過失軽薄日記
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管理人は現在杭州にいますが、どこにいようとうすらオタク気味です。 2008年頭に帰国予定。大陸に至った経緯は2006年3月22日あたりをご覧ください。

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2002年04月25日(木)/馳夫ならば安心。

文庫版指輪物語読み終わりました。面白かった〜!基本的に幸せエンディングでありながら寂しくもありで、良い終わり方でした。しかし全部読んでみると、一番賢かったのは結局サムのような気が。指輪ファンの中には、指輪物語の主役はサムだという方もいらっしゃるようで、たしかに納得です。私としては、ゴクリ(映画だとゴラム)を主役としたいところですが。
今回私が読んだのは新版のやつなんですが、旧版文庫には載っていた、「追補」が載せられていないので、ちと煮えきらぬ気分です。話的には、追補を含まなくても完成されているようなんですが、読めないとなると余計に気になります。自分が昔揃えたはずの旧版が散逸してしまい、すぐにはみつからぬので、仕方なく新版文庫を揃えた挙げ句に、「追補」をネット注文する私。早く来ないかなあ。というか旧版はどこへ行ったんだろうなあ。

ところで、自分が何故、瀬田氏訳「馳夫」を適切と感ずるのかについてまとめてみましたよ(余計)。
昨日の日記で、striderは上等な言葉であってはならないと書きました。アラゴルンのこの別名は、ブリー村の人々がいつしかそのように呼ぶようになったのですが、ブリー村の住民にとって、アラゴルンは、よく見かけられはするが、あくまでも名前も知らぬよそ者であり、ちょっとうさんくさい人間のように思われています。また、ブリー村の住民は、田舎に住む庶民だということを念頭に置いてみます。

読者諸氏の中にも、自分達とはあまりなじみがないが、しばしば見かけられる人に対して、名前が分からない場合などは、便宜的なあだ名をつけて呼ぶという経験がおありな方もいるでしょう。その人が、背の高い人ならば「のっぽ」さんであろうし、眼鏡をかけていれば「メガネ君」、いつもジャージを着用しているなら「ジャージ」といったところですな。ブリー村の連中がアラゴルンにつけた名も恐らく上記の例と似たような感覚にもとづいてつけられており、しかも彼らは、アラゴルンに対し、必ずしも良い印象を抱いていないので、わりと実も蓋も無い感じの名前で
称されるであろう事は想像に難くありません。映画の訳「韋駄天」とかだとちょっと好意的な感じなので、語の訳としては間違ってはいないのかもしれませんが、妥当とは言い難いと思います。「馳夫」ならば、別に良い意味でもなく、さりとてそんなに悪いわけでもなく、発音した際の語感も、ちょっとガッカリな感じなので、
至極適当な訳なのでは?と考えた次第です。

しかし、そうはいっても私も、しだ家のビルだかが一度アラゴルンのことを「長すね彦」とか呼ばわっていた件に関しては、やはりどうだろうかと思います。「彦」って。たとえば、通称「ジャージ」に「彦」を足して「ジャージ彦」と言うのと同じってことですか?なんかそれはさすがに由々しき事態のような気が。でもそれをいうなら、馳夫だとてもいわば「ジャージ夫」と同様の用法ということになってしまうので如何ともしがたい。やはり馳夫であっても駄目なのか…?(真剣になることですか)

しかし、他に名前の末尾に付く可能性のあるものとして、「〜之丞」「〜衛門」「〜介」「〜麿」等を考えてみた場合、そういうのが接続されてしまう事態にくらべると、「彦」や「夫」などまだまだ序の口…じゃなくて妥当な感じがするので不思議なものです。

「馳之丞」などとやってしまった日には目も当てられない。さりとて末尾を取り去った「馳」のみでは格好がつきかねる。いったいどうすれば…?ここは一つ「夫」をつけてみるのはどうだろう?「馳夫」…それだ!
なんていう翻訳者の苦労が忍ばれます(野放図に想像しすぎというか瀬田氏に失礼)。翻訳というのは実に難しい仕事なんですねえ。難しさを取り違えているような気がしなくもないですが。

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ヤケパチ |電信家頁

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