこか頭を打った感覚もあったが、それで気が遠くなった記憶はない。
でも、どうやって転んだかについては覚えていない。
左腕に擦り傷と右手の親指付け根を打撲した感覚だ。
リビングのソファーに横になる。

しばらく寝ていたらしい。
気づくと、寝室に寝ていた。
移動した記憶はない。
何度か行き来をしたのか。
その記憶もない。

そんな先週の金曜日から週は変わった。

「やさしい」薬には「憂鬱」対策度が減らされているためだろう、些細な過去にこだわり自己嫌悪に陥る。「過去のことは気にしなくていい」が「やってほしいこと」はある。

「いってらっしゃいを言ったかどうかの記憶の確かさ」については「気にしなくていい」が「いってらっしゃい」は「言って欲しい」。

過去を自己嫌悪することは、避けられないことは分かってはいる。
が、固執してしまう時期もあるのかもしれない。
さらに「固執することは嫌われるのではないか」と思い込み、確認をしてしまうという、まるで「見捨てられ不安」のような気持ちを持つことに嫌悪。

一時的な病気ゆえに、あれこれと考えてしまう。
分かってはいるがやってしまう一喜一憂、自己診断。


昼を過ぎた。
たしかに、こうやってパソコンを立ち上げ、文章を書いているという「意欲」は「やさしい薬」の一つの効果なのかもしれない。

愛想笑いくらいはできるようになったのかもしれない。


KAZU |MAIL