Opportunity knocks
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小さい頃何故かキリスト教系の幼稚園に通っていた。 宗教系の教育をすれば行儀の良い子供に育つと思ったのか、ただ評判の良い(有名な)幼稚園だから通わせたのかはわからないけど、とにかく3年間その幼稚園に通った。
結構きびしい幼稚園で、毎朝必ず教会(園舎の横に本当の教会が建っていた)でお祈りの時間があったり、年にかなりの数で発表会があったり(生誕劇とかやった)といろいろなことをやらされた憶えがある。その結果、行儀の良い子供になったかは疑問符だけど、ある種の影響を受けたことはたぶん間違いない気がする。 たとえば、小さい頃から、「天にいらっしゃるお父様がいつもあなたたちのことを見ています、悪いことをすれば天罰が下りますよ」とか「毎朝毎夕、天に向かって日々の感謝をささげましょう、そういうあなたの姿を神様はいつも見ていらっしゃいます」とか言われ続けていたので、誰かに自分の行動を見られているいう感覚がつねにあるような気がする。「天網恢恢、疎にしてこれを逃さず(ちょっとうろおぼえ)」という言葉があるけどそれに近いものがある。 だからあまり悪いことができない。どんなに自分がうまくやっても、誰かが自分のことを見ていて、その行動に応じた報いをうけることになるという、そういう根拠のないおそれみたいなものを感じてしまう。
でもよく考えると宗教って根本的にはそれなのかなという気がしなくもない。何か、あるいは誰かに対して畏れる心を持つこと。畏れる心があるからこそ人は正しい道を歩かざるをえないのかもしれない。そのために宗教っていうものは存在するんじゃないかな。
基本的に無宗教の人間だけど、そういう意味で神みたいなものの存在は信じている。というか三つ子の魂百までというように、小さい頃の体験が今の自分に繋がっているのだとおもう。そういう気持、いつまでも持って生きていかなきゃと思っている。
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